花からみる配色デザイン
花色に見られる美しさの鍵
遠藤彩香
伊藤研究室
2023 年度卒業
季節の移り変わりを表現する花は、私たちの生活と密接に関わっており、日本人はそれらの自然の要素を古くから色彩表現に取り入れてきた。本研究では、人々を魅了する一本一本の花に見られる配色に着目し、現代の花色に基づいた豊かな色彩調和を探求した。また、花色の美しさは、既存の色彩調和論では説明できない部分が多いという事実に焦点を当て、花色に美しさを感じる鍵を探った。

はじめに

日本の豊かな自然や風土、四季の移り変わりは、日本人独自の自然観や、自然との調和を重視する美意識を育んできた。特に季節の移り変わりを表現する花は我々の生活と密接に関わっており、季節や花をはじめとした自然の要素を古くから色彩表現に取り入れ、生活を彩ってきた。花が人々の生活にうるおいや安らぎをもたらすことは経験的に知られているが、実際に菊の花を間近で見た際に、一つ一つの花に見られる調和の取れた配色美に感動を覚えた。そして、「花」という自然的な遺伝子によって生み出された美しい配色に興味を持ったことから、このテーマを設定した。

花の配色というと、一般的にはフラワーアレンジメントのように花と花の色の組み合わせを連想する。これらは、カラーオーダーシステムに基づく色彩調和論をもとに人工的に美しい配色が作り出される。一方で、本研究では、それぞれの花一輪の中でも人々を魅了する自然本来の配色や色の美しさが見られることに着目し、現代の花色に基づいた豊かな色彩調和を探し出すことを目的として研究を行うこととした。

さらに、花を観察しながら、これまでの色彩調和論では述べられてこなかった立体物ならではの微細な色の変化にも目を向けることで、人々が花の色や配色を美しいと感じる鍵を探っていくこととした。

調査

1.自然の配色をデザインへ  〜かさねの色目〜

自然の情景や草花の色を配色デザインとして取り入れた典型的な事例である、かさねの色目について調査した。

かさねの色目とは、平安時代の宮廷で取り入れられた「衣の裏地と表地の色合い」、または「重ね着した衣(五つ衣)の色合い」のことである。ここでは、前者には「重ね」を、後者には「襲」を、両者を表す際には「かさね」を用いて区別する。

重ねの色目における配色効果は表地の色が主導的に現れるが、当時の絹は薄いために裏地の色が透けて見え、それによって奥行感と微妙な色の表情が生み出される。表地と裏地の配色効果を見てみると、色相面では類似色相が最も多く、トーン面ではトーン差の小さいものが最も多く、華やかで和らかい印象を受けるものが主となっている。

これに対し、襲の色目は十二単(唐衣裳)における五ツ衣の色合いを指す。これらは色票・襟・袖口・裾まわしの部分にあらわれる程度で装束の全体に占める割合では小さいが、配色上では全体に変化と統一感をもたらす重要な役割を演じている。襲の色目の配色方法はグラデーションでかさねるもの、同色を5領かさねるもの、全て違う色でかさねるものと、大きく3つに分類することができる。これらは、総体的にコントラストの弱い融和的なものが多く、その部分だけを見れば単調であるが、装束全体の配色は、上や下にかさねる唐衣や内袴などとのコントラストによって華やかなものとなっている。

研究方法

1.花に見られる色彩調和

1-1.仮説

このように、かさねの色目は草花の色を配色デザインとして取り入れた典型的な事例である。本研究では、この手法の対象を拡大し、現代の花における配色を分析することとした。

この手法が用いられた平安時代の植物と現在私たちが目にしている植物では、海外の花が日本へもたらされたこと、花の品種改良が活発に行われるようになったこと、という2つの観点から、配色を抽出する花の色合いが異なるのではないかと考えた。

また、花の配色が美しいと感じるのは、ジャッドが述べた色彩調和の四つの原理のうち、秩序の原理に当てはまっているからであると考えた。

1-2.検証

(1)地域による花色の比較調査

温帯である日本の植物と、日本と大きく環境の異なる熱帯気候に属する地域の植物を比較した。

日本の花は、色相範囲が狭く、3色で構成されている花が多いのに対し、熱帯の花は、色相範囲が多岐にわたり、2色で構成されている花が多い傾向があった。

また、日本が原産地である植物は、紫や白など落ち着いた色調の花が多いのに対し、熱帯地域の花は、赤と黄色など鮮やかな色合いが多いという傾向が見られた。地域によって花色の特徴が異なる最大の理由は、花粉を媒介する生物の違いである。一般的に温帯では紫や青の花が多いのに対し、熱帯では赤系統の花が相対的に多く存在する。これは、温帯では紫系統の花を好むミツバチのような昆虫が多いのに対し、熱帯ではチョウや鳥などの赤系統の花を好む動物が多いためであるとされている。

(2)品種改良による配色の変化

現在私たちが鑑賞のために用いる花の多くは、人間の手によって改良が加えられた園芸品種である。日本では、江戸時代に園芸文化が栄え、花の品種育成が飛躍的に進んだ。現在は、花色や花形の多様化が進み、花色では覆輪や斑入りなどの複色や緑色などの新品種が見られるようになった。これらの新品種は、突然変異で起こった様々な色の変化や模様を人間が選抜し、育てることで生み出されているものが多い。品種改良が行われていなかった平安時代の花とそれらの改良後の配色を分析すると、改良が行われていない花は色相範囲が狭く3色で構成されている花が多いのに対して、改良後の花は色相範囲が多岐にわたり、ほぼ全ての花が4色以上で構成されているという大きな違いが見られた。このことから、品種改良によって一つの花における配色のバリエーションは拡大していることがわかった。

(3)現代の花からみる配色とその分析

古典的・日本的であるかさねの色目の手法の対象を拡大し、現代の花における配色を分析した。撮影した花の写真からカラーピッカーで色を抽出し、それらをカラーホイール上に配置した。併せて、明度と原産国を記載したカードを作成した。

はじめに、仮説で述べた秩序の原理に当てはまっているかを検証した。31種中9種(29%)が秩序の原理中の「同一色相のみ」、「隣接色相」に当てはまり、2種(6%)が「補色」に当てはまり、1種(3%)が「隣接補色色相〜対象色相」に当てはまったが、それ以外の62%の花は、秩序の原理にすっかり当てはまってはいなかった。このことから、多くの花は秩序立った配色であるために美しいと感じるのではなく、他の要因によって色彩調和が起きていると考えた。

現代の花のどのような部分に美しさを感じているのか探るため、配色パターンのマッピングを行った。色相範囲に注目すると、0°~30°の範囲で構成されているものが最も多く、全体的にみると約94%の花はおよそ180°以下の色相範囲に収まっていた。また、それ以上の範囲(約210°)で構成されるマツムシソウと紫陽花はトーンが同一であることがわかった。

さらに、この中から特に魅力的に感じる花を6つ選びその特徴を分析すると、「3色構成・同一色相・彩度/明度差によるグラデーションがある花」、「4色以上で構成・色相範囲が120135°・中心部にかけて明度が低くなる花」、「色相範囲が約210°・トーンが等しい花」の大きく3つに分類することができた。

 

2.色相角度による調和論から抜け落ちた美

2-1.立体物における配色効果

(1)花弁の透明度による美

我々は、花を見るとき、様々なな環境下の花を見ている。そのため、その花の花弁が透明度のあるものだと、背景色の影響を受け、同じ赤色の花を見ていたとしても奥深い色に感じられる。この色は、背景色と透明度のある花弁を画面上で模擬的に再現し、重ねたとしても花のような奥深い色合いは感じられない。これは、我々は一つの色を切り取って見ているのではなく、その花が置かれている環境(背景)と共に花を見ており、経験的にその背景にあるものの質感、花弁の厚みなどの情報を踏まえた上で色を見ているためであると考えた。

さらに、透明度のある花弁はその重なり方や密度によって流転や移ろいを感じさせる色彩のグラデーションを生み出す。

これらの「花」という立体物における色の表情やグラデーションは、色の変化で言えば極めて小さいものであり、多くの場合、このわずかな変化は意識されず一色として一括りにされてしまう。そのため、ここで見られる配色的な美しさはこれまで世界中で提唱されてきた様々な配色理論では扱われていない範囲であると言えるだろう。しかし、それらは、微妙な色の表情や変化に美しさを見出してきた日本人古来の繊細な色彩感覚によって敏感に感じ取ることができ、人々はその奥深い花弁の色または配色に美しさを感じていると考えた。ここで見られる美的感覚は、コントラストを重視する欧米の色彩調和論のものとは対照的なものである。

(2)陰影による美

花は紙などの平面的なものではなく、複雑な立体物として存 在する。そのため、花弁一枚一枚を個々として見たときには一色の平面的な色であるかもしれないが、それらが重なりをもって花 として立体的に立ち上がることで、複雑な陰影が生み出される。

西洋では、可能な限り陰影の部分を消していくような風潮が 見られたが、日本ではむしろ陰影を認め、その暗さを利用する ことで文化や芸術を作り上げてきた。このような、陰影に美を見出す感性を持つ日本人にとって、花弁の重なりやしわなどに よって生み出される複雑な陰影は、花を美しいと感じさせる一 つの要因になっていると考える。

また、花弁の丸みやしわ、うねりによって生み出された陰影から、しっとりとした質感や光沢感、繊細さなどを感じ取ることができ、色の美しさをより強く感じていると考えた。

(3)裏表で色が異なることによる美

花は立体物であるため、グラフィックデザインや絵画などとは異なり、裏表が存在し、あらゆる角度から見ることができる。裏表で色が異なる花の配色は見る角度 によって次々と表情を変え、見るものを魅了する。多くの場合、 花弁には丸みや反りがあるため、正面から見た際には黄色い花 弁の縁に裏側の赤が現れるなど、絶妙な配色美が感じられる。これらの色のあり方は、裏一面の色と表一面の色がはっきりと異なるもの、裏側の一部分だけ色が異なるものなど様々で、その色の入り方からも配色の多様性が感じられる。

2-2.色の美しさを引き立てる要素

(1)小さな空気の泡による美

白い花は、ペンキで塗ったような白とは違い、光が当たるとキラキラと輝きを放つように見える花特有の色であり、神秘的な美しさをもつ。これは、白の色素をもつために白く見えてい るのではなく、花弁中に小さな空気の泡が無数に集まってお り、その小さい泡によって光が乱反射することで白く見えてい る。白以外の花にはカロテノイドやアントシアニンのような強い色の色素が存在するために、この空気の色が見えなくなっているが、強い色の色素がない場合には花弁中の泡によって白色 が浮かび上がる。このことは、白い花弁を強くおすと泡が追い 出され、その部分が無色透明になることからも確認することができた。

(2)葉による花色の美

花によって葉の色に特徴がみられるか調査するため、前期で調査した花を対象とし、色相・明度・彩度に着目して分析を行 った。それぞれの葉の色をカラーホイールに配置したところ、 地域や品種改良の有無に関わらずほぼ一定の範囲内に固まって分布しており、色相や彩度に大きな違いは見られなかった。このことから、葉は緑色の背景として、花との間に基調色と強調色の効果を生み出し、花の色を際立たせる役割を果たしていると考えた。これは花粉を媒介する虫に見つけてもらいやすくするため ではあるが、花を生ける際には葉も共に生けることからも、葉 の緑色が花の色の美しさを引き出していると考えた。

(3)花色変化からみる美

花を飾る際、一定期間は美しい花を楽しむことができるが、ある日突然花の終わりを感じ始め、最後には捨ててしまう。この経験から、花の蕾から枯れてしまうまでの色を継続的に記録することで、どこから花の美の崩れを感じ始めるのか、また、そう感じるのはなぜなのかを調査した。

最も綺麗だと感じる最盛期と美の崩れを感じ始める衰退期の明度と彩度に着目したところ、 全ての花でその両方、または一方の値が減少することが確認できたが、その差が非常に小さいものもあった。そもそも、花を実際に見た際には、明らかに花の衰退や若干の汚さが感じられ るが、写真やそこから抽出した配色サークルを見ても汚さが感じられないもの、むしろ美しく感じるものがあり、枯れてもなお、色彩調和が起きていることが明らかになった。

今回調査した衰退期の花色において、直接見た時には衰えを 感じるのに写真や配色として色を抽出した際には美しさを感じるのは、色の様相の違いによるものであると考えた。最も美し いと感じる最盛期の花は、花弁の一つ一つにハリがあり、生き生きしているため、色がより鮮やかに感じられる。これに対して、衰退期の花は配色としては綺麗であるが、その色が乗って いる花弁にハリがなくなり、剃りや変形などが見られるように なると、実際の明度や彩度の数値以上に色褪せて見えるのだと考えた。

 

まとめ

本研究は、一輪の花の中に見られる自然的な色の美しさに着目し、花色に基づいた豊かな色彩調和を探し出すこと、さらに、花の色や配色を美しいと感じる鍵を明らかにすることを目的として行った。

かさねの色目の調査より、その手法を拡大する形で現代の花における配色の分析を行い、色彩調和が起きている花の特徴を大きく3つに分類した。さらに、花色には既存の色相角度による調和論から抜け落ちた美があることに着目し、花の観察を通じて花色に美しさを感じる鍵を探った。これらは、立体物による配色効果と色の美しさを引き立てる要素の二つに分類され、それぞれが複雑に絡み合うことで花にしかない色の美しさが感じられることが明らかとなった。

参考文献

[1] 長崎盛輝 (2006).『かさねの色目―平安の配彩美―』.青幻舎.

[2] 色彩文化研究会 (2015)『. 色で巡る日本と世界―くらしの色・ 春夏秋冬―』.青幻舎.

[3] 岩科司 (2008) .『花はふしぎ-なぜ青いバラは自然界に存在 しないのか?−』.講談社.

[4]北畠耀(2006) . 色彩学貴重書図説−ニュートン・ゲーテ・シュヴルール・マンセルを中心に− .日本塗料工業会.

[5] 澤井聖一 (2022) .『建築知識2022年12月号』.エクスナレッジ.

[6]城一夫(2018) . 配色の教科書−歴史上の学者・アーティストに学ぶ「美しい配色」のしくみ .色彩文化研究会

[7] 鈴木路子 (2004) .『季節の花図鑑』.日本文芸社.

[8]柴田道夫 (2016).『花の品種改良の日本史―巧みの技術で進化 する日本の花たち―』.悠書館.

[9] 鈴木正彦 (1994) .『花・ふしぎ発見』. 講談社.

[10] 湯浅浩史 (1982) .『花の履歴書』. 講談社.

[11]タカハマケンタ.「配色のコツはジャッドの色彩調和論」.WebNAUT. https://webnaut.jp/design/645.html, (2023 年 8 月10 日閲覧)

[12]農研機構.「花の模様」.野菜花き研究部門:花の模様. https://www.naro.go.jp/laboratory/nivfs/kiso/color_mechanism/contents/ pattern.html, (2023 年 7 月 16 日閲覧) .

研究を終えて

本研究を始めるきっかけとなったのは一輪の花における配色と色の美しさに大きな感動を覚えた自身の経験である。個人の好みは非常に多種多様であるが、不思議なことに、花に対してマイナスの感情を抱く者はほとんどいない。今回は、そんな花の色に着目し、徹底的に観察を続けることで、これまでの調和論に当てはまる配色美だけではなく、モダンカラーオーダーシステムとは異なるところに位置する美の世界を感じ取ることができた。

本研究を通して明らかになった花に見られる色彩調和と美しさの鍵をきっかけとして、色彩調和の法則やルールをただ機械的に用いるだけではなく、人間の知覚をうまく利用した色の扱い方が拡大して行くことを願っている。

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