自己像
安住天希
中田研究室
2023 年度卒業
人は日々の生活を送る上で常に現在の自分と向き合い続けているのではなく、自身はそこに存在していても意識は明日の自分に向いていたり、数日前の自分を思い出してそこに戻りたくなってしまったりするといったことがあるのではないだろうか。この作品は、71日分の自身の像の集積による、日々の連続性の中での自己の所在と意識の乖離を表現する作品制作である。

はじめに

1. 背景
前期卒業研究では、ピアノを毎⽇弾くという⽇々の習慣化さ
れた25日分の⾏為を映像で記録し、そこから一つの映像作品を
作る取り組みを⾏なった。これらの制作から、⽇々の継続的な累
積から作品を⽣み出すことの面白さを発見することができた。
前期の反省点は作品として取り組むに対しての明確なビジョン
がないまま制作を始めたことが挙げられる。そのため、後期卒業
制作では始めに作品のビジョンを思い描いてから日々の継続的
な取り組みを行うことにした。継続的な取り組みとして、毎日の
自分の姿のアウトプットを残していくことを思いついた。その
理由は、1番身近な存在である自分自身を制作のモチーフとする
ことで自己と向き合う時間を作ることにより作品と共に自身が
成長することを期待したからである。最終的に自分の姿の集積
で作品が作られている光景を想定し制作を進めていく。
2. 目的
自分の姿の集積で作品が作られることで、過去の⾃分の存在
を実感し受け⼊れるための作品を制作する。⾃分という存在の
不可⽋さや⾃分という概念の不確かさについて考えるきっかけ
になることを目指す。

調査

研究方法

3. 手法
3.1 像の制作
自分の姿をアウトプットしていく手段として、造形物を制作
するという方法でアウトプットを行う。写真や映像を撮るとい
う手法では正確な情報を記録することができるが、自身の手を
動かしながら立体的な形を作るというプロセスに重きを置き、
自分の像を一日一体制作していく。手作業で作る造形では正確
な姿を残すことは不可能だが、対象物である自分と向き合いな
がらリアルタイムで形を作ることで、像を完成させるまでの現
場性が上がると考えた。
像の制作にはアルミ自在ワイヤー、紙粘土、麻紐、厚さ6mm
のスチレンボードを用いる。作る像のサイズは1/10 スケールと
する。このサイズは制作をする際に扱いやすく、かつ細部まで表
現することに適していた。このサイズの像を作るのにおよそ30
〜70 分の時間がかかり、一日一体作り続ける際に適切なサイズ
であると判断した。6mm 厚のスチレンボードを縦6cm×横9cm
のサイズにカットし、それを像の土台にする。土台に穴を開けて
アルミ自在ワイヤーを通し穴に巻きつけて固定させ、大まかな
1/10 スケールの人型を作る。人型に麻紐を巻きつけて紙粘土が
付着しやすくなるようにし、紙粘土で肉付けをしていく。この像
の制作方法は中学時代に美術の授業で学んだ方法であり、紙粘
土を使用することで細やかな形の調整が容易であったためこの
方法を採用した。当初はその日の自分の姿を撮影し、写真を見な
がら像を制作していたが、11 月下旬ごろから写真ではなく全身
鏡を見ながら制作をする方法に変更した。全身鏡を見ながら制
作することでより自己と向き合う時間が増え、造形自体のリア
リティも増していった。
この像の存在はその日の積分された自分であると表現するこ
とにする。微分とは部分を足し合わせた全体のことである。積分
は「動作の結果」を指し、「積分する」とは切り分けた部分を積
み重ねるという動作を意味する。対象とリアルタイムで向き合
いながら粘土を付け足していくという行為が積み重ねられてで
きた一体一体の像は、一瞬の変化を合わせて全体の姿が捉えら
ているといえる。この積分法に類似した方法で制作された像は、
一日のうちの定められた時間の自分を表現するものではく、そ
の日の自分の表象となる存在として扱う。
一体目の制作は絵の具で着⾊を⾏ったが、着色をすることで
像が視覚情報としてフィギュアのような作品になり、像そのも
のが一つの完成品のような存在になってしまった。それでは像
を複数並べたときに色情報がノイズになってしまうのではない
かと考え、2体目以降の制作では像の仕上げとなる着色を行わな
いことで像の解像度を下げることにした。解像度を下げること
で形のみの情報が残され、造形を制作する手作業の動作と過程
の行為に目が向くようになると考えた。
これらの制作の様子を映像でも記録をした。映像で記録をす
ることで、細部の表現や粘土を扱う手の振る舞いの変化に気づ
くことができた。また、毎日手作業で一から像を作り続けた証拠
にもなり、いつでも制作の様子を振り返って見ることができる。
Fig.1 10月24日の像 Fig.2 1月4日の像
Fig.3 像の制作過程
3.2 設置方法と模型制作
設置方法は、1/10スケールの自宅模型にこれまで制作した像を
並べる方法を選定する。初めは像をそのまま並べた設置方法を
試みたが、その設置方法では単にこれまでの制作過程を観賞す
ることしかできず、数量としての作品の強さも欠けていてその
まま作品として提示することはできなかった。
自宅模型に像を立たせることで、像と設置場所に関係性が生ま
れ、それが作品の切り口になるのではないかと考えた。像のスケ
ールに合わせた模型を使用することで作品の世界と鑑賞者の世
界が切り離され、像のモデルである自分が暮らしている自宅と
像との間に何かしらの指標が生まれると仮説を立てる。自宅は
自身が生活する上で最も長く使い続けてきたパーソナルな空間
であり、成長を共にしてきた場所であると考えたため自宅を採
用した。
自宅の模型を1/10スケールで制作した。初期の段階では家に着
色するという手法にも取り組んでみたが、色は全て白で統一す
ることとした。白で統一することで、像を含めた作品全体で統一
感が生まれ、余分なノイズが入り込むことなく像の佇まいにフ
ォーカスを当てて鑑賞をすることができるのではないかと考え
た。さらに像の土台に合わせた窪みを作ることで、像を模型に設
置することを可能にする。その日自分が居たとされる場所に窪
みをあけ、自分がよくいる部屋には数を多く設置できるように
した。また、像の様子を外から鑑賞することができるように家の
外側の壁は作らず柱を設置し、また必要な家具も設けた。
3.3 完成作品について
これまで制作した像を全て自宅模型に設置する。1 体目に制作
した像のみ着色がされているが、制作を開始した日から作品を
作り続けたという観点から1 体目の像は必要不可欠な存在であ
ると判断し、作品に入れることにした。
全体を通して作品を見てみると、自宅にいる過去の自分を同時
に鑑賞するという不思議な体験をすることができる。

まとめ

4. 考察
この像の一体一体は日々の自分が積分された像であると捉え
ると、この作品は日々の積分された自分の集積であるといえる。
この作品を鑑賞者が目撃すると、像を毎日作り続けたという事
実や、作品自体に時間軸が存在していて連続性を帯びているこ
と、造形としてのクオリティの進化、一体一体がその日の自分と
向き合いながらリアルタイムで作り上げられた像であること、
過去の自分を一度に静止画のように見ている体験といった様々
な観点から鑑賞することができる。このことからこの作品は単
に造形物という三次元的な作品ではなく、多様な次元が組み合
わさってできた作品といえるのではないだろうか。
人間という一つの対象を人は完全に理解することはできない。
日々の自分が積分された像を集積させることで、全体は部分か
ら成り立つというものの見方を促し、多様な角度から物事を観
察するという行為を誘発する作品となった。

参考文献

5. 参考文献
[1] 畑村洋太郎(2010年10月26日). 「直感でわかる微分積分」.
p.2-3.

研究を終えて

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