植物の変化を通して季節の移り変わりを感じる体験の代替方法の検討
非公開
鈴木研究室
2022 年度卒業
植物の減少と新型コロナウイルスの流行以降の外出機会の減少を受け,植物の変化を通して季節の変化を感じる機会は減少しつつある.しかし,この体験は長い間日本人にとって続いてきた文化的にも価値のある体験である.そこで本研究ではさくらの1年の変化がわかるウィジェットアプリを用いてその体験の代替を試みた.

はじめに

さくらの開花や紅葉,落葉など植物の変化は,季節の変化を知らせるきっかけとなってきた.通学や通勤時に1年を通して日常的に目にする植木などからその変化を感じ取る機会は多い.さらに,気象庁では季節の遅れ進みや気候の違い,変化など総合的な気象状況の推移を植物の状態から観測するために生物季節観測を行っている[1].1953年に始まってから現在までおよそ70年続けられており,生態環境や気候変動が生態系に与える影響の調査等に有用な基礎資料であること,生物を通じて季節を感じる文化的な価値がある等の観点から長く続けられている.

しかしながら,植物の減少や新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに外出機会が減少したことにより,この体験は難化してきている.

そこで本研究の目的を,植物の変化から季節の変化を感じるという体験をこれからの社会でも続けていけるよう,現在の社会の形にあった体験の代替方法を検討し,実装することとする.

調査

天候や自然の情報表現における関連研究・製品は2つの軸をとって,主に4つの特徴に分類した.

図1 天候や自然の情報表現における位置付け

まずひとつは情報の表現方法が言語がメインか非言語がメインかという軸である.もうひとつはその情報を知るときの動きとして,能動的か受動的かという軸である.それぞれの表現の例となる製品やサービスについては図1のとおりである.

そういった情報表現において実際の体験に近い情報表現をされているものの例として河本が開発したtempescope[2]がある.この装置は好きな時間,好きな場所の空を切り抜いて部屋に置くことができるデバイスであり,外の空模様を見ることと同じように天気を知ることができる装置である.従来では,天気を知るにはメディアで知る等の方法があるが,この作業を窓の外を見ることと同じくらい簡単にするために,部屋の中に気象情報を再現できる物理ディスプレイを構築した.

本研究ではこれらの情報表現の位置付けにおいて,植物の変化という情報がどの位置に属されるものか検討し,同じ分野に属する情報の表現方法を検討する.

研究方法

1. 対象とする植物について

植物の変化を表現するにあたり,対象種は1種のみとし,その種を指標として1年の季節の変化を表現する.気象庁では,生物季節観測を行う対象の種の選出において,なるべく日本全国に広く分布していて一般の関心が高い種目を対象としており,さくらはその代表例として挙げられる.さくらは春だけではなく1年を通して変化がわかりやすい種である.春にはさくらが咲くが,夏には青い葉が茂り,秋は葉が紅葉し,冬は葉が散る様子を確認することができる.

そこで本研究では,1年を通して変化する植物の対象種としてさくらを設定する.

2. 表現方法について

図1において,さくらの変化を始めとした植物の変化は非言語表現であり,従来では気づきやすい領域に属していた.しかしながら,近年ではその変化が徐々に気づきにくい領域へ遷移している.そこで,現在の社会で生活する人のライフスタイルに合わせて非言語表現で気づきやすい情報表現の方法を検討する.さらに,この気づきやすい非言語表現の領域における分野分けの解像度を高めると図2のようになると考えられる.

図2 受動的な非言語領域におけるさらに細かい位置付け

軸のひとつは理解が容易であるか否かという点である.もう一点は生活への介入度である.本来植物の変化は,普段の生活環境の中で風景の一部として馴染んでいるものであり,自分の生活に直接影響を与えることは少なかった.一方,ライブ壁紙では最も気づきやすい環境ではあるが,デザインという観点において利用者の好みが大きく左右されるため利用に繋がりにくいという欠点がある.これらのことから,生活への介入度の高さは生活において他の要因が邪魔をして利用に繋がりにくいと考えられる.

本研究の目的である体験の代替を行うには,情報表現のあり方としてどのような位置付けにあるのか,その解像度を上げ、同じ領域に属する表現方法を行うことが望ましいと考えられる.

そこで本研究では,植物の変化という情報のあり方と同じように,気づきやすい非言語表現の中でさらに直感的に理解がしやすく、生活への介入度も比較的低い情報表現のあり方を検討する.

一般的に現在最も利用頻度が高く定期的に目にするものといえばスマートフォンである.そこで,スマートフォンの利用環境でできるだけ自然に趣味や嗜好に制限される範囲の少ない情報表現の形としてウィジェットを利用する.ウィジェットとは,ホーム画面やロック画面上に表示されるアプリのショートカット機能のことで,アプリを開かなくても欲しい情報を一目で取得できるという特徴を持つ.このウィジェットを通して植物が変化する様子を表現していくことで,現在のライフスタイルのなかで最も自然に気付くことができると考えられる.

3.さくらの木1年の変化の時期の推定式
3.1 さくらの木の1

さくらは1年を通して非常に変化が分かりやすい種である.春にはさくらの花が咲き,夏には青い葉が茂る.そして秋には葉が紅葉し,冬になると葉が散る.五井[3]によると,ソメイヨシノの開花に関する特徴としては夏に花芽が分化し,涼しくなってきた9月から10月頃に自発休眠期に入る.そして気温が5℃10℃の低温が続くと休眠打破とされ,開花に向けて発達期に入る.その後,気温の上昇に伴い,花粉が形成され花が開花する.

3.2 さくらの変化時期の検討
3.2.1変化の推定方法

従来ではさくらの開花時期の予測には積算気温が多く用いられてきた.積算気温とは,起算日から対象の現象が起きる日までの平均気温もしくは最高気温を積算したものである.さくらの開花の場合は統計上の目安としては,21日以降の平均気温の積算が400℃,もしくは最高気温の積算が600℃に達するとさくらが開花すると言われている[4].葉桜になってからは、最低気温がおよそ8℃を迎えると葉の紅葉が始めると言われている.これらの先行研究の結果をもとに地方ごとに閾値を設定し,積算気温を用いてさくらの変化を表現する.桜紅葉はイチョウやカエデよりも半月ほど紅葉が早く,その期間も短いとされている.しかしながら,具体的なデータが観測されていないため制作することが困難である.そこで本研究では紅葉の時期はカエデの変化に合わせることとする.尚,紅葉期間のみの表現となるため,それ以降は睡眠打破の期間から昨年と同じようにさくらの開花に向けて計算を始める.

3.2.2 変化の推定計算

さくらの変化を推定するにあたり,それぞれの現象に置いて地点ごとに閾値を定める必要がある.そこで昨年から過去10年分の青森・福岡のさくらの開花日・満開日,カエデの紅葉日・落葉日についてそれぞれの起算日から日最高気温,日最低気温の積算気温を求めた.その結果,さくらの開花時期は東日本で21日からの日最高気温の積算気温が535℃,西日本で635℃を基準として推定することとした.さらに21日からの積算気温が300℃に達した頃に花芽に変化が起き始めることが分かり,300℃から20℃ずつ10段階で変化を表現することとした.紅葉時期については気温が日最低気温が8℃以下に続けて達してからの積算気温が200℃に達すると紅葉は見頃を迎えることが分かった.さらにさくらが満開になってからと紅葉が満開になってからはそれぞれ地点に関わらず,約1週間で散る.さくらが開花してから散るまでは青森で4日,福岡で約10日であることが分かった.これらの分析結果を用いてさくらの変化を推定する.

4. ウィジェットアプリ開発
4.1 システムの流れ

始めにアプリを起動し,利用者が任意の地域を47都道府県から選択し設定する.尚この際に選択できる地域は2箇所までとする.複数箇所選択することで自分が住む地域との地域差も知ることができる.次に表示するさくらとウィジェットのデザインを自分が利用するスマートフォンのスタイルに合わせて選択する.さくらの変化は1日おきに行い,前日の最高気温や最低気温を参考にさくらの様子を変化させていく.ウィジェットのサイズやデザインは利用者の好みに合わせてスタイルを選択できるようにする.

4.2 アプリの概要

表示されるイメージとしては図3の通りである.普段利用している携帯端末にウィジェットとして設定することでアプリを開かなくてもさくらの変化に気づくことができる.

図3 ウィジェットイメージ図

 

 

まとめ

本研究では,植物の変化を通して季節の変化を感じるという体験が年々難しくなってきていることを問題点としてあげ,現在の生活スタイルに合わせて体験の代替ができないか検討し,実装を行った.対象種としてさくらを挙げ,さくらの1年の変化を地域ごとの気温の変化に合わせて時期を推定する方法を検討した.

今後の展望としては,生活スタイルが大きく変わっていく現代において,失いたくない体験やこれからも続けていきたい体験を,本研究で用いた体験の代替方法をもとに,今の社会に合わせた体験のあり方をそれぞれ検討していきたい.

参考文献

[1]気象庁.生物季節観測指針.https://www.data.jma.go.jp/sakura/data/shishin.pdf(2022年7月28日閲覧).

[2]tempescope. https://www.tempescope.com/(2022年7月26日閲覧).

[3]五井正憲.温帯花木の花芽形成ならびに開花調節に関する研究.香川大農紀要,38.

[4]ウェザーニュース.開花の時期の目安がわかる 東京の桜「600℃の法則」とは. https://weathernews.jp/s/topics/202203/190205/ (2023年1月18日閲覧).

研究を終えて

さくらが1年を通して変化する様子をどのような形で表現できるか,1年間検討を続け目的に合わせた形で実装することができた.

物理表現では叶わなかった部分と物理表現でこそ表現できる部分とのすり合わせが難しかったが,あらゆる方法を試しながら,体験の代替に適した形を見出した.

さらに,さくらの変化時期の推測は想像以上に深く,色々な要因を掛け合わせることで相関が見られることが分かった.

あらゆる環境的要因を考慮してより精度の高い推測方法を検討し,いつかもっと面白い体験の代替システムを構築したい.

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