絵本制作
ー未就学児と親にとって絵本の魅力の分析を踏まえてー
副島碧
伊藤研究室
2023 年度卒業
現代の子どもたちが成長する過程には絵本以外にも様々なもので溢れるようになった。そこで、改めて“他でもなく絵本にしかない魅力”を分析し、誰もが楽しめる芸術表現として絵本に価値を見出す。想像する楽しさや音の楽しさ等に着目して可能性を探りつつ、親子の読み聞かせ活動を充実化させる絵本制作を行う。

はじめに

世間の絵本に対する関心、需要は高まり、出版不況の中でも絵本市場は拡大しつづけている。その一方ではメディアの急速な発達により、現代の子どもたちが成長する過程に絵本以外にも様々なもので溢れるようになった。そこで、改めて“他でもなく絵本にしかない魅力”を分析し、親子が読み聞かせ活動を楽しめる絵本を検討する。前期では、意識調査を行い、絵本の読み聞かせ活動に重要性を感じつつも、絵本自体が子供向けであるという認識から、それを楽しめないという親が多いことが分かった。そして、インタビュー調査等により未就学児と大人の感じ方の違いを調べ、絵本を構成する諸要素とその関係性における独自の表現の特徴を分析した。

子どもだけでなく大人も楽しめる芸術表現として価値を見出し、想像する楽しさや音の楽しさ等に着目して可能性を探りつつ、親子の読み聞かせ活動を充実化させる絵本制作を行う。

調査

日常的に子どもと関わる大人の絵本の関心の実態を把握するため、仙台市内の子育て支援室で未就学児を持つ親12名、仙台市内の保育園に勤務する職員の方1名、宮城県内で読み聞かせ活動を行う団体2組にインタビューを行った。その結果、子どもに対する効果として大人が絵本に求めているものは、想像力や知識の向上、読書への前段階になること、保育の繋ぎや気持ちの切り替え、そして最も重視されていたのは親子のコミュニケーションツールになることであった。忙しい日々の中で子どもへの絵本の読み聞かせの時間をやすらぎだと感じる、成長過程において絵本は子どもの笑顔を引き出せる貴重な初期ツールとなっているなどの声があった。

また、親や新人読み聞かせボランティアの中には、同じ絵本を何度も繰り返し読むようせがまれ嫌気がさしてしまう、子どものようなテンションで絵本を楽しむことができない、自分の好みのみで絵本を選ぶ、などの課題があるとわかった。このことから、大人も読んでいて楽しさを感じること、大人の趣味ではなく子どもの発達段階に合わせた絵本を選ぶことの重要性を感じた。

インタビュー調査を通じて、子どもは読み聞かせの際に文章とは関係ない「間」でページをめくりたがることがわかった。例としては、文章を読み終わらないうちにページを進めたり戻ったりする、あるいは読み終わってもめくらせないでじっと見ているなどの行為がある。これは文字を読むことができない段階の子どもが文章や物語よりも絵を重視すること、そして、絵本を通して「めくる」動作を楽しむことを示すと考えられる。

また、宮城県内の図書館や保育所で行われている読み聞かせの際の子どもの様子を観察したところ、動物の鳴き声や、方言などの聞きなじみのない言葉、問いかけなどの、「音」に対する反応が見られた。終始絵本に集中し続ける子どもは少ない中、集中が途切れていたのに音に反応して再度絵本に目を向ける、笑う、口真似をする、問いかけに応えるなど、多様な反応が見られた。

大人と子どもの絵に対する感じ方の違いを調査するにあたり、大半の人が似た感想を抱きやすい具象画ではなく、見る者によって幾通りの見方ができる抽象画を用いることにした。

方法としては、既存の絵本のある6つのページを模倣した絵(Fig.1)を子どもと大人それぞれに1枚ずつ見せ、「これはなんだと思う?」と聞き、回答を得た。対象は、仙台市内の保育所の3・4歳児7名程度と、宮城大学の学生7名である。

結果としては、大人は色や形など絵の全体を汲み取り、目に見えるものを想像したと思われる回答が多かった。それに対して子どもは、絵の全体像ではなく、「色のみ」「形のみ」と、一つの要素のみを汲み取って想像したと思われる回答が多かった。そして「どきどき」「扇風機の風」など、目に見えないものの回答があった。また、「敵」や「細菌」「こぼした」などの一般的に悪い印象の言葉の回答は大人にしか見られなかったのに対し、子どもは自分の好きなものや日常生活にある言葉を回答した。大人は配色や形の奇抜さから不穏なイメージを感じ取りやすい。読者に想像させる絵だけでなく物語の前提部分として意図通り伝わる絵が必要だと考えるが、大人に意図通り伝わる絵でも子どもにも同様に伝わるとは限らないのだと感じた。

子どもたちが読み聞かせにおいて音に大きく反応することから、子どもと大人にオノマトペに対する感じ方の違いがあるのか調査した。

方法としては、既存の絵本の文章中にある4つのオノマトペ ①「とん とん」②「がりがり ざくざく」③「ぷっすん ぷっすん」④「ぶんぶり ぶんぶり」を子どもと大人それぞれに文字と声でによって一つずつ示し、「何の音でしょう?」と聞き、回答を得た。対象は、仙台市内の保育所の4・5歳児15名と、宮城大学の学生7名である。

結果としては、①と②の、一般に打音、粗い砕音と断定されやすい音に関しては回答に大差無かったが、③と④の、独特であまり聞きなじみのない音に関しては子どものほうが多様な状況を回答した。特に④では大人は数十秒ほど考え込んだ末に大別して3種類の回答を出したのに対し、子どもは音を聞いた瞬間は驚く様子を見せたがまもなく引きも切らず6種類の回答を出した。大人と子どもに共通して音から状況を想像する楽しさを感じ、更に子どもはオノマトペに対しての捉え方が豊かであることがわかった。絵本の特徴となる様々な要素について、一般絵画や物語性のある他の児童文化と比較しながら分析した。

有田ら[3]の研究では、「場面転換を絵本の美術的本質,その面白さを絵本の美的本質とする」とある。絵の表現について、この“場面転換の面白さ”の成因の一つには線表現があり、緊迫感や臨場感の創出、物語の推進力の創出の効果があると考える。また、レントゲン画法や並べがき、不正確な大小関係などの児童画的表現や抽象表現も一般絵画には見られない絵本の特徴であり、子どもの心を惹きつける独自の魅力であると考える。形式については、頁物であるほかにも、視覚的な文字が直接絵と組み合わさっている点、静止描写ごとの場所の移動や時間経過が大きいという点で他の児童文化とは異なっていた。これにより、読者から見えない場面で起きたことについて幾通りもの解釈が生まれ、読者の想像が広がることが考えられる。文章については視覚的特徴と聴覚的特徴に分けられた。視覚的特徴は、洗練された情報量の文章が書道作品の構成方法である“散らし書き”によって配置されているものが日本の絵本を中心に見られた。聴覚的にはリズミカルで新鮮な言葉に溢れており、読み聞かせを楽しくさせる効果があると考える。また、学生を対象に行ったアンケート調査では全体の31%が絵本の面白さの要因に「キャラクターの魅力」があると答えた。キャラクターは大人になっても単体で記憶に残ることが多い重要な絵本の構成要素であり、絵本自体の印象を左右させるような要素だと考える。

研究方法

―制作―

サイズは、親が読み聞かせる際に子どもを抱きかかえる姿勢でも片手で持ちながらページをめくることができるB5判にした。向きは、一画面に多場面を盛り込みやすく、ダイナミックな絵を表現でき、尚且つストーリーの展開に推進力をもたらしやすいと考え横向きにした。また、前期に行ったインタビュー調査では、文字の無いページに戸惑うという声があった。読みやすさを考慮し全ページに文章は配置しつつも、各ページの文章量は子どもが飽きない程度にとどめた。

テーマの選定については、安心感をもたらすために“追いかける”という子どもの日常にある行為を主軸とし、その対象を“太陽”にすることで別世界を想像して楽しめるファンタジー要素を取り入れた。“太陽は一日の中で色が変化して見える”など、現実に即している要素を入れることで大人も受け入れやすいものにした。

油絵、水彩画などのような絵画とは違い、一つの画材に縛られず異なる技法を組み合わせて描くことで、場面に合わせた世界観の構築ができるという点は、絵本の絵の魅力の一つである。今回は、色鉛筆画を基にして、水彩・アクリル絵の具、クレヨンで描いた原画に、デジタルイラストツールを活用した。また、着彩した紙をちぎって貼る“ちぎり絵”、そして、着彩後に尖ったもので引っ掻くことで色を削り取り、下の層の色を出す“ひっかき絵”という手法をアクセントとして用いた。多手法を用いることで、場面が変わった時の新鮮さを生み出しやすく、読み手も飽きずに楽しむことができる。

デジタルイラストツールを原画の雰囲気を壊さずに取り入れて、背景とその他要素の差別化、発色の調整を行った。また、水彩画の透明感を残しつつ輪郭を作ることで、躍動感を持たせた。

 

子どもはあまり聞きなれないオノマトペでも柔軟に受け入れて音を楽しめることが調査で分かった。日本語のオノマトペの種類は他言語と比べて大変多く、同じ単語を示すものが豊富に存在する。太陽の輝き方についても四季折々に様々なオノマトペが存在する。絵本を通して日本語にしかない趣を楽しめるよう、それらを文章に取り入れた。さらに、「ほわもっこくーるくる」や、「ほの」など、読みやすさやリズミカルさを重視し、子どもも真似して読みたくなるようなオノマトペを考案した。

読み聞かせは表紙を見せることから始まる。タイトルから太陽が出てくる話であることは把握できるが、表紙、見返しの部分まではあえて太陽の姿を描かず、日差しのみを描くことで、本文までに期待を膨らませる。本文1ページ目で初めて太陽を見せて物語世界に入りこむ。本文が終わり、最後の見返しでは物語の余韻を残して現実世界にそっと帰ってくる。

文章は単なる横書きでなく文字を変形させた。雨に打たれる、日が落ちて影を伸ばす、などといった絵の状況を文字にも取り入れることで、字を読めない子どもが文字の配置を絵として楽しめるようにした。文章にリズムを作り、文字のサイズや間の開け方を意図的に変化させることで、読み方の誘導を図った。読み聞かせに慣れていない人でも、自然と適切なテンポ、抑揚で読めるようにした。

主人公には名前は付けず、口も描かなかった。どんな性格でどんな感情なのか、画面の中の最低限の情報から読み手が想像を膨らませて楽しめるようにするためである。本物語で第二主人公となる太陽を擬人化させ、主人公とは対照的に表情豊かにして物語の展開を動かす存在にした。

加えて、「ほっぺを触る」、「手を振る」、「首を振る」など、子どもが真似したくなるような動作を取り入れ、親子のコミュニケーションの活発化を図った。

まとめ

今回制作した絵本で主に追求したことは二つである。一つ目は、慣れていない人でも特別な技術を要さず読み聞かせができること。絵本の読み聞かせに対して苦手意識を持たずに、本作品を通して子どもとの時間を楽しんでほしい。二つ目は、大人と子どもの双方にとって、物語、絵、文章に魅力があること。本作品を通して、絵本は誰もが楽しめる芸術表現であるということを主張したい。

また、本作品と並行して、宮城県大崎市で各施設に設置予定である環境教育用絵本の制作にも取り組んでいる。子どもには難しいテーマでも絵本表現によって親子で楽しく学べることに展望があると感じる。加えて、 “めくることによる場面の切り替え”の可能性を広げられるような作品を今後制作していく。“めくる”という行為は絵本の特徴的な画面の繋げ方であり、その間に時間や場所の推移が省略される。その推移に緩急をつけることで場面転換の重さの変化を楽しませ、めくり方の工夫について提案したい。

参考文献

[1]小野明(編) (2018).『絵本の冒険』.フィルムアート社.

[2]佐藤英和 (2016).『絵本に魅せられて』. こぐま社.

[3]有田洋子,金子一夫(2022) .「絵本の美術的本質と美術教育的意義としての場面転換」『美術教育学研究』54, pp9–16.

[4] モリー・バング (著) (2019).『絵には何が描かれているのか ──絵本から学ぶイメージとデザインの基本原則』.フィルムアート社.

研究を終えて

幼少期の将来の夢が、『えほんをかくひとになること』でした。

叶って嬉しいです。

制作中の環境教育絵本も完成させたいと思います。

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