逆三角形に配置された3つの要素の配置,形状,大きさの違いによる印象評価
佐藤 満里絵
鈴木研究室
2022 年度卒業
シミュラクラ現象の効果により人は逆三角形に配置された3要素を顔として認識してしまうが,3要素の違いによる印象の違いは解明されていない.そこで,本研究では,顔輪郭と逆三角形に配置された3要素を持つ顔(以下“顔”)を対象に3要素の配置,形状,大きさの違いがもたらす印象の変化の有無を明らかにすることを目指して3つの実験を実施した結果,“顔”の認知特性に関する新たな知見を3つ得ることができた.

はじめに

車のフロント部分や家具の木目が顔に見えることがある.これはシミュラクラ現象によるもので,人が逆三角形に配置された 3 つの要素を「人間の顔」だと認識してしまうために起こる.

人間の顔に関しては,各パーツの配置,形状,大きさの違いによって異なる印象が抱かれることが Takanoら [1] と高野 [2] の研究などにより明らかになっているが,3 要素を持つ顔の各要素の違いによる印象の違いについては未だ解明されていない.

そこで本研究では,逆三角形に配置された 3 要素の配置,形状,大きさの違いがもたら す印象の変化の有無を明らかにすることを目指す.

調査

関連研究

これまでに人間の顔や単純な図形から成る顔を対象に,顔認識に重要な特徴が明らかにされたり,顔印象の違いが生じる要因が検討されたりした事例はいくつかある.

Takanoら [1] と高野 [2] の研究では人間の顔が検討対象とされ,顔認識にはパーツの配置と形状が重要であることが明らかにされた.これをもとに顔パーツの配置と形状を表す 2 軸により人間の顔を分類する「顔だちマップ」が開発され,マップに布置された顔は象限ごとに異なる印象を持つことが明らかにされた.

BRADSHAW[3] の研究では,単純な図形表現された目,鼻,口の 3 パーツ,すなわち 4 要素を持つ線描画顔が対象とされ,過去の文献で顔の認識に重要であると判明していた「目の高さ」,「目の幅」,「鼻の長さ」,「口の幅」の 4 特徴を変化させることで,線描画顔の表情認知が変化することが明らかにされた.

このように,顔の認知特性を明らかにするための研究はいくつか行われているが,顔として認識されるために最低限必要な条件である,逆三角形に配置された 3 要素に着目した事例は無い.そこで,本研究では逆三角形に配置された 3 要素から成る単純な顔(以下 “顔”)を検討対象とし,“顔”の分類基準となる特徴を抽出した上で,3 要素の違いによる印象の違いを明らかにする.

 

対象とする “顔”

本研究で検討対象とする “顔”について,輪郭を線画の円で,3 要素を黒塗りの円で表現し,“顔”間で 3 要素の基本的な在り方である「配置」,「形状」,「大きさ」を変化させる.
3 要素の名称は右上の円から時計回りに「右点」,「下点」,「左点」とし,右点と左点は合わせて変化させる.

 

研究の手順
“顔”の認識に重要な特徴と,3 要素の違いによる印象の違いを明らめるために,以下の手順で研究を進める.

1.“顔”の認識に重要な特徴を抽出する実験
2. 5 つの “顔”の印象評価実験
3. 仮説検証のための実験

研究方法

 “顔”の認識に重要な特徴を抽出する実験

方法:“顔”の認識に重要な特徴の抽出を目的に,50 枚の顔刺激を被験者自身の基準で分類させることを課題とした対面形式の実験を行った.その後,質問紙調査にて,顔分類時の 3 要素の配置,形状,大きさに関する 7 項目の重視度合いについて 6 件法(1:全く重視していない~6:とても重視した)で評価を求める質問 1 と,被験者が分類した各群へのネーミングとその理由を問う質問 2 への回答を求めた.使用した刺激:3 つ以上の顔パーツを持つキャラクタの顔画像を 50 枚選定し,対象要素(目と,鼻または口)を抜き出して作成した顔刺激 50 枚を実験に用いた.
被験者:大学生 29 名(男性 8 名,女性 21 名,平均年齢 21.6歳)であった.

結果:

質問 1 の評価結果について有意差検定(Friedman検定と Bonferroni 法による多重比較  p < 0.05)を実施した結果,「右点と左点の離れ具合」と「右点と左点の大きさ」,「右点と左点の離れ具合」と「右点と左点の形」,「右点と左点の離れ具合」と「下点の形」の 3 ペア間に有意差が認められた.図中のアルファベットは,完全に異なる文字間で有意差が認められたことを示す.

 

質問 2 について,ある被験者は 50 枚の顔刺激を4 群に分類し,群 1 に「インパクト大」,2 に「寂しめ」,3 に「顔と捉えにくい」,4 に「無表情」と名付けた.その理由として,群 1 に「パーツが大きく目立つため,印象に残るから」,2 に「パーツが小さく寂しい印象を受けたから」,3 に「パーツの配置に違和感があるから」,4 に「感情が捉えられなかったから」と回答した.

 

考察:
被験者の自由記述の結果より,50 枚の顔刺激は顔輪郭に対する 3 要素の占有率の違いにより分類された程度が高いと考察し,「3 要素から成る顔の認識には,3 要素の配置情報よりも形状と大きさ情報が重視される程度が大きい」という仮説を立てた.これに対して 7 項目の重視度合いの結果(図 2)より,“顔”の右点と左点については,「右点と左点の離れ具合」と「右点と左点の大きさ」間,「右点と左点の離れ具合」と「右点と左点の形」間に有意差が認められたため,仮説が妥当であると言える.下点については,「下点の大きさ」と 3 要素の配置を表す「右点と左点の離れ具合」などの項目間に有意な差が無かったため仮説が妥当であるとは言えないが,「下点の大きさ」の重視度合いの中央値が高いことは箱ひげ図より確認できる.

以上より,右点と左点の「形」と「大きさ」,下点の「形」と「大きさ」の 4 項目を,本研究における “顔”の認識に重要な特徴として仮定する.

 

 

5 つの “顔”の印象評価実験

方法:“顔”の 3 要素の違いによる印象の違いの有無を明らかにすることを目的に,階層性クラスタ分析により 50 枚の顔刺激を分類することで得た各群の代表顔 5 枚の顔刺激に対して,質問紙による印象評価実験を実施した.被験者は各顔刺激の「右点と左点」と「下点」の見え方について,それぞれ目,鼻,口,眉,その他の中から 1 つ選択して回答する質問 1 と,5 枚の顔刺激への印象について 17 対の印象語に対して 6 件法(例:1. 繊細な ~6. 力強い)で評価する質問 2 に回答した.印象語には,藤崎ら [4] の文献より選定された,「繊細な-力強い」などのキャラクタの印象を表す17 対の形容詞が用いられた.

使用した刺激:階層性クラスタ分析により 50 個の顔を 5 群に分類した後,各群の代表顔 5 個を作成してこれを刺激として実験に用いた.

被験者:大学生 169 名(男性 38 名,女性 125 名,その他 6名 平均年齢 20.13 歳)であった.

 

結果:
質問 1 の回答の集計結果より,5 つ顔の右点と左点は被験者のほぼ全員に「目」と認識されたが,下点は「鼻」または「口」と認識されており,下点の認識には個人差があることが明らかとなった.次に,質問 2 の評定値を用いて因子分析(一般化した最小二乗法,プロマックス回転)を実施した結果 4 つの因子が得られ,第 1 因子から順に「活発さ」,「可愛らしさ」,「かっこよさ」「素朴さ」と名付けた.

 

さらに,実験に用いた 5 つの顔刺激が 4 因子それぞれの特徴を持つ程度を明らかにするため,5 つの顔刺激それぞれの下位尺度得点(「活発さ」得点 他)を算出した(図 4).図中のアルファベットは,図 2 と同様に有意差の有無を示す.各得点の集計結果への有意差検定(Friedman 検定と Bonferroni 法による多重比較  p < 0.05)により,「活発さ」得点については顔 1 と 5,顔 2 と 3,顔 4 の順に高い得点を獲得し,「可愛らしさ」得点については顔 4,顔 1 と 5,顔 2 と 3 の順に高いことがわかった.「かっこよさ」得点に関しては顔ごとに顕著な得点の差は見られず,「素朴さ」得点については顔 1が低い得点を獲得した.以上より,顔 1 には活発でなく素朴ではない印象が,顔 2 と 3 には可愛らしい印象が,顔 4には活発で可愛らしくない印象が,顔 5 には活発でない印象が抱かれていると言える.

考察:
顔 4 の印象が他の顔と比較して顕著であったことや,3 要素の配置が異なる顔 2 と 3 に対して似た印象が抱かれているという結果は,4 章において立てた仮説「3 要素の配置情報よりも形状と大きさの方が重視された程度が大きい」を補強するものとなった.さらに,活発さと可愛らしさの下位尺度得点の結果より,“顔”の活発さについての仮説 2「顔全体に占める 3 要素の割合が大きいほど活発な印象が抱かれる」と,可愛らしさについての仮説 3「右点と左点の大きさと、下点の横長度合いのどちらかもしくは両方が、可愛らしさに影響する」を立てた.

仮説検証実験

方法:3 つの仮説の内容をもとに生成した 11 個の “顔”に対して抱かれる印象を明らかにするために,質問紙による印象評価実験を行った.

被験者は質問紙にて,各 “顔”について 6 語の印象語に対して 6 件法(1:繊細な~6:力強い ほか)で評価する質問に回答した.印象語には,因子分析にて抽出した 4 因子(第 1 因子から順に活発さ,可愛らしさ,かっこよさ,素朴さ)のうち,第 1,2 因子それぞれを構成する形容詞対の中から,因子負荷量の高いものを 3つずつ選出し,計 6 対を用いた(表 4).第 3,4 因子を構成する形容詞対を使用しなかった理由として,仮説 2 と 3を立てるにあたり第 1,2 因子の情報のみを用いたためである.

使用した刺激: 11 個の “顔”を刺激として実験に用いた.
被験者:大学生 70 名(男性 19 名,女性 51 名 平均年齢20.6 歳)であった.

 

結果:

11 個の “顔”が,因子分析により判明した 4 因子のうち仮説を立てる上で情報を用いた第 1,2 因子(順に活発さ,可愛らしさ)の特徴を持つ程度を明らかにするため,印象評価結果のデータを用いて 5 章と同様に各 “顔”の2 つの下位尺度得点(活発さ得点,可愛らしさ得点)を算出した.2 つの得点について有意差検定(Friedman検定と Bonferroni 法による多重比較  p < 0.05)を実施した結果は,グラフ上のアルファベットのとおりである.

 

考察:
実験に用いた 11 個の “顔”を,3 要素の変化の仕方により A~G の 7 つのパターンに分類した.7 パターンに属する刺激間,またパターンごとの印象変化を分析することで,3 つの仮説の妥当性を検証した結果,3つの仮説全てが正しいことが判明した.

まとめ

本研究の目的は,逆三角形に配置された 3 要素の配置,形状,大きさの違いによる印象の変化の有無を明らかにすることであった.

まず,“顔”の認識時に重要な特徴を抽出するための実験を実施した結果,“顔”の認識には配置情報よりも形状と大きさ情報が重視されているという仮説1 を立てた.

つぎに,“顔”に抱かれる印象を明らかにするために,50 個の “顔”をグルーピングして得た各群の代表顔5 個を刺激とした印象評価実験を実施した.その結果より5 つの “顔”への印象を明らかにし,“顔”に抱かれる活発さと可愛らしさ印象についての新たな 2 つの仮説を立てた.

最後に,2 つの実験を通して立てた 3 つの仮説の検証実験を実施し,“顔”の認知特性に関する新たな知見を 3 つを得た.

知見 1 :3 要素の配置情報よりも,形状と大きさ情報の方が重視される程度が大きい

 

知見 2: 顔全体に占める 3 要素の割合が活発さに影響する“顔”に活発な印象が抱かれるのは,3 要素の割合がより大きいとき

 

知見 3: 右点と左点の大きさと,下点の横長度合いの両方が,可愛らしさに影響する
“顔”に可愛らしい印象が抱かれるのは,右左点が小さすぎず,また大きすぎないときと,下点が正円に近い形であるとき

 

今後の展望として,本研究で明らかにした “顔”の認知特性が顔認識分野の研究の可能性を広げられることが期待される.

参考文献

[1] Takano Ruriko and Abe Tsuneyuki and Kobayashi N:
Relationship between facial features and perceived facial
image for application to image creation using cosmetics.,
色材研究発表会講演要旨集 (色材協会研究発表会講演要旨
集)(1997).
[2] 高野 ルリ子:メーキャップのサイエンス 大坊郁夫(編)
高木修(監)化粧行動の社会心理学,北大路書房 (2001).
[3] 九島 紀子 and 齊藤 勇:顔パーツ配置の差異による顔印象の
検討,立正大学心理学研究年報 The journal of psychology
Rissho University(2015).
[4] 井上 さくら and 山本 美恵子 and 山崎 和広:顔形態印象
の客観的評価技術の開発,日本化粧品技術者会誌 (2000).
[5] John L. Bradshaw:The information conveyed by varying
the dimensions of features in human outline faces,Perception & Psychophysics(1969).
[6] 藤崎 由真 and 井上 博行:地域プロモーションのためのご
当地キャラクターの印象空間分析,第 33 回ファジィシス
テムシンポジウム (2017).

研究を終えて

研究を進めるにあたり,鈴木先生,研究室の仲間,そして実験に協力してくださった方々など多くの方に協力いただきました.

皆様,本当にありがとうございました!

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