信号機を題材とした小学生向けプログラミング教材の開発
大賀瑞穂
鈴木研究室
2022 年度卒業
2020 年度より,新たに全国の小学校でプログラミング教育が必修化された.本研究では,プログラミング教育必修化のねらいを達成できるプログラミング教材として,タブレット端末とタンジブルなユーザインタフェースである信号ブロックを用いた信号プログラミング教材を開発した.この教材は身近な生活に使われているコンピュータである信号機を題材とし,新たなビジュアルプログラミング言語として数直線タイプを実装した.

はじめに

2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化された.必修化の目的は,子どもにプログラミング的思を身につけさせることであり,コードや言語などの技術を習得することではなく,思考法を育てることである.プログラミング的思考とは,自分が意図する一連の活動を実現するために,どのような動きの組合せが必要であり,1 つ1 つの動きに対応した記号を,どのように組み合わせればよいのか,記号の組合せをどのように改善していけば,より意図した活動に近づくのか,といったことを論理的に考えていく力である.また,小学生において,コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら,身近な生活でコンピュータが活用されていることに気づかせることも必修化のねらいである[1].これまでに多くの教材が開発されている一方で,既存教材には後者のねらいを達成できる教材が存在しない.そこで,本研究では,身近な生活にあるコンピュータの存在に気づき,コンピュータに意図した処理を行うよう指示することが体験できる教材の開発を目指す.

調査

既存のプログラミング教材は数多く存在する.Scratch[2]はキャラクタをプログラミングして動かし,アニメーションやゲームを自由に作成できる教材である.embot[3] は本体を工作で組み立てるロボットキットであり,ロボットのプログラミングをして腕などを動かすことができる.また,関連研究においても様々な教材が開発された.まなべー[4] は,命令カードを並べゴールを目指す教材である.操作カードによるプログラミング体験システム[5] は,操作カードを使いマップ上のコインを集める教材である.このように様々な教材が開発されたが,1 章で述べたプログラミング教育のねらいを達成できる教材は存在しない.本研究では,このねらいが達成できる教材の開発を目指す.

研究方法

本研究の目的を達成できる,かつ既存教材が抱える問題点を解決し,より理解しやすく,より良い学びができるようにするため,次の教材設計の指針を設ける.
指針1 身近な生活にコンピュータが使われていることに気づくことができる
指針2 コンピュータに意図した処理を行うように指示することを体験できる
指針3 入出力のインタフェースが理解しやすい

指針1を満たす教材の題材として,次の3 つの理由から信号機を選択した.1つ目は,信号機が小学生でもルールを知っている身近でコンピュータが使われているものであるということである.小学生でも青色は進む,黄色と赤色は止まるというルールを知っている.信号機は外でよく見かける,身近でコンピュータが使われているものと言える.2つ目は,プログラムの内容が容易なことである.信号機の基本的なプログラムは各々の光るLED の色と秒数を指定する,比較的容易な内容である.Scratch やembot などは,中学校で学ぶ負の数や座標などの事前学習の必要があるが,信号機では必要としない.3つ目は,プログラミングの基本である順次,反復,分岐を学べることである.順次,反復,分岐はプログラミングの基本構造の3 要素であり,重要な考え方である.信号機はこれらの要素の学びに最適な題材である.
指針2を満たす教材の形態として,タブレット端末を使用する.GIGA スクール構想によって,タブレット端末は児童が使用できる標準的な学習用具となっている.児童が使い慣れたコンピュータであるタブレット端末を教材の端末の一部として使用する.
指針3を満たすために,教材のインタフェースとしてGUIとTUI の両方の考え方を取り入れたものを採用する.GUI(グラフィカルユーザインタフェース)は,コンピュータの画面上に表示されるボタンやアイコンなどを使い,マウスなどのポインティングデバイスで操作できるインタフェースである.一方,石井が提唱したTUI(タンジブルユーザインタフェース)は,形のない情報を直接触れることができるようにした,実体で表現されたインタフェースである[6].各々のメリットとして,GUI は物理表現に制限がないこと,TUI は物理的表現の直接操作性,直感的な理解容易性が挙げられる.しかしながら,TUI は物理表現に制限を持つというデメリットがある.このデメリットをカバーするためGUI とTUI を組み合わせることで,TUI のデメリットをカバーしつつ両者のメリットを得ることができる.これより,入出力のインタフェースの一部を直接操作可能なタンジブルタイプにし,GUI と融合させた教材を開発する.

本研究で開発した教材は,後述する数直線タイプのビジュアルプログラミング言語で信号機のプログラミングを行い,プログラミング的思考を学ぶことを支援する教材である.車をスムーズに走行させるため,車の渋滞や事故が起こらないように繰り返し信号機をプログラミングする.

本教材はタブレット端末1台と,タッチパネル付き液晶ディスプレイ1台とそれに接続する映像投影用のパソコン1台,複数の信号ブロックから成る.タブレット端末は信号機のプログラミングを行うタブレット(以下,プログラミングタブレット),タッチパネル付き液晶ディスプレイは道路と車が表示されるディスプレイ(以下,マップ表示モニタ)である.信号ブロックをマップ表示モニタ上に置くと,信号ブロックの位置と種類が検出される.

信号ブロックとは信号機を模したブロック型の入出力インタフェースである.信号ブロックは,青・黄・赤のLEDと各電球を制御できるボタン,ブロックの底面にはタブレットで位置検出を行うための静電マーカを備える.内部にはWi-Fiモジュールと単3電池2本を搭載する.信号ブロックの位置検出には,静電容量方式のマルチタッチスクリーンが取り付けられたタブレット上での様々な操作を可能とする静電式マーカを用いる.本研究では,3点式のマーカを作成する.認識点同士の距離やその関係性から,それぞれのブロックを認識する.

本研究では,数直線タイプのビジュアルプログラミング言語を開発した.数直線タイプとは,数直線上にプログラムを書き込む吹き出しをつけることでプログラミングする,新たなビジュアルプログラミング言語である.ビジュアルプログラミング言語のブロックタイプやフロータイプで信号機の動作を表現すると,1つ1つコードを読まないとどのタイミングで電球の色が切り替わるのかわかりにくい問題点がある.数直線タイプは,色の切り替わるタイミングが視覚的にわかりやすい点と,Scratchやembotのように事前知識を必要としない点のメリットを持つ.吹き出しは順次吹き出しと反復吹き出し,分岐吹き出しの3種類を作成した.吹き出しは3 種類とも左右に動かすことができる.実行のタイミングは吹き出しの位置によって変えることができる.

本教材は,信号ブロックのボタンを直接押して制御するボタンモードと,プログラミングで信号ブロックを制御するプログラミングモードの2種類がある.まず児童はボタンモードでどのような制御をすればいいのかプログラム考え,次にプログラミングモードで信号ブロックをプログラミングする.車をスムーズに走行させるため,渋滞や事故が起こらないように繰り返し信号機をプログラミングするという遊び方である.

ボタンモードとは,信号ブロックのボタンを直接押して制御するモードである.児童は任意の数の信号ブロックとマップ表示モニタを用いる.はじめに児童はマップ表示モニタ上の道路の交差点に信号ブロックを置き,信号ブロックのボタンを直接押して手動で電球を点灯させる.その信号機の電球の色に従って画面上の車が動く.
プログラミングモードとは,プログラミングで信号ブロックを制御するモードである.児童は任意の数の信号ブロックとプログラミングタブレット,マップ表示モニタを用いる.はじめに児童はプログラミングタブレットで信号ブロックをプログラミングし,次に信号ブロックをマップ表示モニタの道路の交差点に置く.児童がマップ表示モニタで「スタート」ボタンを押すと信号ブロックが光り出し,車が走ったり停止したりする.渋滞や事故が起こると,マップ表示モニタの画面左上のライフが減る.残り時間が0になるまでライフを減らさないように,繰り返し遊ぶ.

まとめ

本研究ではプログラミング教育のねらいを達成できる,信号機を題材とした教材の開発を行った.新たに数直線タイプのビジュアルプログラミング言語を考案し,タンジブルなインタフェースである信号ブロックを用いた,プログラミング的思考を学ぶことを支援する教材を開発した.今後の展望は,実際の教育現場での利用を目指すことである.児童が小学校で本教材を活用することで,プログラミング教育のねらいを達成できることが望まれる.

参考文献

[1] 文部科学省. 小学校プログラミング教育の手引(第三版). https://www.mext.go.jp/content/20200218-mxt_jogai02-100003171_002.pdf.
[2] Mitchel Resnick et al. Scratch: Programming for all.Communications of the ACM, Vol. 52, No. 11, pp. 60–67,2009.
[3] e craft. embot. https://www.embot.jp/.
[4] 間辺広樹ら. 小学生向けプログラミング学習教材「まなべー」の開発と教育効果. 情報処理学会研究報告, Vol.2015-CE-131, No. 6, pp. 1–8, 2015.
[5] 小原楓ら. 操作カードによるプログラミング体験システムの開発と評価. 情報処理学会研究報告, Vol. 2016-CE-133, No. 1, pp. 1–8, 2016.
[6] 石井裕. 仮想と現実の融合:3. タンジブル・ビット-情報と物理世界を融合する,新しいユーザ・インタフェース・デザイン-. 情報処理, Vol. 43, No. 3, pp. 222–229,2016.

研究を終えて

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