デジタルデザインを用いた匂いの造形化と社会的応用に関する研究
松川かの子
佐藤研究室
2023 年度卒業
近年,柔軟剤などに含まれる合成香料の匂いによって不快感や健康被害が生じる香害や,コロナウイルス感染症の後遺症である嗅覚障害が問題視され,社会における匂いに関する理解の重要性が高まっている.ビジュアルコンテンツで匂いを可視化することで,匂いの感じ方を拡張するとともに,匂いの注目度を高める可能性がある.そこで,嗅覚の有無関係なく全ての人に造形を介して匂いの印象をデザイン的に提示することを目指す.

はじめに

近年,柔軟剤などに含まれる合成香料の匂いによって不快感や健康被害が生じる香害や,コロナウイルス感染症の後遺症である嗅覚障害が問題視され,社会における匂いに関する理解の重要性が高まっている.匂いをビジュアル化すると,文字だけのコンテンツに比べて情報がより一層伝わる可能性がある[1].ビジュアルを用いたコンテンツで匂いを可視化することで,嗅覚や文章に加え,視覚と触覚を匂いのインターフェースとして取り入れて,匂いの感じ方を拡張することができるとともに,匂いの注目度を高める可能性がある.そこで,本研究では,嗅覚の有無関係なく全ての人に造形を介して匂いの印象をデザイン的に提示することを目指す.

匂いを可視化する研究には,匂いをデジタル化する研究[2]や,言語化する研究[3]がある.aroma bit[2]は,センサーで匂い分子のパターンを認識・識別することで匂いを数値化し,それをドットの大きさで表現してラベル化することで,オンライン上でも好きな香りの商品を選べることを実現した.SCENTMATIC[3]は,AIとデータベースを介して匂いを定量化ではなく言語化することで,匂いに対する人々の印象を,専門用語ではなく日常生活用語によってサポートすることを実現した.これらは,匂いを可視化することに対して,匂いのデジタル化による識別や,日常生活用語による表現を実現しているが,人間の認知の大きな割合を占める視覚や触覚に対して,匂いの特徴を造形に変換して可視化することはこれまで行われてこなかった.

調査

1.1   匂いの印象の定性的評価尺度の検討

資生堂のフレグランスマップ[4]と岡野の図形と形容詞による印象調査[5]を参考に,匂いの印象を5系統に分け,それぞれを立体化した印象のデザインとモデリングを行った.また,質問紙調査を行い匂いの印象と制作した造形から感じる印象の一致の程度を調査した.

1.2   質問紙調査の概要

対象となる匂い5系統と,造形の印象の対応度合いを10段階で評価し,その理由を自由記述で収集した.その結果から,造形から感じる匂い5系統の印象の度合いの平均値を測定し,平均値が最も高い匂いと造形の印象が一致しているものとした.最後にデモグラフィック項目として普段の生活での匂いに対する意識の度合いと性別を調査した.

1.3   質問紙調査の結果

質問紙調査を男女22人(21歳から22歳の大学生,女性14名,男性8名)に行ったところ,全体の平均値から5系統中3系統(シトラス調,フルーティ調,シプレ―調)が想定した匂いに相当する造形の組み合わせと評価が一致した.一方で,男女別にクロス集計を行った結果,オリエンタル調の造形においてフローラル調と回答した数値の開きが男女間で1.94と最も大きかった.自由記述と質問紙調査後の感想から,正統派美人の印象について,ある女性の被験者は綺麗やクールで直線的な印象を,ある男性の被験者は丸みがあり優しそうな印象を連想しており,正統派美人の捉え方に男女間で差異があることが分かった.

2.1   匂いの印象の定量的評価尺度の検討

匂いには強弱があり,匂いの強さを可視化するために,各系統の造形に対して度合いの異なる3つの造形のモデリングを行った.また,質問紙調査を行い造形から感じる匂いの印象の強さを調査した.

2.2   質問紙調査の概要

対象となる匂い5系統と,造形の印象の対応度合いを10段階で評価し,その理由を自由記述で収集した.その結果から,造形から感じる匂い5系統の印象の強さの度合いの平均値を測定し,ぞれぞれの造形の匂いの印象の強さを調査した.最後にデモグラフィック項目として普段の生活での匂いに対する意識の度合いと性別を調査した.

2.3  質問紙調査の結果

質問紙調査を男女22人(21歳から22歳の大学生,女性14名,男性8名)に行ったところ,全体の平均値から5系統中3系統(シプレ―調,フルーティ調,フローラル調)が造形の段階的な変化に伴い,匂いの印象の強さの数値も段階的に変化した.一方で,数値や自由記述から,造形の凹凸の程度を変化させてしまうと,造形の印象自体が変化してしまうものがあることが分かった.

3.1   匂いの可視化の社会的応用の検討

これまでの実験結果から,匂いの印象を可視化した造形の応用例として,花瓶やお香立てが挙げられる.どのような匂いの花やお香なのか匂いをデザイン的に表現し,匂い自体をインテリアデザインに反映することで,匂いの楽しみ方を拡張できる可能性がある.また,建築物の壁などに応用することで,材質や構造以外の観点から,よりコンセプトに適した建築物を制作できる可能性がある.加えて,香水の試香紙に応用することで,試香紙を複数持ち帰る際に起こる匂いの変調や揮発に関係なく,帰宅後も匂いの印象を振り返ることができる可能性がある.

研究方法

匂いの印象を造形で可視化するには,匂いをパターン化する際に匂いとその印象に関するパラメータを選定する必要がある.匂いには系統(本研究では,シトラス調,フルーティ調,フローラル調,シプレ―調,オリエンタル調の5分類)が存在し[4],各系統に対応する印象が存在する.本研究では匂いの系統とその印象に着目し,パラメトリックデザイン手法であるgrasshopperを用いて匂いの印象をモデリングし,3Dプリントによって造形する.また,質問紙調査による質的・量的評価から造形した形状を評価し,それらの社会的応用を検討する.

まとめ

本研究では,嗅覚の有無関係なく全ての人に造形を介して匂いの印象をデザイン的に提示することを目的とし,匂いの系統とその印象に着目した造形の検討と,その社会的応用の検討を行った.匂いの定性的評価の実験から,男女間において印象の捉え方に差異がある匂いもあり,心理学や脳科学などの側面から匂いと印象の研究を行う必要があることが分かった.また,定量的評価の実験から,造形の凹凸の程度に応じて印象の強さが段階的に変化する造形と,印象自体が変化してしまう造形が存在することが分かった.よって,匂いと造形の印象の強さは絶対的な関係を保ち慎重に造形を開発する必要がある.

今後は,実験結果を基に,匂いを可視化した造形の精度を上げるとともに,実際にプロダクトや建築物,服飾など幅広い分野での展開例を作成していきたい.そして,匂いやデザインの分野の垣根を超えて匂いと造形に関する研究や議論をしていきたい.

参考文献

[1]北野敬士.「【視覚情報】情報の伝わりやすさと視覚の関係について調べてみた件」.株式会社カルテットコミュニケーションズ.https://quartet-communications.com/info/topics/42776,(2023年7月10日閲覧).

[2] aroma bit.「製品・サービス・ソリューション一覧」. aroma bit. https://aromabit.com/,(2023年7月23日閲覧).

[3]渡邊雄介.「見えない香りを言葉で可視化、AIが提案する新しい「香り」の選び方」.Forbes Japan. https://forbesjapan.com/articles/detail/38970,(2023年7月23日閲覧).

[4]株式会社資生堂.「香りで印象をコントロール♪研究員に聞いた上手な香水の選び方」.watashi by shiseido. https://www.shiseido.co.jp/sw/beautyinfo/sp/DB006670/ , (2023年10月23日閲覧).

[5]岡野千晴(2019).「形の印象に関する研究」.2019年7月

研究を終えて

研究を終えて,匂いという感覚的なものを可視化することは非常に繊細でまだまだ発展途上の分野であることを実感した.匂いは,気分を上げたり第一印象に良い印象を与えることができる一方で,周囲の人に不快感を与えるなど負の側面もある.嗅覚の有無関係なく全ての人が匂いの恩恵を受け,負の側面をなるべく減らせるように,今後も匂いと造形について考えていきたい.

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