情報伝達のための作字デザイン
可読性と語意・印象の考察
非公開
日原研究室
2020 年度卒業
作字を利用し情報伝達をする上での可読性を向上させ、制作者と受信者における認識の齟齬を軽減させる指標についての考察・提案を目的とし、「作字のススメ」という冊子とWebサイトの制作を行いました。

はじめに

近年、「作字」と呼ばれるオリジナルの文字デザインを制作するジャンルが流行している。PCに用いるタイポグラフィやフォントを打ち文字とすると、作字は描き文字に分類される。その中でも作字の種類は2つに大別できる。アート的表現と、情報伝達性の高いデザインのものとである。後者は可読性がより重要であると考えられる。しかし、描き文字である作字は打ち文字と比較し表現の自由度が高いことから、制作者本人は読めるがクライアントや第3者に理解してもらうことが難しいという認識の相違が生じる可能性があり、問題であると考える。

 

本研究では情報伝達をする上での可読性向上及び認識の齟齬を軽減させる指標の考察・提案を目的とし、調査結果から作字をする際のレファレンスの制作を行う。

調査

文献調査
  • UDフォント

だれもが見やすく、読みやすいように制作された文字である。ゴシック体を使用することが一般的で、視認性を高めるために、ふところを広げた構成にする、他の文字とのバランスを考慮し上下左右の比率を変更する、漢字のアシと呼ばれる縦線の下への突き出し部分をなくし文字をスッキリ見せる等のデザイン変更を施している。

  • 手描きとフォントの融合文字

「手書きとフォントの融合による視認性向上と書き手の抵抗軽減に関する調査」によると、融合文字は視認性や可読性が向上するため手書き文字に対する抵抗を軽減させる他、手書き文字独特の温かさや個性といった特徴を生かすとされている。

  • 鳥蟲書

鳥蟲書とは、古代中国で使用されていた金分書体である。「鳥蟲書の文字造形における可読性のコントロール」で、鳥蟲書は文字と図形を行き来する中間的な形式であり、文字が表す語意と図形の持つ意味を併せ持つことから、最も古いタイポグラフィの一つであると言えるとしている。また、鳥蟲書の可読性のコントロールをしている要素は4つあり、文字のプロポーションの変形、字画の変形、エレメントの追加、字間や行間の調整であると述べている。

 

アンケート実施

調査を参考に、可読性及び文字のタッチの違いによる解釈の齟齬及び受ける印象についてアンケートを行った。質問項目は可読性と語意・印象との2つに大別した。可読性は字画を変化させ比較して影響を調査する。語意・印象は漢字のみ調査を行った。漢字は形象系、抽象系の2項目に分類した。形象系は漢字から具体的な物体を連想出来るもの、抽象系は曖昧で実物が存在しないものと定義した。形象系漢字は「机」、「虎」を、抽象系漢字は「幻」、「解」を選んだ。選出した文字に特徴を制定し異なるイメージで作字したものから得られる印象を自由記述で回答してもらう方法を採用した。「机」については、①頑丈そう、②組み立て式で脚が細い、③木製の勉強机というイメージでそれぞれ制作を行った。他の漢字も同様に特徴やイメージを当てはめ文字を制作した。下図は、アンケートの際に使用した作字一覧である。

空間の多い文字はふところを横方向に広く設けたほうが良い他、へんとつくりが左右や上下で分かれている漢字の場合は間に空間が少ないほうが読みやすいという例外もみられた。これは隙間が狭いと文字を塊で捉えやすくなり、その結果可読性が高まるためではないかと考える。
語意と印象については、制作者が制定した意味よりも受け取り手が感じる印象の方が非常に多様であるという結果になった。その種類は、制定した特徴と完全に同一及び同様の意味を持つ言葉と、制定した特徴以外に連想された言語の二つに分類できる。後者については更に細かく5種類に分けられた。分類については以下の通りである。

 

その後更に比較・考察を行った。まず、形象系と抽象系どちらにも通ずることとして、伝えたいテーマがすぐに浮かびやすい言葉である場合や類義語が多い場合など、テーマの語意が広ければ広い程相手に自分が与えたい印象を伝えやすくなることが挙げられる。
形象系漢字の場合は、抽象系に比べてより詳細な印象を受けやすい傾向にある。また、視覚的で分かりやすい特徴は伝達しやすい一方、内面的になればなる程情報は伝わりにくくなる。細部の特徴まで伝達するためにはイラストを添えたり色合いを考慮したりといった工夫が必要になる。更に、生き物より物質の方が視覚的な要因と結び付けやすいため伝わりやすいという傾向がある。
抽象系漢字の場合は、伝えたいテーマも抽象的なことが多いため、必然的に与える印象もぼんやりとしたものが多くなる。そのため情報伝達の難易度が高く、過度に伝わってしまう場合や真逆の意味で伝わってしまう場合も見受けられたため、作字する際はより注意が必要になる。例えば、イラストや記号など、関連する具体的なものを文字の中に組み込むと伝わりやすくなる。読み手が作字を楽しめるような工夫が重要であることが分かった。

研究方法

制作物

再分析の結果や文献を参考に、作字をする際に利用してもらうことを想定したレファレンスを制作した。具体的な形態として小冊子とWebサイトを選択した。タイトルは「作字のススメ」である。

  • 小冊子

  

A5サイズ本文36ページで、本の使い方を説明するパートの後、第1章の「より伝えやすくするために」で情報伝達を滞りなく行うための工夫を「可読性向上のコツ」と「語意と印象」に分けて記載した。前者には平仮名・片仮名・漢字それぞれのコツを、後者は形象系漢字と抽象系漢字に分けてまとめた。第2章の作字パターン実例では制作例を解説と共にまとめた。34パターン、計68個作字を制作した。下図はその一例である。

 

  • Webサイト

内容は小冊子とほぼ同様である。「より伝えやすくするために」の欄には「可読性向上のコツ」「語意と印象」についてのリンクを配置し、クリックすると内容について説明している別ページにジャンプするようにした。作字パターン実例についても、パターンのタイトルとサムネイルとして作字1つのセットが並べられており、クリックするとその項目についての作字と解説が載っている別ページにジャンプする。

 

テスト実施

学生10名に対して「作字のススメ」を使用する前後で変化が生じるかテストを行った。2名は小冊子、8名はWebサイトを使用した。閲覧後の方が工夫が見られ、知識を身に着けつつ制作を行えていることが伺える結果が得られた。

制作後のアンケートでは、使いやすさについて10名中9名が5段階中最も評価の高い5:使いやすい もしくは4:やや使いやすい を選択している。表現の自由の幅についても広がったという意見が多くみられた他、今後作字の際に使用したいかという質問も8名が5:大いに感じた を選択し、中でもアイデアを膨らませる際に使用したいという意見が多くみられた。良かった点として、構成、作字例の多さ、手法ごとのラベリング、色遣い等が挙げられた。改善点について、サイトの操作性の他、色の使い方で作字に変化があるのかという例があると良い、作字の制作手順を見てみたいという意見が挙げられた。また、制作過程にも変化があり、デザイン性や文字の可読性、受け取り方についての情報を整理してから作字するように変化している。

まとめ

「作字のススメ」は相手に伝わりやすい文字を考えたりデザインイメージを膨らませたりする効果があり、制作に有用であると分かった。このような媒体を利用して制作者が情報伝達に配慮し作字を行うことで、受け取り手の認識の齟齬が軽減できると考える。

今後は制作物の内容を更に充実させ改善を重ねる他、デザイン経験の有無を問わず様々な方にテストを受けてもらい「作字のススメ」の信頼性を高めてゆきたい。

参考文献

袴田博之・大谷満・酒井文子・桜田朝子・太田知見・岡嶋克典(2011),ユニバーサルデザインフォント開発の取り組み,2011 年2月10日,https://jpn.nec.com/techrep/journal/g11/n02/pdf/110210.pdf

佐々木美香子・斉藤絢基・新納真次郎・又吉康綱・中村聡史・鈴木正明(2018),手書きとフォントの融合による視認性向上と書き手の抵抗軽減に関する調査,2018年1月23日,https://dl.nkmr-lab.org/papers/3

坂田光(2013),鳥蟲書の文字造形における可読性のコントロール,2013年6月20日,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssd/60/0/60_81/_pdf/-char/en

グラフィック社編集部,2019,作字百景 ニュー日本もじデザイン,グラフィック社、ingectar-e,2019,あるあるデザイン,エムディエヌコーポレーション

稲田茂,2017,新装版 日本字フリースタイル・コンプリート たのしい描き文字2100,誠文堂新光社

研究を終えて

比較的新しいデザインジャンルである作字について研究を進め、自分自身も表現の幅を広げることが出来たと感じました。表現の自由さを残しつつデザインのコツや種類について提案できたのではないかと思います。デザイン初心者・経験者問わず、「作字のススメ」を参考書のように使用していただけたら幸いです。

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