複曲面加工を施した半剛体面による折り構造の提案と変形可能プロダクトへの応用
相馬悠
佐藤研究室
2023 年度卒業
本研究では、折り構造が建築やプロダクトデザインに広く応用されることを目的として、従来の剛体面のみで構成される折り構造と異なり、面に切り欠き加工を施して柔らかく扱う半剛体構造を原理検証を基に提案する。また、面の変形加工方法とともに面同士の適切な接合方法を提案し、半剛体構造を用いた変形可能なプロダクトの設計をおこなう。

はじめに

「折り紙」は,幾何学を用いた古くから存在する造形手法であり,平面の折り方を工夫することで意図した三次元の造形物を制作することが可能である.この仕組みを応用した事例は多岐の分野にわたり,精密な医療機器から人工衛星に至るまで,あらゆるスケールのデザインに用いられている.特に建築・プロダクトデザイン分野においては,折紙構造の展開性や可変性に加え,構造安定性や展開操作にも注目した制作や研究が盛んに行われている[1][2].
一方,前述の事例も含め,折紙構造を応用した建築・プロダクトの提案は,使用する材の厚みや剛性,折り紙の幾何学的制約による影響を大きく受ける.材の厚みによって折り角が制限されるほか,剛体を折る場合では,折りの過程で生じる僅かな歪みを吸収できないために,プロダクトへ応用できる折りパターンは剛体折り可能な(歪みとそれによる応力が発生しない)折り方のみに限られるという課題がある.
そこで本研究では,折り構造のプロダクトへの応用における自由度を高めることを目的として,面やヒンジ部を紙のように柔らかく扱う『半剛体構造』を提案する.また,この構造を実現するための面同士の接合方法や造形の機能性を検討し,構造安定性と可変性を兼ね備えた1/1スケールの折り構造プロダクトの設計を目指す.

調査

折り構造の幾何学的・物理的制約を数理的に解くことによって剛体折り可能とするアプローチとして,同一平面上にヒンジを配置し,パネルを裏表にオフセットして重ねることで剛体折り可能であることを示す研究[3]や,剛体折紙の変形について,2方向平坦折り可能ドームを例に,パターンの繰り返しの鏡面対称性や厚みの操作によって変形可能であることを示す研究[4]がある.しかし,これらは歪みとそれによる応力を生じさせないために,折り線部や厚みによる構造への干渉を防ぐ折り方を提案するものであり,面によって歪みを吸収することで折りを可能にするものではない.

研究方法

 アプローチ

本研究では,折り線の処理に着目して歪みを解消する従来の剛体折りのアプローチと異なり,折り線の処理に加えて面を緩やかに変形させることで歪みを吸収する『半剛体構造』を提案し,それによって実現可能となる変形可能なプロダクトを設計する.これまで数理折紙のプロダクトへの応用は,一部の剛体折り可能なパターンに限られていたため,半剛体構造の実現によってプロダクトに応用できる折りパターンが増加することが期待できる(図1).

本研究では,板面に切り欠きを加えるKerf bendingという加工方法に着目して半剛体構造を提案する.剛体折り不可能な折り方を用いて原理模型を制作し,半剛体構造が実現可能であるかを実験によって検証していく.また,半剛体構造のプロダクトへの応用を目的として,半剛体面同士の適切な接合方法を,原理模型を用いた物性試験・原理観察によって検討する.

『半剛体構造』の提案と実験

Kerf bendingによる『半剛体構造』の提案
半剛体構造を構成するパネルには,koFAKTORlabによる渦巻状の切り欠きパターンを持つKerf bending加工[5]を施し,柔軟な変形が可能な複曲面となるように加工した.これにより,折りの過程で生じる歪みを面の湾曲や伸縮によって一部吸収することができる.この面と,面の湾曲を阻害しない柔軟で耐久性のある接合方法とを組み合わせることで,厚みの干渉を受けながらも接合部や面が破断することなく変形できる半剛体構造を実現した.

剛体折りと半剛体構造の物性比較
MDF(2.5mm厚)を使用して,剛体面と半剛体面それぞれを用いた円筒ねじり折り模型(4段)を作製し,圧縮・展開時の様子を観察することで半剛体構造の物性を検証した.
実験に使用する模型は,円筒ねじり折り展開図上で折り線に囲まれた三角形を1つのパネルとして,パネルを養生テープで組み合わせることで制作した.Adobe Illustrator を使用して三角形パネル(高さ95.6mm, 底辺70mm,∠A=45°, ∠B=30°, ∠C=105°)の図面を制作し,レーザーカッターで計48枚(円筒まわり1段につき12枚,計4段)を切り出した.これらパネルの辺同士を折り線部はヒンジになるように養生テープで組み合わせ,模型を作製した.
実験の結果,剛体折りでは圧縮時に厚みが集中する箇所において,接合部のテープが破れていることが確認されたが,半剛体構造では破れが限りなく小さく抑えられていることが確認された(図2右上).さらに半剛体構造では面がしなやかに湾曲しており(図2右下),接合部とともに面においても歪みを一部吸収していると考えられる.以上の結果から,折りの過程で生じる歪みを半剛体面と接合部によって緩和する半剛体構造が提案できることが確認された.

プロダクト展開における半剛体構造の接合部の検討

原理模型の観察と接合方法の検討
原理検証より,半剛体構造では折りの過程で生じる歪みが面や折り線部の湾曲によって緩和されることが確認できたが,原理模型の接合は養生テープの強度に依存しているという課題がある.そのため,以下ではプロダクトへの応用を目的として,施工性・耐久性・意匠性に優れた接合方法の提案を目指し,ウレタン・シリコン塗布,TPUジョイント,強力接着テープによる接合について検討を行った.

ウレタン・シリコン塗布による接合
ウレタン・シリコンの柔軟性と耐久性に優れている特徴を利用して,半剛体面同士をウレタンシーリング(モノタロウ),変成シリコーンシール(セメダイン),シリコン液(SMOOTH-ON Ecoflex 00-30)をそれぞれ塗布することによってヒンジ接合し,乾燥後に電子計り(FREETOO)を使用してヒンジ反対方向に引張ることで,破断するまでの強度を計測した(表1).強度実験より,接合部が破断していることから十分な耐久性は確認できず,柔軟性に優れているものの接合方法としては不十分だという結論が得られた.

TPUジョイントの設計と物性実験
接合部の強度を十分に確保するため,TPU(熱可塑性ポリウレタン)製ジョイントを装着する接合方法を試みた.
面同士を繋ぐジョイントをRhinocerosで設計した.幅15mm,厚さ1mmのジョイント中央に,幅0.3mm,深さ2mmのスリットを設けてヒンジ処理し,TPUフィラメントを使用して3Dプリンタ(Anycubic i3 Mega S)で造形した.このジョイントに半剛体面を万能ボンド(モリトク)で接着・装着することで,ジョイント接合による半剛体ユニットを製作した(図3).
造形後の観察より,TPUジョイントは柔軟性・耐久性に非常に優れていることが確認された.しかし,強度実験ではジョイント付近の面が破断しているため,ジョイントの耐久性が非常に高いことに加え,ジョイントと面の境界部に応力が集中していると推察される.

強力接着テープによる接合
4章で作製した原理模型では、養生テープを用いて接合したため耐久性が低いものの,施工時間は最も短かった.これに対し,TPUジョイントは耐久性には優れているが造形時間を要し,また造成寸法も限られているという課題がある.こうした結果より,スケールの大きなプロダクト制作に向けて,強力接着テープによる接合を試みた.4章で作製した半剛体構造模型と同じ模型を,接合にゴリラテープクリスタルクリア(呉工業)を使用して作製した(図3).模型を観察すると,従来の模型と比較して接合部の捻じれや破断が小さく抑えられていた.また,透明テープによって意匠性も向上しており,強度実験からも十分な強度が確認されたことから,耐久性・施工性・意匠性を考慮するとプロダクト応用に最も適した接合方法であると結論付けられる.

まとめ

 本研究では,折り線の処理によって歪みを解消する従来の剛体折りとは異なり,折り線の処理に加えて面を曲げることによって歪みを吸収する『半剛体構造』を提案し,実際のプロダクトへの応用を目的とした強度実験や適切な接合方法の検討を行った.実験より半剛体構造は,渦巻状のKerf bending加工による柔軟な半剛体面と折り線部によって歪みを緩和しており,耐久性・施工性・意匠性を考慮すると,強力接着テープによる接合が最もプロダクト展開に適していることが確認された.
今後は,半剛体構造の提案によって,これまで折り構造に使用されなかった素材や折りパターンを用いた変形可能プロダクトが設計・製造されることを期待し,より適切な切り欠き方法や,異なる素材・厚みの条件下でも制作できるような加工方法を提案していく.

参考文献

[1] David Melancon, Benjamin Gorissen, Carlos J. Garcia-Mora, Chuck Hoberman & Katia Bertoldi. Multistable inflatable origami structures at the metre scale. Nature 592, pp.545-550, 2021.
[2] SANNA LINDSTROM. “Grand Central”. SANNA LINDSTROM. 2013年2月17日.
https://www.sannalindstrom.se/grandcentral.html.
(2024年1月18日閲覧)
[3] 舘知宏.剛体折紙メカニズム. 日本ロボット学会誌 Vol. 34, No.3, pp.185-186,188-189, 2016.
[4] 下田悠太. 平坦折り可能なシェルター形式の非可展多面体. 東京大学大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学2020年度修士論文, pp.41, 2021.
[5] koFAKTORlab. “Super flexible laser cut plywood”. koFAKTORlab.
http://lab.kofaktor.hr/en/portfolio/super-flexible-laser-cut-plywood/. (2024年1月18日閲覧)

研究を終えて

構造や素材と向き合うことから新しいデザインや価値体験が生まれることを、リサーチや実験・検証を重ねるたびに強く実感した。「持ち運べる建築が作れたら面白いな」という想像から、現実的な使用勝手を想定した実験・検証を経て1/1スケールでプロダクトを制作できたことに、大変喜びを感じている。未だ最適な提案に至らなかった課題も多く残っているため、今後も研究を重ね、より大きな構造物への応用を目指していく。

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