プラシーボ効果がVR空間での感覚提示に及ぼす影響
川田翔
蒔苗研究室
2020 年度卒業
 本研究では、視覚・聴覚情報に心理的作用を加えることで、VR空間内の感覚提示を高めることができると仮定し、VR空間内での天気等の映像・音声を与えられた被験者への設問調査に基づく主観評価による体感温度及び生体情報に基づく客観評価による皮膚表面温度に及ぼす影響を把握する。その結果、プラシーボ効果を受け易い人には効果的であり、受け難い人には逆効果になる可能性が示唆された。

はじめに

現在、活用が進むVR・AR技術は、視覚と聴覚に関するものがほとんどだが、VRの研究分野では、五感の全てに関わる感覚提示技術の研究開発が進められている。五感に訴えるVR技術が確立されれば、没入感や臨場感はさらに増し、人の行動や生活を変える可能性をより確実なものにすることが期待される。

そこで本研究では、視覚・聴覚情報に心理的作用を加えることで、VR空間内の感覚提示をより高めることができると仮定し、VR空間内での天気等の映像・音声を与えられた被験者への設問調査に基づく主観評価による体感温度及び生体情報に基づく客観評価による皮膚表面温度に及ぼす影響を把握する。

調査

研究方法

本研究では、「プラシーボ効果」が与える影響を明らかにするため、被験者に対して、設定した基準室温のもと、HMD及びヘッドフォンを装着し、視覚情報・聴覚情報を提示する。被験者は、事前に設問調査に回答してもらい、その結果を基にプラシーボ効果を受け易い人とそうでない人の2グループに分ける。さらに各グループを、プラシーボとして「前に実験を受けた被験者たちは、この実験でこう感じた」等の情報を与えるグループと、何も情報を与えないグループの2つに分け、計4グループに分ける。評価は、作成するアンケートへの被験者に基づく主観評価及びFLIR ONE Proを用いたサーマルカメラによって得られる生体情報に基づく客観評価により把握する。

本研究では、視覚と聴覚の環境提示が可能な環境を創出するため、ゲーム開発環境Unity2020.2.1f1を用いてVR空間を作成する。視覚情報としては、太陽、焚き火、雨、吹雪、冷凍室の映像を、聴覚情報としては、各々に対応した音声を、被験者に対して各2分程提示する。例えば図1の焚き火の映像及び音声をHMD及びヘッドフォンにより提示することにより、体感温度は上昇し、指尖表面温度は低下することが期待される。

まとめ

結果、プラシーボ効果が生じ易いグループでは、映像の趣旨通りの体感温度の変化を感じていたが、プラシーボの有無に差は生じなかった。プラシーボ効果が生じにくいグループでは、生じ易いグループに比べ体感温度は変化せず、情報を与えていないグループの方が変化があった。また、サーマルカメラによって得られた結果は、プラシーボ効果が生じ易いグループでは、情報を与えた被験者に、各映像に期待された変化が現れ易かった。効果が生じにくいグループでは、情報を与えた被験者に比べ、無い被験者の方が変化が現れ易かった。

本研究の結果から体感温度は、プラシーボ効果の影響を受け易い人は変化しやすく、効果を受け難い人は変化し難い可能性が示唆され、先行研究によって明らかにされた、視覚情報により行われる自律性体温調節は、プラシーボ効果により行われ易くなる可能性が示唆された。

体感温度は、過去に経験した事のある状況や見たことのある景色を想起することで、変化している可能性があることが分かった。また、プラシーボ効果を受け難い人に対してプラシーボを与えることは、逆の効果であるノーシーボ効果を引き起こす可能性が示唆された。

本研究では、プラシーボ効果がVR空間での感覚提示に及ぼす影響について検討した。プラシーボ効果が生じ易い人には有効であり、効果が生じ難い人には、逆効果になる可能性があるという知見を得られた。

今回は5種類の映像を視覚情報として提示したが、太陽の映像は、これまでの経験ということから離れすぎていたことや、映像のクオリティの低さもあり、良い成果を得られなかった。今後の課題として、どのような映像、音でより効果があるのかなど詳しい部分に検討の余地がある。

参考文献

[1]市川和樹・石島美乃梨・杉山祐・紫田優介・山西涼介・実吉綾子(2019),「没入型ディスプレイによる暑熱・寒冷映像提示が指尖皮膚温に及ぼす影響」

[2] 有光哲彦・岡崎啓吾・戸井武司(2015),「音環境及び色環境の複合刺激が体感温度に及ぼす影響の評価」

[3]Hauor F. Mechanism of the placebo effect and of conditioning. Neuroimmunomodulation 2005;12:195-200

[4]Brody. H and D. Brody., 2000, The Placebo Response: How You Can Release the Body’s Inner Pharmacy for Better Health, Cliff Street Books. (ブロディ、ハワード(伊藤はるみ訳)2004『プラシーボの治癒力 ― 心がつくる体内万能薬』日本教文者)

[5]三雲真理子・高橋美帆(2011),「パッケージが味覚に及ぼすプラシーボ効果:20代と60代の比較」

[6]三雲真理子・高橋美帆(2018),「ペットボトルパッケージによる味覚プラシーボ効果と対象者の特性」

研究を終えて

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