発光性漆の開発
平山正悟
土岐研究室
2023 年度卒業
「陰翳礼賛」では暗がりの中でわずかな光を受け止め、反射する漆の趣深さについて語られるが、現代では漆は明るい空間にあることが多い。また、照明技術が発達した現代において我々は非日常を体験するために意図的に暗さを求めることさえある。本研究では、漆を現代の暗さへの価値観にも対応させることが可能であれば漆芸の領域を拡大できると考え、漆と蓄光粉末を併用することで暗所で発光・変色する表現技術を提案する。

はじめに

日本の歴史の中で「暗さ」への価値観は「暗がり」と「暗闇」に大別できると考える。ここでは、「暗がり」を光や空気の濁り≒陰影を含む日本的な暗さ、「暗闇」を光を遮断した西洋的な暗さであると定義する。
かつての日本人の暗がりに対する感性について記述した谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」¹では、我々は「濁りを帯びた光」を好むとあり、闇を受け入れ、淡い光に趣を感じることがある。例えば、日本家屋において光を直接室内に取り入れるのではなく、障子を挟み込み、光をやわらげ、拡散することで淡い光が差し込むような空間がつくられていたことからも、暗がりとの共存の中で生活を営んでいたことがわかる。
西洋の文化が日本へ流入し、照明技術なども発達するにつれて、日本人の生活にも光と暗闇を完全に分けるような西洋的な価値観が浸透した。光を自由に得て、操作できるようになった現代では、我々は非日常を体験するために意図的に暗がりや暗闇を求めることさえある。例えば、ライブハウスや水族館、プラネタリウム、イルミネーション、和風な日本旅館での宿泊なども非日常に身を置くことに価値を感じる人が多い。

谷崎は「陰翳礼讃」の中で、漆器の黒く、艶のある美しさは薄明りに置いてこそ発揮され、暗がりの中で一点の明かりを灯したときに漆器の艶が映す空気感や、暗がりの中で覗かせる金や螺鈿の煌めきが漆器の美しさの真髄であると述べている。しかし、現代での漆器の活躍の場は明るい生活空間や美術館の展示室などばかりで、かつての暗がりに存在した漆器やそれに対する日本人的感性に触れる機会は少ない。現代において暗がりと漆について考えるとき、単に過去の「陰翳礼讃」のような世界観を模倣するのではなく、暗がりや暗闇を必要とする漆芸のスタイルがあれば、漆芸の領域を拡張できるかもしれないと感じた。

暗所で光るものの一つに蓄光顔料がある。これは太陽光や蛍光灯に含まれる紫外線を蓄え、そのエネルギーを可視光に変換し、一定時間放出する顔料であり、時計やアクセサリー、避難誘導標識など生活の様々な場面で利用されている。透明樹脂との混合や発光部分に白い下地を敷くことで発光しやすくなる。また、一般的に励起波長は200~450nm、発光の強さは(グリーン発光)>(ブルー発光)>(その他)の順である。
蓄光顔料がアートシーンで使用される場合、UVレジンなどと組み合わせた造形物を多く目にするが、漆との使用を試みた例は見受けられなかった。これまでの漆芸は光の反射を前提とした加飾が多いが、蓄光顔料と漆を組み合わせることで、暗所で漆器そのものが発光したり、照らすという行為が漆器に変化を与えるという漆芸の新たな可能性を開拓できると考える。

調査

本実験では黒漆と蓄光粉末を配合したものを蓄光漆(黒)、透漆(すけうるし=透明度が高い漆)と蓄光粉末を配合したものを蓄光漆(透)と呼ぶ。なお、蓄光粉末の粒径は10~30μm、色は緑色・青緑色・青色の3色であり、発光させる際にはブラックライトを用いる。蓄光漆を刷毛で塗る場合、蓄光粉末がその粒径の大きさから刷毛に付着し、塗り面に塗布されない傾向にあったため、ヘラを使用する。加えて、蓄光漆を塗る際の塗り面に関して、比重が(蓄光粉末)>(黒漆または透漆)であるため蓄光粉末が沈殿する傾向にある。ここでは土岐による塩化ビニルシートを活用した乾漆シート法²を用いる。最初に、塩化ビニルシートに表面となる蓄光漆層を塗布することで蓄光粉末の沈殿効果を狙う。

研究方法

(Ⅰ)透漆と蓄光粉末を配合する
(透漆):(蓄光粉末)=1:1の蓄光漆(透)を作る。1層目に蓄光漆(透)を極薄で塗り、2層目に黒漆を塗る。Fig.2より、黒漆が下地の役割を果たすため発光強度は弱い傾向にあるが、透漆を用いているため下地の黒漆の艶が保たれたまま発光する。また、1層目に透漆を塗布し、その上から蓄光粉末を蒔くことで発光部分にランダム性が生じる。一見ごく普通に見える漆表面に紫外線を当てると暗所で変色する表現を提案できる可能性がある。

(Ⅱ)レーザーカッターによる彫刻法
蓄光漆(黒)が表面となる乾漆シートは蓄光粉末濃度が高い部分が灰色となってしまい、黒漆特有の艶がなくなってしまう。(黒漆):(蓄光粉末)=1:1の蓄光漆(黒)を1層目に塗布したサンプルにおいて、表面の縮みによって塩化ビニルシートから乾漆シートを綺麗に剥離できず、内部が露出した失敗サンプルがあった。露出部分にブラックライトを照射したところ、蓄光漆(黒)表面よりも発光強度が強かった。この失敗から、精密な彫刻操作が可能なレーザーカッターを扱うことで粉末密度の高い内部層を露出させることができると考えた。Fig.3は蓄光漆(黒)表面をレーザーカッターで彫刻したサンプルである。1層目に黒漆、2層目に蓄光漆(黒)を塗り、発光させたい部分をレーザーカッターで2層目まで彫刻し、模様や柄を施すことで、黒漆部分と発光部分が同系色となる乾漆シートを作成できる。

(Ⅲ)蒔絵法
蒔絵とは漆器表面に漆で模様や絵を描き、漆が固まらないうちに金などの金属粉を蒔く加飾法である。これと同じ要領で金属粉を蓄光粉末とした蒔絵を行う。Fig.4は右下がりの線①が白漆を、右上がりの線②が透漆を塗布し、蓄光粉末を蒔いたサンプルである。粉末が多いほど線が白っぽくなるため②の方が明所でも観察しやすいが、①は白漆が下地の役割を果たすことから、粉末が②ほど多くなくても発光強度が高かった。蒔絵面が細く、細かいほどシャープに、広いほどぼんやりと発光した。また、蓄光粉末は蒔絵に使う粉末としては粒径が大きく、下地の漆から落ちやすいため、摺り漆で粉末を固定することが重要となる。

まとめ

蓄光粉末を用いた表現は現代の技術を用いることでバリエーションが広がることが分かった。特に、塩化ビニルシートを活用した乾漆シート法によって実現可能な加飾法を提案できたことは乾漆シート法での表現やデザインを拡大できたという点で新たな発見だった。今回の実験では蓄光顔料を用いたが、蛍光顔料でもほとんど同様の手法で変色する表現が可能だと考える。ただし、蛍光顔料の場合、紫外線を照射しているときのみ発光する。また、変色という観点から紫外線照射以外にも温度変化や水で色が変化する漆の表現なども素材との組み合わせで可能かもしれない。環境の変化やユーザーのアクションによって漆そのものが変化する技術や表現を模索していきたい。

参考文献

谷崎潤一郎(1995).「陰翳礼讃 改版」.中央公論社

土岐謙次(2017).「塩化ビニル樹脂を型素材とした乾漆造形手法の研究」

研究を終えて

モノづくりの精度を追究する難しさを実感した。

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