怪談の語りから見る恐怖心理の考察
恐怖心理を活用した防災教育等への活用に向けて
遠藤未咲
茅原研究室
2022 年度卒業
私は、怪談の恐怖に着目し、語り方に恐怖を誘発する原因があるのではと考えた。 その恐怖を誘発する力を活用すれば、防災教育において災害を「正しく怖がる」ことで自分事として意識しやすいのではないかと考え、その活用に向けて研究を行った。結果、不自然な「恒常的な間」の存在が恐怖を引き起こし、また、それは情報を正確に把握するための余裕にできていることがわかったため、防災教育への活用が効果的であると考えた。

はじめに

2022年7月、私は怪談の間による恐怖の増長の可能性を、他話芸との比較から探った。その比較から、怪談には他話芸に比べて恒常的な間が存在するという特徴があると考えられた。この恒常的な間が実際に恐怖や不安に繋がっているのかを検証し、また、最終的な目的である恐怖心を活用し災害等を自分事として意識できる防災教育等への活用法を探るため、実験を行った。

調査

1.実験方法
まず、間の有無が印象にどのように影響を与えるのかを調べるため、人為的に平均2252.8msの恒常的な間をあけた音声と一般的な息継ぎ、句読点の間のみしか間をあけていない音声をそれぞれ用意した。用意した内容は、「怪談」と「説明」の2パターンである。話の内容による感情の影響がない場合での違いはないか比較するため、「説明」の語りを比較対象として取り上げた。内容の詳細は以下の通りである。

 

〇怪談

[1]「空き巣疑惑」

〇説明

[2]「形而上学」

 

「説明」においては、被験者の事前知識や印象の影響を抑えるため、認知度の低い形而上学についての解説文を用いた。
実験は32名の被験者に行った。内訳は、男性が13人、女性が19人であり、10代または10代以下が2人、20代が29人、50代以上が1人となっている。
実験では被験者にそれぞれ「怪談」の音声の間があるもの・間がないもの、「説明」の音声の間があるもの・間がないものの4つの音声を試聴してもらい、一つの音声を聞き終わるごとに5件法を用いた8つの基準で評価、また実験を行った上での感想も任意で記述してもらった。基準はそれぞれ「好意的な―非好意的な」「安心―不安」「穏やかな―不穏な」「温かい―冷たい」「明るい―暗い」「楽しい―怖い」「はっきり―曖昧」「わかりやすい―わかりにくい」とした。聴取順番による影響がないよう、被験者によって無作為に聴取順番を変えて実験を行っている。

2.結果
集計後、それぞれの分散分析と平均値の算出を行った。分散分析の結果、ほとんどの基準において間の有無による感じ方に有意差は見られなかった。しかし、「怪談」における「明るい―暗い」に関しては有意差があることがわかった。
また、間の有無による平均値は、変動の傾向をそれぞれグラフで表した。まず、「怪談」「説明」の双方において間があることで平均値が上がったもの、つまり、よりマイナスの印象を受けやすかった基準のグラフが以下である。間がないものを「原本」間があるものを「編集」としている。

 

左上:図1(a) 「安心―不安」の変動グラフ
右上:図1(b) 「穏やかな―不穏な」の変動グラフ
左下:図1(c) 「明るい―暗い」の変動グラフ
右下:図1(d) 「楽しい―怖い」の変動グラフ

次に、「怪談」「説明」の双方において間があることで平均値が下がったもの、つまり、よりプラスの印象を受けやすかった基準のグラフが以下である。

左:図2(a) 「はっきり―曖昧」の変動グラフ
右:図2(b) 「温かい―冷たい」の変動グラフ

最後に、「怪談」「説明」の変動傾向がそれぞれ異なった基準のグラフが以下である。

左:図3(a) 「好意的な―非好意的な」の変動グラフ
右:図3(b) 「わかりやすい―わかりにくい」の変動グラフ

また、任意で記述してもらった感想は以下の通りである。一部、実験を行ったGoogleForms上での語句を用いた感想については () 内で補足している。

表1 実験を行った上での感想(任意)

3.考察
まず、「安心―不安」「穏やかな―不穏な」「明るい―暗い」「楽しい―怖い」の4基準は内容によらず、間を設けることでよりマイナスな印象を受けていることがわかる。その中でも特に、「楽しい―怖い」においては間を加えた後の平均値の上昇幅が大きくなっている。また、任意で得た感想に「抑揚がついていると、情景を想像しやすいような感じがする。」「言葉と言葉の間に空白があると、先を予想する時間があり話に入り込みやすかった。」という感想が見受けられた。このことから、間は情景を想像したり、先を予想したりしながら、実際の言葉を待つ時間となりうることがわかる。そのため、間に意味が見いだせてしまうのではないかと考えた。状況説明である「怪談」では特に、「こうなると予測できるのに明かされない (間がある) のには何か意味があるのではないか」と必要以上に考えを巡らせる要因となりうるのではないだろうか。間に意味を見出してしまうことで、その意味までは予測できない不安が、「不安」「不穏」「暗い」「怖い」といった印象に繋がりやすくなったと考えられる。
しかし、一方で、「はっきり―曖昧」「温かい―冷たい」の2つの基準では逆に間を設けることでプラスの印象を受けていることがわかる。また、任意で得た感想でも「α (間なし) よりβ (間あり) の方が人間味を感じる音声だった」「速い音声の方が一方的で、威圧感があった。」といった、間がある方に良い印象を抱いたというものが見受けられた。このことから、まず「温かい―冷たい」という基準においては、間が人間の日常的な会話に存在する「話す内容や言葉を選ぶ間」や「文章を組み立てる間」のように感じられ、人間味を感じやすいのではないかと考えた。間がないものにも息継ぎや句読点の間は存在していたものの、人間らしい言葉の詰まりに感じられる部分はなかった。また、「はっきり―曖昧」においては、前述した、間は情景を想像したり、先を予想したりしながら、実際の言葉を待つ時間となりうるという点が影響していると考えられる。特に「説明」などは予想をして実際の情報を受け止め、また前に聞いた情報をかみ砕く時間がある方が内容を整理しやすいだろう。これらの点が、間があることでプラスの印象を受けやすくなった要因と考えられる。
上記の6つの基準は、「怪談」「説明」の内容によらず同じ変化をしていたため、間自体の影響が大きかったと考えられた。一方で、「好意的な―非好意的な」の基準では「説明」には平均値の変化がなく、「怪談」にのみマイナスの印象に近づく変化が見られた。任意で得た感想にある「内容が怖いと話の間まで不穏な様子を感じる」という意見からも、内容によって間に対する意味付けがより促進される可能性が考えられる。
また、「わかりやすい―わかりにくい」の基準では、間を設けたことで「怪談」はわかりやすく、「説明」はわかりにくくなっていることがわかる。「怪談」は前述の「はっきり―曖昧」の基準からも情景を想像するなど理解しやすくなることがわかるが、「説明」においてはそれがむしろ悪化につながると考えられる。「説明」では事前知識の影響を押さえるため形而上学についての解説文を用いたが、間が存在し、内容を整理しやすかったことでむしろ文章内の語句等の意味に対する疑問を抱きやすかったのではないだろうか。内容を整理する時間がないと、無意識にわからなかった語句を聞き過ごしたり、わかった語句で意味を想像して補完したりすることが起こりうる。そのため、実際の理解度に関わらず、「わからなかった」という自覚はしづらいだろう。はっきりと聞こえ内容を把握しやすかったことで、理解の不足を自覚することに繋がったと考えられた。

 

研究方法

まとめ

以上のことから、間には「情景を想像したり、先を予想したりしながら、実際の言葉を待つ時間」という役割があると言える。加えて、その「時間」により、間に意味を見出す傾向があるのではないかと考えられた。このことから、怪談の語りにおいては間が恐怖をより高める要素となり得ていると考えられる。
また、間があることで、恐怖などの感情が存在しない「説明」のような情報伝達においても情報が整理しやすいということもわかった。整理しやすいことで理解が不足している場合に文脈等から無意識に補完してしまわず、疑問を抱き、理解不足を自覚し得るという点においては、情報の正しい伝達に役立つ性質であると言えるだろう。
これらのことから、当初の目的であった「防災教育等への活用」においても活用し得ることがわかった。災害の実態を深く想像し、感情を自分事にした上で、対策などの情報は正確に理解できるようにするといった軸で活用可能と考えられたため、引き続き明確な間の活用について研究を進めていきたい。

参考文献

参考資料
[1]怖い話・短編(2018).空き巣疑惑.怖い話・短編,2018年3月30日, https://kowai4.horror-666.net/article/post-3087.html(2022年1月12日閲覧).
[2]Wikipedia(2022).形而上学.Wikipedia,2022年10月28日, https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A2%E8%80%8C%E4%B8%8A%E5%AD%A6(2023年1月12日閲覧)

研究を終えて

研究を終えて、怪談というエンターテインメントにも恐怖という心理に作用する科学的な力があると知った。これは他エンターテインメントにも言えることで、「真面目な取り組みに、エンタメは参考にする必要がない」と省いてしまわず、そのエンタメが引き起こしている心理作用や、目的に沿った工夫を客観的に読み解くことで、科学的なアプローチを正しい教育や情報伝達などにつなげられる可能性があると考えた。現代は、客観的に、科学的にということを追及するあまり、主観的で抽象的であるエンタメなどは切り離して考えられてしまうことがある。だが、その主観性や抽象性を掘り下げていくと、客観的、科学的な事実や効果を発見できる可能性があると考えられる。そのため、今後もそうした一見主観的なものに着目した上で客観的な応用を生み出す研究が増えることを期待する。

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