VR空間で体験するながらスマホの危険性
小山慎太郎
蒔苗研究室
2020 年度卒業
本研究では、エンタメ要素だけにとどまらないVRの魅力を活かし、視覚と聴覚の密接な関係を体験者の反応から科学的に調査していくとともに、社会問題となっている「ながらスマホ」の危険性を実体験させ、それに対する実生活への注意喚起を目的とする。圧倒的没入感を持つデジタル空間において、どれだけ体験者の反応速度に影響を及ぼすのかを実験に基づき明らかにする

はじめに

VRの最大の特徴ともいえる『圧倒的没入感』には,体験者に対しての現実とデジタル空間の境目を失くす効果がある。『VR for BUSINESS(株式会社アマナ VRチーム著)』 [1]では、VR技術が提供する没入感は従来の映像とは比べ 物にならないほど高いとともに,風景や登場人物などを観るだけでなく、自分が登場人物の一人になったような体験 ができることを挙げている。また、VR技術は様々な分野においてその活用の、試みが 進んでいる。例えば米国のOsso VRが外科手術トレーニング用VRを開発したり、The New York Timesによる、故郷を追われた難民の子供たちを紹介するVRコンテンツ『The Displaced』において、難民生活の追体験が提供され、また日本でもNHKが「NHK VR NEWS」というウェブサイトを設立する等、ジャーナリズムにおいてもVRは影響を与えている。そして、これらのコンテンツに共通しているのは、外科手術や戦争難民など、現実では経験しがたい体験を提示できることである。本研究では,VR技術がもたらす「自分が 映像の中に居る体験」「自分が登場人物の一人になったような体験」「現実では経験しがたい体験」「ながらスマホ」による交通事故の体験アプリケーションを構築することとする。情報化社会に生きる我々にとって、手軽にインターネットの情報空間へと繋ぐ事ができる携帯電話やスマートフォン等の機器は欠かすことができない存在である。その一方で、若い世代を中心に、運転中のスマートフォンの注視、または歩行中のスマートフォンの操作等のいわゆる『ながらスマホ』による交通事故が深刻な社会問題となっている。令和元年時点で歩きスマホを含む交通事故は2645件と増加傾向にあり、中には死亡事故に至るケースまで存在している。こうした状況から、2019年には「ながら運転」の厳罰化を盛り込んだ改正道路交通法が施行され、違反者には 従来の3倍の罰則が科せられるようになった。こうした動きは歩行者や自転車を運転する人たちも例外ではなく、「ながらスマホ」をしながら自転車で走行していた学生が高齢者を跳ね、有罪判決が言い渡されるケースもある。 それでは,「ながらスマホ」は、どれだけ歩行者に影響を及ぼすのだろうか。意図的に画面を注視することで視界を制限され、さらにイヤホンを付けると、外界からの情報が完全にシャットダウンされる状態に近くなる。その状況で人の反応にどれ程の影響を与えるのかを明らかにする。

調査

本実験では歩きスマホを経験したことがある宮城大学学生7名を被験者として、『ながらスマホ』体験アプリケーションを使用した実験を行った。実験では、アプリケーションの4つのステージを体験してもらうとともに、体験後にアンケートを実施し、手軽さが確保できていたか・実際にアプリケーションがゲームとしてあったらプレイして見たいか等を調査した。

BGMのみのステージと、環境音を配備したステージではBGMのみのステージが環境音を配備したステージよりも多く時間がかかり、周囲の状況を正しく認識できなかった回数も多かった。中でも信号無視して横断歩道を渡った被験者が最も多く、全体を通して車や障害物にぶつからなかった被験者は7名中2人しかおらず、スマートフォンに表示された4桁の数字を4ステージ全て正解出来たのは7名中、1名だった。また、アンケート結果では7人中、歩きスマホに対する意識や考え方が変わったかという質問に対して7名全員が変わったと回答した。その中で、BGMのみのステージと環境音を配備したステージ、どちらに危機感を感じたかという質問に対して、4名がBGMのみのステージと答えたが、3名は環境音を配備したステージと答えた。それぞれの具体的な理由を聞いたところ、BGMのみのステージに危機感を感じた被験者は「周囲の音が遮断されたことにより信号を渡る事が怖かった」という意見が目立った。一方で環境音を配備したステージに危機感を感じた被験者は「環境音を配備した方がより現実空間に近い体験をしたため危機感を感じた」という意見が得られた。
Google Cardboardを使用したアプリケーションに手軽さを感じたかの質問については、7名全員が感じたと回答したが、実際にアプリケーションとして配信されていた場合プレイしてみたいかという質問に対しては、操作性に難があるという理由で2名が「いいえ」と回答した。
これらの実験結果から、ながらスマホにおいて、周囲の視覚的情報が限られた中で歩き続ける事が困難であるのは、歩きスマホをしている際に「スマートフォンの操作」「身体を動かすこと」「画面の注視」という一人の人間に複数の操作が同時に起きているためであると考察した。これに加えて、イヤホンを装着しながら周囲の音を遮断し、スマートフォンを注視することは装着する前よりも更に「音楽を聴く」という操作が加わるため、一層周囲の状況認識を妨げるものであると考えられる。

研究方法

今回の研究にVRを用いる理由としては、研究対象が交通 事故であることである。『ながらスマホ』による交通事故を体験させるために、実際の事故を体験させることは現実的ではない。そこでVRの没入感を利用し、デジタル空間で構成された仮想現実空間において事故を再現しようというのが今回の研究の試みである。
そのVRは機材の精度が上がる程、値段も高価であり一般の人々にとって利用が難しくなる。VRは機材の精度が上がる程、値段も高価であり一般の 人々にとって利用が難しくなる。そこで本研究では手軽な機材で体験できるよう、Google Cardboardを使用した体験アプリケーションの開発を進める
プレイヤーの主な操作はVR空間上に表示されるスマートフォンを注視するのみであり,手元に表示されるスマートフォンが視界に映るまでの角度まで目線を下げるとキャラクターは前進し、目線を外すとその場で立ち止まる。この点でも本研究の特徴とも言える「手軽さ」を確保するという目的を果たす役割がある。 
プレイヤーの道を阻む障害物は時間経過と共に消滅するので、プレイヤーはいち早く障害物に気付いて立ち止まらなければならない。また、これに加えてユーザにはスマートフォンに表示される4桁の数字を記憶することを求める。
また、周囲の視覚的・聴覚的情報が事故を防ぐ上で重要な要素であることを強調するために、路上の障害物や歩く道にも様々な仕掛けを用意した。例えば、最初のステージでは歩きスマホに加えてイヤホンで音楽を聴いていることを想定して、環境音を一切遮断し、音楽のBGMのみ聞こえるように設定した。これにより信号の音や車の音が聞こえなくなり、周囲をよく確認せずに進もうとすると、信号無視して横断歩道を渡ったり、車に轢かれたり、路上駐車車両にぶつかったりしてしまう。次のステージでは信号が青になった合図の音や車のエンジン音が聞こえるようになり、リアリティを高めると同時に、聴覚からの情報が如何に影響を与えるかを体験できる。

まとめ

本研究において歩きスマホをしている際に起きている歩行者の状況を読み解くと同時に、手軽に「ながらスマホ」の危険性を発信する事を目的としていたが、今回開発したアプリケーションは手軽さの確保に成功し、歩きスマホへの意識を変え、「ながらスマホ」の危険性を発信することに成功したという一方で、本アプリケーションの全体的なUI(ユーザーインターフェース)には問題があり、特に本研究で開発した本アプリケーションはGoogle CardBoardを媒体として用いる事を想定しているが、媒体の特性上、手軽さを求める一方でゲーム用HMDのような操作性を省いているため、頭部の角度のみを利用した移動の中で7名の被験者の中から視線の激しい移動によるVR酔いを訴える者もいた。以上を踏まえて、幅広く「ながらスマホ」の危険性を伝えるにはアプリケーション内の操作性の更なる改善が求められる。

参考文献

株式会社アマナVRチーム:VR for BUSINESS,インプレス, 2017.

研究を終えて

VR空間を一から構築することはこれまで以上に気を付けることが多く、作業量も増える一方で最先端技術に触れているという事へのやりがいもあった。宮城大学生として進化し続けるVRの一端に携われた事を誇りに思いながら、動向を今後も見続けていきたい。

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