豊富な静養空間とカームダウン空間をもつ児童センター
内山拓人
小地沢研究室
2022 年度卒業
児童館で開設される学童保育において、障がい児がカームダウンする空間でもある独立室の静養空間が常設される条件を明らかにする分析を行った結果、利用定員が小さいことがやや影響を与えていると明らかになった。また、カームダウン空間の現状を知るために分析やヒアリング調査を行った結果、視線を遮断できることが重要視されていることが明らかになり、カームダウン空間ともなる静養室の平面計画の在り方についての示唆を得た。

はじめに

放課後児童健全育成事業(以下、学童保育)では、障がい児の利用に対して可能な限りの受け入れが求められており、障がいの有無に関わらず利用できるが、障がい児の受け入れ拒否が行われる場合がある。これが引き起こされる主な要因は、職員数や職員の専門知識の不足であると推測されるが、障がい児がカームダウンする空間が未整備であることも一因となっている可能性がある。本研究では、児童館で開設される学童保育において、障がい児のカームダウン空間でもある静養空間が常設される条件を明らかにし、カームダウン空間の設置形態別の設備や環境の差異や実態を明らかにすることを目的とする。

調査

1. 静養空間が常設される条件

アンケート調査で回答を得た78施設を対象に、静養空間が常設される条件を明らかにするため、線形判別分析を行った結果、判別的中率62.8%の判別式を得た。「児童クラブ室面積」と「利用定員」でp<0.1となり、児童クラブ室面積が小さいほど静養空間が常設され、利用定員が大きいほど静養空間が常設される傾向にあった。

また、同様に78施設を対象に、独立室の静養空間に限定して常設の条件を明らかにするため、線形判別分析を行った結果、判別的中率74.4%の判別式を得た。結果、「利用定員」でp<0.1となり、利用定員が小さいほど独立室の静養空間が常設される傾向にあった。

 

2. カームダウン空間の設備や環境による差異

アンケート調査で分析可能な回答を得られた74施設を対象に、常設の独立室の静養空間をカームダウン空間として利用している場合と、その他の空間をカームダウン空間として利用している場合の設備や環境の差異を明らかにするため、独立性の検定を行ったが、空間全体として有意差はなかった。しかし、項目毎に独立性の検定を行ったところ、「視線の遮断」に有意差があり、常設の独立室の静養空間を利用したカームダウン空間は視線を遮断できる傾向にあった。以上より、常設の独立室の静養空間はカームダウン空間として利用されることを想定して設計されていないことが推測される。

また、同様に74施設を対象とし、カームダウン空間として利用する空間が定まっているか否かで設備や環境に差異があるかを明らかにするため、独立性の検定を行ったが、空間全体として有意差はなかった。しかし、項目毎に独立性の検定を行ったところ、「視線の遮断」と「少し暗い空間」には有意差があり、カームダウン空間が定まっている場合は視線を遮断でき、少し暗い空間にすることができる傾向にあった。

 

3. カームダウン空間の運用実態

統計分析では、設置形態の違いに関わらずカームダウン空間が十分に機能しているかなど、その実態までは明らかにできていなかった。アンケート調査により、主要なカームダウン空間の設置形態は、「常設の独立室の静養空間」、「その時々によって決まる」、「事務室」、「職員用更衣室・休憩室」の4タイプであること判明したため、運用実態について4タイプのカームダウン空間をもつ児童館・児童センターへのヒアリングを行った。

将監児童センターは、「常設の独立室の静養空間」である相談室をカームダウン空間としている。相談室は事務室と隣接した配置で事務室を経由して入室する平面計画であり、放課後児童支援員(以下、支援員)が児童の様子を把握しやすいこと、周りの児童の視線を遮断できることに利点がある。しかし、支援員は複数人の静養に対応できない状況を懸念しており、この問題は3畳程度の面積で狭いことや空間を分割できないことに起因している。

桂児童センターは、児童によって気持ちが落ち着く場所が変わることから、カームダウン空間を「その時々によって決まる」としている。ある児童にはカームダウン時に、2面が壁等で囲われた角の空間を利用する傾向がある。この児童は、周りの児童から見られることを嫌がるため、そっとしておくよう支援員が周りの児童に指導している。桂児童センターには静養室があるが、過去にカームダウンのために利用した際に児童を閉じ込められたとのクレームがあったことや、事務室に隣接しておらず、支援員が児童の様子を確認しづらいことから、現在はカームダウンには利用されていない。

幸町南児童館は、支援員が児童の様子を見やすく、カームダウン時に他の児童の目に触れにくい空間であるため、「事務室」をカームダウン空間としている。しかし、支援員は児童が安心して心身を休める空間がないと述べており、静養室の整備の必要性が指摘できる。

榴岡児童館は、「職員用更衣室」をカームダウン空間としても利用するが、児童の気持ちが落ち着く場所として利用することを優先してカームダウン空間としている。職員用更衣室は児童の活動空間から直接出入りできず、周りの児童の視線を遮断でき、事務室と隣接しており、支援員が児童の様子を確認しやすい。榴岡児童館では、専用区画内にカーテンで仕切ることができる静養空間を設置したが、児童の活動スペースの減少に加え、安心してカームダウンや静養ができないという問題を抱えているため、利用されていない。

研究方法

 

1.調査対象

本研究では、児童館で開設される学童保育の割合が全国と比較して高い仙台市の児童館・児童センター全98施設を調査対象とした。

2.調査手法

静養空間が常設される条件を明らかにする上で、4つの仮説を立てた。

第1の仮説は、「児童クラブ室面積、専用区画面積、児童館部分面積の各面積が大きい場合に静養空間が常設される」である。第2の仮説は、「利用定員、登録人数が少ない場合に静養空間が常設される」である。第3の仮説は、「定員充足率が低い場合に静養空間が常設される」である。第4の仮説は、「築年数が浅い場合に静養空間が常設される」である。

上記4つの仮説の検証のため、児童クラブ室面積、専用区画面積、児童館部分面積、利用定員、登録人数、定員充足率、築年数のデータは、仙台市役所子供未来局児童クラブ事業推進課へのヒアリングと「見える化」1により収集し、静養空間の設置状況は、各施設へのアンケート調査により収集した。

また、カームダウン空間の設置形態別の設備や環境の差異を明らかにする上で、2つの仮説を立てた。

第5の仮説は、「常設の独立室の静養空間を利用したカームダウン空間とその他のカームダウン空間の間には設備や環境に差異がある」である。第6の仮説は、「カームダウン空間として利用する空間が定まっているか否かで設備や環境に差異がある」である。

上記2つの仮説の検証のため、カームダウン空間の設置状況、カームダウン空間に必要とされる設備や環境(視線の遮断、広さ、遮音性、空調設備、少し暗い空間、アイキャッチャー、調光機能、調色機能)の状態は、各施設へのアンケート調査により収集した。仮説の検証に必要なデータを収集するためのアンケート調査を2022年10月17日~10月29日に実施した。Google Formsで作成したアンケートを仙台市役所子供未来局児童クラブ事業推進課経由で仙台市の児童館・児童センター全98施設に配布した。この結果、78施設からの回答が得られ、回答率は79.6%だった。

3.制作提案

南中山小学校と光明支援学校の近くに位置する南中山児童センターの建て替えを行い、インクルーシブな放課後の居場所となることを目指した。そのために、種類豊富なカームダウン空間を点在させ、児童各々の落ち着く空間を選択できるようにした。また、障がい児でも幼少期から通いやすい機能としてスヌーズレン室を設け、その部屋での行為を明確にするために空間の構造化をした。

児童が多様な人々や価値観に触れることだけでなく、地域住民が児童と関わり地域で子どもを育むこと、地域住民の活動の場になることを目的として、まちに開かれた児童センターを提案する。そのために、地域住民が集う場であり、児童と地域住民が交流できる空間でもあるサロン、児童と地域住民のコミュニケーションが生まれる外部空間を創出した。

まとめ

児童館で開設される学童保育では、「児童クラブ室面積が小さい」ことと「利用定員が大きい」ことが静養空間の常設にやや影響がある。また、独立室の静養空間に限れば、「利用定員が小さい」ことが常設にやや影響している。

カームダウン空間は多様であるが、分析とヒアリングから、カームダウン空間に最も求められる機能は「視線の遮断」であると考えられる。カームダウン空間としても利用する独立室の静養空間は、支援員の目が届きやすいよう事務室に隣接した平面計画とし、複数人の静養やカームダウンに対応できるような計画であることが望ましい。

参考文献

仙台市:令和2年度(実績)仙台市公共施設の「見える化」―公共施設のいま―

研究を終えて

需要が増加していて過密な保育環境となっている現状を目の当たりにして静養空間やカームダウン空間の確保や運用の難しさを実感した。これらの空間をソフトとハードの両面から体制を整え、インクルーシブな放課後の居場所としての役目が果たされていくべきだと感じた。

メニュー