スモッキングの収縮シミュレーションを用いた布表面の立体化手法の提案
高橋亜美
佐藤研究室
2023 年度卒業
スモッキングとは布表面の複数の点を集約することで立体的な装飾を生み出す縫製技法である。従来の制作方法では縫製後の造形を予測することが困難であり、非常に時間がかかるという課題がある。そこで本研究では伝統的に手作業で行われてきたスモッキング制作に対して、デジタル技術を用いて制作の自動化を目指す。また,それに伴いシミュレーションを使用したデザイン設計から布表面上の造形まで一連の制作システムを確立した。

はじめに

スモッキングは伝統的な縫製技法のひとつである.パターンライン(規則的に配置した線)を描画し,そのラインの端点を縫い絞り集約させることで,布にギャザー(装飾的なしわ)を作り立体的な造形を作り出す技法である.衣服の装飾として用いられる技法であるが,従来の方法ではパターンラインから結果を予測することは困難であり,制作に時間がかかる.これらの労力が軽減され,制作が容易になることで,スモッキング制作における自由度が高くなり,より手軽にスモッキングを施すことが可能になる.
そこで本研究では,シミュレーションから作成したデジタルデータを用いてスモッキング制作の自動化を目指す.

調査

デジタルファブリケーションによってプロダクトのデザインや制作の自動化,効率化を図る研究には,Nature Architects株式会社[1]の熱を加えるだけで自動的に立体変形する布や,Annie[2]のスモッキング技法を用いた曲線的なコンクリート造形と,それに伴いスモッキングの縫製後の形をシミュレーションするツールの開発を行った例がある.また,JING REN[3]らはより正確で自由度の高いスモッキングのシミュレーション開発を行った.    これらは,スモッキングの縫製後を予測するシミュレーションを制作しているが,データを用いた効率的なスモッキングの制作手法の確立には至っていない.

研究方法

本研究の目的

本研究では,伝統的に手作業によって行われてきたスモッキング制作に対し,デジタルツールを使用して設計から造形まで一連の制作方法を確立することを目指す.これが可能になれば,デザインの自由度が高くなり,制作にかかる時間も短縮されるため,それぞれのサイズに合わせたスカートやバッグ等のプロダクト制作が容易になる.

自動制作のシステム設計

 本研究では、従来手動で行われてきた①パターンライン描画と②端点の集約を自動化する.これに基づき、スモッキングをデザインから造形まで自動的に制作するため,制作システム(図1)を以下のように設計する.

(1)シミュレーションでパターンラインの設計を行う

(2)シミュレーションデータから収縮可能なアタッチメントを出力す

(3) 布とアタッチメントを貼り合わせ,収縮させる

 

スモッキングシミュレーションの開発

シミュレーションの概要

任意のパターンラインから縫製後の結果をシミュレーションできるツールの開発を行った.描画したパターンラインのデータから端点集約を目的としたアタッチメントを作成することでパターンラインの描画の自動化を可能にする.開発ツールには3次元CADソフトウェアRhinocerosのバージョンRhino7とRhinoceros上で動作するビジュアルプログラミング言語Grasshopperを使用する.

シミュレーションの仕様

シミュレーションの操作は次の手順で行う.①布のサイズ調整.②2~4点から集約したいパターンラインの端点数を選択.③パターンラインの形を決定 (図2) .④シミュレーションの実行(図2).③の形の決定は 線の長さ,傾き,xy方向上の位置(布面の左右上下方向をxy方向と表す),xy方向におけるパターンの繰り返し数,パターン同士の間隔の広さの5項目で行う.

データを用いたスモッキング造形方法の検討

シミュレーションのパターンラインデータを用いて,ラインの端点を集約するアタッチメントの設計を行った.

Auxetic構造を用いたアタッチメント制作

端点の集約を少ない工程で容易に行うため,パターン同士が連鎖的に動き,集約することが可能なアタッチメントを設計する.そこで,物体を引き伸ばしたときに力の作用方向と垂直方向にも伸び,全体が連動して広がる性質を持つAuxetic構造を用いる.この構造は全体の収縮を行う過程で,複数の点が集約されており(図3),この性質をアタッチメントの設計へ用いる.

アタッチメントの設計

制作手順

制作手順は以下のとおりである.①シミュレーションで自動生成されたアタッチメントを3Dプリンタ-で出力する.②アタッチメントを左右に引き伸ばし,広げた状態で布へ貼り付ける.③アタッチメントを引き伸ばす力を緩め,収縮を行う.

使用した素材と機材

アタッチメントの作成には3Dプリンタ―(Anycubic i3 Mega S),フィラメントは伸縮性に優れている熱可塑性ポリウレタン(TPU95 1.75mm, PolyFlex社)を使用した.また,布(綿100%)とアタッチメントの貼り合わせのためにスプレー糊(3M 99)を使用した.

アタッチメントの形状

シミュレーションでは2点,3点,4点の収縮(図4)が可能であるため,それぞれに対応した3つのAuxetic構造(図4)をアタッチメントへ用いた.これらのアタッチメントはシミュレーションの各パラメータで設定した数値に合わせて自動的に生成される.アタッチメントは,Auxetic構造における点が集約している状態で生成し、それを引き伸ばして布へ貼り付けることで復元力を利用してスモッキングパターンを造形する.そのため,パターンの収縮後を想定し,アタッチメントの設計を行う.例えば2点収縮の場合,パターンラインの長さ(a)とライン同士の間隔の広さ(b)を用いて図5のように設計を行った.

また,枠線の太さのみ変化させた5種類のアタッチメントからスモッキングの造形を行った. 図6の(a)~(c)は収縮率が弱いが,(e)は布へ貼り合わせる面積が大きいため,スモッキングの膨らみが弱くなる.そのためシミュレーションを再現できる太さとして,(d)が最適であるという結果が得られた.

 

実験結果

 これらのアタッチメントによる造形の結果,図4のようにシミュレーションから得られた形と近似する造形の制作に成功した.またシミュレーション実行後とアタッチメントによる造形後を単位パターンの高さと幅,収縮させた全体の高さと幅の4項目で比較した(表1).その結果,誤差が単位パターンでは4mm以下,全体では1cm以下になり,収縮時のサイズをシミュレーションすることができた.

まとめ

プロダクトの展開例

アタッチメント自体が伸縮性を持つため,布へ貼り合わせた後でも伸び縮みができる性質を活かして,ウエストや手首部分等へのサイズ調整も兼ねた機能的な装飾や,モノを入れた際に広がるエコバッグ等への応用が期待できる.

今後の展望

本研究ではスモッキングの制作手法を自動化するため,スモッキングの収縮シミュレーションの開発とそこから得られたデータを用いて布表面の立体化を行い,デザインから造形まで一連のシステムを確立した.パターンラインの描画から縫製後をシミュレーションすることで,自由なスモッキングデザインを可能にした.またパターンラインデータとAuxetic構造によりアタッチメントを作成し,復元力を用いた正確かつ半自動的なスモッキング造形を行った.

現段階ではシミュレーションにおいて,四角形の布に対してのみデザインが可能であるが,今後は衣服など任意の形に対してデザイン可能にすることでよりプロダクトへの応用が容易になると考えられる.また,本研究で使用した3つ以外のAuxetic構造を用いることで,より複雑で多様なスモッキング造形が可能になると考えられる.

参考文献

[1]Nature Architects株式会社. “熱で自在に変形する布 ”Steam Stretch”の設計製造技術 を エイポック エイブル イッセイミヤケ と共同開発  ”. Nature Architects inc. 2023年4月4日. https://nature-architects.com/blog/1061/ ,  (2023年12月31日閲覧) .

[2]Annie Locke Scherer. Concrete Form[ing]work:: Designing and Simulating Parametrically-Patterned Fabric Formwork for Cast Concrete. the eCAADe and SIGraDi Conference 2019. pp.759-768.

[3]REN, Jing; SEGALL, Aviv; SORKINE-HORNUNG, Olga. Digital 3D Smocking Design. ACM Transactions on Graphics, 2023.

研究を終えて

研究を行うにあたり構造について学ぶことが多く,非常に奥が深い世界だと感じた.今後も勉強を続けていきたい.

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