空間設計で捉える 山本耀司のクリエイション
廣瀨拓也
平岡研究室
2020 年度卒業
1980年代、山本耀司氏は、「黒の衝撃」と呼ばれるファッション史における大波乱を巻き起こした。その後もアンチモードの立役者として革新的なクリエイションを続ける。彼の作る衣服には独特の「間」が存在する。それが空間的な間隔なのか、彼が服作りに込めた思いなのか、その正体を探るために、彼の衣服を空間的・構造的に分析し、山本耀司のクリエイションを象徴する空間を設計する。

はじめに

なぜ、ヨウジヤマモトの衣服は美しいのか。という疑問を解明すべく、空間設計という一面から衣服を徹底的に解剖し、山本耀司のクリエイションを象徴した空間を創ることで、その美しさの正体に迫る。本研究において着目したのは、衣服を取り巻く空気と、衣服に内在する空気である。衣服も建築も、人間を包む何層にも及ぶ「レイヤー」の一つであり、肌・布・壁の間の関係性を空気という視点から分析した。山本耀司の作る衣服において空気は重要な要素の一つであり、肌と布の間の空間を「衣服内空間」と設定する。衣服内空間と布に込められた山本耀司の技巧を空間に収め、入った人がその技巧を体感出来る空間設計を目指す。

調査

本研究は、調査とそれを踏まえた設計で構成されている。

調査では、ヨウジヤマモトの衣服が持つ特徴を細かく分析し、空間構造的に考察する。設計では、調査で得られた内容を基に「山本耀司のクリエイションを象徴する空間(=象徴空間)」を設計する。

衣服も建物も、人間を包み込む何層にも及ぶレイヤーの一つである。空間構造的な視点から山本耀司の衣服を紐解いていくために、衣服と空間の中間として衣服内空間を設定した。人体を中心に空間を広げることで、山本耀司の服作りを象徴する空間に近づく。第1ステップとして、コレクションルックのスケッチを行い、山本耀司の作る衣服のシルエットを網羅する。さらに、そのスケッチを「衣服内空間の形状」によってグループ分けし、山本耀司の衣服内空間設計と、空気の形状について考察する。第2ステップとして、考察内容からスペースを設計、第3ステップで象徴空間の設計へと移行する。

研究方法

ヨウジヤマモトの衣服は、身体を黒く覆い隠してしまうものが代表的であるが、これには共通するポイントがある。一つ目は、肌と生地の間に空気があること。西洋の、ボディスタンドのように完璧に作られた服への疑問が服作りに現れている。これが、 身体と服の間の「間」である。二つ目は、 「隠す」ということ。ヨウジヤマモトの服には身体のスタイルを隠すものが多い。これは、山本耀司の性に対する考えが影響している。山本耀司は服作りにおいて、「出来るだけ隠せ」ということを貫いてきた。そうすることで、「中はどうなっているのだろう」とイマジネーションが掻き立てられる。

1980年以降、パリコレクションにて発表されたコレクションのルックを100サンプルスケッチした。その結果、ヨウジヤマモトの衣服内空間は、「開かれて」いるということが分かった。 開口部が設けられているのは、通気性の他に、着た人の身体的な個性を布地に反映させる目的がある。一人一人の体格の差、たとえ僅かな違いであっても衣服内に入り込んできた空気の流れを絶妙に変え、布地の表情に反映される。体格の差は、着用者がそれまでどんな人生を送ってきたかを表すため、着た人の人生そのものが布地に反映される。これが山本耀司のならでは技法と言える。描いたスケッチと、他のコレクションルックをさらに観察し、ヨウジヤマモトの衣服にはおおよそ6パターンの型が存在することが分かった。 6パターンの型について、空気の流れを視覚化し、何故そのような形態をとっているのか考察した。パターンの着目点は「空気の含み方」「外界との接続性」「衣服内空気の特徴」である。

 

6つのパターンは、それぞれ長丈型、タワー型、ピーマン型、フラスコ型、綿毛型、レイヤー型である。6つのパターンには、それぞれ違った空気の流れ、シルエットが存在する。例えば、長丈型は全身で空気を内包し、最も外界に開かれた型である。衣服内には一定の空気が絶えず入れ替わりながら内在している。レイヤー型は、布地が何層にも重なり、その隙間に空気の層が出来る。布地の末端の動きが、シルエットを変化させる型である。次は6パターンの形状・空気の流れに着目し、ヒトと共に移動するスペースを検討する。スケッチによって検討した空間について、素材・シルエット・骨組み・空間の面から特徴を整理することで、次に空間を設計するための手がかりを掴む。

 

ヒトと共に移動する空間は、人とどこかで接続している空間である。例えば、長丈型から考えられる空間は傘のような形状をしている。この段階のスタディでは、人の動きに連動して形状が変化するスペースを検討した。この時に着目したのが、衣服内空間である。スペースにおける外壁である「布」に、人の動きがどう影響するのか考察した結果、6つのパターンにおいて重要なのは、素材であることが分かった。例えば、長丈型は硬く丈夫な布が使用されることが多く、常に一定の空気が内在していることから、シルエットの変化が少ないスペースが連想された。綿毛型では、柔らかい膜のような素材が多く使用されており、シルエットの多様な変化が見られることから、自在に形の代わるスペースがイメージされた。素材の違いが、異なる空気の流れを生み、それがシルエットの違いとなる。このことに留意し、次に象徴空間の設計を行った。

 

象徴空間の設計に当たり、これまでに調査した内容、6つのパターンの特徴を落とし込む。設計する空間のコンセプトは山本耀司のクリエイションが体感できることである。空間内において、6つのパターンにおける「空気の流れ」を動線として捉え、入る人間を空気に見立てることで、衣服を空間として再設計することが出来ると考えた。図4は長丈型の象徴空間の設計プロセスである。初めのパターンから空気の流れを分析し、その空気をスペースとして立体化した。更に、人が動くことで動く空気を動線とし、人が動き回る象徴空間として設計している。

一つ目の空間は、パターンの特徴と山本耀司の思想を落とし込んだ空間である。入り口が分からない空間に対する好奇心や「隠す」技法を回遊させる空間で表現した。二つ目の空間は、パターンの特徴と山本耀司の技法を落とし込んだ空間である。人の動きで変化する衣服内空間と布の表情を、空間内を自在に動くオブジェとファサードの開口部で表現している。3つ目の空間は、パターンの特徴とヨウジヤマモトの衣服と体の関係性を落とし込んだ空間である。空気の流れがそのまま形状になる特徴を、骨組みの傘を持って布を押し上げ、自由自在な空間にすることで表現した。

 

まとめ

本研究を通じて、山本耀司氏のクリエイションを空間的に読み解くことが出来た。彼の衣服がなぜ美しく見えるのか、それは緻密に計算された空気の流れが、どんな人の体型にも対応して美しい布の表情を創り出すからである。ヨウジヤマモトの衣服と空気は密接な関わりがある。表現した空間において入った人が空気として動き回ることで、衣服内の空気の流れを体感できる。そして衣服内空間の役割を知ることで、ヨウジヤマモトのクリエイションを理解することに繋がる。

参考文献

山本耀司,服を作る モードを超えて,中央公論社,2013

田口淑子,All About Yohji Yamamoto from 1968 山本耀司モードの記録。モードの意味を変えた山本耀司の足跡を探して。 文化出版局,2014

NJ・スティーブンソン,ファッションクロノロジー,2013,文化出版局
藤岡通夫ほか,建築史.2018,市ヶ谷出版社
鷲田清一ほか,顕わすボディ/隠すボディ,ポーラ文化研究所,1993
鷲田清一,ちぐはぐな身体,ちくま文庫,1995
鷲田清一,ひとはなぜ服を着るのか,ちくま文庫,1998

研究を終えて

ヨウジヤマモトの衣服と空気は密接な関わりがある。これらの表現した空間において、入った人が空気として動き回ることで、衣服内の空気の流れを体感できる、クリエイションを象徴した空間の設計に繋がった。衣服と空間には強い繋がりがあり、これまでも多くの事が議論されてきた。特定のデザイナーをターゲットにしてその衣服を徹底解剖し、空間に変換するというところに、この研究のオリジナリティがある。

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