先人たちの見た景色の紡ぎ方
「市民の生活」を資源とした酒田市再活性化の計画
夷藤那由太
中田研究室
2020 年度卒業
 本制作では、かつて北前船貿易によって繁栄し、華やかな文化が形成されてきた山形県酒田市を舞台とした複合文化施設を設計した。制作にあたり、本市の歴史性や提案する機能をシ―クエンシャルに繋ぐ必要があると考え、「スロープ・曲線」の建築表現を採用し、それを軸として空間を構成した。そして、この空間・施設が、ハレとケの両方において活気を生み出し、まちへ新たな律動を生み出すことを想定している。

はじめに

Ⅰ.背景
山形県酒田市は近年の少子高齢化、若年層の首都圏進出が原因で消滅可能性都市*1の1都市として数えられる。市の行政としては、この現状を受け、生産年齢層の流入を促進するためのUIJターン促進事業や駅前再開発事業、観光客を呼び込むための観光施設の整備を行っている。また、ここ数年で酒田港を大型クルーズ船の寄港地として活用し、クルーズ船誘致活動を行っている。クルーズ船の寄港回数は年々上昇している一方で観光客数に伸びは見られず、起伏が殆ど無く、横一線の状態である。更に、2020年に世界的に猛威を奮ったCOVID-19は観光産業にも施設の閉鎖や撤退など深刻な影響をもたらしている。
一方、酒田市同様に観光資源を全面に出し、まちづくりを進める地域が多いことに対し、2017年のコペンハーゲン市のDMOが宣言した「観光の終焉」*2に見られるように観光の捉え方に変化が見られる。
これらを踏まえると酒田市の課題は、クルーズ船という大きな資源や観光客の流入を期待しているのに対し、課題解決を従来の観光資源・施設の整備の方法に依存していることである。このままの手法では一向に課題解決には繋がらないと考えられる。このような身近な状況や世界の動向が見られ、まちと観光の関係性に大きな転換期を迎えようとしている今だからこそ、まちの施設と観光を見直す必要があると考える。
前期研究において、対象地域調査及び計画敷地の選定、歴史の調査を踏まえて、酒田市のこれまでの軌跡、歴史をシークエンス的に繋ぎ、紡ぐために必要な与条件を整理した。これを今回の設計提案における事前段階としている。

Ⅱ.目的
そこで本制作では、前期研究で整理した与条件を基に、山形県酒田市みなと市場エリアにおいて、市場、山車や文化財の展示空間、山車の制作場所の機能を持つ施設を提案する。またその提案の中で、機能間を繋げるための建築表現を利用していくことで、論題のような風景を紡いでいく空間を作ることを目的とする。

調査

Ⅲ.調査
前期研究やその展望から、本提案における3つの機能(文化財・山車の展示空間、市場空間、山車の制作場所)を含めた空間を考えていく時に、例えば文化財を鑑賞しながら、山車や山車を制作している職人さんや地域の人々の姿や、食事しているような風景が生まれるような空間の構成、空間・機能のシークエンスを考えていく必要があるのではないかと考えた。
そこで、空間のシークエンス等をコンセプト、また建築表現を空間に取り入れた建築事例を対象に、特徴的な空間構成や建築表現に傾向があるのかを調査した。なお、調査方法として、新建築データベース*3のキーワード検索機能を利用し、「繋ぐ、連続性、回遊性、シークエンス」を検索ワードとして選定し、調査を行った。調査の結果、上記のキーワードに対して、シークエンス性などを建表現・コンセプトに用いた事例には、土地の歴史性・文脈や豊かな風景等の言論的、悲物理的要素を意
図した事例と、異なる機能や同機能の室間等の物理的要素を、建築表現を用いて繋がりを持たせた事例の、大きく二つのパターンに分類できることが分かった。
さらに細分化すると、前述した内容が示す建築表現として「曲線」や「スロープ」を用いた建築事例が多いことが明らかとなった。また、曲線に関しては、「回遊性を生み出す、左右での視線の変化」やスロープでは、「上下での視線を変化、敷地形状に沿って利用した、連続的に風景を繋げる」といった検索ワード以外の表現意図を確認することができた。

研究方法

Ⅳ.仮説
先の調査より、空間や機能、風景のシークエンスを生み出す表現手法として、曲線やスロープ等による表現があることを確認し、本制作での目的や課題を達成するための要因になるのではないかと考えた。そこで本制作において、「曲線」や「スロープ」の建築表現を用いることで、空間のシークエンス性及び、機能間の繋がりを生み出すことができると仮定する。

Ⅴ.造形化
Ⅴ.1.スロープ
造形化の手法として、Ⅲの調査の中で確認された、土地の文脈になぞったシークエンスに着目し、現在の酒田市の施設同士の関係・文脈をきっかけとして、スロープの造形として表現することを試みた。まず、平面的表現として、現在の「酒田市の観光地、文化財・資料展示施設、祭事関連諸施設」の3つのレイヤーに分け、それらを線で結ぶ。(図2-1)次に、重なりあった線・施設を抽出する。(図2-2)また、それらを稜線で結び、抽象的な図として表し、形状を整えた。(図2-3)
そして、作成した図を元に、建築基準法に基づき、線を起伏させスロープとして活用した。    

Ⅵ.提案
Ⅵ.1.設計内容
調査やスタディで得られた情報、造形を基に、酒田市の風景を紡ぎ、後世へと継承していく施設を設計していく。
本制作における主要機能は、
1)山車、文化財の展示空間
2)山車の製作場所
3)海鮮市場(問屋)
である。
これらのプログラムにより、この施設がハレの日においては、祭りを楽しむ市民や観光客、クルーズ船乗客が集まる場所となり、ケの日には市民が生活の拠点として利用していくような場所になることを想定する。
Ⅵ.1.計画敷地及び配置計画
Ⅵ.1.計画敷地
本施設計画敷地を敷地面積約13,300㎡の「酒田市みなと市場」エリアと設定した。(図4:前期研究より)本敷地エリアは、新鮮な海鮮や特産物を市民や観光客に提供する場として利用されており、観光的側面を見ても、酒田市で訪れたい観光スポットとして需要が最も高い場所である。*4 

Ⅵ.1.2.配置計画
入口は独立した機能を持ち、それぞれ山車製作関係者用、定期船乗降客用、市民・観光客用、展示鑑賞客用となっている。

Ⅵ.3.空間の構成
全体としては、Ⅵ.1.2で説明したように、入口は機能毎に独立している。しかし、内部は一体空間であるため、様々な目的を持った市民及び観光客が集い、ランダムな動線を生み、それらが混ざり合い、空間としての広がりを生む空間構成となっている。
1)スロープ空間
Ⅴ.1で作成したスロープ空間を文化財資料の展示空間と定義する。展示物を鑑賞し、この空間を練り歩くことで、周辺に配置された山車を、様々な角度から眺めることができ、展示物(歴史性)⇔山車(祭事)の繋がりを、空間を通して体験できる。
2)山車製作場所
山車製作では、製作するための資材等の搬入搬出があるため、裏動線を活用し、裏の入口を介して、搬入、搬出を行う。また、内部では市民や観光客が共同して山車製作を行えるようなことを想定し、空間を構成している。
3)海鮮市場(問屋)
観光的要素において「食」の分野は需要が高いため、フロア全体に分散させて配置することで、回遊性を生み出す。そして、この空間にいることで、自然と酒田の歴史や文化を体験したり、興味を持つきっかけとなるような空間構成を目指した。

まとめ

Ⅴ.考察
本制作では、空間のシークエンスを生み出す建築表現として、スロープを利用し、酒田の歴史、風景を後世へと紡いでいくための文化施設の提案を行った。そして、スロープを表現手法として利用することで、前後や左右といった流れの中で視線の変化を生み出し、スロープを介して周辺の環境も認識できることが分かり、風景のシークエンスを表現することができた。
一方で、スロープを扱う際は、建築基準法もしくはバリアフリー法で定められた傾斜角に則ったデザインを行う必要がある。そのため、高さに対する水平距離が必要なため、スロープを扱うための環境(敷地面積、建築プログラム)の妥当性が重要であることが分かった。

Ⅵ.展望
この施設が、市民の活動の拠点・観光施設となり、祭りが開催される際は、山車が町中へと繰り出す姿を見ることができ、祭りが終わると山車小屋へと収納され、祭りの始まりと終わりを皆で共有できるような風景が、この施設を通して生み出されるのではないかと考える。

参考文献

Ⅶ.参考文献
1) 地域消滅時代」を見据えた今後の国土交通戦略のあり方について
2)コペンハーゲン市DMO(Destination ManagementOrganization)「観光の終焉」
http://localhood.wonderfulcopenhagen.dk/wonderfulcopenhagen-strategy-2020.pdf
※「観光の終焉」
コペンハーゲン市が宣言した、「市民の生活」を資源にした観光戦略。彼らには突出した観光資源は無いが、市民の日常を資源として活用することで観光客数は減ることなく、増加し続けている。
3) 新建築データベース
4) 酒田市の観光の現状

研究を終えて

今年はコロナの影響で十分な時間や成果を作るのが例年より難しい状況でしたが、この状況だからこそ出来たこと、見えてきたものが多少なりともあったので、そういった意味では貴重な経験ができたなと今では思っています。皆さん1年間、お疲れ様でした。

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