研究の背景
乾漆とは、漆を塗った麻布を木や粘土などの型に貼り重ねて成形した素地にさらに漆を塗り重ねる造形の技法である。1,300年前の天平時代に確立されたこの技法の源流は中国にある。その後日本に伝わり奈良時代に盛んになり、興福寺八部衆・十大弟子像の仏像にも用いられ、今もなお残り続けている。平安時代以降は衰退したものの、現代では軽く、丈夫な乾漆の特徴を生かし机や椅子などの家具への実用化が進んでいる¹。FabLab SENDAI FLATが行う乾漆ブローチづくり体験では、レーザーカッターでカットした乾漆シートのピースを組み合わせ、オリジナルのブローチを作ることが出来る²。この事例では、乾漆のピースを組み合わせてパターンを作り出すことによって、新しい表現を生み出している。また、山本の研究³によると柔軟性のある乾漆の研究が行われ、革のようなしなやかな乾漆を実現できることが証明された³。しかし、折り曲げができる乾漆についてはまだ前例がなく、実現することで乾漆に折り紙のように平面から立体への変化を与えられることに可能性を感じた。
折り紙とは紙を折り畳んで、かたちを表現する技法のことである。そのルーツは7世紀初めに大陸から紙の製法が日本に伝わり和紙が生まれたことから始まる。はじめは写経や記録、神事に用いられ、そこから神への供物など様々なものを紙で包むようになり、室町時代には紙包みの礼法である儀礼折が考えられた。そして、礼法や決まりから離れ折り方そのものを楽しむようになったのが折り紙である。現在では、折り紙は世界各地に広まり、折り紙愛好家の団体がいくつもできて盛んに活動を続けている。また、折りという行為によって生み出される様々な特徴、機能を工学的に応用するという学問である折り紙工学の研究が進められており、プロダクトへの応用など身近なものから宇宙空間にまで、幅広い分野で活用されている。折り紙技術に対しての注目は、1990年以降折り紙の設計を支援するソフトウェアや,折りによる紙の変形をシミュレートするソフトウェアなどが多く登場し、計算折り紙の研究が進んだという背景がある。米国では、2012年に米国立科学財団が折り紙技術の研究プロジェクトに1,600万ドルの研究開発費を提供したこと⁴から、発展が期待されている分野であると言える。対角線部分を持ち、左右に引っ張ることで畳むこと、広げることが一瞬で出来ることから、地図の折り方として重宝されているミウラ折りは、紙の対角線の部分を押したり引いたりするだけで即座に簡単に展開・収納が出来る。
折り紙の技術を乾漆に応用し折り畳むことで立体から平面またはその逆への変化が可能になれば、乾漆に可展性と携帯性を与え、形態が変化する乾漆の表現が生まれることに可能性を感じた。
研究の目的
本研究の目的は、折り畳める乾漆を作ることで、平面的な表現の他、立体への変化を実現し、乾漆の表現の幅を広げることである。
調査
概要
乾漆のシートにレーザーカッターで切れ込みを入れることで折れ線を作り、折り曲げを可能にする。
素材の検証
図のように乾漆を折り曲げにより折れ目部分から裂けてしまうことを防ぐため、切れ目の裏側にカーボンクロスを糊漆で貼り付ける。今回は、カーボンクロスを3K、1Kの2パターン検証した。
結果
カーボンクロス3K
カーボンクロスと乾漆が、レーザーカッターで切断した部分から分離してしまっ
た。
カーボンクロス1K
カーボンクロスと乾漆が分離せず、一体化した状 態となった。本研究では、1Kのカーボンクロスを使用している。
重ねる布の枚数の検証
乾漆シートに重ねる布の枚数を変え、折れ曲がり方や見栄えがどのように変化するかを検証する。
図1/折れ線の太さを変えた乾漆シートサンプル
結果
布の枚数 | 折り曲げ可能な角度 | 見栄え |
1枚 | 180度 | × |
2枚 | 160度 | × |
3枚 | 100度 | 〇 |
4枚 | 40度 | ◎ |
5枚 | 30度 | ◎ |
表1/乾漆に使用した布の枚数ごとの折り曲げ可能な角度表(折れ線の太さ1.0㎜)
折れ線の検証
乾漆シートに折れ線を入れ、折れ線部分の折り曲がり方を検証する。
(ⅰ)6㎝×6㎝の正方形に切断した乾漆シートにレーザーカッターを用いて折れ線を付ける。
(ⅱ)折れ線の幅の間隔を0.5㎜ごとに増やし、どの間隔がどれくらいの角度で曲がるかを検証する。
結果
〇乾漆に使用した布3枚
折れ線の幅 | 折り曲げ可能な角度 |
0.3㎜ | 約30度 |
0.5mm | 約45度 |
1.0mm | 約100度 |
1.5mm | 約150度 |
2.0mm | 約180度 |
表2/折れ線幅ごとの折り曲げ可能な角度表(布3枚)
〇乾漆に使用した布5枚
折れ線の幅 | 折り曲げ可能な角度 |
0.3㎜ | 約10度 |
0.5mm | 約20度 |
1.0mm | 約60度 |
1.5mm | 約100度 |
2.0mm | 約150度 |
表3/折れ線幅ごとの折り曲げ可能な角度表(布5枚)
研究方法
作品制作
折り畳みの検証で得られた適切な間隔と、カーボンクロスを用いて、素材にあった形状の作品を作成する。今回は、アウトドアを想定した「器」「スプーン」を作成する。全体のテーマは「水に浮かぶ葉」である。漆に撥水性があり、自然の中でも使える環境に優しい素材を使用していることから連想し、形を着想している。
Ⅰ形状試作
(ⅰ)普通紙を用いた形状試作
普通紙で形状を試作、手になじむ形を模索する。
(ⅱ) ボール紙・ケント紙を用いた形状試作
乾漆シートの厚さに近い紙を使用し、普通紙で作成した形をもとに作成し、修正を加える。
試作の過程
器(笹船型)
差込口の面積が足りず、差し込みが出来ないという問題があったが、間に切れ込みを入れて組み立てを容易にした。
器(オニバス型)
オニバスから着想を得て形を作成した。立体へのアプローチを試したところ、紐での組み立ては調節ができ、平面から立体への変化を感じてもらえると考えた。
スプーン
紙の使い捨てスプーンのカタチを再現しようと試みたが、すくう部分に力が伝道しなかった。そのため、柄を2重にして力を伝道させて立体へ変形させることが出来た。
結果
器(笹船型)
3:2の長方形の短辺両端を3分割、3分割した右、左部分を合わせ、差込口を開ける。中部の差込み形状を作る形とする。
器(オニバス型)
円形の底部分、縁を作る三角の折れ線を規則的に入れ、紐をどの程度引くかによって縁の角度を調整することが出来る形状とする。
スプーン
カレーなど重量のあるものもすくえるよう軸の線を2本にし、縁を曲線にして多めに取ることで安定する形状とする。
ⅡAdobe Illustratorでのデータ作成
試作を基にしたデータをAdobe Illustratorにて作成。
図5/右から器(笹船型)、器(オニバス型)、スプーンのカットデータ
Ⅲ乾漆シートでの制作
Ⅱで作成したカットデータを基にレーザーカッターを使用し、乾漆シートを切断、組み立てをし、作品を制作する。
まとめ
今後の展望
前期にはミウラ折りのような可展性のある乾漆を作成することに、後期には折り曲げ部分の完成度を高め、美しさをいかに維持しながら作成できるかということに注力して研究を行った。前期では、ミウラ折りを乾漆で表現することは出来たが、工程の多さから本来の乾漆の美しさを保つことが難しいと感じ、後期では乾漆の美しさを見た人に伝えることを優先した結果、レーザーカッターを用いた方法を採用し、試作を行った。前期で行った方法では改善方法をより模索する、もしくは技術を向上させることで完成度を高めることが出来たと感じる。後期で行った方法は、前期よりも簡単な工程で折り曲げを可能にするが、使用しているカーボンクロスが高価なため、より安価かつレーザーカッターで切断されない素材を見つけることが出来れば、誰でも簡単に気軽に乾漆で折り曲げの表現を行うことが出来る可能性と製品として実現する可能性が生まれるのではないかと考える。
本研究では、漆の撥水性や抗菌性に着目し、アウトドアなどでも簡単に使用できる食器を制作した。この研究を発展させることで、製品への応用、誰でも容易に再現したい形を実現することへ繋がるだろう。今後、本研究以外にも新しい漆の表現が生まれることを期待する。
参考文献
1.構造乾漆 しずくからかたちへ
2.Fablab SENDAI FLAT 乾漆ブローチづくり体験https://fablabsendaiflat.com/2019/12/05/knstws_1912 /
3.土岐研究室アーカイブ 柔軟性のある乾漆の研究
7期生 | http://kenjitokilab.com/myu/lab/ | Breakfast
4.“Origami”から生まれる世界的な技術革新