あいまいな境界による空間の構築
野澤茉央
平岡研究室
2022 年度卒業
あいまいな境界は空間をゆるやかに分けたりつなげたりし、空間の可能性を広げるものである。扱いの難しいあいまいな境界を、より空間に取り入れやすくするための道具立てを行う。プリミティブな建築要素である壁面、床面、天井面に焦点を当て、目に見える形の道具を作成した。さらに、道具を用いてあいまいな境界の組み合わせによる空間の可能性の探求を行った。そして、効果を持つあいまいな境界を複数用いた空間を構成する。

はじめに

あいまいな境界への興味から本研究は始まった。はっきりと分断しないことによるゆるやかなつながりや心地よさに魅力を感じ、あいまいな境界で構築される空間をつくりたいと考えた。あいまいな境界は空間の可能性を広げる一方、そのあいまいさゆえ扱いづらいものでもある。あいまいな境界を扱いやすく、より空間に取り入れやすくするために道具立てを行うことが本研究の目的の一つである。さらに道具の組み合わせによる効果や、スケール感の変化による効果の変化を探求する。空間のあいまいな境界を生み出す道具をつくり、つかい、発展させることが本研究の目的である。

調査

.研究の流れ

Phase1 道具作り、Phase2 道具を使う、Phase3 応用の3段階で進める。

Phase1では、壁面や床面、天井面など境界をつくる建築的エレメントを用いて境界のパタンをつくる。Phase2では、境界パタンを組み合わせて、境界の強弱や効果を確認しながら境界モデルを探求する。Phase3では、境界モデルを参考に、あいまいな境界を持つ空間をデザインする。

これらを絵を描く行為になぞらえて説明する。我々は色鉛筆という画材の特徴を完全に理解していなくとも感覚で使うことができる。Phase1では感覚で使えるような基本となる道具をつくる。Phase2は色鉛筆(道具)を使う段階。色のセレクト(境界パタンのセレクト)、色の重ね方(境界パタンの組み合わせ方)、タッチ(スケールや重ね方)等をスタディする。Phase3は絵を描く段階。複数の色鉛筆を使い、効果的な組み合わせや技を用い、それらを複数組み合わせることで一つの絵が完成するように、これまでの段階を踏まえ一つの空間をデザインする。

 

.研究

Phase1】道具作り(境界パタンの設定と分析)

あいまいな境界を生み出す建築的エレメントとして、身体を囲むプリミティブな要素である壁面、床面、天井面の3要素を扱う。

図1.扱う要素

3m角のキューブ空間を基本ヴォリュームとし、キューブA,B2つの空間の境界パタンを設定する。

キューブAとキューブBの境界面に壁面を置く、もしくはキューブBの床面、天井面を変化させることであいまいな境界を生み出すこととする。

Step1 境界要素の設定

 基本となる境界要素の位相をイ~ト、それぞれの在り方をa~cもしくはa~dと設定した。要素の位相と在り方を掛け合わせることで生まれる境界パタンを道具の基本形として扱う。さらに、基本となる境界パタンの位相をそのままに、寸法のみを300㎜ピッチで変化させる。同位相で異なる境界レベルのパタンが生まれ、そのすべてを道具(境界パタン)とする。以下が各要素の位相と在り方である。

【壁面】境界面に存在する、2空間を完全に分断する壁面を崩しながらあいまいにする。隙間の寸法を300㎜~2700㎜で変化させる。

イ:X軸方向に変化する壁面、ロ:Y軸方向に変化する壁面 に a:片側 b:片側 c:両端 d:中央 の壁の在り方を掛け合わせる。全72パタン。

図2.壁面.境界パタン例

【床面】押しあがり方とつながり方で2空間にあいまいさを生み出す。高さの寸法を-1500㎜~+1500㎜で変化させる。

ハ:切断されてずれた床面、ニ:つながった床面の上の床面、ホ:せりあがった床面 に a:奥にある b:中間 c:せり出す の床面の在り方を掛け合わせる。全75パタン。

【天井面】押しあがり方(囲われ方)とつながり方で2空間にあいまいさを生み出す。高さの寸法を-1200㎜~+1200㎜で変化させる。

へ:切断されてずれた天井面、ト:囲われた天井面 に a:奥にある b:中間 c:せり出す の天井面の在り方を掛け合わせる。全48パタン。

図3.床面.境界パタン例 天井面.境界パタン例

Step2 モジュールの作成

身体寸法をもとに、150mmピッチで行為や視線を設定する。Step3において、境界モデルの分析を行う際に用いる。Ex)900㎜:100㎝程度の人が立つ際の視線/両膝をついて腰を下ろすときの視線,など

Step3 境界パタンの分析

境界パタンに人が入ることを想定し、各境界パタンの特徴を分析する。見える/見えない、行ける/行けないの4象限と空間のつながり度合いで判断を行った。

図4.境界パタンの4象限

見えないかつ行けないにあたるdはあいまいな境界ではないと判断し、検討に含めないものとする。

年齢や性別による体格差を考慮し、人を入れることを視点を設定することに置き換えた。キューブAの中心に視点を設定し、キューブBの空間の感じ方を分析した。キューブA空間をAとしたとき、キューブBを異なる空間のBと感じるか、緩やかなつながりを持つA’と感じるか、もしくはA’,B,Cのような3つの空間に感じるか等を分析する。

図5.検討空間

【壁面】平面・断面的に検討し、奥の角がどの程度見えるかを判断する。奥の角が見えたほうが空間のつながりが強いと仮定した。

壁面の面積が同じでもcの在り方はより空間の分断を感じさせ、dの在り方は左右の壁面が続いて見えることで空間のつながりをより強く感じさせるとわかった。またaやbは壁面の在り方で奥の角見え方に違いが生じ、3つの空間に感じる場合もある。奥の角が見えたほうが空間のつながりが強いと仮定したが、必ずしも見える数だけで境界の強弱が決定する訳ではないと判明した。

図6.壁面の分析

【床面】【天井面】ある決められた視点から床面・天井面がどの程度見えるかで判断する。面が多く見えたほうが空間のつながりが強いと仮定した。

面の見える割合はその面を明確に認識させることにつながると発見した。割合が空間のつながりに直結するわけではなく、B空間の明確さがつながり感への影響が大きいとわかった。ハ~ホは圧迫感や解放感への影響があると感じた。

図7.床面の分析

研究方法

Phase2】道具をつかう(境界モデルのスタディ)

Phase1で作った道具(境界パタン)をつかう段階である。境界パタンを組み合わせた境界モデルを、1/30スケールの模型でスタディを行う。この段階は、自分なりの道具の使い方をつかむための作業である。

Step1 道具をそのままつかう

境界パタン全195パタンから2または3パタンを抽出し、キューブA,Bの境界面において規模や形を変化させずに組み合わせる。あいまいな境界の強弱等に着目し、スタディ模型で境界モデルを検討する。

以下は、スタディの一部である。

写真1.スタディ模型写真

モデル3はロ-c(1800㎜)とイ-d(2100㎜)の2パタンを組み合わせた。モデル4はモデル3に加えホ-b(600㎜)を組み合わせた。4のほうが床面のつながりを感じる空間であるため、壁面の形状は全く同じでも境界の強弱に違いが生まれる。

モデル10はイ-a(1200㎜)とハ-a(600㎜)を組み合わせた。モデル11はイ-a(1200㎜)とハ-c(600㎜)を組み合わせた。床面の在り方が異なるだけだが、11のほうが一体感を感じる空間であり、10は奥の空間よりも手前の空間への意識が強い空間となっている。

スタディを経て、パタンを用いる数が多いほど境界は強くなると仮説を立てていたが、用い方によってはパタン数が多いほど境界が弱くなるという発見があった。また、壁面は隔たり感、床面はつながり感への影響が大きいとわかった。

Step2 つかい方を変える

Step1で検討した組み合わせをもとにモデルのスケール感を変化させ、効果の変化を検討する。

スケール感の変化は主に高さ方向への影響が大きいと仮説を立てた。平面方向においては視点からの角度に影響を及ぼさないため、壁面イの場合大きな影響は見られない。天井のつながり度合いや解放感の違いが生まれるため、壁面ロや床面、天井面ではスケール感を大きくすると、より床面や床面に接する壁面から受ける境界の強弱の印象が強くなる傾向にあった。

 

Phase3】空間モデルの構築

Phase2で発見した効果を持つ組み合わせや使い方の境界モデルを複数用い、あいまいな境界のみで構築される空間モデルをスタディしていく。境界モデルの段階での効果が組み合わせによって変化することもあると見込んでいる。また、異なる境界モデルを並べることにより連続性や方向性が生まれると考える。さらに、行けるが見えないものと行けないが見えるものの動線の重なりやそれにより生まれる効果や可能性を探求していく。

図8.tree型  写真2.tree型模型

図9.net型   写真3.net型模型

まとめ

道具をつくる、つかうプロセスを通して、道具としてこの境界パタンはまだ不完全なものであると感じた。道具を初めて見た他者がパタンをセレクトする難しさがあり、効果の感じ方にも違いが生まれてしまう面もある。しかし、感覚的に選ぶための道具として、境界パタンをつくった意義はあったように感じる。また、壁、床、天井のようなプリミティブなエレメントでもあいまいな境界を創出させることができるという発見があり、スタディの積み重ねで無限にあるあいまいな境界の可能性の一部を探求できた。

この研究から得た発見を、展示空間や商業施設、オフィス、住まいなどに生かすことができると考える。展示空間の場合、用いる境界の強弱を工夫することで、流れや自由度を空間に持たせることが可能である。オフィスや住まいでは、隔てられた中につながりを感じる心地よい空間をつくることができるのではないだろうか。

パタンの抽出や組み合わせは無限にあるが、あいまいな境界がより空間に取り入れやすいものとなることを願う。

参考文献

  • フランシス K. チン(太田邦夫訳)『建築のかたちと空間をデザインする』(彰国社,2005)
  • 小原二郎:編『人体・動作寸法図集』(彰国社,1984)

研究を終えて

研究を終え、もっと別の視点や方法でのあいまいな境界の追及もできたのではないかと感じる。しかし、スタディを重ねるという方法をとったことで空間の可能性をより感覚的に探究できたことは良かった。

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