1.研究背景:バードウォッチングと事前学習
新型コロナウイルスの流行により外出の機会が制限されている。そうした中でも、3密を伴わずに楽しむことができるレジャーとしてバードウォッチングの人気が高まっている。
バードウォッチングは自然環境の体験を楽しむ形態の観光であるエコツーリズムの一種で、観察の対象となる野鳥についての知識を得られることに加え、自然の中を歩く中で環境保全について学ぶ機会にもなりえる。
しかし、漫然と現地を訪れるだけではバードウォッチングの体験価値を高めることはできない。敷田らの研究[1]では、鳥について知識をあらかじめ得ておいた状態で観光を行ったバードウォッチャーは、知識のない一般観光客に比べて観光の満足度が高いという結果が得られている 。
事前に野鳥について学び、生態や観察において注意すべき点を把握しておくことで、バードウォッチングの体験価値をより向上させることができると考えられる。
2.研究目的
本研究では、バードウォッチングを対象に、現地を訪れる前に観察の対象となる野鳥の生態について学ぶことができる教材を作成する。
教材は、仮想空間の中で3Dモデル等を操作することで学習を進めることができるVRを活用した体験型ツールとする。
VRの適用により、没入感をもたらし、学習意欲や学習内容の定着度を高めることができる[2] 。
一方でVRはHMDの年齢制限があることや機器の普及が十分でないことなど課題がある。これらを解決するため、HMD以外にも幅広いデバイスに対応し様々な人が気軽にVRを楽しめる3Dプラットフォーム「Cluster」で公開する。
3.研究対象
対象とする野鳥は、宮城県栗原市の伊豆沼・内沼を毎年冬鳥として訪れるマガンとする。
日本で冬を越すマガンの約9割が宮城県を訪れ[3]、その中でも伊豆沼・内沼は毎年数万羽のマガンが飛来する場所である。その光景を見るために毎年全国から多くの観光客が訪れており、バードウォッチングの対象として特別に取り上げる価値のある場所であると考え、対象として選定した。
調査
1.VRを用いたバードウォッチングにかかわるシステムの先行研究
・Jarrellら(2019)のバーチャルバードウォッチングシミュレーター
これは鳥類識別のトレーニング用に開発されたもので、ユーザーは鳥の3Dモデルや鳴き声を参考に鳥の種類を同定する。バーチャル空間において鳥の生態についての知識を伝え、またその定着度を確認するというステップが参考になる。
・The Guardianによる、ハワイにおいて1985年に絶滅した鳥であるʻōʻō(モホ)とその生息域を再現したVR映像作品
・T-Bullによる、VR空間での鳥類の撮影を目的としたデジタルゲームのデモ
いずれも、野鳥そのものだけでなく、生息域の環境もVR空間で忠実に再現している。これらの開発事例を参考に、野鳥が暮らす環境をイメージしたフィールドを制作し、没入感を高めることを目指す。
2.マガンの生息地・生態に関する調査
(1)伊豆沼・内沼
伊豆沼・内沼は宮城県栗原市の荒川の中流部に位置している。冬でも湖面が凍結しないこと、また周囲にある広大な水田が鳥のえさ場としての役割を果たしていることから、多くの水鳥が訪れる場所となっている。
マガンを含めて、これまでに13属40種のカモ科鳥類の飛来が記録されている [4] 。こうした水鳥の生息地として、1985年にはラムサール条約の登録湿地にもなっている。
(2)伊豆沼・内沼に飛来するマガン
伊豆沼・内沼には、毎年多くのマガンが飛来する。マガンたちは秋口に飛来した後、沼で冬を越し、春になると飛び立つ。マガンたちは沼で冬を越す間、周辺の農地で採食を行う。主な食物は、農地に落ちている落ち籾や落ち大豆、畦の草本類などである。夜間は沼で休息し、早朝に一斉に飛び立って周辺の水田に向かう [4]。
研究方法
1.システム概要
本研究で開発したシステムは、マガンの観察目的で伊豆沼・内沼を訪れる人を対象に、事前にマガンやバードウォッチングに関する知識を身につけてもらうことを目的としたクイズゲームである。
マガンが生きる環境をイメージしたフィールドを移動しながらクイズに解答することで、没入感の高い学習の実現を目指す。
調査をもとに作成したクイズの内容を以下に示す。
問題数:6問(2問×3フィールド)
フィールド1:マガンが伊豆沼・内沼に飛来する途中の空を再現したフィールド。マガンの見た目および生態についての問題を出題する(図2)。
フィールド2:マガンが日本に飛来している間、昼間に採食を行う田んぼを再現したフィールド。マガンの食事および飛び方についての問題を出題する(図3)。
フィールド3:伊豆沼・内沼の水面を再現したフィールド。マガンを含めた野鳥を観察する際のフィールドマナー[8]についての問題を出題する(図4)。
2.システム構成
本システムの構成は以下の通りである。
公開:VRプラットフォームCluster
開発環境:Unity2020.3.14
使用アセット: Cluster Creator Kit
対応デバイス:スマートフォン・パソコン・HMD
3.実験と考察
(1)実験
被験者にゲームをプレイしてもらった後、アンケートに回答してもらう。アンケートはGoogle Formsにて収集する。
アンケートでは大きく分けて、被験者の属性、マガンへの興味、ゲームシステムの評価について問う。被験者は宮城県内の大学生15人(男性:9人、女性:6人)である。
(2)実験結果と考察
まず、マガンへの興味についての結果を示す。質問は以下の2点である。回答は5(とても良い)、4、3、2、1(とても悪い)の5段階評価とした。
①ゲームをプレイする前のマガンに興味はありましたか。
②ゲームをプレイした後、マガンを実際に見に行きたいと思いましたか。
下図に回答を示す。①よりも②の方が肯定的な評価である4、5の割合が大きくなっており、マガンに対する興味がゲームプレイ前よりも後のほうが高まったと考えられる。
・ゲームシステムの評価
質問は以下の3点である。回答は5段階評価とした。
③このゲームは楽しかったですか。
④ゲームの操作感はいかがでしたか。
⑤ゲーム内のクイズの問題文や解説を読んで、どう感じましたか。
下図に回答結果を示す。いずれも4以上の肯定的な評価が8割を超えており、ゲームシステムによって学習に支障をきたすことはなかったといえる。
・機器別の評価
②への回答の平均値はパソコンの場合が最も高かった。
また、ゲームシステム評価の平均値は3項目ともパソコンが最も高かった。スマートフォンよりも画面が大きく見やすいことと、HMDのような酔いが発生しにくいことから、プレイが快適になり学習の効果も高まったのではないかと考えられる。
・自由記述欄
「背景が綺麗で楽しめた」「世界に入り込んで楽しめた」といったゲーム空間への没入感に対する感想がみられた。先行研究の項で述べたように、野鳥が暮らす環境を再現することで没入感を高める効果があったと考えられる。
まとめ
本研究では、マガン観察のためのVR事前学習システムを開発した。実験の結果、ゲームによってマガンに対する興味を高められることが確認できた。
今後は、ゲームをプレイした後、マガンへの興味だけでなく、実際に観察する際の満足度の変化についても検証する必要がある。また、使用した機器ごとのプレイ体験の差についても、より被験者を増やして検証する必要がある。
参考文献
[1]敷田麻実、大畑孝二(1998)バードウォッチャーの価値認識と満足度の研究 : ラムサール条約湿地片野鴨池における比較研究
[2]江聚名、田中あゆみ、石井僚(2018)VRによる学習が課題価値と学習方略に与える影響
[3]環境省 自然環境局(2016)ガンカモ類の生息調査
[4]嶋田哲朗(2021)知って楽しいカモ学講座―カモ・ガン・ハクチョウのせかい― 緑書房
研究を終えて
このゲームでマガンに興味を持ったというプレイ感想をもらえて、達成感を感じました。
今後も多くの人にマガンや他の野鳥に興味を持ってもらいたいです。
ゲームはオンライン公開中なので、ぜひ遊んでみてください!