時の流れや四季を感じるだけでなく、恒例の楽しみとして、イベントおよび行事がある。これらはビジネスとしても大きく利用されており、その代表例として音楽コンサート・ステージパフォーマンスがある。しかしながら増加傾向にあったライブ・エンタテインメントの市場規模は、新型コロナウイルスの蔓延により、2020年は前年81.9%減少の1,106億円に落ち込んだ[1]。
市場規模の立て直しには、イベントに触れたことのない人に、興味を持つきっかけを与え、需要を増やすことが必要だと考えた。そこで着目したのが、日本文化におけるイベントの根源、古くから現在も行われている儀式や祭り、つまり「歳時記」である。
目的
日本独自の祭祀社会を受け継いだ「持続的可能性」を持つ歳時記は、日本文化を潜在的に受け継いでいることは自明である。そのことは、それを一般化することによって、潜在的であったものが掘り起こされ、現代的な「イベント需要」に繋がるものだと考えられる。
本研究の目的は、イベント需要創生の一助になるべく、古来発祥の歳時記を、現代の社会的事情に合致したスタイルを用いて、一般化する試みを提案することである。
開発に用いたフレームワーク
SWOT分析を行い、①リアルイベントと②オンラインイベントとを対照させた分析を行い、現代に合致した施策の方向性を導き出すことを試みる。
ターゲット
博報堂生活総合研究所によると、2020年に該当の行事を行ったと答えた割合は、いずれにおいても20代が最低であったため[2]、ターゲットは、20代の若者に設定した。
調査
文献調査
イベントプロデュースについての文献から、人々の心理や、マーケティングの手法を探る。さらに、歳時記の起源および現代までの変遷を調査する。
SWOT分析
リアルイベントの中でも、演者または出展者と、客が対面になる形態ついて考察する。文献調査に基づき、現代で主要となってきているオンラインイベントと、SWOT分析を行う。
施策の戦略モデル
SWOT分析で出てきたキーワードを元に、複数のモデルを提案する。それらを実施・検証を行う。
戦略モデルの具体策
戦略モデルをそれぞれ具体化する。
研究方法
文献調査
(1)イベントプロデュースについて:土岐も述べているように、イベントといえば、「リアルな場に集まって楽しむもの」であった[3]。リアルイベントが行えなくなったとき、デジタルイベントの台頭がみられた。
一方で、生まれた時からデジタルが身近な若者にとっては、デジタルの広告よりも、対面式でのリアルなコミュニケーションを行うマーケティング手法の方が効果的であることもあるという[3]。
(2)歳時記ついて:現代も続く歳時記の目的は、当初のものとは異なることが多い[4]。しかし、当時も現代も、一年を平穏に過ごすことができたと実感できる機会であり、日々の刺激になっているとわかった。
SWOT分析の実施
Fig.1はリアルイベントとオンラインイベントの強み・弱みをSWOT分析したものである。
施策の戦略モデル
体験、管制的、選択をキーワードに、3つの型を設定し、比較・検証していく。
(1)体験型:強みの臨場感があるという点、および追い風の気持ちが動きやすいという点を掛け合わせた結果、客に体験させることを提案する。イベントで主となる、視覚、聴覚以外の五感を使うことで、体験型のオリジナリティを確立する。
自己が積極的に関与した出来事の記憶を自伝的記憶[5]というが、匂い手がかりによる自伝的記憶の想起現象としてプルースト現象[6]が知られている。また、体験型の利得として、リアリティを持てるがポイントとなるため、匂いをツールとすることにした。
(2)一方向型:弱みの行かなければならない点から、有無を言わさずその環境にさせることを提案する。これを一方向型と名付けた。 テレビおよびラジオといった、従来型のメディアの原理を利用したものである。
さらに、直接的な提供のしやすさが利得になるという点で、試供品をツールにすることにした。
(3)選択型:1度きりのリアルな体験に対して、既に録音・録画、または製作されたものは脅威となるが、堀によると人は選択の機会があると、結果をコントロールしているかのように判断する[7]という。これより、複数の選択肢から選択させることで、当事者意識を芽生えさせることができると考えた。そこで、選択を体験させるツールとして、古くから教育にも用いられるすごろくを製作することにした。
具体的な施策案
春夏秋冬それぞれ3つの歳時記を挙げ、それについてのプロモーションをする。今回は春の歳時記について考える。
(1)体験型:香水やアロマに使用される好きな匂いを探すイベントを設け、そこに歳時記に関わる匂いも並べる。
春夏秋冬のコーナーでは、歳時記に対応したものとして春は梅、牡丹、草餅の匂いを設置する。
(2)一方向型:試供品を配る場所は、ターゲットである若者が集まる大学にする。
具体的な中身としては、梅のかんざし、牡丹、草餅、である。配布の時期に合わせた内容物で、意識を高めることを期待する。
(3)選択型:本すごろくのルールは、出たサイコロの目の数だけ進み、ゴールを目指していき、最初にゴールした人が勝ちという基本的なものである。
ボードは春夏秋冬の4種類用意し、そこで最初の選択をさせる。春のボードは、スタートが現代の暦で3月1日、ゴールは春の終わり5月31日である。マスには該当の歳時記に関わるクイズが書かれており、正解すればさらに進む、不正解ならば戻るという指示がある。
アンケート調査
上記の3つの施策案について、アンケート調査を行い、どれがもっとも効果的か調査した。
被験者はターゲットとなる若者20代30名とした。3案について、それぞれ「たまたま行われていたら、参加したいと思うか。」「行われているという情報を得たら、参加したいと思うか。」「参加したら、歳時記を生活に取り入れようと思うか。」の問いを設け、「思う」「どちらかというと思う」と答えた人の割合が、「一方向型の試供品を配る」が多数だった。このことから、制作として一方向型の戦略モデルおよび施策案を採用することにした。
制作
成果物として、配布物を作ることに決定した。春夏秋冬4パターンを作成し、それぞれ季節が始まる1ヶ月前を目安に配布し、季節に合わせた歳時記の周知を図る。
当初関連した実物を配ることを想定していたが、衛生や生産コストの点から、カードとすることにした。歳時記を数個ピックアップし、スリーブケースに入れ数枚をセットにする。カードは54mm×86mmのサイズで、若者に人気があるチェキをモチーフにした。持ち運びやすく、スマートフォンケースに挟むことが出来る。印刷用紙は厚手の光沢紙であり、透明なスリーブの表にフレームとなるシールを貼り、チェキを表現した。
まとめ
本研究では、歳時記を現代の人々に潜在的に植え付けるための、最も効果的な方法を模索した。
今回提案したカードの配布で、若者に歳時記が一般化し、イベント文化が長く続いてくれることを願う。
参考文献
[1] ぴあ総研(2021), 2020年のライブ・エンタテインメント市場, 2021ライブ・エンタテインメント白書, https://live-entertainment-whitepaper.jp/pdf/summary2021.pdf, (2022年7月17日閲覧)
[2] 博報堂生活総合研究所(2020), 生活定点, https://seikatsusoken.jp/teiten/, (2022年7月17日閲覧)
[3] 土岐龍馬(2021)アフターコロナ時代のうけるイベントプロデュース, 幻冬舎, 17・21
[4] 八條忠基(2022)有識故実から学ぶ年中行事百科, 淡交社
[5] 中島早苗・分部利鉱・今井久登(2012年)嗅覚刺激による自伝的記憶の無意図的想起, 認知心理研究, 第10巻第1号, 105
[6] 山本晃輔(2016)嗅覚と自伝的記憶に関する研究の展望, 心理学評論, Vol.58 No.4, 425
[7] 堀麻佑子(2014)”選択の自由”に関する実験心理学的研究, 関西学院大学.15
研究を終えて
ひとつの施策を実施、製作するのに、たくさんの調査が必要だということを改めて感じ、身の回りにあふれている製品やサービスの目的を考えると、より深い知見を得られると思った。
歳時記の一般化においては、自身だけで行うのは難しいと感じたため、社会全体を巻き込めるように企業や団体との連携も視野に入れて、実際に行える仕組みを考えていきたい。