メタバースによる作品展示の効果
中村駿太
薄井研究室
2023 年度卒業
メタバースか動画を見てもらい、作品展示の効果を明らかにする実験を行った。メタバースはClusterで体験した。また、作品の椅子は360°スキャンを行い、作品の3Dモデルの上に説明動画を付けた。動画の視聴にはYouTube VRを使用し、メタバースと得られる情報が同じになることを意識した。その後にはアンケートとインタビューを行い、回答をもとに考察を行った。

はじめに

1. 研究概要
受験大学を決めるときに参考にする媒体の一つに、オープンキャンパスがある。オープンキャンパスは、「大学の学びに触れることで、受験校決定の決め手となる」ことが、大学の広報として効果を発揮している要素である[1]。しかし、オープンキャンパスは開催日時と参加可能な場所が限られるため、大学から自宅まで距離がある学生は、移動時間や交通費などの観点から、参加が困難なことも考えられる。
時間の制約の解決には、時間を問わず体験できる環境が必要となる。その媒体として活用されているものは、動画がある。動画は、インターネットの回線があればいつでも閲覧できるため、時間や場所を問わず、大学について知ることができる。
近年は、インターネットを介した仮想空間(メタバース)が、動画に変わる媒体として増えている。メタバースは動画と違い、実際に作品を鑑賞しているかのような没入感が得られるため、大学の学びを映像として鑑賞するのではなく、現地で直接見ることができるというオープンキャンパスの強みも再現できる。
そこで、学生の作品を360°スキャンした3Dモデルを配置し、作品の上に説明をつけたメタバースと、学生の作品を一般的なビデオカメラで撮影し、作品の説明をつけた動画のいずれかを見てもらい、作品展示の効果を明らかにする。

調査

研究方法

2. 方法
2.1 対象者
本研究では、12人の大学生に被験者として協力してもらった。被験者にメタバースと動画のどちらかを見てもらい、見終わった直後にアンケートをとり、その回答内容を比較・分析することで、メタバースによる作品展示の効果について検証する。見終わった直後にアンケートをとるのは、体験してもらって感じたことを忘れないうちに回答してもらうためである。なお、メタバースを体験した人数と動画を視聴した人数は、ともに6人である。
2.2 メタバースの制作
メタバース上に表現したのは、宮城大学デザイン研究棟と、2人の学生が制作した作品の椅子2つである。
デザイン研究棟の作成においては、Blenderでのモデリング、テクスチャ設定と、Unityでの光源やオブジェクトを含む配置で再現に取り組んだ。メタバースへの実装は、メタバースアプリ「Cluster」の「Cluster Creator Kit」を利用してClusterにアップロードすることで行った。
また、作品の椅子は2つあるが、説明として、椅子のデザインテーマと用途についての作者からのコメントを載せた。作品の椅子は、「Magiscan」というスキャンアプリを使用して360°スキャンし、3Dモデルを配置した後に、作品の上に説明動画を付け、図1のようにメタバース内に配置した。

Fig.1 メタバース上で表現したデザイン研究棟内と学生の作品

2.3 動画の制作
動画もメタバース同様、デザイン研究棟と学生が制作した椅子2つのみを映した。動画は、VLOGCAM ZV-1のカメラで、 4K(QFHD:3840×2160)サイズで撮影した。動画の内容は、図2のように、「デザイン棟の全体像を映し、そこからデザイン棟に入り、1階のオープンスタディにある作品の椅子を、1つずつ、説明書きを表示した後に360°全体像を映す」というものになっている。また、動画は「視点を自分のものに合わせる」「作品を360°鑑賞する」「作品説明を載せる」「画面に映る作品以外の要素を減らす」「メタバースと得られる情報が同じ状態になる」ことの5点を意識して制作した。編集はPremiere Proを使い、ビデオのビットレートは20Mbps、形式はmp4とした。

Fig.2 動画の中の作品紹介

2.4 メタバースの実験環境
目線を被験者の身長に合わせるため、身長を尋ね、Clusterのアバターの身長を本人のものに合わせた。続いて、操作説明書を見てもらった後にMetaQuest3を装着してもらい、メタバースのデザイン棟に入る直前の画面から開始し、「プレイ」ボタンを押してもらい、実験を開始する。スタートはデザイン棟の全体図が見える位置を指定し、操作方法、メタバースの散策の時間、オープンスタディにある作品の椅子を見てもらうことにした。被検者には、10.2m×4.8mのプレイエリアの中で、エリアの端をスタート地点とし、エリアの中央を向いた状態で自由に動いてもらった。なお、散策の時間は、移動に手間取ることを考慮し、動画の時間である2分40秒より1分20秒長い、4分間とした。
2.5 動画視聴の実験環境
動画内の作品のアングルを実際の作品のアングルに合わせるために、MetaQuest3内のアプリ「YouTube VR」を用い、MetaQuest3で動画を閲覧してもらった。動画の位置を中距離かつ視点から30°下に調整後、動画を0分00秒にした状態で「再生」ボタンを押してもらい、実験を開始した。

Fig.3 動画を視聴する実験の様子

2.6 アンケート調査とインタビュー調査
メタバースの体験、または動画の視聴の後に、アンケートとインタビューを行った。アンケート調査は、「とてもそう思う」を5点、「そう思う」を4点、「どちらでもない」を3点、「そう思わない」を2点、「全くそう思わない」を1点とし、小数第二位を四捨五入して平均値を求めた。これらの値と、各設問に対応した自由記述をもとに考察を行う。また、アンケート後にインタビュー調査も行い、それぞれ体験した内容についての率直な感想と、映像の内容で理解できたことや感じたことについて聞いた。
3. 実験結果
3.1 メタバースを体験した被験者の結果
メタバースを体験した6人からは、アンケートの質問についてTable1の結果が得られた。

Table1 メタバースを体験した6名のアンケート結果

特に、「実際にその場にいるかのような気分になれた」に関する評価は非常に高かった。その理由としては、「デザイン研究棟の中にいる」といった臨場感が特に感じられたためだと考える。
また、「作品の椅子に対する興味も湧いた」という評価も高かった。この評価の理由としては、椅子の質感や凹凸を把握できたから、という意見が多かったほか、デザイン棟との比較でスケールが伝わったという意見もあった。一方で、メタバースの「自分から見に行かなければその情報は受け取れない」という特徴により、作品の椅子の理解までは深まらなかったと考えられる。
3.2 動画を視聴した被験者の結果
動画を見た6人からは、アンケートの質問についてTable2の結果が得られた。

Table 2 動画を視聴した6名のアンケート結果

動画は、メタバースとは異なり、作品の椅子の特徴や全体像、およびコンセプトが伝わるという評価が得られた。この評価の理由としては、作品紹介の説明書きがはっきり見えたことで、理解が深まったという意見があった。動画は固定された映像が流れているものであったため、その作品そのものの特徴が伝わりやすかったのではないかと考えられる。

まとめ

4. 考察と今後の課題
アンケート結果から、作品の椅子の理解の目的では動画がよく、興味の喚起や臨場感の目的ではメタバースの方がよいことがわかった。つまり、オープンキャンパスを再現する場合は、メタバースと動画の両方を活用する必要があると考えられる。
インタビューでは、メタバースを体験した被験者から、「日常で見るデザイン棟が忠実に再現されていた」という意見が多く聞かれ、メタバース内でもデザイン研究棟にいるような気分になることが確認できた。また、「学生の作品にも興味がわいた」という意見も聞かれ、メタバースでの作品展示が学生の興味関心に寄与する可能性も示唆された。
動画を視聴した被検者からは、「作品の発表・解説が分かりやすい」という意見があった。メタバース内に動画も一緒に表現することで、内容の理解が深まる可能性もあると考える。
一方、メタバースを体験した被検者から、作品の説明文が読みづらいといった指摘もあった。これは表示方法の工夫が不十分だったためと考えられる。よって、メタバースの改良を行い、再度メタバースと動画の効果実験を行うことで、メタバース上での作品展示における効果的な表現方法を検討する必要がある。

参考文献

5. 参考文献
[1] 清水良郎, 宝島格(2010) . 「大学広告におけるホームページの重要性とメディア戦略について」. 名古屋学院大学論集 社会科学篇, 46(4), pp.53-65.

研究を終えて

今回の研究では、宮城大学デザイン棟の再現に取り組んだ。これからの研究では、再現した宮城大学デザイン棟を、「宮城大学の学びについて知ることができる場所」にできるよう取り組みたい。

また、今回はメタバースの作品展示の効果について研究したが、研究の過程で、表示方法の工夫の必要性など、メタバースにおける想定していなかった課題も出てきた。これからは、見やすく体験しやすいメタバースにするよう、より一層の努力をしていく。

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