今日、パソコンやスマートフォンの普及により、若者の活字離れ、古文離れが問題となっている。私たちは小中高までは国語の授業で日本の古文に触れる機会がある。しかし、義務教育が終了してからも自主的に好んで古文を読む人は少ないだろう。
オノマトペとは、事物の音や人・動物の声などを表す擬音語、物事の状態や様子などを感覚的に音声化して表現する擬態語を包括的にいう語を指す。オノマトペは感覚的に事物の状態を表すことが出来るため、客観的に説明した場合と比べて聞き手がイメージをしやすい。そのため、私たちは無意識のうちに日常会話で多くのオノマトペを使用しており、『日本語オノマトペ辞典』に掲載されているオノマトペは4500例にも及ぶ。
オノマトペは古文より頻繁に登場している。日本最古のオノマトペは「古事記」の中の塩の海を鉾でかき回している動作を表す「こおろこおろ」という単語だと言われている。
古文を現代語に訳したり漫画にして紹介している書籍は世の中に多く存在しているが、オノマトペに焦点を当てて紹介しているものは少ない。
本研究では、この古文にあるオノマトペに着目し、ストーリーのみならず、文中の表現手法という観点からアプローチするならば、古文を楽しむためのなんらかの施策が導き出せるものと考えた。また、古文のプロモーションを提案する上で冒頭に述べた通り、デジタル化が進んでいる現代に合わせて文章に留まらず、音声や映像によって作品の情景を伝える形のアプローチが注目を集めると考えた。
調査
文献調査
古文に登場しているオノマトペや日本語のオノマトペの成り立ちと現在までの形の変容、古文紹介のための施策の現状及び問題点について調査する。
【古文に登場するオノマトペの分類】
・現代と同義のオノマトペ
現在も使われていて意味も変化していないもの。
・現代と意味が変化したオノマトペ
プラスからマイナスへと評価が変化したものや、意味は変化せずにオノマトペが使われる対象が変化したもの、名詞から生まれたものなどがある。例えば、「フワフワする」というオノマトペは、行動が浮ついていて軽い様子というマイナス評価から、柔らかくふっくらとした様子というプラスの評価へと変化していると言われている。他にも、「イライラする」という現代でもよく使われるオノマトペは、元々は葉と茎に棘のあるイラクサが語源で、名詞から棘がある様子の描写、何かの刺激によって平穏な気持ちでいられなくなる心理の描写へと意味が変化していると言われている。
・和歌の掛詞
動物の鳴き声と響きが近い単語をかけて、動物に場面の説明や登場人物の気持ちの代弁をさせている。
・古典固有のオノマトペ
時代の変化により現在は使われなくなってしまったもの。具体的には、赤ん坊の泣き声を指す「イガイガ」や、体が腫れている様子を指す「ユブユブ」など、現代語とかけ離れたものから現代語と近い語形のものなど様々なオノマトペが存在したと言われている。
・人物によって使い分けられるオノマトペ
「源氏物語」では登場人物ごと巧みにオノマトペを使い分けている。例えば、髪の美しさを表す際に、主人公には「つやつや」、脇役の女性には「はらはら」、小さな子供には「パラパラ」というようにオノマトペを区別して使用していると言われている。
【現状の古文プロモーションのための施策】
・現代語訳
作者によって原文に即したもの、現代に合わせた新たな解釈を含んだもの、本文の一部を抜粋したもの、全文を抜粋したものなど種類が豊富である。基本的に文章がメインなので、元々読書や古文を好み、自身で情景をイメージしたい人物向けだと考えられる。
・漫画
2000年代から見受けられるようになった。主に児童をターゲットに作られていて、近年のものだとより現代風で少女漫画のような華やかなタッチのイラストへと変化している。人物にフォーカスした作品が多い。
・映像作品
中学校での教育用に作られた「アニメ古典文学館」という映像作品がある。こちらも漫画同様に2000年代初頭に制作されていて絵のタッチは現代風ではないため、アニメーションとは言えども現代の若者は多少の抵抗感を感じると考える。中学校の国語で習う題材を中心に取り扱っており、全部で6作品ある。アニメーションなので物語の流れが理解しやすい。
研究方法
施策を行う上での課題
前項で古文に登場するオノマトペの分類や、既存の古文紹介プロモーションについて調査し、課題を洗い出した。
一つは、既にオノマトペに着目してはいないものの古文を紹介している施策は多いため、差別化が必要である点である。従来の施策は、読書を好む人々をターゲットとした現代語訳と児童をターゲットに作られた漫画や映像作品の2種類があった。これらの施策と差別化を図るには、作品のストーリーを伝えようとするのではなく、作中の特定の場面の風景を切り取り、イラストやアニメーションなどの図によって魅せる手法が有力だと考えた。
また、分かりやすさや親しみやすさも勿論重要であるが、これまで受け継がれてきた古文のもつ世界観を保った節度ある表現方法を目指す。
施策の概要
古文のプロモーション施策を進める上での課題を受けて、文章による情報は最低限にとどめて場面の風景を図と動きによって視覚的に表すこと、オノマトペの語感を文字と音の二つの視点から感じ取ってもらうことが、現代の若者に興味を持ってもらうために重要だと考える。
本研究では、作品の物語のみならず、文章に彩りを与えるオノマトペの観点から古文を読み解き、古文の新たな魅力を引き出すことを目的とする。
制作
前期では動物の鳴き声が登場する和歌を対象にした映像の試作品を制作していたが、後期はそれらに加えて事物の動きや様子を表す擬態語も対象とし、全50個の映像を制作した。
前期の試作品(上段が映像作品、下段がポストカード)
現代の若者はスマートフォンで映像を好んで見ることとオノマトペの音を伝えるためには視覚だけでなく聴覚にも訴えかける必要があると考えて、アプローチとして映像を選択した。前半にキャラクターの動きに変化があり、その後、キャラクターの動きが表すオノマトペの意味を提示するという構成になっている。キャラクターの表情や手足の動きを意識して制作し、アニメーションの変化からオノマトペの意味が感覚的に伝わるように、簡潔で分かりやすい表現に仕上げた。また、キャラクター寄りのポップなイラストを使用し、ちぎり絵のようなタッチにすることで親しみやすいイメージを作り出し、古文を学ぶためのものだと敬遠せず、一つのアニメーションとして気軽に映像を見てもらうことを意識した。映像で流れるオノマトペの音声は、動植物の鳴き声については現在との聞こえ方の違いを感じてもらうために鳴き声の音声をそのまま使用している。それ以外の擬態語については、昔のオノマトペの語感を楽しんでもらうために擬態語を読み上げる音声を入れた。
後期に制作した全50個の映像作品のキャプチャ一覧
検証
20〜24歳の男女31人を対象に制作した映像についての評価アンケートを実施した。映像を見た後の古文への興味度合いの変化についての調査では、9割以上の回答者が「興味が湧いた・どちらかといえば興味が湧いた」と回答し、感想の多くが古文に登場するオノマトペから現在同義で使われているオノマトペへの語句の変化に対する驚きや感動の声だった。また、回答者からは「絵柄や色合いが和風で可愛らしい」「アニメーションと声の組み合わせでオノマトペの用法が分かりやすい」という評価がある一方、現代の物が登場した方が場面をイメージしやすいだろうと考えてパソコンを登場させた作品に関して「昔の世界観から引き戻されてしまう気がした」という予想と反して否定的な意見もあった。そのため、映像に登場する事物をオノマトペが登場する時代に合ったものへと一部変更した。
まとめ
考察
検証の結果、提案施策は古文に登場するオノマトペの多彩さを気軽に若者に知ってもらうための手法として有効であると感じた。しかし、作品を限定せずに多種多様な作品に登場するオノマトペを紹介したため、ここから特定の古文の作品を読むという行動を起こさせるにはまだ施策が不十分だと考える。そのため、オノマトペから作品の内容へと興味を移動させるための施策を新たに考える必要がある。
また、一人でも多くの若者に映像を視聴してもらうためには、若者の印象に強く残るようなインパクトのある映像を生み出す必要がある。今後は文字による表現でもオノマトペの意味や雰囲気が伝わるように、キャラクターのイラストだけでなく、文字に大きな動きや変化のあるアニメーションへと改善していきたい。
参考文献
小野正弘 (2015) 感じる言葉 オノマトペ. 角川選書. 14,21-35
小野正弘 (2009) オノマトペがあるから日本語は楽しい. 平凡社.
山口仲美 (2002) 犬は「びよ」と鳴いていた. 光文社. 22-24,53-57
山口仲美 (2015) 擬音語・擬態語辞典. 講談社学術文庫.
山口仲美 (1989) ちんちん千鳥のなく声は. 大修館書店.
研究を終えて
私自身、古文に対して知らない単語ばかりが出てきて難しいというイメージを持っていたが、今回古文に登場するオノマトペについて調べてみて、現代では聞かないようなオノマトペであっても、なんとなく意味は現代にも通じるようなものが沢山あることが分かった。いきなり古文の全文を理解しようとすることは難しいが、オノマトペだけであれば、ことわざや四字熟語を豆知識として学ぶような感覚で気軽に古文にとっつきやすいのではないだろうか。
また、今回はAfterEffectを使用してアニメーションを制作したが、動画制作が元々得意というわけではなかったので、思い通りにイラストを動かすことが出来ずなかなか苦労した。ただ、制作を続けていくうちに少しずつではあるが技術が上達していることが実感できて楽しかった。