ウルシを自分ごと化する「ウルシミライプロジェクト」
―新規参入による新たな可能性の模索―
千葉美穂
土岐研究室
2022 年度卒業
現在漆業界は多くの問題を抱えていますが、その現実はあまり知られていません。そこで、諸問題に目を向けてもらい、漆の知識がない方でも漆に関わることができるプロジェクトを立ち上げました。その名も「ウルシミライプロジェクト」。漆の知識がない人でも、様々な観点立場から漆に関わることができます。このプロジェクトを通じ、「自分ならでは」の漆の接し方を見つけてもらうのが本研究の目的です。

はじめに

本稿ではウルシの樹木自体を「ウルシ」、ウルシから採
取される樹液を「漆」と表記する。
現在漆業界は様々な問題を抱えている。安価なプラスチ
ックの普及による漆器の需要の低下や塗師や漆掻き職人
(以下掻き子)、漆掻きをするための道具を作成する職人と
いった、技術面における後継者不足、国産漆の需要に対す
る供給の不足などが大きな問題であると言える。本研究で
は国産漆の不足について着目した。
近年国産漆の需要が増した理由として、平成27年2月24
日に行われた文化庁からの通達が挙げられる。この通達は
文化の継承を目的としており、「国庫補助金を用いて実施
する国宝・重要文化財建造物の保存修理では、使用する漆
を原則国産漆とすること」と明記された。さらに、平成29
年に発表された「文化財保存修理用資材の長期需要予測調
査の結果について」によると、理想的な修理周期において
国宝・重要文化財建造物の保存修理で使用する漆の需要量
は年間約2.2トンであるとされている(1)。加えて、令和元
年10月に発生した首里城火災も漆の需要を高める一因とな
っており、文化財修復に必要な漆の量は更に多くなると推
定される。対して、令和3年における生漆の生産量は約2.0
トンという統計が出ており(2)、令和2年における漆の国内
消費量である32.2トンという数値を鑑みると(3)、約6%分し
か需要量を賄えていないということとなる。
不足している供給量を補うため、日本は主に中国から漆
を輸入しており、令和3年における輸入量は約21.9トン(4)
となっている。つまり、国内で使われている漆の約92%が
中国産漆であり、中国からの輸入が途絶えた場合、日本の
漆文化は断絶の危機に陥ることが推測される。また、中国
産漆の価格は年々高騰しており、令和3年の1kgあたりの
中国産漆の輸入価格は7千円となっている(図1)。これは8
年ぶりの千円以上の値上がりとなっており、今後価格が上
がり続けた場合、漆業界が逼迫する可能性もある。
図1.1kgあたりのウルシの輸入価格
前期の研究では、ウルシ植樹によって国産漆不足の問題
解決の糸口として、植樹量を増やすことを目標として定め
た。その際に岩手県盛岡市上米内地区と二戸市において現
地調査を行い、研究の目的を「企業や投資家などの営利団
体、または個人を対象とした啓発メディアを作成し、植樹
に携わる人員を確保することにより将来的に採取すること
ができる漆の量を増加させること」とした。しかし、研究
を進めていくうちに岩手県の一部地域以外ではウルシ植栽
に対する制度が整っておらず、森林づくりの補助金を使用
しても赤字になることが判明した。また、漆を採取するた
めに掻き子を招くには300本~400本のウルシの木が一か所
にまとまっていることが必要である。この本数は、1シーズ
ンに掻き子が採取するウルシの数だと言われている。これ
らのことから、現在岩手県以外の都道府県でウルシ植樹を
ビジネス化することは難しいと考えた。
そのため、後期の研究では啓発メディアの対象を漆の知
識を有さない人々とし、漆に無関係な人であっても比較的
容易に参加できることができ、参加を通じて漆の諸問題を
自分ごとのように考えることができる植樹プロジェクトを
啓発メディアとして製作することとした。

新たに漆、またはウルシに高い価値、あるいは将来的な
可能性を見出した人たちに対し、漆業界に関わるハードル
を下げるメディアを製作することである。
さらに、漆にまつわる事柄を自分ごととして捉え、より
多くの人に漆業界の現状を伝えること、また、このプロジ
ェクトで漆に関わった違う分野の人間が、漆に対して新た
な可能性を見出し、漆業界をさらに発展、活性化させるこ
とが本研究の最終目的とする。

調査

本研究を進めるにあたり、Webサイト制作とプロジェク
トの提案を行った。また、11月中旬に仙台奥羽ロータリー
クラブ主催の漆植樹活動に参加した。

研究方法

植樹活動への参加
令和4年11月13日、丸森町筆甫にて上記植樹活動に参
加した。1.7haの敷地に15人で2時間半の作業を行い、合
計213本のウルシの木を植栽した。その内113本は世界で
初めてのウルシの培養苗であり、寒さに強いとされてい
る。また、今回植樹場所は元来田畑であり、本来であれ
ば林地への転用手続きが必要である。しかし、令和4年7
月に更新された「特用樹の造林に関する手続きと支援
策」では、荒廃農地の肥培管理をすることにより転用手
続きを経ずにウルシをはじめとした特用樹を植えること
ができる(5)。今回ウルシ植栽を企画した仙台奥羽ロータ
リークラブ会長林宙紀氏は、この制度を活用したという。

 

Webサイトの製作
本研究ではプロジェクトの周知を目的とした媒体とし
てWebサイトを製作する。Webサイトの特徴であるイン
ターネットを通じて情報を得ることができるという利点
が研究の目的と合致していると考えた。また、プロジェ
クトの要である金銭のやり取りを簡潔に行うことが可能
となるという面においても、Webサイトの運用は効果的
と考えられる。

 

プロジェクトの製作
「ウルシを自分ごと化する」をテーマとして「ウルシ
ミライプロジェクト」と題し、植樹を主体としたプロジ
ェクトを立案した。本プロジェクトでは、閲覧者の状態
を「うるしを知る」「うるしと関わる」「うるしの未来
を考える」という三段階で分類する。
まず「うるしを知る」という段階では、閲覧者が漆を
取り巻く現状を理解することを目的としている。国産漆
の生産量が消費量に追いついておらず、消費の大部分を
中国産漆が占めていること、国産漆の8割を岩手県が担
っていること、現時点でのビジネス化が難しいことなど、
現在の漆業界が抱えている問題点を列挙した。それ以外
にも、将来的に漆業界を支える技術として内樹皮を圧搾
することにより漆を採取する方法と培養苗について言及
している。
次の「うるしと関わる」は、閲覧者からうるしとの関
係性を考え、構築してもらう段階となる。主なコンテン
ツとして、インターネットを介して自分自身のウルシを
購入、既に植えられているウルシの管理(下刈り、施肥
など)に対しての投資、新しい苗を購入するための寄付
といった、金銭が発生するものを想定している。このプ
ロジェクトで主体となるのは自分自身のウルシを購入し
たユーザだが、実際にウルシを購入するのに抵抗を感じ
る閲覧者は多いと考えられる。そのため「自分なりのウ
ルシとの繋がり」を持ってもらうために、苗の購入以外
の選択肢を二つ用意した。ウルシの苗を購入した閲覧者
に対するプロジェクト側からの関わりの一つとして、
Google Earthを利用した「自分のウルシの場所と様子を
オンライン上で確認できる」コンテンツを作成した(図2、
図3)。実際の景色が再現された立体的な地図である
Google Earthを利用することにより、実際に現地に行け
ない人でも現実世界と近い地図と、ストリートビューで
植樹された場所の景色を見ることによって、購入者がウ
ルシの植樹をより「自分ごと」として捉えることができ
ると考えた。
図2.Google Earthで見た植栽場所の様子
図3.植えられたウルシの写真
その他にも、実際に自分のウルシを見にウルシ林に赴く、
漆掻きの現場を見学する、植樹活動やワークショップに
参加するなど、「自分ならでは」な関わり方を発見して
もらうために多様な手段を用意することとする。
最後の「うるしの未来を考える」では、自らが購入し
た苗から採取された漆の使用先を考えてもらう段階とな
る。漆の寄付先としては漆器の産地、漆が使われている
文化財などがまず挙げられるが、漆器技術後継者訓練校
や漆工専攻がある大学といった、漆に関わる教育機関や、
個人の漆芸家など、購入者本人が魅力を感じた分野に使
用してもらうために寄付先の幅を広げたいと考えている。
また、寄付先から購入者へコンタクトを取ることで漆と
自分自身の結びつきをさらに強く感じることが可能とな
るのではないかと推測した。

まとめ

前期、後期共にウルシ植樹という一つの軸を通じて研
究を行ったことにより、漆に対しての特別な知識や技術
がない人も漆業界に関わる可能性を見出すことができた。
今後、プロジェクト参加者に更にうるしを身近に感じて
もらうためにどのような取組をするべきかを考察してい
きたい。

参考文献

(1)文化庁「文化財保存修理用資材の長期需要予測調査の結
果について」https://onl.la/WgByVjA 参照(2023-01-10)
(2)農林水産省「特用林産物生産統計調査」
https://onl.la/7nf3FEL 参照(2023-01-10)
(3) 林野庁「令和3年度 森林・林業白書」
https://onl.la/UutRDcM参照(2023-01-10)
(4)農林水産省・前掲注(2) 参照(2023-01-10)
(5)林野庁「特⽤樹の造林に関する⼿続きと⽀援策」
https://onl.la/VtJBPda 参照(2023-01-10)

研究を終えて

一年を通してウルシ植栽についての研究を行ったことにより、現在の漆の諸問題が多く存在することが分かった。

それと同時に、漆そのものが秘めるポテンシャルは高いものであることを再確認し、新たな参入者によって可能性を広げることができると確信した。

プロジェクトとしてはまだ甘い点もあるが、今までの植樹プロジェクトとは違うものを立案できたと考えている。

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