VEGETACLE
ー創造力による社会課題への取り組み=セルフアップサイクルー
高橋朱里
日原研究室
2022 年度卒業
本研究では食という生活から切り離せない視点で、社会課題解決に向けた個人の経験を創出することをねらいとする。そこで創造的再利用とも呼ばれる、持続可能なものづくりの新たな方法論であるアップサイクルの考え方を取り入れた「VEGETACLE」を提案する。これにより、従来企業を中心に進められてきたアップサイクルを一般化し、自宅での創造体験を通して食品ロスへの興味と認知を高めることを目指す。

はじめに

現在、気候変動、貧困、紛争、感染症などこれまでにないような大きな課題に直面している。それらの課題に対し、人類が地球で暮らし続けていくために2030年までに達成すべきとして定められた持続可能な開発目標がSDGsである。朝日新聞社が毎年実施しているSDGs認知度調査によると2021年の調査結果では「SDGsという言葉を聞いたことがある」と答えた人は過去最高の76.3%に達した。一方で、SDGsの内容について「少し知っている」が56.2%、「ほとんど知らない」が28.0%。また、SDGsに関する取り組みについて「予定はないが取り組みたい」が32.3%、「特に取り組むことは考えていない」が47.7%という結果が出ている。

以上よりSDGsの言葉としての認知度の浸透は進んだものの、内容の理解は曖昧で、課題に対して具体的な取り組みができている人は少ないと推察できる。したがって、SDGs等の社会課題を耳にしたことがある人だけでなく、知っている人や取り組んでいる人を増やしていく必要があると考える。

本研究では、社会課題という身近でありながら複雑な問題に対して「行動を起こすきっかけ」を与える方法を探ることを大局の目的とする。具体的には、SDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」に着目し、全ての人の生活に必要不可欠な「食」という視点から、社会課題解決の施策に取り組んだことがあるという経験を創出することをねらいとする。また、地球に生きる一人としての責任や義務という倫理的側面だけではなく、創造体験を通すことで自ら興味を持って知りたいと思う人を増やす方法を模索することも狙いの一つである。

調査

– 文献調査

社会課題への問題意識と創造性の関係を探る。

・食品ロスの問題背景

日本の食品ロスは食品製造業や外食産業などの事業者からの廃棄が54%、家庭からの廃棄が46%の割合を占める。そのことから、食に関わる業者と私たち消費者双方が食品ロスの削減に取り組む必要があるものと考えられる。現在、食品ロス問題と共に食糧難による飢餓問題も存在する。日本の子供の7人に1人が貧困であり、全世界の飢餓人口は8億2080万人とされる。2020年、世界中で飢餓に苦しむ人々へ向けた世界の食糧支援量は年間約420万トン。その1.2倍に当たる522万トンの食品ロスが日本で生じていることからも食品ロスが重大な社会課題であるのは自明と考える。2050年には約98億人の人口になると予測される中、私たちは有限な資源と食糧を守り抜く必要があるだろう。

・創造性を生かした食品ロス対策

食品ロス対策の取り組みとして、食品廃棄物であり、飼料・肥料等の原材料として有用なものと定義される食品循環資源を再生利用する循環型の手法がある。例えばキューピー株式会社では従来捨てていたキャベツの外葉や芯などの未利用部の有効的な飼料化・商品化に取り組むことで「野菜廃棄物ゼロ化」を実現している。法律にも定められており、多くの食にまつわる企業がこのような取り組みを行っている。しかしこれらは主に企業の生産過程で進められるものだ。食品ロス対策を目的に一般消費者が家庭で、創造性を生かして行う取り組みは未だ普及していない。

・アップサイクルの創造力

アップサイクルとは、「創造的再利用」とも呼ばれる、持続可能なものづくりの新たな方法論のひとつである。廃棄物になるはずのものに新たな付加価値を持たせることで、別の新しい製品にアップグレードして生まれ変わらせることを指す。リメイクとの違いは価値が元の素材よりも上がることであり、リメイクはアップサイクルという概念を含有するとも表現できる。またリサイクルとの違いは原料に戻すのではなく素材をそのまま活用する点である。リサイクルでは素材に分解する際にエネルギーが使用されるため、アップサイクルは地球への付加を抑えた手法だと言える。更にリユースとの違いは手を加えて別の製品へと価値を高める点にある。この目的は製品寿命を長くすることであり、アップサイクルは持続可能な特徴も持っていると指摘できる。

2019年、アメリカのアップサイクル食品市場規模は5兆1000億円と推定されており、年率5%以上のスピードで成長している。日本でも生産や加工を行う企業を中心に、食品、ファッション、建設など幅広い業界でアップサイクルの商品開発が進んできている。

– アンケート調査

10代以上~50代以下の男女65人を対象にアンケートを実施した。図1(:左)は食品ロスにまつわる「SDGs・アップサイクル・エシカル・リサイクル・リデュース・リユース・サステナブル・食品ロス」についての言葉の認知度を聞いた結果だ。また、図2(:右)は上記の取り組みについての行動経験やどの程度行動したいと思うかを聞いた結果である。図1よりアップサイクルの一般認知度は最も低いことが分かる。更に図2より、アップサイクルについて是非行動してみたいと思う人が多いことが調査できた。

  

研究方法

・施策の提案

文献調査より、現状としてアップサイクルを実施する大半は事業者であり、製造過程でのロスを減らすために商業的な目的で取り組まれていることが分かった。またアンケート調査より、アップサイクルの認知度が低いながらも行動してみたいという回答が多いことから、食品ロスに対して自分にできる事があればやってみたいと考える人が多いと考察できる。前期までは最も簡単にできる染色手法を探るために予備実験を実施した。その結果、綿100%の布が最も縮みにくいこと、電子レンジでも染色が可能であることが確認できた。また、媒染液につけることで茶色から黄色に近い色へと変化し、「鮮やかさ」に貢献することが確かめられた。これらの結果を活用しながら、本研究では食品ロス対策としてアップサイクルという考え方を用いた自宅でできる創造体験の施策を提案する。製品概要としては、生活雑貨店で販売されている野菜用の保存袋を想定する。この保存袋にセルフアップサイクルの説明書と野菜の保存方法を記載したリーフレットを添える。また、店舗では保存袋の近くに、規格外となり市場に出回らない野菜も販売する。購入者は野菜の保存袋に購入した野菜を入れて自宅に持ち帰り、調理後に不要になった野菜の皮を用いて保存袋の染色体験ができるというサイクルになっている。

・制作

サービス名はVEGETABLEとUPCYCLEを掛け合わせ「VEGETACLE(ベジタクル)」と名付けた。アップサイクルの循環によって不要なモノが生まれ変わり煌めくイメージをロゴデザインとした(図4)。また、環境やエコといった印象を与えるソフトグリーンを基調にグラデ-ションを加えることで変化を表現し、ベジタクルの頭文字である「ベ」に見えるように制作した。

 

リーフレットはIllustrator、WEBページのプロトタイプはXDを用いて制作した。リーフレットの表面はセルフアップサイクル「VEGETACLE」の説明書になっている。アップサイクルの染色体験が終了した後にもゴミとならないように裏面には野菜の保存方法を記載した。

 

リーフレット裏面のQRコードを読み取るとVEGETACLEのWEBページに遷移する。WEBページでは食品ロスの現状や問題視される背景、私たち一人一人にできること、アップサイクルとは何かの説明を記載した。

 

まとめ

本研究において「身近にできる創造性」に着目したのは、それが、地球規模の大きすぎる社会課題に対して、現実味を持たせ、意欲を掻き立ててくれるものだと考えたからである。つまり本研究が目指したのは、家事に関連させた誰もができる施策を取り入れることで、結果として社会課題に興味を持たせ、理解のきっかけを作ることを狙った方法論の提案であった。そのことの方向性は示すことができたと考える。一方で、本施策にとって、実際に店舗で手に取ってもらうための話題性の創出も重要である。その点の課題は残された。

参考文献

1 井出留美(2020)捨てられる食べものたち.旬報社.

2 山本謙治(2022)エシカルフード. 角川新書.

3 朝日新聞(2023)2030 SDGsで変える.

https://miraimedia.asahi.com/sdgs_survey08/

4 日本ユニセフ協会(2023)SDGs CLUB.

https://www.unicef.or.jp/kodomo/sdgs/

5 環境省(2022)食品ロスポータルサイト.

https://www.env.go.jp/recycle/foodloss/index.html

6 キューピー(2022)食品ロスの削減・有効活用.

https://www.kewpie.com/sustainability/eco/resources/

7 アートスケープ(2022)アートワード,アップサイクル.

https://artscape.jp/artword/index.php/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AB

8 ソーシャルグッドCatalyst(2022)https://socialgood.earth/about-upcycling/

研究を終えて

卒業制作を進める上で、社会課題解決の施策は多岐に渡るが、“聞いたことがある人”ではなく、“知っている人”や“行動している人”を増やす必要があるのではないかと考えるようになった。このVEGETACLEでの創造体験を通して、食品ロスや社会課題の知識が1つでも増えることや、社会課題の施策に対する行動経験を創出することを目標に制作を行った。社会課題という身近ながらも大規模な問題に着目して施策を考えるのは難しさを実感し、考えが及ばない部分も残ってしまったのが反省点である。今後は検証で得た意見をもとに制作物の改善を行い、研究内容を深めていきたいと思う。

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