ハムスターの健康の管理と維持を支援するシステムの開発
菊地亜美
鈴木研究室
2021 年度卒業
ペットの健康の管理と維持を行うのは難しい.本研究では,病気の早期発見が難しく,扱いづらいハムスターを対象とし,健康の管理と維持ができるシステムの開発を目標とした.本システムは,ハムスターの走行距離の遷移によって形の変わるかじり木を出力し,ハムスターに与える.出力されたかじり木によって,ハムスターの走行距離,歯の健康状態を把握し,さらに歯の健康維持を支援することができる.

はじめに

1. はじめに

犬や猫等のペットについての保護活動や愛護活動が広がりを見せており[1],動物であっても,その生命は尊重され,大切にされなければならないという考えが広まってきている.動物の愛護及び管理に関する法律(以下「動物愛護法」.)第22項は,「何人も,動物を取り扱う場合には,その飼養又は保管の目的の達成に支障を及ぼさない範囲で,適切な給餌及び給水,必要な健康の管理並びにその動物の種類,習性等を考慮した飼養又は保管を行うための環境の確保を行わなければならない.」と規定している.

ここで「必要な健康の管理」に着目する.人間と動物の間では言語でのコミュニケーションが取れない.会話ができないペットの健康を管理するためには,飼い主がペットの日々の状態の細やかな確認と把握とを行うことが必要不可欠となる.しかしながら飼い主がペットの様子を一日中見て確認することはほぼ不可能である.現状,誰でも簡単にペットの健康状態の確認と管理を行えないという問題がある.

また現在の健康状態を把握するだけでなく,さらにペットに対して健康維持を支援することが必要である.本研究では,誰でも簡単にペットの健康の管理と維持ができるよう支援することを目的とする.

調査

2. 既存のペットの健康管理支援

ペットの健康管理を支援する製品は多く存在する.「PLUS CYCLE」は,犬猫用の活動量記録計である[2].この製品は犬や猫の首輪に装着することで,1日の活動量を記録することができる.また加速度センサと気圧センサを用いることで,動き,休息,ジャンプ回数を計測することができる.

「猫用システムトイレ型 ペットケアモニター」は,猫用のトイレ型の健康データ記録製品であり[3],体重,尿量,尿回数,滞在時間,設置場所周辺の温度を計測することができる.計測したデータはグラフで表示され,飼い主は長期的な変化も視覚的に把握できる.

「小動物ヘルスケアデバイス」は,ハムスター等の小動物用の健康管理を行うシステムのレシピであり[4],温湿度,体重,運動量,回し車の回転数,活動時間を計測することができる.

3. 既存の健康管理支援の課題

(1) 健康維持支援

これらをはじめとする既存のペットの健康管理支援製品では,ペットの健康管理を目的としている.製品がペットの健康状態を計測,記録することで,飼い主がペットの状態を把握することを手助けする.しかし既存の製品だけではペットの健康状態が把握できるのみで,ペットの健康維持のサポートまでは行えず,そこからどのように支援したらよいかは飼い主に委ねられている.健康維持のサポートもシステムが行えるようになることで,さらにペットの健康を良い状態に保てると考えられる.

(2) 健康管理の楽しさ

既存の製品ではペットの健康状態の遷移を見ることができるが,数字やグラフが変動していくだけで面白みがない.ペットの状態の変移をよりリアルに感じ取ることができれば,飼い主が日々の健康管理をより楽しく続けていくことができると考えられる.

(3) 対象ペット

既存の製品は犬や猫を対象とした物がほとんどで,小動物を対象とした製品が少ない.小動物を対象とした健康管理システムである「小動物ヘルスケアデバイス」は,小動物は病気の早期発見が難しいため,小動物にこそヘルスケアデバイスが必要であるという課題を提起した.

研究方法

3. 本研究のアプローチ

3.1 本研究の対象ペット

ペットとしてよく飼育されている犬や猫の他にも,うさぎやモルモット,ハムスター等の小動物も多く飼育されている.これらの小動物は犬や猫よりも体が小さく目視での健康状態の確認が難しい.さらに小動物は犬や猫よりも人とコミュニケーションを取ることが困難である.

小動物の中でもハムスターは小柄で飼い始めやすいと多くの家庭で飼育されるが,他の小動物よりも温度管理や病気,怪我の発見が難しい.体の小さく自己表現の少ない動物にこそ健康管理を支援する製品が必要である.よって,本研究の対象ペットはハムスターとする.

3.2 デザイン指針

ハムスターは,本来人間とのコミュニケーションを必要としない動物であるため,無理に干渉することでストレスを感じる.ハムスターはストレスに弱いため,人間が長時間触ることや音や振動などの様々な要素でストレスを感じ,病気にかかる恐れがある[5].

このように繊細なハムスターの健康管理・維持の支援を実現するために,以下のデザイン指針を策定した.

ハムスターを対象とする健康管理・維持支援システムの設計は,以下の指針に沿って行う.

(1) ハムスターの自然な行動から健康状態を確認する

(2) 接触を最小限にし,ストレスがかからないものにする

(3) 特別な知識がなくとも健康状態の確認ができる

3.3 デザイン指針の説明

(1) ハムスターの自然な行動から健康状態を確認する

動物愛護法第21項は,「動物が命あるものであることにかんがみ,何人も,動物をみだらに殺し,傷つけ,又は苦しめることのないようにするのみでなく,人と動物の共生に配慮しつつ,その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない.」と規定している.把握しなければいけない健康状態は動物の種類によって異なってくるため,それぞれの動物の習性を理解し,その動物に合わせた健康管理の手法を取る必要がある.したがって,ハムスターの習性を考慮し,ハムスターが行う自然な行動から健康状態の確認を行う.本研究では以下の3つの習性を生かす.

夜行性

ペットの健康管理の理想は,飼い主がペットの様子を常に見て,変化がないか確認することである.しかし特にハムスターは夜行性であり,最も活動が活発になるのは飼い主が眠っている夜間である.したがって常に状態を見ることが難しい.飼い主がハムスターを見るのが難しい時間でも,記録を取ることができる必要がある.

回し車

野生のハムスターは常に食料を探す必要があるため,一晩に長距離を移動する.長距離を走って運動することにより,肥満や第二糖尿病等の病気を予防できる.小さいケージで生活する飼育下では運動不足になりやすいため,回し車で運動不足の解消を図る必要がある.

また,過去の研究からマウス等の野生動物が,自ら好んで回し車に乗っている可能性が高いことが示されている[6].よって,本研究では回し車を用いる.

かじり木

野生のハムスターは固い種子や植物を餌としてかじるため,前歯は生涯にわたって伸び続けるようになっている.野生では普段の食事ですり減っていくが,ペットとして家庭で飼育されているハムスターは,柔らかい餌やケージの金網をかじることによって,歯が伸びすぎる過長歯や不正咬合,歯周病等の歯の病気になってしまう恐れがある.これらの歯の病気を防ぐために,かじり木と呼ばれる,ハムスターがかじって歯をすり減らすための木材が用いられる.本研究ではこのかじり木を活用し,ハムスターの歯の健康の管理と維持の支援を行う.

(2) 接触を最小限にしストレスがかからないものにする

ハムスターはストレスに弱い動物で,ストレスがかかるとさまざまな病気にかかる恐れがある.またハムスターには楽しいや嬉しいといった感情がないとされており,危険か安全かが感情の基準となっている[7].慣れているハムスターでも,過度に接触してしまうことで人間の匂いがつくため,危険を感じてストレスがかかってしまう.したがって,ハムスターにストレスをかけないためには,極力ハムスターと接触しないことが重要である.

(3) 特別な知識がなくとも健康状態の確認ができる

体型から健康状態を評価するボディコンディションスコア手法があるが[8],ハムスターやマウス等の小柄な動物を専門家でない飼い主が評価することは難しい.またハムスターを人間の手の上に乗せられるほど慣れさせるには時間がかかる.ハムスターの飼育書には健康チェックの仕方が載っているが,ハムスターを飼ったばかりの飼い主や慣れていない人にとって,ハムスターを手の上に乗せるだけでなく,体を確認するということはハードルが高い.また間違った知識で間違った健康管理を行なってしまう可能性もある.特別な知識を持っていなくとも健康状態の確認ができると,飼い主にとっても安心である.

しかし特別な知識のないハムスターの飼い主が治療を行ったり原因を見つけ出したりすることは非常に難しく,間違った知識で判断してしまう可能性がある.異変を見つけた場合はすぐに病院に連れていき,病院で適切な治療や指導を行ってもらう必要がある.飼い主は病気に関しての特別な知識をつけることよりも変化に気づくことが優先である.したがって,特別な知識がなくとも健康状態が確認できることが重要であると言える.

4. ハムスターの健康の管理と維持を支援するシステムの開発

4.1 システムの概要

本システムは,ハムスターが回し車で走った距離を記録し,1週間分の変化をかじり木に反映させる.1つのかじり木を見ることで,ハムスターの走行距離の変化と歯の削り具合を確認し,健康状態や体調の変化を把握,管理することができる.走行距離の変化によって形を変えて削り出すため,かじり木はその時々によって形が異なる.常に新しい形のかじり木が与えられるため,ハムスターの好奇心が刺激される[9].ハムスターの木をかじる行為をより促進することで,歯の病気を予防し,健康を維持することができる.また最終的に生まれるかじり木は,実際に手に取れるハムスターのライフログとして残しておくことができる.

4.2 システムの構成

(1) 回し車走行距離記録システム

回し車走行距離記録システムは,WiFiモジュール(ESP-WROOM-02),磁気センサモジュール(KY003),クラウドサービスThingSpeakで構成される.

装置のケースはMDF板をレーザカッタで切り出して作成した.ハムスターの1日の走行距離を計算するため,回し車の回転数を計測する.磁気センサモジュールを用い,近接感知装置を開発した.装置は回し車の土台上部に設置し,ネオジム磁石を回し車に接着した.ハムスターが回し車を走り,装置とマグネットが近接することで,回し車の回転数を取得することができる.取得した回転数から,ハムスターの回し車走行距離を計測する.11回決められた時間に1日分の距離データをWiFiモジュールからThingSpeakに送信する.

(2) かじり木出力システム

かじり木出力システムは,Arduino,旋盤,自作のxyプロッタで構成される.

3Dプリンタの構造を参考にし,ステッピングモータを用いxyプロッタを開発した.一部の部品はモデリングを行い3Dプリンタで出力した.このxyプロッタと旋盤を用いて,自動かじり木出力装置を開発した.ThingSpeakに保存した1週間分の距離データをArduinoに送信する.距離データに応じて,かじり木出力装置でかじり木を削る.かじり木は1日目から7日目までの区画に分かれており,走行距離が少ない日の区画は太く,多い日の区画は細くなる.これにより,1週間分の運動量を一目で確認できる.

ハムスターの1日の走行距離は,種類や個体によって大きく異なる.したがって,どの程度走っていたら良いか判別が難しい.本システムでは1週間の走行距離の相対的な変化を見ることができるため,体調や怪我などの何かしらの変化に気づくことができる.

本研究でかじり木として使用する木材は桐を選定した.木材を選定する予備実験では,桐,檜,バルサ材,小動物用のキウイの小枝を用いた.それぞれ同じ長さに切り,1つずつ,24時間ハムスターのケージの中に入れた.結果,桐の硬さが丁度よく,食いつきが良いことがわかった.したがって本研究では桐の丸棒を用いてかじり木を作った.

4.3 システムの流れ

(1) 回し車走行距離の測定:ハムスターが回し車で走った距離を取得する

(2) かじり木を出力:1週間分の距離情報をもとに,かじり木用の木材を加工し形づくる

(3) かじり木をケージに入れる:ハムスターが歯を削るためにかじる 

(4) かじり木を回収する:1週間後,ハムスターがどれだけかじったのかチェックをする

4.4 開発したシステムの試用

著者が飼育するハムスターと,開発したシステムの試用を行った.試用の結果,ハムスターの回し車走行距離の計測と保存,距離情報からかじり木を出力の2点を行うことができた.また出力されたかじり木を与えたところ,1日で非常に良くかじられていることが確認できたため,今回開発したシステムは本研究の目的を果たすことができると考えられる.今回の試用でできたかじり木を下に示す.

 

まとめ

5. まとめと今後の展望

本研究では,健康管理支援製品の少ないハムスターを対象にした,回し車走行距離によって変わるかじり木を出力するシステムを開発した.本システムを用いることにより,ハムスターの運動量と歯の健康状態についてストレスを与えることなく管理することができる.さらに本システムで作り出される新奇な形のかじり木を定期的にハムスターに与えることで,ハムスターの歯の健康維持を行うことができる.

今後はハムスター含む健康管理の難しい小動物を対象とし,本研究で対象とした「かじる」以外の面での健康管理,維持を支援するシステムが開発されることを期待する.

参考文献

[1] 東京弁護士会公害・環境特別委員会. 動物愛護法入門-人と 動物の共生する社会の実現へ-. 民事法研究会, 2016.

[2] 日本動物高度医療センター. プラスサイクル – 動物病院 がつくった犬猫用活動量計. https://pluscycle.jp/, (2021 年 7 月 15 日閲覧).

[3] シャープ(SHARP). ペットケアモニター. https: //pethealthcare.sharp.co.jp/, (2021 年 7 月 10 日 閲覧).

[4] FUTURE LIFE FACTORY-Panasonic. D+io. https: //panasonic.co.jp/design/flf/works/doing_ io/, (2021 年 7 月 10 日閲覧).

[5] 山口俊介, 山口樹美, 中西比呂子. ハムスターの健康と病気. メイツ出版, 2019.

[6] Johanna H. Meijer and Yuri Robbers. Wheel running in the wild. Proc Biol Sci, 2014.

[7] 岡野祐士, 今泉忠明. 幸せなハムスターの育て方. 大泉書店, 2012.

[8] Mollie H. Ullman-Culler é 1 and Charmaine J. Foltz. Body condition scoring: A rapid accurate method for assessing health status in mice. Laboratory Animal Science, Vol. 49, No. 3, pp. 319–323, 1999.

[9] Gerald E. Schneider and Charles G. Gross. Curiosity in the hamster. Journal of Comparative and Physiological Psychol- ogy, Vol. 59, No. 1, pp. 150–152, 1965.

研究を終えて

かじり木出力に不安定さがあるため,そこの正確性を向上する必要があると考える.

本研究でハムスターを対象とした健康管理・維持支援システムを開発したことで,健康管理支援製品や研究の対象として,ハムスター含むその他の小動物が着目されていくことを期待する.

今後も,ハムスターの健康管理・維持の支援について考えていきたい.

 

最後に,本研究を進めるにあたって多くの指導をしていただいた鈴木先生,支えてくれた友人,協力してくれた愛ハム・おいもに,感謝の意を表します.

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