嗜好飲料による糖分の過剰摂取を防止する手法の検討
天内ほのか
鈴木研究室
2023 年度卒業
糖分の過剰摂取による健康への悪影響は清涼飲料水の摂取からも引き起こされ,糖分の吸収を促進する行為が早食いである.味わうことなくひたすら食べるため,過剰摂取に繋がる.そこで逆にゆっくり食べることで少量でも満足感を得られ,飲料においても同じような効果が得られるのではと仮定した.本研究では糖分量計測と一気飲み判定を行い,スマートフォンアプリからフィードバックを返すデバイスを開発する.

はじめに

糖分の過剰摂取は健康への悪影響があることは広く知られているが,それは食事だけでなく清涼飲料水の摂取からも引き起こされる.また摂取した糖分の吸収を促進する行為が早食いである.早食いは食事の持っている本来の味わいを楽しむことなくひたすら食べることで質を量で代償する行為だが,それが過剰摂取に繋がってしまう.そこで逆にゆっくり食べることで少量でも満足感を得られ,飲料においても同じような効果が得られるのではと仮定した.
本研究では健康維持に繋がる飲料摂取方法を促すことを目的とし,コップ底に取り付ける部品で糖分量計測と一気飲み判定を行いスマートフォン内のアプリケーションからフィードバックを返すデバイスを開発する.

調査

まず開発するデバイスの糖分量計測の仕組みを確立するため,既存の計測方法の比較・検討を行った.計測に必要な物を容易に揃えられること,糖分を正確に計測できることの2点から近赤外スペクトル,旋光度,酵母の活動を測定する方法にしぼり,それぞれ近赤外スペクトルの特徴,偏光板を通した色の変化,酵母の反応による袋の変化を見ることで糖分計測を行う実験を行った.
その結果どの手法でも正確で安定した結果が現れなかったため,飲料の種類を特定し,そこから糖分量を割り出す方法を採用した.
次にデバイス完成後,デバイスが飲料による糖分の過剰摂取・一気飲み防止に役立っているか確かめるため飲み方の変化・使い心地を調査する評価実験を行った.目的はデバイス使用前後で飲料摂取行動がどのように変化したか観察することで,対象者は宮城大学の学生5名である.以下の流れで進められた.

  1. 使用前アンケートに回答する
  2. デバイスを使用する
  3. 使用後アンケートに回答する
  4. 6日間空ける
  5. 使用後調査アンケートに回答する

使用前アンケートは普段飲料からどれほどの糖分を摂取しているか,一気飲みはするのかを調査する内容,使用後アンケートはデバイスの使用感,使用による考え方の変化を調査する内容,使用後調査アンケートはデバイスを使ってみて日常の飲料摂取状況がどのように変化したかを調査する内容となっている.
その結果5 人の一日あたりの飲料から摂取する平均の糖分量は成人が一日に摂取して良い糖分量 25g の約 2 割であること,5人中3人が一気飲みをしていることから,飲料による糖分の過剰摂取,一気飲み防止それぞれの機能の需要が見込めた.使用後アンケートで分かりやすさ,快適さ,糖分に対する考え方の変化は平均値が 4 を上回っていること,飲み方に対する考え方の変化は平均値が 3.8 と他の項目に比べ低いことから,アプリの操作は簡単である一方で変化が分かりづらいという改善点が見つかった.また,使用後調査アンケートで5 人に 2 人が一日当たり飲料から摂取される糖分量を減らすことに成功したこと,元は一気飲みを「よくする」と答えていた 2 人が使用後調査アンケートでは「時々する」と答えていたことから,一気飲み改善に役立てることはできたが,糖分摂り過ぎの状況を変えることはできなかったことが分かった.その他デバイスが使いづらいこと,メッセージが効果的であるという意見,音を飲んでいる最中と一気飲みをしている時それぞれに用意すると分かりやすいという意見からデバイスに取っ手を付けること,メッセージを増やすこと,飲んでいる最中飲み込む音を流し,一気飲みをしている時危険を感じる音を流すことがデバイス,アプリの改善に繋がるのではと仮定した.
それを基に改良したデバイスを用いて異なる対象者で同じ内容の評価実験を行った.
その結果使用後アンケートで分かりやすさ,快適さ,糖分に対する考え方の変化は平均値が 4 を上回っているが,快適さは他の項目に比べ回答結果のばらつきが大きいことから,快適さの感じ方に個人差があることが分かった.使用後調査アンケートで5人中2 人が一日当たり飲料から摂取される糖分量を減らすことに成功したこと,5人中3人において一日当たり飲料から摂取される糖分量の増加が見られるが,2人合計の減少量は1.7g多く,1人当たりの増加量は10gを下回っていること,元は一気飲みを「時々する」と答えていた 3 人が使用後調査アンケートでは「全くしない」または「あまりしない」と答えていたことから,改良前より糖分量減少,一気飲み防止で高い効果を発揮していることが分かった.その他こぼしそうだという意見,飲んでいる最中フィードバックを感じづらいという意見,音に関する言及の多さから,コップの安定性の向上,音の仕組みを工夫し,飲んでいる最中でも分かるようにすることが課題であると考えた.

研究方法

本研究では早飲みしないことで少量でも満足感を得られ血糖値の上昇を抑えられると仮定し,糖分の過剰摂取・一気飲みを防止するデバイスを開発した.糖分量判定はコップ型デバイスの底部分に取り付けられたRGBセンサを通して色から飲料の種類を特定し,糖分量を割り出して行う.一気飲み判定は同じく底部分の加速度センサを通して傾きが一定以上だと飲んでいると判定し,それが長時間継続すると一気飲みと判定する.2つのセンサから得られた値はWiFiを通じてTCP通信を行うことでデバイス内のESP32,スマートフォンアプリを形作るopenFrameworksの間でやり取りされ,ユーザへのフィードバックがアプリによって生成される.ユーザへのフィードバックは先行事例を参考に自分の体・生活への気づき,自然な表現,飽きさせないこと,共食感覚,フランクル心理学,没入感の要素を含むよう意識して考えた.デバイス・アプリの使用方法はまず「糖分を見る」ボタンを押して飲んだ飲料の候補を出す.そこから飲料を選択するとその飲料に含まれる糖分の割合に応じてアプリ内の魚のメッセージ,角砂糖が表示される.その後「飲み方を見る」ボタンを押して飲み方を計測する.飲んでいると判定されると飲み込む音が流れ,魚が浮かび上がる.一気飲みと判定されると危険を感じる怖い音が流れ,魚から一気飲みを止めるよう促すメッセージが表示される.その他アプリ起動後ランダムでキャラクターが決定されること,一気飲みをしないと一部の魚が成長し,タップすると表示されるアイテムが出現することなどの仕掛けを入れている.

まとめ

本研究を通して飲料による糖分の過剰摂取,一気飲み防止には需要が見込めること,アプリの分かりやすさ,快適さに関しては個人差が大きいこと,キャラクターのメッセージと音によるフィードバックが効果的であること,使用中にもフィードバックを実感できるようにする必要があることが分かった.本研究の課題はデバイスコップ部分の安定性を向上させること,コップを置いてから時間差で魚が動くようにすること,音でも魚の様子が分かるようすることである.そして,誰でも血糖値の上昇を引き起こし得る飲料の飲み方を見直すことを可能にすることで,見えない所で生活習慣病が進行することを防ぐことを展望とする.

参考文献

[1] 大野婦美子, 片山湖那, 中永征太郎. 中学生における「清涼飲料」の使用頻度と生活習慣との関わり. くらしき作陽大学・作陽短期大学研究紀要, Vol. 41, No. 1, pp.89–95, 2008.
[2] 田中逸. 予防と治療を考える2)時間代謝学に基づく効率的な食事と運動を考える. 日本内科学会雑誌, Vol.105, No. 3, pp. 411–416, 2016.
[3] 横山宏樹, 多田純子, 上川二代, 菅野咲子, 横田友紀, 蔵光雅恵. メタボリックシンドローム関連因子(bmi,hba1c,血圧,中性脂肪,hdl コレステロール)へ及ぼす生活習慣の影響ー生活習慣アンケート調査からー. 日本未病システム学会雑誌, Vol. 48, No. 11, pp. 809–813, 2005.
[4] 元川錦, 横窪安奈, ロペズギヨーム. コースター駆動型水分補給促進システム. エンタテインメントコンピュー
ティングシンポジウム2021, pp. 38–44, 2021.
[5] 門村亜珠沙, 李爭原, 塚田浩二, 朱浩華, 椎尾一郎. 食行動改善を促すスマートフォン連動型センサ内蔵フォーク.情報処理学会論文誌, Vol. 56, No. 1, pp. 338–348, 2015.

研究を終えて

研究において2点の気づきがあった.一点目はプログラムを行う際のエラーに対する向き合い方である.アプリを開発するにあたりエラーに何度も直面し,挫折しそうになることがよくあった.しかし落ち着いてどこから上手くいかなくなったかを特定すること,上手くいった際のプログラムを照らし合わせて見ることを繰り返すことで乗り越えることができた.二点目は周りの意見の大切さである.評価実験では自分が見落としていた欠点,可能性に気づくことができ,より良いデバイスへの改良に繋げることができた.これらの気づきを生かし,将来は試行錯誤で粘り強く取り組むこと,開発メンバー,またはお客様とのコミュニケーションを密に取ることの二点ができるシステムエンジニアを目指したい.

メニュー