高齢者のための椅子の提案
中嶋希美
伊藤研究室
2023 年度卒業
通常の椅子は押し引きをすることを前提とするが、高齢者にとっては負担となる動作である。身動きのとりやすさという点から座面が回転するタイプのものを選択する場合も多いが、背もたれがテーブルにぶつかり回転の幅を狭めるため、回転式の椅子でも押し引きが伴うこととなる。立ち座りに伴う椅子の押し引きの動作における負担を解決し、高齢者が楽に立ち座りができる椅子の提案を行う。

はじめに

1日の多くの時間を過ごすリビングダイニングでは、「椅子に座る」「椅子から立ち上がる」という動作が何度も行われる。通常の椅子は押し引きをすることを前提とし、高齢者にとっては負担となる動作である。身動きのとりやすさという点から座面が回転するタイプのものを選択する場合も多いが、背もたれがテーブルにぶつかり回転の幅を狭めるため、回転式の椅子でも押し引きが伴うこととなる。さらに回転盤等のパーツや安定感のため、椅子に重さが出ることでより負担が大きくなる。椅子の押し引きに苦戦する様子を見て周囲の人が介助を行う場面が出てくる。高齢者施設では「自分でできることは自分でやってもらう」という考えで運営していることも多く、さらに高齢者本人も「自分でできることは自分でしたい」という思いがあり、自分ひとりでできることがあるということは大きな意味をもつ。本研究では以上のような立ち座りに伴う椅子の押し引きの動作における負担を解決し、高齢者が楽に立ち座りができる椅子の提案を行う。

調査

椅子周辺での動作・課題の分析

若い人であれば無意識に難なく行うことができる が、筋力が低下している高齢者・体の不自由な人にとっては負担の大きい動作である。また、家族や高齢者施設職員の椅子周りの介助に対して、あたりまえ・仕事という認識になっている。

座る

テーブルに側に引いてある椅子を引きスペースをつくり座り、テーブルと適切な距離をとるために椅子を持ち上げてテーブル側に寄せる

立ち上がる

テーブルから椅子を引いて立ち上がりに必要なスペースをつくり立ち上がる

既製品の調査

介護施設や、高齢者向けに販売されている椅子の既製品が売りにしている要素として、ハーフ肘掛け、座面高さ・背もたれ・座面奥行き・肘掛け間の幅・座面角度の変更、リクライニング機能付き、座面はねあげ、キャスター付き(脚前面のみ)、座面回転、座面の前後スライドのような要素が見られた。体型に合わせた寸法に調整できたり、立ち上がりの補助をしたりと様々な機能を持っているものの、どの椅子も椅子の押し引きを行う必要がある。椅子の押し引きにおける負担を解決するための椅子として、「回転」「座面スライド」の機能を持つ椅子も存在したが以下に挙げるような課題が見られた。
〇製品の探しにくさ
〇高価
〇手に入れにくい
〇テーブルから離れた位置に設置しての利用
(スペース、見た目)
→認知・利用が広まっていない

 

研究方法

制作条件

満たしたい機能を持つ既製品の課題である、「手に入れやすさ」「価格」という点を解決するために、制作の条件を以下のように定めた。

◎ホームセンターに図面を持ち込み、ホームセンターで購入できる木材と、そのカット サービス、DIY作業スペース等を利用し、ねじでの組み立てで簡単に制作が行える
◎一般的なホームセンターで提供されるカットサービスに対応したパーツの形状を用い る(曲線や厚みの加工等は行わない)
◎制作費用は1 万円から 2 万円に収める
◎座面と背もたれ部分には既製品のクッションを置く

制作する椅子の要素

安全な立ち上がり動作の、頭の重みで立ち上がる前傾姿勢をとるために椅子前面に十分なスペースを確保する必要があることがわかり、そのスペースをとることのできる横方向を向くための回転機能が必要である。また、軽い椅子では座る際の勢いによって転倒するリスクがあるため、安定性・ある程度の重さが必要である。さらに負担が大きく周囲が手助けを行う場面の多い、椅子の前後移動を補助できる必要がある。

椅子の前後移動の解決

背もたれのテーブル天板高さに切れ込みを入れ回転できる幅を増やすことで通常の椅子の利用では当たり前の動作「椅子を前後に移動する」という行為を無くす。
食事や作業時の適切な姿勢、テーブルから200mm以上の距離をとり、背もたれに寄りかからない姿勢をとることを椅子の前後移動の目的、体の厚さ約 200mm、腰幅約300mm とすると、ある程度椅子をテーブル側に引いた状態を定位置としても完全に90度回転させ、立ち上がる方向前面に十分なスペースをとることができる。

ダイニングテーブル・チェアの基本寸法/切れ込み位置の設定

ダイニングテーブルと椅子の高さの考え方には差尺(椅子の座面高とテーブルの天板高の間隔)が用いられる。適切な数値であると作業性が確保できるといわれており、適正は280mm~300mmである。

国内で生産・流通しているダイニングテーブルは700mm~720mmが主である。一方、欧米のメーカーのものは720mm~750mmのものが多くなっている。この違いは体型や生活様式によって生まれている。日本と欧米では標準的な身長に違いがあり、後者方が高くなっている。また、日本は室内で靴を脱ぎ、欧米では靴を履いたまま過ごす。このことから適切なダイニングテーブルの高さが異なりそれに応じて適切な座面の高さも異なる。適切な座り方である足の裏が床につくということを基準にすると、椅子の座面高は、国内410mm~420mm、欧米430mm~500mmということになる。

これらを元に、椅子を回転させても背もたれがテーブルの天板にぶつからないよう、切れ込みの高さを設定する。天板の高さの上限を750mm、下限を700mm、また、天板が下限の高さの場合に対応可能な天板の厚さを50mmまでとし、以下のように設定した。

切れ込みの位置
高さ        床面から650mm~770mm(上下幅120mm)​
切れ込み深さ     背もたれの両端から内側へ170mm

制作

ラジアタパイン集成材 4,015円
木材加工代 2,200円
椅子回転盤 2,100円
軸細コーススレッド3.3×35mm 305円
軸細コーススレッド3.8×65mm 610円

タッピング 皿 4×30mm 217円
タッピングトラス 6×40mm 368円
ステン丸座金 4×25mm(内径×外径) 192円
木工用速乾ボンド 184円
(組み立て 1000円)

計10,191円(11,191円(組み立て料金込))

まとめ

高齢者が利用する椅子周りの課題解決のための製品は、「介護のしやすさ」、加えて高齢者施設においては「理のしやすさ」を重視したものが多くなっているが、自分でできることは自分で行いたいという高齢者の気持ちを尊重でき、図面の持ち込みによりホームセンターで価格を抑えながら簡単に制作できる椅子を提案した。背もたれの切れ込みと回転で椅子の押し引きという動作を省く事ができるということもわかった。今回制作した椅子は、手に入れやすさ・家庭用に1つ制作する、という点から日本全国にあるホームセンターで制作が可能であることを条件と設定したため直線の多いビジュアルになっている。今後、高齢者施設等での利用で一定以上の数が求められることになれば、製品化・工場生産と段階をすすめ、構造・ビジュアル・価格面でより優れた椅子へと発展することができると考える。

参考文献

[1]クロワッサンONLINE 片麻痺の人のための、自分で椅子から立ち上がれる身体の使い方,2023 年 2 月 5 日,https://croissantonline.jp/ (2024年1月17日閲覧).
[2]みんなの介護・くらしラボ, 正しい座り方で誤嚥や低栄養を予
防しよう。,(2022年11月10日),https://coopwelfare.or.jp/lab/recipe/recipe-921/ (2024 年 1 月 17 日
閲覧).
[3]井上昇(2008) ,改訂版「椅子」

研究を終えて

何気なく行っている動作、あたりまえと思っている動作が高齢者にとっては負担となっていて、周囲の人もそれを介助してあげるのが普通だという意識であった。背もたれの切れ込みという小さな工夫で立ち座りの負担となる動作を無くし、「自分でできること」の価値を大切にした椅子を制作することができた。また、ホームセンターに説明書を持ち込むことで、既製品の高価なものとは違い、簡単に、安価に手に入れられる椅子を制作することができた。

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