昔話を「のぞきこむ」ARしかけ絵本
立体への重畳表示を用いたARしかけ絵本の制作
阿部佑奈
鹿野研究室
2020 年度卒業
「しかけ絵本とARで、昔話をのぞきこむ」をテーマに、浦島太郎と鶴の恩返しのしかけ絵本とARアプリを制作。はた織りしている鶴をのぞいてみたり、玉手箱を開けてみたり、しかけ絵本には描かれていない隠されたCGをアプリの中からのぞきこんで見ることができる。さらに、絵本のしかけを動かして表示するCGを切り替えることもできる。

はじめに

ARの現状

ARとは、拡張現実(Augmented Reality)のことであり、実在する風景にコンピュータによる視覚情報を重ねて表示することで、現実の環境を仮想的に拡張する技術である。実用化が進んでいる一方、日本の10代と20代のARの認知度は4割に留まっている。ARの認知度を上げて実用化の幅を広げていくためには、20代以下の世代が気軽にARに触れる機会が必要であると感じる。

また、5G回線の本格化に伴い、ARコンテンツのさらなる普及が見込まれる。これからは単に画面上でCGを表示するだけでなく、ARによる新たな価値創造やコンテンツとしてのあり方を考えていく必要がある。

AR絵本とは

現在販売されているAR絵本は、ほとんどがページに印刷された平面のマーカーに対して、画面上に3DCGを表示させることで立体感の演出を行うものである。

そこで私はポップアップ式のしかけ絵本に着目し、実際にマーカーとなる絵本が立体的であることで、ARを表示したときにより存在感が増すのではないかと考えた。また、しかけ絵本のしかけを操作し、ARマーカーの表示非表示を切り替えることでより内容に即したARになるのではないかと考えた。

また、拡張現実感における情報提示の特性とユーザの記 憶効率の関連性[2]について、藤本ら(2013)の研究では、テーブルの上でのみ実現できるような小さな動きでも記憶効率が上がるという結論に至っている。本研究のようにマーカーがポップアップであったり触って動かすことができる場合は、ユーザの記憶効率がさらに高まることも考えられる。

本研究の目的

本研究の目的は、しかけ絵本とARに共通している3次元性とインタラクティブ性を組み合わせ、ARの新たな可能性を引き出すことである。より楽しめるコンテンツを制作し、ARのさらなる普及を目指す。

調査

  1. ARとしかけ絵本の組み合わせの実験

3.1 ARとしかけ絵本の特性

ARとしかけ絵本のそれぞれに対して、特性と有効である組み合わせを考えた。以下が表にまとめたものである。

Table1 ARとしかけ絵本の特性分析

3.2 平面マーカーとの比較実験

ポップアップへの重畳表示やしかけを用いたマーカーが楽しさや記憶効率に関係しているかを調査するため、Fig.1のしかけ付きマーカー(a,c,d)と、それを平面マーカーに置き換えたもの(a_1,c_1,d_1とする)と比較実験を行った。それぞれ異なる色と形がマーカーに印刷されており、ARでも対応した色と形のCGが表示される。計6つのARを操作してもらった後に、印象に残っている色と形を質問した。その結果、a,c,dのマーカーのARの方が、a_1,c_1,d_1に比べ、色と形の正答率が高く、より印象に残るという回答が得られた。

したがって、平面マーカーにARを表示した場合に比べ、ポップアップマーカーに重畳表示した場合、またはしかけ付きのマーカーを用いた場合の方が、より印象に残りやすく楽しめるARコンテンツであると言える。

研究方法

仮説と提案

本研究により、立体に重畳表示することでARによる仮想情報に空間性を持たせることができる。また、絵本を反対側から回り込んで多視点から見ることができるなどの身体性が加わることも期待できる。さらに表示されたCGはARアプリやしかけ絵本のしかけから干渉することが可能であり、しかけ絵本に更なるインタラクティブ性を持たせることもできる。

ポップアップしかけ絵本の企画制作を行い、それに対応するARアプリの開発をする。この2つを最終制作物とする。制作のテーマは「しかけ絵本とARで、昔話をのぞきこむ」である。今回の研究で扱う昔話は浦島太郎と鶴の恩返しの2つである。

使用ツールと技術調査

  • 立体物への重畳表示

本研究ではUnityのVuforiaを使用してiOS用のARアプリ開発を行う。ARKitを使用することも検討したが、今回の研究では文献の多さとオブジェクトやスクリプトの編集の容易さから、Vuforiaを採用するという結論に至った。

マーカーは対象を一点から見たときの画像とする。全てのユーザが同じ位置からスタートすることができるためである。

  • 多視点から見るARの実現

回り込んでCGを見る場合、マーカーがカメラから見えなくなり、表示位置がずれたり消えてしまうことを防ぐために、Vuforiaに搭載されているデバイストラッキングという技術を使用する。拡張追跡を行うことで、マーカーがカメラの視野から外れた場合などでも実世界に対する位置を維持することができる。

  • 重畳表示する3DCGの制作

Cinema4Dを使用し、ローポリゴンのテイストでモデリングを行った。しかけ絵本のポップアップは簡略化された形状であり、フォトリアルなテイストのモデルだと重畳表示した際にテイストの差異が生じ、没入感が損なわれる。また、頂点数が多いモデルはデータが重くなってしまい、アプリの挙動に影響する可能性がある。したがって、簡略化されたポップアップに重畳表示するモデルはローポリゴンテイストが最適と考えた。

  • しかけ絵本の制作

制作するしかけ絵本は、浦島太郎と鶴の恩返しである。多くの人に馴染みのあるストーリーであり、ARコンテンツに合うシーンがあるためである。デバイスを持って絵本をのぞきこむ動作がしやすいよう、見開きA3サイズにした。

研究制作物

浦島太郎と鶴の恩返しについて、しかけ絵本とARアプリを制作した。

前期の展望で、マーカーが大きく動いてしまうとAR表示にズレが発生してしまうことが問題であった。この問題はマーカー認識後、15秒程度はそのままカメラにマーカーを認識させ続けることで大幅に軽減できることが実験により分かった。ユーザーに初認識後もそのままカメラを向け続けてもらうため、アプリのUIにFig.2のような表記を追加し、待機時間を設けた。

カメラを向ける場所を分かりやすくするため、マーカーとなる部分には「しかけ」マークを追加した。これによりマーカーに特徴点が増加し、Vuforiaの画像認識の精度も向上する。

また、今回の作品において、ARとしかけの組み合わせを行ったのは、以下のTable 2のようなシーンである。Table 1でまとめた特性分析に当てはめて制作した。

Table 2 特性分析に当てはまる作品内での例

  • 浦島太郎
    • しかけ絵本

ARを組み合わせたページを開くとFig.4のように玉手箱が立ち上がるしかけを制作した。このページは一人称視点で玉手箱に向き合っているデザインになっており、絵本の中の世界に入り込みやすい視点づくりを心がけた。デザインや内容は絵本のみでも楽しめる作りになっている。

  • ARアプリ

玉手箱の上面がマーカーとなっている。カメラをかざすとFig.7のように玉手箱のCGが重畳表示される。タッチすると蓋が開くアニメーションが再生され、再度タッチするとその間白いけむりのCGが発生し、アプリの中で現実世界に広がっていく。

Fig.4 玉手箱ポップアップ(左), Fig.5 玉手箱AR(右)

  • 鶴の恩返し
    • しかけ絵本

しかけのあるページを開くと、Fig.6のように鶴の恩返しでおじいさんとおばあさんが暮らしている古民家が立ち上がるポップアップを制作した。障子部分はプルタブのしかけが付いており、プルタブを引っ張るとはた織りをしている鶴のイラストが出てくる。

  • ARアプリ

障子がARマーカーとなっている。カメラをかざすとFig.7のように奥のはた織り部屋のCGが重畳表示され、鶴がはた織りをしているアニメーションが再生される。古民家やはた織り機、鶴のモデリングは細かな箇所まで作り込み、回り込んでCGを見た際に隅々まで楽しめるよう工夫した。

Fig.6 古民家ポップアップ(左), Fig.7 古民家AR(右)

まとめ

まとめ

ARとしかけ絵本の組み合わせについて実験を行った。また、その組み合わせに従い昔話をテーマにしたARしかけ絵本を制作した。平面マーカーに比べ、重畳表示した場合またはしかけ付きのマーカーの方が、より印象に残りやすく楽しめるコンテンツであると分かった。

本研究では既存の昔話をARで制作したが、オリジナルのストーリーだとさらにARに適した内容作りが期待できる。また、制作したARしかけ絵本は卒業制作展で展示し、来場者のレビューを元にさらにコンテンツとしての質を高めていく予定である。

参考文献

参考文献

[1] TesTee lab.(2020) 【2020年版】VR/ARに関する調査 (最終閲覧日:2021年1月22日)

https://lab.testee.co/2020-vrar-result

[2] 藤本雄一郎・山本豪士朗・武富貴史・宮崎純・加藤博 一(2013)「拡張現実感における情報提示の特性とユーザの記憶効率の関連性」『日本バーチャルリアリティ学会論文誌』第18巻、第1号、81-91。

研究を終えて

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