自己有用感を高めるワークショップの検討
及川那知
薄井研究室
2023 年度卒業
本研究では、少人数のグループで協働制作を行うことで自己有用感を高める活動について検討した。協働制作の場として、LINEスタンプ制作ワークショップを企画・開催し、参加者の自己有用感にどのような影響を与えるか検討を行った。また、今回と内容を異にするワークショップにも活用できるよう、活動のどのような要素が影響して自己有用感が変化したのか検討を行った。

はじめに

近年、日本では不登校が増加している。不登校が増加している原因として「無気力・不安」が最も多く、その解決策の一つとして「自己有用感を高めること」が文部科学省などで示されている[1][2]。自己有用感とは、「他者の存在を前提として自分の存在価値を感じること、誰かの役に立てたという成就感や誰かから必要とされているという満足感のこと[3]」である。自己有用感を高めるためには他者と協働して目標を達成することや認め合う経験が有効であるとされている[2]。こういった経験ができる活動としてワークショップ(以下WSと記載する)がある。WSは他者と関わりながら目標達成を目指して行うため、自己有用感が高まる可能性が考えられる。

そこで本研究では、LINEスタンプ制作WSを企画・開催し、自己有用感に及ぼす影響を検討する。

調査

研究方法

1.      方法

1.1    対象者とWSの準備

実験は参加者を変えて2回行った。

1.1.1  第一回実験

研究対象者は、宮城大学の大学生3名であった。場所は、デザインラボ4にて約4時間で実施した。参加者の使用機材としてiPad miniとApple pencilを人数分準備した。iPad mini内にはFigjamアプリを準備し、意見などの整理に活用してもらった。また、全体のタスクを示すためにディスプレイを準備した。キャラクター作成のため、パーツを選んでキャラクターを制作できるwebサイト「Picrew」を用いたツール、イラスト作成のためにibisPaintも用意した。3名1グループで行った。

1.1.2  第二回実験

参加者は不登校生を多く受け入れている通信制のS高校に通う高校生9名、そのうち研究対象者はアンケートへの回答を得ることができた8名であった。場所は、S高校にて約2時間で実施した。機材等は第1回実験と同様のものを準備し、グループ人数は,高校側の要望から,それぞれ4名と5名の2グループで行った。

1.2    プログラム

山田・森[6]は、WSには「非日常的かつ内発的な楽しさを持つ」活動目標と「参加者にとって日常に意味をもたらすような内容」の学習目標が必要だと述べている。

具体的なプログラムは山田・森[6]の方法を参考に、以下の7つの段階に分けて作成した。自己有用感が高まる内容になるよう、各工程で全参加者が均等に作業を担えるよう検討した。また、福井[4]で自己有用感を高めるのに有用とされている「ありがとうカード交換」を取り入れた。プログラムの順番は次のとおりである:概要説明、自己紹介、キャラクター制作、スタンプの内容決め、イラスト制作、タイトル等作成、ありがとうカード交換

1.3    データの収集

客観的評価を行うため、ビデオカメラ2台を用いて対象者全員の様子を撮影した。また、主観的評価を行うため、Google Formsを用いて2回の質問紙調査を行った。まず、開始前までに対象者の属性(年齢、性別、電子機器の使用頻度等)および自己有用感を測る設問を含む質問紙調査に選択回答と自由記述式で回答を求めた。実験終了後には、WSでよかったと思う点や困った点、ありがとうカードを交換した感想および自己有用感を測る設問を含む質問紙調査に選択回答と自由記述式で回答を求めた。なお、自己有用感を測る設問として石本[7]の自己有用感尺度を用いた5段階評価(全くそうでない、多くの場でそうでない、場によってはそうだ、多くの場でそうだ、いつでもそうだ)を設けた。質問文はTable1に記載の通りである。

Table 1 自己有用感指標の質問文

質問番号 質問文
1 自分が必要とされていると感じる
2 自分の存在が認められていると感じる
3 周りの人から関心をもたれている
4 自分が役に立っていると感じる
5 自分に役割がある
6 私がいないとみんながさびしがる
7 私がいないとみんなが困る

2.      結果

石本[7]の自己有用感指標を用いた5段階評価を、全くそうでない(1点)~いつでもそうだ(5点)として集計した結果は以下のとおりである。A~Cは第一回実験に参加した大学生であり、D~Kは第二回実験に参加した高校生の結果である。自由記述からは全体として、WSの活動を楽しんでいたことがわかった。

Table 2 大学生の自己有用感の変化

被検者番号 事前調査 事後調査  
A 2.3 3.7
B 2.3 3.6
C 2.7 3.7
平均値 2.4 3.7

第一回実験の自己有用感は、全員が上昇したことがわかった。自由記述においては、「一緒に楽しく作ることができたのがよかった」、「アプリの使用経験で作業速度に差が出ることが学びになった」などの記述がみられた。ありがとうカードには「イラストへの感想」や「一緒に活動してくれたことへの感謝」を記述しており、交換後の感想として「自分の気づかなかった部分を発見でき嬉しかった」「面と向かって伝えることのない感謝を伝えることができた」などの記述がみられた。

Table 3 高校生の自己有用感の変化

被検者番号 事前調査 事後調査  
D 2.7 3
E 3 3
F 2.6 3
G 2.7 3.4
H 2.6 2.3
I 3 3
J 2.4 2.6
K 2.9 2.3
平均値 2.7 2.8

第二回実験においては、第一回とは違い大幅な自己有用感の変化の上昇がみられなかったが、自由記述からは、「皆と仲良く作業できたことがよかった」「キャラクターの考え方が参考になった」「意見をまとめるのが難しかった」「使い方がわからないところもあった」などの記述がみられた。ありがとうカード交換の感想として「話したことがない人とありがとうや感想を伝え合えたのがよかった」「気持ちが形に残るのが嬉しい」などの記述がみられた。

まとめ

第一回目に行った大学生3名の結果から大きく自己有用感が上昇したことがわかった。特に、自分に役割があると感じるか問うような内容の質問1、4、5が上昇しており、実際にWS内でも積極的に役割を担う様子がみられた。これらの質問における上昇は、WSの意図である「全員が均一に作業を担うこと」がおおむね達成出来ていたためだと考えられる。

一方で、第二回目に行った高校生8名の結果からは大学生ほどの上昇がみられなかった。自己有用感が下がった生徒をみると特に質問3、6の項目が下がっていた。これらの項目は自身が存在感を持てているかというような内容であることから、この生徒の所属グループが他のグループと比べて意見をまとめることに苦戦したことや、グループの中で特に一緒に活動していた生徒が単独でイラストの大部分を担当したことが影響したと思われる。また、自由記述で「周りの人と話し合ってキャラクターを作るのが難しかった」と答えているように、グループでの作業分担が円滑でなかったことも要因のひとつであると考えられた。

鈴木[8]は、グループでの活動は3名で行った場合が最も発言数やうなずき・相槌回数が多く、活発な活動になる傾向があると述べている。第二回目の実験では、高校側からの要望において4人と5人の2グループでWSを実施した。そのため、特定の工程においては役割を持てない参加者が発生し、自己有用感の変化にばらつきがみられる結果に繋がった。人数が少なくなれば、会話が活発になるだけでなく一人一人が担う役割も大きくなることから自己有用感の変化も期待できると考えられた。

今回の実験に参加した人からは「楽しかった」「またやりたい」といった好意的なコメントが多く聞かれた。特に高校生については不登校気味である生徒からも「またこのWSに参加したい」というようなコメントが寄せられた。このことにより、不登校の生徒たちにとっても有用である可能性が示唆された。引き続きより多くの被験者を対象にWSの検証を行っていく必要がある。

参考文献

[1] 文部科学省初等中等教育局児童生徒課(2021).「令和3年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」. 文部科学省. pp.83. https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm, (2023年7月6日閲覧).

[2]不登校に関する調査研究協力者会議(2016).「不登校児童生徒への支援に関する最終報告」.文部科学省. pp.11-12. https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/108/houkoku/1374848.htm, (2023年7月6日閲覧).

[3]文部科学省 国立教育政策研究所(2011).『生徒指導支援資料3「いじめを減らす」』 「子供の社会性が育つ『異年齢の交流活動』.-活動実施の 考え方から教師用活動案まで-」. 国立教育政策研究所 pp.72-78 https://www.nier.go.jp/shido/centerhp/2306sien/index.htm, (2023年7月6日閲覧).

[4] 福井 悟(2019). 「自己有用感を高める学級活動の工夫 -承認とフィードバックによる相互評価を通して-」.『教育実践研究』29集, pp.199-204.

[5] 信夫辰規, 山本奬, 大谷哲弘, 佐藤進(2018). 「学校生活における異年齢集団活動が自己有用感へ与える影響」.『岩手大学大学院教育学研究科研究年報』2巻, pp.125-134.

[6]山内祐平・森玲奈・安斎勇樹(2013) . 『ワークショップデザイン論 創ることで学ぶ』. 慶応義塾大学出版会. 253.

[7] 石本雄真(2010). 「こころの居場所としての個人的居場所と社会的居場所 ―精神的健康および本来感,自己有用感との関連から―」.『カウンセリング研究』43巻1号, pp.72-78.

[8] 鈴木宣也(2007). 「グループの構成人数による対話と分析の検討」.『情報科学技術フォーラム一般講演論文集』Vol.6, No.4 pp.177-180 pp.72-78.

研究を終えて

不登校になることにより起こる問題については以前から興味を持って考えていたため、卒業研究としてこのテーマに取り組むことが出来て良かったと思う。

研究をしていて、幼い頃に学校を長く休んでいた時期にも地域の人たちと行う料理教室には時たま参加していたことを思い出した。一番身近な地域にそういった場所があることに助けられていたと思う。もし今後機会を得られるならば、この研究での学びを生かしながら、そういった場所に関わって支えられる人になれたらいいと思う。

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