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-崩壊を受容する未来都市-
大高颯人
中田研究室
2021 年度卒業
レイチェル・カーソンは「春だというのに、自然は沈黙している。」と述べた。人間は負担を自然にかけ続けている。そこで地上をその他の生に明け渡し、人間が宙に移り住むことを提案する。そ本設計は、300m×32m×32mの塔であり、人々は鉛直的に展開された都市で生活を行う。人間の生活様式とその他の生との関係を更新することで、近年の社会問題に対する根本的な解決策となるのではないか。

はじめに

レイチェル・カーソンは沈黙の春の中で「春が来ても、 鳥たちは姿を消し、鳴き声も聞こえない。春だというの に、自然は沈黙している。」と述べた。現在、地上に生が 誕生して以来、40億年以上かけてできた生命と環境の均衡 が崩壊しつつある。その中で生活する人々は長らく、自然 災害、疫病、環境問題を背景に、国土が蝕まれては再建し というサイクルを繰り返してきている。

このようなサイクルなどに見られる人々の自然への浸食 は今日の課題であるが、それに対して建築の応答の1つと してグリーンアーキテクチャーが挙げられる。グリーンア ーキテクチャーについて小出(2020)は、「持続的なエネル ギー源を使用し、エネルギー量を減らすために効率的に設 計し、新しいテクノロジーで既存の建物を更新することに より、環境を考慮した建物を擁護する哲学である。」と述 べている。しかし、これは問題を先延ばしにする緩和材で しかなく、より根本的な解決策が求められている。

例えば、現在の土壌では、有害な化学物質や排水等が地 表面から浸透し、土壌に蓄積されている土壌汚染が問題で ある。目に見えず顕在化しにくい問題であるが、過去の汚 染であっても長期間にわたって残存する。こういった問題 はグリーンアーキテクチャーのような表面的なものではな く、人間による浸食を止めて土壌が回復し、良好な状態で あり続けられるシステムを構築するというような根本的な 解決策が必要である。 そこで、生活する人々が宙に移り住み、地上をその他の 生に明け渡すことを提案する。均衡の崩壊を受容し、双方 にとっての豊かさを目指すための新たな拠り所を設計す る。

現在のような平面的に展開されている都市では、人々が 生涯で享受可能な分の水平的広がりを持つ。その広がりに よって、人は制限なく自然への浸食を行い、本来の人間に 十分な活動範囲を超える活動を行ってしまっている。それ により、製品や産物の共有がされにくいことから大量生産 大量廃棄へと繋がったり、長距離移動をする必要性が生ま れたりといったロスが発生している。 そのため、鉛直方向に街を展開し、必要に相互依存する 経済ブロックを立体的に再構築、再構成することで過度な 生産、移動をせずに合理的な生産活動を生み出す新しいシ ステムへと街を転換する。また、地上はその他の自然のた めの空間とし、人間による干渉を最小限にすることで、長 らく汚染され続けてきた土壌の再生を図る。 その結果、人々は塔状の鉛直的に展開された街(=ユニッ

ト)でエコロジカルな生活を行い、地上は天然林に覆われ る。本設計は、このように生命と環境の均衡の崩壊を受容 する、双方が豊かであるための未来都市である。そのため に、人間が宙での生活を完結できるような仕組みを持ちつ つ、自然への過度な干渉を防ぎ、適切な関係性を維持でき るような建築が求められる。

調査

対象敷地は宮城県岩沼市<図2>に設定する。岩沼市は、宮 城県の中央部に位置している。西部の山岳地域から東部の 太平洋岸に至るまでなだらかに広がった平野が展開してい る。山岳地域、平野、海岸部と多くの地理的条件でのユニ ットの検証が行えると考える。

現在は、2011年に東日本大震災の被災に遭って以降、復 興を進めている段階である。整備が進んだ中心部は住宅街 や街の主要施設があり、その周りには農地が広がってい る。この地域は人が宙に移り住み、地上をその他に明け渡 すという先進的なプロジェクトのファーストモデル都市に なり得ると考える。

 

研究方法

外形には水分を吸収しやすいひだの造形を取り込み、建 築の外壁による水の吸収効率を最大化する。それにより、 人々の生活水や水力発電などへの利用を促進する。またこ れらのひだにより複数の塔同士の関係性が生まれる。鉛直 的に展開された都市の中の水平的な展開である。

結果的に、32m×32m×300mの直方体のコアの部分に、 曲線を持つスラブが差し込まれたようなボリュームとなっ た。

例えば、海側に建つユニットは低層階では漁業を営む 人々の生活があり、基盤が整っている。その近くには海産 物を運送する人々がいて、異なる階層の人々や異なるユニ ットの人々に運送するシステムを構築している。ゾーニン グを踏まえながらそのようなストーリーを想定して、詳細 な機能を設定していく。

また、高さや場所によって層に特性を持たせる。例え ば、人々が住むことをメインの機能である居住層では、高 層部は価値が上がり、富裕層が住むと想定する。その層で は1世帯当たりの面積が大きく、パブリックスペースも確 保されている。そういった個人、パブリックスペースのつ くられ方等も想定されるストーリーから、詳細を設定して いく。

人が塔状のユニットで居住を完結させ、宙に住むことが 当然となり、地上は他の自然に明け渡すこととなる。故 に、地上は200年以上の時間をかけて天然の森林へと遷移 する。この200年とは裸地から森林ができるまでにかかる

時間の目安である。 そうして、地上の人間による干渉を最小限にすることで、

長らく汚染され続けてきた土壌の再生を図る。

まとめ

設計したものは32m×32m×300mの塔状のユニットであ り、それらは岩沼市をファーストモデル都市として、その 後全国的に広がっていく。そうして、人々は居住地を宙に 移行し、地上はその他の自然のものとなっていく。その過 程とその時間軸におけるユニットと人と自然の関係性を示 せた。

ユニットでは、水平方向に展開されている都市を、鉛直方 向に再構築、再構成することより、合理的な生産活動が行 われるエコシステムが行われている。そのような未来都市 のあり方を示せたと考える。また、そのユニットで行われ る人々の生活は、建てられた場所の地理風土や、最初に移 り住んだ人々の性格によっても、大きく変化することであ るので、本設計で示した生活のあり方以外の可能性も示せ た。

本設計では、人間が宙での生活を完結できるような仕組み を持ちつつ、自然への過度な干渉を防ぎ、適切な関係性を 維持できるような建築の提案を行った。これからの時代に おける人間とその他の自然の関係と、その中でユニットを 生活の拠点とし、人々がどのような生活様式を育んでいく のかについての考察、表現を行えた。

ユニットという効率的なエコシステムによる上下階の関係 性や、ひだによって新に定義づけられる水平方向の関係性 は、既存の街が持っていた関係性とは異なる。地域や移動 することの意味合いが変化し、ユニット内や隣接している ユニット同士での、都市の中の三次元的な繋がりが期待で きる。この関係性の変化から、ユニットの建つ地域ごとに 固有の文化や生活様式が発展していくと考える。

また、地上はその他の自然に明け渡すことで、天然の森林 に還す。それにより、長らく蓄積されている環境へのダメ ージの回復を図るという提案は、人間と自然の関わり方を もゼロから再構築する大規模なものである。しかし、生命 と環境の均衡を受容し、持続可能な社会をつくっていく上 でいつかはやらなければならないことであると考える。

このような本設計は、近年蔓延る社会問題に対して、最先 端のテクノロジーで蓋をするような解決策ではなく、都市 を再構築することで人々の生活様式というアナロジカルな 根本の部分から変えていく解決策になり得ると考える。ま た、新たな生活様式ではこれからの時代に合わせた街と 街、人と人の関係性が生まれつつ、人と自然の適切な関係 性も保たれる。生命と環境の双方にとっての、持続可能な 社会のための未来都市としての新たな可能性を示せた。

参考文献

・レイチェル・カーソン「沈黙の春」

・小出兼久「グリーンアーキテクチャーとは(それが現代 の持続可能性をどう捉えるか)」 2020年6月30日 ・金子信博(2014) 「森林土壌の汚染対策と森林利用」 森林化学 72 2014年10月 p.17-20

研究を終えて

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