1.視線入力の現状
近年、コンピュータの普及に伴って様々な入力方式の研究が行われている。その中で、身体を自由動かすことのできない障害者をターゲットに、次世代の入力インタフェースとして視線入力が注目されてきた。視線入力とは、その名の通りユーザの視線の動きによって、コンピュータを操作するものであり、重度の身体障害者のコミュニケーション手段にとどまらず、ウェアラブル端末への応用による技術の伝承やゲームでの利用など、多様な可能性を秘めたシステムである。
2.視線入力システムが抱える課題
現状から,視線入力を取り入れたい、他の分野に応用したいという者が増えている。ただ、そのような新規ユーザがつまずくこととして操作性の問題がある。1つは現状のアイトラッカーの低い精度により、小さな注視対象を見つめることが難しい点。もう1つは、同じ場所を見つめ続ける慣れない動作に疲弊してしまう点である。
また、大抵の視線入力システムは、入力画面に配置されたGUIを注視することで決まった動作を行うものが多い。ただその場合、GUIが入力画面に同時に表示されている映像作品などに重なり、快適な鑑賞体験の妨げとなってしまう。このような導入への障壁を取り払ってアクセシビリティを向上さなければ、視線入力システムの普及,そして進歩など望むことはできない。
3.研究目的
課題を踏まえ私は、これまで身体障害者としてきた視線入力システムのターゲットを、健康な身体である一般ユーザにも拡張し、より多く方々が使用することのできるアクセシブルデザインの概念を取り入れたものとしたい。その足がかりとして本研究では、操作性の問題を改善した、”注視しやすい”視線入力システム及びGUIの提案を目的とする。
また、仮想空間を簡単に見渡すことができる操作性に加え、入力画面の表示を最小限にすることで、作品鑑賞をストレス無く行うことができる快適性との両立を目指す。そして、この研究が完了した暁には、視線入力に対するハードルが下がり、初心者やその難しさに導入を諦めてしまった者が、簡単に使用できる視線入力システムが形となる。
調査
1.先行研究
研究目的を達成するために、参考となる先行研究が存在する。
⑴.VRや視線入力を主とする関連研究
三浦(2019)は、視線入力を用いて仮想空間を動き回る研究で、操作する際に透明なパネルを使用する手法は学習するのが早く、記憶しやすいことが分かった。
⑵.身体障害の原因となる病気の現状
本研究に着手するために、重度の身体障害を及ぼす病気について調査した。指定難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)や筋ジストロフィーは、病状の進行と共に全身の筋力が低下し、自力での生活が困難となる。しかし、眼球機能は病状が進行しても影響を受けづらい機能である。
2.本研究のアプローチ
⑴.仮説
調査結果から、視線入力システムのアクセシビリティを向上させるためには、入力画面に配置している、見つめることで決まった動作を行うGUIの表示を工夫する必要があると考える。また、その表示を考案する際には、GUIが与える、同時に表示されている映像作品への影響を最小限とするために、表示の切り替えも取り入れる。
⑵.システム構成
本研究のシステム開発環境は次の通りである。
・UI開発環境:Unity
・コンピュータ
・アイトラッキングデバイス:Tobii社製 Tobii Eye Tracker 4C
アイトラッキングデバイスで取得した視線情報は、Tobii社製のSDKであるTobii Pro SDK Unity for Windows 1.8を使用してUnityへと転送する。
研究方法
1.GUIの作成
視線入力システムの入力画面に配置するGUIをUnity上で作成した。
⑴.操作システムの概要
作成したGUIを用いた入力画面をFig. 2に示す。操作システムの大枠としては、視線を検出する透明なパネルを配置し、そこに視線を持っていったときに視野が移動する仕組みとなっている。注視の難しさを解決するために注視済みのパネルは一定時間拡大する。各パネルの中央には理解を促す目的で視野移動方向を表した矢印を描画しており、パネルが拡大されたときには矢印も拡大する仕様となっている。そして、左右のパネルは2種用意しており、画面端のパネルほど素早く視野移動を行う。
⑵.作品鑑賞のしやすさへの配慮
GUIが作品鑑賞の妨げとならないよう、描画される矢印のサイズを最小にする。また拡大された矢印は透明度を上げることでユーザにフィードバックを与えつつ、同時に鑑賞体験への影響を減らす。
⑶.本GUI表示の新規性
視線入力システムにおいて、入力画面に表示するGUIの操作性を改善する研究は既に存在する。それに対して本研究では、GUIの大きさや透明度を場面に合わせて変更することで、視線を検出するパネルの注視のしやすさを向上しながら、作品鑑賞の快適さとの両立を目指すという点において、新規性がある。
2.ユーザテスト
⑴.テスト目的・方法
作成したシステムの操作性を評価するため、学生7名を対象にユーザテストを実施した。内容は、本システムを用いて視野移動を行い、仮想空間に配置した5つのアイテムを全て視野の中心に移動させ、取得するもので、操作の慣れを検証する目的で1名につき2度同じテストを行う。また、視野移動の軌跡をデータログとして記録する。
テスト終了後、取得したデータログからテストの様子を復元した。こうすることで、現場でテストに立ち会わなくても、分析が可能である。
⑵.テスト結果 テスト詳細
Prosとしては、比べて2回目のテストタイムが短縮され、標準偏差も小さいことから,短時間で操作に慣れたと推測できる。また、ほとんどの方が上下と左右の視野移動をスムーズにおこなっていた。
Consとしては、前髪が目にかかると安定した挙動を取れないことからデバイスの精度の低さが明らかになり、また、斜めの視野移動には時間がかかっていた。
まとめ
本研究では、視線入力のアクセシビリティを向上させるために、操作性の問題を改善した”注視しやすい”視線入力システム及びGUIの提案を行った。そして、本システムの操作性を評価したユーザテストの結果によって、快適な作品鑑賞のためにGUIを最小のものにしたとしても、場面に合わせてその大きさや透明度を変更することで、操作のしやすさ及びGUIの注視のしやすさが上向くことが示された。
ただ同時に、アイトラッキングデバイスの精度の低さにより、安定した挙動とはいかない場合があることと今回採用しなかった斜め移動用のGUIの必要性が明らかとなった。
以上のことから、本研究の周知と課題の改善は、視線入力のより実用的なツールへの昇華の一助となると考えられる。そしてその先で、視線入力システムがより一般的になることを願う。
参考文献
[1]公益財団法人 共用品推進機構,「“アクセシブルデザイン”とは」
https://www.kyoyohin.org/ja/research/japan/ad_jis_1.php
[2]田中,岩佐,水上(2003),第46回自動制御連合講演会,1144,「四肢障害者用コミュニケーションシステム」
[3]阿部,佐藤,大山,大井(2006),映像情報メディア学会誌,60,12(2006)1971-1979,「視線による重度肢体不自由者向けコンピュータ操作支援システム」
研究を終えて
誰もが使いやすいツールや技術、情報の共有など、「人を選ばない」社会の実現に貢献したい。今回の研究テーマは、そのような障がいを持つ私自身の願いから発案しました。それから実際に視線入力のターゲット拡大という目的で研究を行い、形にする所まで辿り着くことができました。しかし正直な所、本研究の成果では、すぐに社会の役に立つことは難しいと感じています。
私は本学の大学院への進学を予定しています。研究発表、そして卒業を新たなスタートラインとして、学群で培った知見とアイデアをもとに、ダイバーシティ社会の推進に貢献していきたいと強く思います。