劇都仙台における笑いの可能性
佐々木泰智
平岡研究室
2022 年度卒業
かつて仙台市はお笑い不毛の地とされていた。 しかしながら、今では芸人の単独ライブや小レースの予選も開催されるなど、それは過去の話だと私は考えている。演劇とお笑いには言葉と身振りで人の心を動かすという共通点がある。演劇が活発で、劇都を自称する仙台市には笑いの可能性が潜んでいるのではないだろうか。その可能性に注目し、本研究では仙台市に笑いの文化の拠点をもたらす施設を提案することを目的としている。

はじめに

かつて仙台市はお笑い不毛の地とされていた。著名な芸人事務所が仙台に常設の劇場を建てるも客入りが悪く早々に撤退したことや、仙台出身の笑い芸人の数が極端に少ないことからそのことが裏付けられる。また、サンドウィッチマンの富沢たけしは自著『復活力』で、「仙台にはおしょすい文化があり、観客は面白くても笑いを押し殺してしまう」と語っており、そういった県民性から芸人が育ちにくく、笑いを呼び込みにくい土壌となってしまっていたのではないだろうか。しかしながら、それは過去の話だと私は考えている。人気芸人の全国ツアーは必ずと言っていいほど仙台でも行われ、著名な賞レースの予選会も開催されている。このことから、不毛の地と称されていた頃よりも現在の仙台のお笑いの活気は溢れているように感じられる。また、サンドウィッチマンの伊達みきおは仙台市に劇場を作り、お笑いを志す人を増やしたいと発言していた。

仙台市は40を超える劇団を抱えている。仙台市では、毎週のように演劇公演が行われており、劇都仙台を自称している。劇場とは通常、その名の通り演劇という営みを行うために設立される施設であるが、お笑い芸人がライブをする時にも用いられ、その用途は多岐に渡る。

演劇とお笑いは起源、成り立ち、形式が異なるものであり、故にそれらが行われる場も別れていたが、現代において、劇場という同一の空間でその営みが展開されることはしばしばある。演劇もお笑いも、言葉と身振りによって観客の心を動かすという点で共通しており、この共通点によって劇場という一つの空間で、お笑いも演劇も営めるのではないだろうか。演劇の活動が盛んな劇都仙台は、笑いの可能性を十分に秘めていると言うことができるのではないか。本研究では、演者、芸人問わず人々の心を揺らすことができるような劇場空間の設計と、その手法を学び、仙台をお笑いで盛り上げる人材を育成するための養成所を設計することで、仙台に笑いの文化をもたらす拠点を作り出すことを目的としている。

調査

養成所のカリキュラム

芸人の養成所として開講する予定であるが、照明や音声、映像編集など、演劇スタッフの業務を学ぶコースを併設し、お笑いの世界のみならず、演劇の世界でも活躍できる人材を育てる場とする。また、他事務所の養成所との差別化を図るために、養成所に付帯した100席前後の小劇場を設置し、ネタの披露や裏方の業務を実践的に行えるような施設とする。

入学者と授業内容

事前調査として、他のお笑い芸人事務所の養成所4校の入学者とカリキュラムについて調査した。4校の平均入学者数の平均は100人程度と判明した。試験的な養成所の設置にあたり、本研究では調査結果に倣い、養成所における入学者数を100人とする。芸人コース、裏方業務コースにおける授業内容は下表の通りとなる。

必要諸室

生徒数と図1の授業内容から予想される必要諸室と規模は下図の通りになる。また、より専門的かつ多様な学びと他養成所との差別化を図るために必要な諸室も設置している。

小劇場の使われ方

小劇場は前述の通り、ネタ見せや音声、照明業務を実践的に学べる場としての機能を期待しているが、事務所主催の定例ライブを開催したり、プロの芸人がライブを行う場所として使用したり、アマチュア劇団の稽古場として使われたりなど、一般にも開かれた場所とする。演者への求心力を高めること、観客同士の笑う顔が見えることによる安心感からなる笑いを創出するために劇場の座席は半円型とする。

研究方法

設計

敷地

仙台駅東口、榴岡公園付近の一角を敷地として選定した。対象敷地の半径2km圏内にはサンプラザホール、仙台演劇工房10-BOX、パトナシアターなどがあり、演劇の活動が活発で劇都としての色が濃く、笑いの可能性が秘められていること。榴岡公園の自然は杜の都を彷彿とさせ、仙台らしさを感じられるという点でこの場所を敷地とした。

敷地の特徴と配置計画

東西にのびた敷地は道路に広く面しており、外部と積極的につながる可能性を有している。内部でのお笑い的な営みを外部に見せる空間(A)、外部に対して積極的にお笑い的な営みを見せる空間(B)、あるいは外部に対して閉鎖的な振る舞いを見せ、注意を引くような空間(C)を配置することで、市民との交流を作り、一帯をお笑い的な空間とすることを期待する。ここにおいて、(A)の役割を養成所に、(B)の役割を外部空間での営みに、(C)の役割を劇場に期待する。

3つの空間の特性

(A)の養成所に付帯する劇場や編集スタジオ、収録スタジオ等は専門的な営みが行われる場であり、一定の層からの需要が期待できる。授業で使われていない時間帯にはレンタルスペースとして貸し出すことも想定している。芸人はネタ合わせの場所として公園を好んで利用している。ある程度大きな声を出しても周囲に迷惑をかける心配がなく、無料で利用できるためである。(B)の外部空間は公園のような広場として解放し、ネタ合わせの場所として生徒が利用したり、市民が憩う場としての機能を期待する。ネタ合わせの風景を市民に見せることで芸人への親近感を持たせ、またネタを市民に見てもらうことで、一般人を相手にした時のネタの手応えを確認できる空間とする。この営みは敷地内に留まらず、付近の公園でも展開される可能性があり、敷地周辺一帯を巻き込んだお笑いの活動が展開されることも期待している。市民と芸人が相互に作用し合い、交流することでお笑いの地としての土壌を醸成する。劇場機能を有する空間(C)は500人程度を収容できるキャパシティとする。劇団の演劇や芸人の単独ライブの場としてのみならず、周囲の学校が演劇の稽古や発表の場として利用するなど、幅広い団体に利用されることを目的としている。

設計の手法

前期研究では、漫才の手法を解明し、塩竃市に位置する菅野美術館を例に、ボケ空間(常識や予想から逸脱した空間)とツッコミ空間(逸脱を訂正する空間)というものを定義した。建物の外観とエントランスの関係性を漫才におけるつかみ領域とし、建物内の非整形な空間と整形な空間の連続をボケとツッコミのリズムと見なすことで、建築空間を漫才的に解釈した。

前期研究を通して、ボケ空間は非日常的な空間であり、ツッコミ空間によってその非日常性と、それに伴う驚きの感情を引き立たせるということが判明した。これらの要素を設計に落とし込むことで、養成所においてはボケとツッコミの関係性を空間で感じながらお笑いを学ぶことができる場となり、劇場においては、演劇において大切な要素である非日常性を高めながら鑑賞できる空間となることを期待する。

まとめ

まとめ・展望

本研究では劇都仙台に笑いの文化拠点を作るために

  • 芸人養成所の設置に伴う仙台の芸人人口の増加
  • 中規模劇場の設置による劇都仙台の連続性とその潮流を汲んだお笑い的劇場空間の創出、それに伴う芸の場としての下地の作成
  • 市民らを巻き込んだお笑い的活動によるお笑いの地としての土壌の醸成

の3つの観点から捉えて設計を試みた。 単一的に取り組むのではなく、同一の敷地内で相互に関係を持たせながら取り組むことで、仙台に新しいお笑いの文化を効果的に定着させるができるのではないだろうか。仙台には大手の芸人事務所の養成所が進出しておらず、お笑いの活動も活発ではないため、独自のお笑いの文化を築く余地は十分に残されていると言える。そういった特徴を持つ仙台にお笑いの文化拠点を作ることに意義はあるのではないだろうか。

しかしながら、仙台のお笑いの土壌は未熟なために初めは生徒数が集まらず、お笑いの文化が根付くのに時間を要する可能性もある。それでも、荒野を耕して田畑を切り開いた陸奥の先人たちのように、辛抱強くお笑いの土壌として耕せば、仙台の笑いは今以上に豊かに実るのではないだろうか。本研究を通して、私は仙台で芸人を志す人が増え、たとえ彼らが全国に響かなくとも、宮城を明るく笑顔に、元気にしてくれることを期待している。

参考文献

サンドウィッチマン “復活力” 幻冬舎文庫 2018

井上二郎      “芸人生活”彩図社 2015

研究を終えて

世界平和を祈っています。

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