室内空間の色相と形状が対人認知に及ぼす影響
対人関係構築に向けた効果的な室内空間の検討
非公開
茅原研究室
2020 年度卒業
本研究は、室内空間の色相と形状が対人認知に与える影響を調査した。さらに、これらの影響が記憶となった場合、対人認知にどのような変化があるのかを調査した。これらを明らかにすることで、目的やシチュエーションに合わせて対人印象を効果的に設定することで、より良い対人関係に繋がるきっかけとなるだろう。

はじめに

私たちは、日常的に生活や仕事をしているなかで、室内の物理的環境からの刺激やその影響を意識することはほとんどない。物理的な刺激の知覚から生じる概念の活性化が、その人の認知や行動に及ぼす影響は、「身体化された認知」と呼ばれる。

先行研究では、部屋の印象によって対人関係やコミュニケーションに違いが出ることが明らかにされてきた。

本研究では、室内空間の色相と形状の組み合わせにおいて余地があると考え、対人認知にどのような影響を与えるのかを明らかにする。さらに、色相と形状の影響が記憶となった場合にどのような影響があるのかを明らかにすることで、長期的な人との繫がりを意識した新たな空間の見方を検討できるだろう。

調査

実験1

室内空間の色相と形状が対人認知にどのように影響を与えているかを調べるため印象評定のオンライン実験を行い、SD法でアンケートを作成した。実験参加者は、20代の建築学を専攻しない学生23名、専攻学生5名、計28名(男性7名、女性21名)であった。刺激画像として、予備調査と同様に4条件の色相と形状のみを変化させた合成空間を使用する。色相は、マンセル表色系より暖色は2.5YR8/2、寒色は7.5PB8/2を用い、色相のみを変化させ、RGB値に変換した。

結果、色相と形状は対人印象に差異を与えていることが明らかになった。

 

実験2

実験1より、色相と形状が対人認知に影響を与えていることが明らかとなった。そのため、実験2では、長期的な対人関係構築を前提に、より複雑な環境を想定し、変化対象数・色の変化を多くした上で、対人認知に与える色相と形状の影響が記憶となった場合にどのように作用するのか実験を行った。内空間の色相と形状が記憶として対人認知にどのように影響を与えているかを調べるため、SD法を用いて印象評定のオンライン実験を行った。実験参加者は、20代の建築学を専攻しない学生16名、専攻学生5名、計21名(男性6名、女性15名)であった。参加者は条件ごとに異なり、「暖色−角」条件で5名、「暖色−丸」条件で7名、「寒色−角」条件で5名、「寒色−丸」条件で4名であった。色相は、マンセル表色系より暖色で5R5/12、7.5R6/12、2.5YR8/10、5YR8/4、2.5Y8/10のR〜Yを用い、寒色で10B5/6、10B9/2、2.5PB6/6、7.5PB3/6のB〜PBを用いて、暖色・寒色間内の色相を変化させ、RGB値に変換した。

結果、色相と形状の対人認知に与える影響が、時間が経過し記憶となることによって、その対人認知が変化することが明らかになった。

 

 

研究方法

このような結果は、オフィス等の人との関わりが重要な空間において、人を中心とした空間設計に繋がると考える。客観的に対人印象を変化させることでその空間の利用目的にあった効果的な印象を与えることに繋がり、特により良い対人関係構築が求められている働く場において、メリットがあると考えられる。さらに、記憶となった場合に、空間ごとに異なる対人認知となることを、設計者がオフィス等の設計の際に活用することで、設計者の意図する空間が対人認知に与える影響と、実際に利用する人の印象との乖離をなくし、効果的な設計に繋がると考える。

まとめ

実験1において、SDプロファイルと分散分析の結果から、色相と形状は対人認知に影響を与えていることが明らかとなった。「暖色−角」「暖色−丸」ではプラスの傾向が、「寒色−角」「寒色−丸」ではマイナスの傾向が示されたことから、色相を中心に形状が影響を及ぼし、色相の影響が形状よりも強く表れていることが示唆できる。また、「社交的な」「信頼できる」においては色相のみが、「知的である」においては形状のみが有意となったことから、色相と形状が与えるそれぞれの影響の特徴がわかった。暖色の温かみが、社交的である印象や信頼できる印象に影響を与え、角のシャープさが知的な印象を与えているのではないだろうか。

また、実験2において、SDプロファイルと分散分析の結果から、色相と形状の対人認知に与える影響が、時間が経過し記憶となった場合に、作用することが明らかになった。このことは、長期的にも対人認知は背景空間と共に形成されることが示唆される。どの空間条件も0に近い傾向やマイナスの傾向を示したことから、色相と形状の影響が記憶となった場合の対人認知は、プラスに影響を与える可能性は少ないが、マイナスに影響を与える可能性があることが考えられる。特に「寒色−角」「暖色−角」の空間において、マイナスの影響が強まっていることから、色相と形状の影響が記憶となった場合は、形状の影響が色相よりも強く表れることが示唆される。

しかし「陰気な」「支配的である」のみが有意であったことから、この項目において、記憶として空間条件により影響の強さに違いがあることが考えられる。これらの項目での多重比較検定から、どちらも「暖色-角」「寒色-角」が有意傾向や有意となったことから、角が影響していることが示唆できる。このような結果となったのは、空間の影響が記憶され抽象化された時に、角においては「陰気な」「支配的である」の印象と結びつきがあるからではないだろうか。室内空間では、日常的に角のあるインテリアなどが使用されているが、長期的に対人関係を構築する場合は室内空間の角について意識する意義があると考える。

また、空間にいる場合の対人印象を実験1と比べると、有意とはならなかったものの、違う傾向が見られた部分があった。実験1と実験2の刺激画像では、刺激対象数・色相以外の他に明度と彩度・室内空間の大きさがそれぞれ異なっていたため、どの要素が違う傾向をもたらしたのかは明らかにならなかった。これを明らかにすることで、より具体的に利用目的に合わせた効果的な空間を設計することに繋がるのではないだろうか。

参考文献

  • 日本オフィス家具協会(2019):
    https://www.joifa.or.jp/pdf/report_hatarakikata.pdf
  • 厚生労働省、「テレワークを巡る現状について」(2020):
    https://www.mhlw.go.jp/content/11911500/000662173.pdf
  • 濱保久:インテリアが対人コミュニケーションに及ぼす影響; 日本心理学会大会発表論文集,(2018.9)
  • 石川敦雄, 西田恵,渡部幹,山川義徳,乾敏郎,楠見孝: 背景にある室内空間要因が対人認知に及ぼす影響−初対面の人物に対する印象形成を対象として−; 環境心理学研究, 4巻(1号),p.1-14 (2016)

研究を終えて

普段、意識はしていないのに何となく感じている、当たり前となっている現実は本当に真実なのだろうか。ふと考える時がある。これを考えること自体、無意味なのかもしれない。けれど、そもそも今生きていることすら意味のないものだとしたら、ほんの少し真実を知ってみたくなった。

今回、研究というものを行ってみて改めて自分の無知を知ることができた。(”研究”ができていたかわからないが)今まで設計をしてきてその度に、”人々はこの空間をこのように感じます…”と言っている自分がだんだんと信じられなくなってきたため、本研究ではこの部分を中心に自分の中で解決できたと感じている。人の感じ方には差があるが、多くの人が感じているものを汲み取り、それを設計に活かす、そうすることで初めてなるべきデザイン(設計)が生まれるのではないだろうか。

メニュー