自閉スペクトラム症児に向けた生活改善提案
山岸茉歩
伊藤研究室
2023 年度卒業
本研究では自閉症患者に向けたTEACCHプログラムを元に、自閉症児が過ごす住宅の改善提案を行う。自閉症児の特性を理解し、本人ではなく、周囲の環境を変えることでの問題解決を試みる。可能な限り自閉スペクトラム症児が自立した生活を行うための場を、インテリアコーディネートのみでの提案と、設計での提案をそれぞれ行うこと、そして一般の方にも広く知ってもらえるような冊子を制作することを目的とする。

はじめに

知的障害・発達障害をもつ子供たちに対して必要なのは周囲からの理解と、合理的配慮である。ADHD や、ASD などの単語がSNS などを通じて広く知られるようになってきた現状でも、適切な配慮の知識がある人は少ない。発達障害関係の研究としては、グループホームや、放課後等デイサービスなどを対象にしたものが多かった。しかし、そういった専門的な知識を持っている方や住宅に応用できている方は多くない。本人自体ではなく、周囲の環境をまず整えることで、インテリア方面からの支援が出来ないかと考えた。そのため、本研究ではTEACCHプログラムを元に、自閉スペクトラム症児が過ごす住宅の改善提案を行う。
保護者の方に話を聞いていく中で「自分がいなくなった後、この子はどうなるんだろう」という不安を抱えている方は多かった。更に、本人も周囲の心無い言葉によって自信を喪失してしまう状況をなくすために、出来る限り1 人でやれることを増やすのが親と子供、双方において重要なことだと感じた。

研究チャート

前期では困りごとの対処法として実際に住宅を改修した例を調べた結果、大規模なものでは危険対策がメインに行われていることがわかった。そのため、後期では対象を絞り、行動対策の調査を中心に進めた。その調査内容からガイドラインを作成し、それを基に設計する。

調査

1. 対象

対象とするのは自閉スペクトラム症の人の幼児後期、学童期の写真やイラスト、文字がセットになったカード(通称 絵カード)を理解できるIQがある、知的障害がない、もしくは軽度~中度までの子供を想定している。

2. ヒアリング

自閉スペクトラム症児を対象とする事業所を2か所
自閉スペクトラム症児を対象とする中でも軽度~中度(公立学校の通常学級・特別支援学級)、中度~重度(特別支援学校)とそれぞれ対象とする子供の発達段階が異なる。

2.1 ヒアリング結果

事業所で行われている建物内は、安全対策と構造化の2つの面で工夫されており、二つの事業所でも違う箇所が多かった。共通する点としては、スケジュールの提示、部屋の使い分け、ラベルの提示などがあげられる。
中度~重度の子を対象にする事業所の方では、特に部屋の使い分けという点を強く意識していて、壁紙を部屋ごとに変更する、仕切りで作業スペースを区切る、などの工夫を全部屋で行っていた。これらはTEACCHプログラムの「構造化」の原理に基づいて行われていると考えられる。

4. 自閉スペクトラム症の捉え方

自閉スペクトラム症について

自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD) は、先天的な発達障害の一種である。診断の基準として、社会的なコミュニケーションや対人関係をつくっていくときのさまざまな能力を総合的にはたらかせることが難しいことと、興味や関心が限定的で、反復的な行動をするという問題をもつ。
子供のころは特にワーキングメモリ(短期記憶)が未形成な部分があり、同時に複数のことを考えたり、覚えていることが難しい。これは、何度も正しい行動と結果を教えていけば、長期記憶となったり、短期記憶の形成を助けたりする。
また、知的障害・発達障害のある子供は、視覚優位の子供が多いため、絵や文字などの視覚情報の方が理解しやすい。

TEACCH プログラムについて

1960 年代からアメリカのノースカロライナ大学医学部で始まった自閉スペクトラム症についての研究。自閉スペクトラム症患者本人を変えるのではなく、周りの環境や人の対応の仕方を変える方式。
子供の特性を理解し、スケジュールや、物理的な「構造化」をすることによって、最適な支援を行う。

「今何が起きているか」「この跡何が起きるか」「自分は何をすればいいのか」ということを、視覚的に理解できるようにレイアウトすることで、混乱を減らし、自立的な行動を促すためのもの。配置に工夫をして、子供が各場所や場面の意味を理解できるようにする「物理的構造化」、そして、更にスケジュールなどの「時間」の視覚化、何を、どのくらいするのか「作業」の視覚化、どうやってするのか「手順」の視覚化がある。子供の発達段階にあわせて、実物、ミニチュア、写真、デフォルトイラスト、文字だけ、というように理解しやすい方法で表示していくことが大事である。

5.     分析の結果

物理的構造化と、視覚化がベースとしてあり、その上で自閉スペクトラム症児の特性に合わせたスペースを用意することで、発達を促し、生活の困りごとを減らすことができる。

研究方法

6.     ガイドライン作成

実際に事業所に訪問して、障害を持つ本人、ご家族、支援者の声を聞いたり、住宅や事業所の状況を見てきたり、体験談を探したりとしてきた。そういった方たちは経験していく中で得ていく知見はあるものの、TEACCH プログラムなどの実際の知見に基づいた理論などを詳しく知っている方は限られるのではないかと考える。保護者の方や、支援者でも、学童保育や普通学級など多くの子どもを相手にする場合、調べる時間や余裕が足りないこともあるだろう。そういった方たちが簡単に情報を得られるようにすることが目的の一つとなる。
写真よりも情報量が少ないイラストを使って、知識がなくても一目見てわかるようなものを目指した。

6.1    物理的構造化

視覚障害者のための点字ブロック、身体障がい者のためのスロープのように、物理的なバリアを取り除くために、環境を整理する手段のこと。様々な事情、文化を抱えた人たちが誰でも同じように利用できる場所を用意する。
自閉スペクトラム症児は、例えば学校の教室などの勉強、休憩、食事、着替えなど多目的に使うことを想定されている場所にいるときに、次に何をするべきかわからなくて混乱してしまうことがある。同じように家でも、同一場所を多目的に用いないことが大事なこととなる。
更に高度な構造化の方法として、用途の違うスペースが隣り合っていているときに、それらをパーテンションで区切る、カーペット、壁紙の素材や色を変えるなどがあげられる。
そして、そこで何をすればいいかわからなくなってしまう要因として、他のものが目に入ってしまい本来やろうとしたことを忘れてしまう、目に入る情報が多くて混乱してしまう、などがあるので、刺激を減らすことが大事である。使わないときはカーテンで目隠しをする、ワークスペースを鏡や窓の近くに置かない、などがあげられる。

6.2    視覚化

さらに細かく分類すると、時間・作業・手順の3つに分けられる。時間は下記で解説しているトランジションエリアで応用されているスケジュールの提示が該当する。
子供の発達段階に合わせて実物から、写真、イラスト、文字情報などの対応を変える。理解しやすい色、目に入れると辛い色などは個別差の大きい部分となるので、大きな枠組みのレイアウトを表示し、実際は子供に合わせて選んでもらう。

6.3    トランジションエリア

きちんとしたエリアとして区切ることで、この場所での目的を「次の準備をすること」の一つとする。図では2週間、1日のスケジュールを示しているが、子供の発達段階に応じては数を減らして最初は始める必要がある。毎回何かをするたびに大人が指示を出す、または介助を行っていくだけでなく、その子にできる範囲で自分から行動をする練習をしていくことが大事である。自閉スペクトラム症児は好きにしていいよ、と言われると何をすればいいのかわからなくて混乱してしまうことがある、そのため自分でやることを確認する、ということをルーティーンに組み込むことで、その混乱を防ぐ目的もある。

一日のスケジュールは、何時に、何をするかが時計と一緒に書いてあるため、1 人で確認して行う。完了したカードは下にある「おわりBOX」にしまう。 2 週間分のスケジュールは、見通しをつけるためのもので、予定が変更になった際には何度も確認して不安感をとりのぞく。持ち物カードには、鞄に入れたものから、カードを「おわりBOX」にしまってを一通りやって毎日の忘れ物を減らす目的がある。

6.4   身体と心を整えるエリア

大切なことの一つとして、「療養」と「カームダウン」と「クールダウン」の違いがある。一般的に「療養」は、病気などで体調が悪いときに身体を休めること、「クールダウン」は喧嘩、ストレスなどでパニックを起してしまった子供を大人が対応して落ち着かせること。そして、「カームダウン」というのは、そのストレスなどによって爆発してしまう前に、自分で気持ちを落ち着かせることをさす。

この3 つを行うための部屋で必要とされる要素は全て違うため、それぞれ別の場所を用意するべきである。療養は人を寝かせるスペースや介抱するための場所も必要なため、ある程度の広さが必要になるが、気持ちを落ち着かせたいときには、広くて刺激が多い場所は向いていない。
更に、パニックや癇癪を起してしまったあとになれば、1人で部屋にこもって気持ちを落ち着かせるのは難しく、大人が対処する必要がある場合が多い。もし、パニックの時にだけ使う部屋を用意しても、部屋とパニックのときの感情が結びついてしまい、それ以降は全然気持ちが落ち着かない場所になってしまう可能性が高い。それに対して、カームダウンは、前述したとおり自分で気持ちをコントロールしていくことをさす。このエリアは最初から1 人でできるものではなく、日頃から固定の場所で休憩する習慣をつけて、その場所と、落ち着く気持ちを結びつけることから始める。そして、気持ちがざわざわしたときに、そこで爆発する前におさめる練習につなげる。そうして大人のサポートなしに、感情をコントロールした生活ができるようになることを目標としている。
日常的にカーテンの裏に隠れることがある、棚の隙間に入ることが多い、などの経験談を聞くことがあるが、これは生活していく中でできた自分だけの専用スペースを得ているということである。そういう場所を居心地よく、更に効果的に用意するのが「カームダウン・エリア」となる。

6.5   ワークエリア/プレイエリア

ワークエリアとして、課題や作業に取り組む際にも混乱を防げるよう、パネルデスク、パーテーションデスクと呼ばれる仕切りがついた机を使ったり、机の横に仕切り、棚を配置して他のものが目に入らないようにする。また、療育の現場などで取り入れられている「ワークシステム」というのは、テーブルの上や、棚に入った課題を上から順番にこなしていき、支援者や保護者がいなくても1 人で作業を進めるシステムのことである。棚であれば、上から下に順番に取り組む課題が入っていて、一つ終われば、次の課題を取り出すという練習をする。レベルは子供によって異なるが、家庭でも宿題や、着替えなどで応用していき、自分でこなせることを増やしていきたい。

発達障害の子供は、感覚統合がうまくいっていないことがある。得る刺激をうまく整理したり、分類できないことで感覚過敏・感覚鈍麻が起こったり、運動が苦手になったりということが起こってしまう。定番のトランポリン、ハンモック、バランスボールなどに加えて、ボルダリングができる壁などを設置するプレイエリアを制作することで感覚を養ったり、運動不足やストレスを解消したりという目的がある。

7. レイアウト/設計

親子3 人暮らしを想定
父(夜遅くの帰宅)+母(専業主婦)
息子が知的障害中度+自閉スペクトラム症6 ~ 12 歳程度の期間を想定集合住宅の場合に加えて、新築で一軒家を建てる場合に構造化をどう利用していくのかについて検討した。

7.1 集合住宅レイアウト

一般的な集合住宅で、TEACCH プログラムを利用したインテリアをレイアウトした。
子どもが主に使用する場所をダイニングの隣、引き戸で区切られた部屋に設置することで、子供の状態によって隠れられる空間を生み出す。更に、押入れをカームダウンエリアとして、自分だけが入れる空間を用意した。

7.2 住宅設計

一軒家設計(地方小都市 ex 山形県米沢市)
3 人家族 知的障害を伴う自閉スペクトラム症児6 歳~ 12 歳くらいまで使える想定で住宅を設計した。
事前に満たすべき条件を書き出し、それに基づいて設計を行った

▽設計条件

・子供部屋として、寝る場所、勉強する場所、着替える場所、等を一緒にしない
→物理的構造化
・トイレや他の場所に行くとき玄関の前を通らないようにする動線
→玄関を目にすると、衝動的に飛び出してしまうことがある
・脱衣所で着替えを済ませられるように、服を置くスペースを作る
→リビングで脱衣してしまうことがあるため、着替えるのは脱衣所だけと決める
・トイレは介助が付くことを考えて少しだけ広くする
→トイレトレーニングなどが定型発達の子よりも遅れることがあるので、トイレに付き添う際に少しスペースを必要とする(中度~重度の障害の子)
・1 階と2 階にカームダウン・エリアになれる場所を設置
→2 階だけにある場合に、落ち着かないなら2 階に行くように伝えても、追いやられたと感じることがある
・着替え、トイレ、手洗い、等は絵カードで手順を説明する
→ワークシステムなどを用いて、棚の上から一つずつ服を選べば着替えが完了する、など自分で出来る練習をする
・キッチン、水場安全対策
→扉をつける、鍵をつける等
・ドア、窓安全/ 防音対策→二重サッシ
・スイッチにはカバーをつける
→いたずら防止
・カーテンレールを装飾レール(マジックテープ)にする
→カーテンを引っ張り、くるまって遊ぶことがあるので、カーテンが取れてもすぐ直せるようにするため
・庭(プールやトランポリンができる)
→衝動性があったり、大声を出してしまったり、大人が付き添う必要が多かったり、車移動も多いので、家で好きに動けるような場所を用意できるのが理想
・2 階に親が多目的に使えるスペースを作る
→親の逃げ場にもなる
・拭き掃除がしやすい素材
→レザーの素材の家具、マットを敷くのが好まれる

まとめ

今研究では、自閉スペクトラム症児が可能な限りの自立した生活を行うための提案として、集合住宅におけるインテリアコーディネートのみでの提案と、地方小都市での一軒家設計での提案をそれぞれ行い、そして提案の元になったガイドラインとレイアウト/設計について、一般の方にも広く知ってもらえるような冊子を制作し配布した。今後はそのフィードバックを受けて、改修した内容を再度世間にデータを公表したいと考えている。

参考文献

[1]小林信篤(2008).『TEACCHプログラムによる日本の自閉症療育』.学研プラス.
[2] 佐々木正美(2008). 『自閉症児のためのTEACCHハンドブック』.学研プラス.
[3] 佐々木正美(2006). 『自閉症児のための絵で見る構造化〈パート2〉』.学研プラス.
[4] 湯汲英史(2016). 『イラストでよくわかる知的障害・発達障害のある子どもへのコミュニケーション支援』.紀伊國屋書店.

研究を終えて

自分自身が知識がなくて歯がゆい思いをした経験から、今回は一般の方にまず自閉スペクトラム症についてと、その困りごとを解決する方法となりうるTEACCHプログラムについて知ってもらうために、内容をさらい、ヒアリングをもとにまとめ直した。事業所の方も何件も周り、保護者の方と直接お話させていただく機会などもありがたいことに設けていただいていくなかで、当事者よりも周りの人たちが変わっていき、合理的配慮が行われるのが当然の社会になればいいと強く感じた。少しの差で使えなくなってしまう場所があり、そういったことの積み重ねで折れてしまう心がある。その負担をできる限り減らしていきたい。

この研究の内容をみて、頭の片隅にこの知識が残る方が少しでも多くいてほしいです。

メニュー