蓄光液体の行方
-蓄光材料を含んだ造形における規則性と恣意性の拮抗-
渡辺陸太
中田研究室
2022 年度卒業
本制作は、気候や寒暖差、重力など自然界の摂理に委ねられて形成される造形を、作者がルールを定めることで意図的に造形構成として成立させたものである。流下するレジンにUVライトを照射し硬化させることで、自然の規則に則って誕生するつららを連想させる造形を、作者の緻密なコントロールによって作り上げた。作品と相対する距離によって、自然の規則を受けている箇所・制御されたことが明らかである箇所を発見できるだろう。

はじめに

Ⅰ.はじめに

前期卒業研究では、蓄光材料と和紙を組み合わせた「蓄光和紙」(Fig.1)を手漉き和紙作成の技法を用いて開発した。光を当てた場所が強く発光するという性質を生かして制作された造形は、鑑賞者の「照らす」という行為によってその見え方を変化させ、ただ見て終わるのではなく、素材の性質を体験できるような作品に仕上がった。

Fig.1 暗闇で淡く発光する蓄光和紙

Ⅱ.制作の目的

本制作の目的は、前期卒業研究に続けて蓄光材料を造形制作に応用する際の材料としての可能性を探求するとともに、鑑賞者が蓄光材料の性質を体験できるような作品を作り上げることである。

調査

Ⅲ.蓄光材料のスタディ1

蓄光材料の魅力を引き出す方法を究明するため、蓄光材料を用いたスタディを行った。スタディにおいては、粉末状の蓄光材料である蓄光パウダーを使用した。

1.ボンドと水を用いたスタディ

最初に行ったのは、水と水溶性ボンドを様々な割合で混ぜ、それに蓄光パウダーを加えた混合液を用いたスタディである(以下、スタディ①と表記)。直線を描くという目標を掲げ、作者の意図通りに流下させることが可能なのか、粘性毎に描写の変化はあるのか2点について観察を行う。

2.スタディ①の準備物

準備したものは、容器、糸、画用紙、木板、水:ボンドの比5:5・3:7・2:8・1:9の混合液(各100ml)、蓄光パウダーである。容器の底部には、適量の液体を垂らすために直径4mmの穴を2cm間隔で8ヶ所空けている。また、木板は画用紙を貼り付けるために使用する。さらに各混合液には、暗所で発光が十分に確認できる量(40g)の蓄光パウダーを加え、よく攪拌する。

3.手順

・容器の穴から15cmほど下まで糸を垂らす

・垂らした糸の先端から15cm下の位置に、木板に貼り付けた画用紙を設置する

・容器を混合液で満たす

・混合液が糸を辿っていく様子と、どのような絵が描かれるのかを観察する

Fig.2 混合液が糸を辿る様子

Fig.3 混合液が画用紙に垂れる様子

4.スタディ①の結果

スタディ①では、液体の粘度が高いほどその流れる方向が一定となる傾向が見られた。水:ボンドが5:5と粘性が低いものでは液体が様々な方向へと飛び散ったように見えるが、3:7や2:8などの比較的粘性が高いものは意図的に直線を描いたようにも見える。しかし、1:9の混合液は粘性が高すぎたことにより、画用紙上での動きが非常に少なく、私の予測した「絵を描く」こととは異なる結果となった。つまり、液体の性質の調整によって生み出される流れ方などの違いは、描写にも影響をもたらすということである。

Fig.2 5:5          Fig.3 3:7                       Fig.4 2:8                 Fig.5 1:9

5.スタディ①の結果を踏まえて

スタディ①では、液体の性質は作者が決定するものの、絵の完成にはボンド成分の凝固が必要であり、液体を垂らし始めればその先は凝固するまで放置して待つのみとなってしまう。そこで、流下する液体に対して作者が凝固の速度や形に関与する手法を考察し、作者の意図を瞬時に反映させることで作られていく造形の観察を行うこととした。

 

Ⅳ.蓄光材料のスタディ2

スタディ①の結果を受け、蓄光パウダーと組み合わせる液体をUVレジンに変更してスタディを行うこととした(以下スタディ②と表記)。UVレジンは、紫外線に反応して短時間で硬化する液体であることから、流下するUVレジンに対してUVライトを照射することで、作者が凝固するタイミングや形に関与できるのではないかと考えた。

1.スタディ②の準備物

準備したものは、竹ひご、UVレジン、蓄光パウダー、UVライトである。混合液はUVレジン30mlに対し、6gの蓄光パウダーを加えて撹拌したものを使用する。

2.手順

・一本の竹ひごを地面に対して水平方向に吊るす

・竹ひごの一点に混合液を垂らす

・垂らした混合液が地面に向かって落ちていくタイミングでUVライトを照射する

・混合液がUVライトに反応し、つららのように地面方向に垂れながら硬化していく

・混合液を垂らすこととUVライトの照射を繰り返し、地面方向に硬化した造形を伸ばしていく(Fig.6)

・作者がUVライトの照射によって、液体が凝固するまでの速度や凝固する場所の決定に関与し、それによってどのような造形が完成するかを観察する

3.スタディ②の結果

スタディ①では混合液の性質上、放置せざるを得ない時間があったのに対し、スタディ②では作者が流下させる混合液の性質や量から、硬化させる形やタイミングまでのほとんどを制御した。その結果、スタディ①では意図的に描かれた直線のような描写が完成したが、混合液を放置する時間をほとんど作らなかったスタディ②では、あたかも自然界に存在するつららかのような形を作り出した(Fig.7)。そこで、スタディ②について人が関与するからこそ造形を魅力的な方向に誘うことを可能にするのではないかと結論付け、自然的なルールに従って形成されたような造形を作者の緻密な作業によって実現させる方法を考えていく。

Fig.6(左)  地面方向に伸びていく硬化した混合液の一部

Fig.7(右) つららのような造形(造形の長さ:110cm)

研究方法

Ⅴ.本制作

1.本制作にあたって

スタディ①では、作者の直線を描くという目的のために液体の性質を調整していくという過程を踏んだ。そしてスタディ②では、液体の自然な状態変化による形作りではなく、意図的に硬化させることで自然的な造形を仕上げた。

しかし、スタディ②でも完全に作者の意図のみがつららのような造形を形成したのではなく、既に重力や空気の振動といった自然界の摂理による外力を受けて流下する混合液に対して、UVライトを照射することで「このタイミング・形で硬化させたい」という恣意性を与えたものである。そこで、自然界の摂理に従ったような箇所が所々に見受けられながらも、大部分が作者によって緻密に制御されることで、造形的恣意性と物理的規則性が拮抗した結果としてどのような造形が生まれるかを本制作で追求する。

2.本制作におけるルール・手法

本制作においては、自然の摂理に従っているような造形に対して、作者が制御をかけられることが肝だ。そこで、

・造形の長さは1mとする(高さ約3mのレールに吊るしての展示となる。そこで、地面から造形の先端までの距離が日本人男性の平均身長である約170cmを十分に上回り、展示物を真下からも観察できるようにする必要があるため。)

・テグスを骨材に用い、地面に対して垂直を保つ

・始点の形状を統一する

・始点からUVレジンと蓄光パウダーを混ぜた液を垂らし、UVライトで固める作業を繰り返す

・造形の全長が97cm程度になった時点で、そこから下のテグスを切断する

・終点は、雫が今にも落ちそうな様子で統一する

の6点をルール及び制作方法として定めた。

3.本制作概要

スタディ②と類似した手法で制作したが、骨材を用いたことで造形の芯が真っ直ぐになった。さらにルールを設けたことで長さや終点の形状が揃い、作者の制御に基づいた造形の複数生産が可能となった。しかし、混合液が流下していく方向の違いによって造形表面の形状に違いが生じており、それ故に人間の手ではなく、物理的規則性に従って自然に形成された造形にも見える。それらを造形群として整列させて配置することで、造形的恣意性と物理的規則性の両方が拮抗する様子を表現した。

Fig.8 つららのような造形群

まとめ

Ⅵ.本制作の成果とまとめ

本制作の成果は、自然界の摂理や物理的規則性によって作られると信じて疑わない造形を、作者がルールや手法を定めることで意図的に造形構成として成立させたことである。また、至近距離ではUVライトの照射による蓄光材料の反応や、造形一本一本が生み出す自然的な様相の違いの観察が「鑑賞」になるが、少し離れた位置からでは、造形の芯が直線的であることや長さがぴったり揃えられていること、そしてそれらが規則正しく並べられていることに対して、この造形群が単なる自然界の模倣ではないと気付くことが「鑑賞」となる。このように、作者が造形的恣意性と物理的規則性が拮抗させながら繰り返した素材とのやりとりを、鑑賞者たちがこの造形群と相対する距離の行き来によって考察していくことを期待する。

参考文献

研究を終えて

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