VR空間での運動感覚の誇張表現手法の研究
成田 瞬
蒔苗研究室
2020 年度卒業
VRは人工的に作った感覚刺激によって、存在しないものでもあたかも存在するかのように知覚させる技術であり、臨場感のある五感コミュニケーションができ、感覚の拡張を促すことができる可能性が秘められている。そこで、本研究では、剣撃体験に主観をおいたVRアクションゲームにおいて視覚情報を媒介にした物理的感覚の拡張を知覚させ、さらにユーザーの没入感を高める手法の解析を目的に研究を進めた。

はじめに

バーチャルリアリティ(VR)技術は仮想世界にユーザーが飛び込み、さまざまな体験を視覚以外の感覚も活用しながら得ることができるものである。ゲームや動画といったエンタテインメント分野だけでなく、教育や広告、スポーツ、医療といったさまざまな分野で利用されている。ジェレミー・ベイレンソン[1]は、VRが人々の思考を変えることを指摘し、医療や教育などでVRが今後活用できる領域について「VRというメディアはエンタテインメントだけでなく、医療、教育、スポーツの世界を一変させ、私たちの日常生活を全く新たな未来へ導いていく」と言及している。

ゲームコンピューターはファミリーコンピューターから始まり、ディスプレイとコントローラを通してゲームを追体験するのが一般的だった。しかし、2016年10月13日には日常的に一般の人がVRに触れることのできるテレビゲーム機(例えばプレイステーションVR)が登場し、VRは世間から瞬く間に脚光を浴びた。近年普及しているVRゲームは、ゲームの中に入り込む感覚を提供するものであり、ゲーム体験の概念を根本から変えた。将来のゲーム体験では、プレイヤーの動作をVR世界で反映させるだけではなく、VRと現実世界との融合をさらに高め、ゲームキャラクターと同様の感覚を同期させることで、現実世界と仮想世界との区別できなくなる心理的境地に至るのではないかと推測する。

調査

研究目的

ゲームなどのエンタメでは、ユーザーにとって主人公キャラクターはユーザーの分身のような存在である。現実の自分とは異なるキャラクターの能力及び感覚を獲得するのは、ゲームをプレイする上で没入感をもたらすアプローチとして欠かせないと考える。例えば、刀や銃などの武器を用いて敵を殲滅する瞬間に爽快感を得たり、冒険家として迷宮路のダンジョンを攻略するときに起こるイベントやトラップにハラハラドキドキしたりする。このようなバーチャルな映像を現実の世界であたかも起きたことと錯覚するのが、没入感を生む大きな条件である。

舘ら (2011)  は、バーチャルリアリティの三要素としてコンピュータの生成する人工環境が①人間にとって自然な3次元空間を構成しており  (三次元空間性) 、②人間がその中で、環境との実時間の相互作用をしながら自由に行動でき(実時間の相互作用性)、③その環境と使用している人間とがシームレスになっていて環境に入り込んだ作られている(自己投射性)を定義している。この三要素全てを兼ね備えたものが理想的なバーチャルリアリティシステムだと考える。また、VRは人工的に作った感覚刺激によって、存在しないものでもあたかも存在するかのように知覚させる技術であり、臨場感のある五感コミュニケーションができ、感覚の拡張を促すことを述べており、本研究ではこれらの概念に基づく主観型VRアクションゲームでの感覚の拡張を目的に研究を進める。

研究方法

仮説

VRは人工的に作った感覚刺激によって、存在しないものでもあたかも存在するかのように知覚させる技術である。そこで VRゲーム体験において、プレイヤーの動作をVR世界で反映させるだけではなく、VRと現実世界との融合をさらに高め、ゲームキャラクターと同様の感覚を同期させることで、現実世界と仮想世界との区別できなくなる心理的境地に至らせ、視覚情報を媒介にした物理的感覚の拡張を知覚させることができると仮説を立てる。
実験環境
実用に用いたハードウェアはOculus Quest2,ソフトウェアはUnity2020.2.1f.Oculus Integration1.42である。参加者はHMDを装着し、右手(左利きの人には左手)にVRコントローラ(Oculus Touch)を把持する。参加者のタイミングで始められるようスタート画面でVRコントローラのトリガーを押してゲームをスタートするようにした。剣用コントローラの位置には剣のモデルと手のモデルが表示され、剣を振る動作で物体を斬ることができる。剣のグリップと手のグリップの位置姿勢が一致するように設定した。
実験条件
剣のエフェクトと球のエフェクトの付随化による身体動作の速度知覚への影響の調査を調査するため、それぞれのエフェクト付随化を組み合わせた計4条件で比較を行った。以下に各条件について説明する。

A条件:剣・球共にエフェクトを付与しない。

B条件:大きく剣を高速に振りかぶることで剣に炎のエフェクトの軌跡が発生し、被験者に残像を見せる。剣のエフェクト有り・球のエフェクト無しの条件で実験を行う。

C条件:被験者の前方3mからZ軸方向に毎フレーム-0.3で進む球のオブジェクトをX軸1m範囲、Y軸50cm範囲ないで2秒ごとにランダムで発生させる。剣のエフェクト無し・球のエフェクト有りの条件で実験を行う。

D条件:剣・球どちらにもエフェクトを付随して実験を行う。

実験課題

実験課題を以下のように設定した。

  • 参加者は実験開始の合図とともにスタート画面でVRコントローラのトリガーを押してもらい前方[3m]の位置から飛んでくる白色の球を画面上から消える前に、自由に剣で斬る。
  • 敵のHPを10、自分のHPを5と設定し球を1つ斬るごとに敵のHPを1減らす。逆に球を1つ切り逃すことに自分のHPが1減っていく仕様にした。プレイ中参加者の前方には自分のHPの数値が把握できるようにし、参加者に意識してもらえるようにした。
  • ゲームクリア条件は自分のHPが0になる前に敵のHPを0にすることである。ゲームクリア場 に到達した場合には、”Congratulation”の文字と自分の残りHP数が表示される。失敗の場合は、”You are Dead”の文字と敵の残りHPが表示される。
  • 剣の振り方は大きく振ること以外には指定しない。ただしプレイ中のコントローラのボタン入力は禁止する。

まとめ

実験手順

実験開始前に、参加者に実験の趣旨や方法、流れを説明し事後アンケートを求めた。参加者には頭部にHMDを装着させ、利き手にコントローラを持たせた後、A条件を一度練習させVR空間内の実験環境を確認させた。次に剣の軌跡を出すために剣を大きく振るよう指示した。本実験では参加者にA~D条件の4施行を順にプレイしてもらうよう求めた。以下にアンケート結果の考察を述べる。

まとめ

本稿では、主観型VRアクションゲームでオブジェクトにエフェクトを付随させ、ユーザーの身体の物理的感覚の拡張の知覚をさせる手法を提案した。アンケートの結果、前方から向かってくるオブジェクトの軌跡エフェクトには体感速度が上がり、剣の軌跡エフェクトに伴い剣を速く振れている錯覚をもたらすという意見は少数で大きな要因にはなり得なかったが、なりきり感は向上による没入感の増幅は得られた。今後、より参加者の物理的感覚の拡張を促すためには、人の目に残像を起こしやすい色の解析とその色を使ったエフェクトの構築及び、視覚と聴覚の掛け合わせの実験を試して行く価値があると考える。

 

参考文献

[1]ジェレミー・ベイレンソン・倉田 幸信(訳)(2018).VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学,文藝春秋,.

[2]  舘暲・佐藤誠・廣瀬通孝監修(2011)バーチャルリアリティ学,コロナ社

研究を終えて

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