在り方を表現する「身にまとうもの」
―自分自身の意思によらない自己表現―
今陽香
中田研究室
2021 年度卒業
本制作は、自分にとっては普通のことであるが、周りにとっては個性として受け取られる、無意識の自己表現について探求し、それがどのようなものであるか表現する、普遍的なファッションである。自分にとって当たり前の居心地の良さは、周りから見たときの最も素の自己であり、内面である。自分自身の意思によらない個性の表現には、素の人格が垣間見え、自分自身の意思による自己表現とは違った魅力を感じる。

はじめに

前期研究と制作では、好きなモノを大切にする「片付け」という行為において、モノが好きという気持ちと、理想とする在り方を表現する方法を提案した。好きなものが反映された空間、または人物の在り方は、外部には表現されない、自分にとって当たり前の居心地の良さが表現されると考える。「服を着る」ことで自分自身を表現し、周りに伝えようとするメッセージとは異なり、好きなもの、居心地の良い在り方が追求された空間では、最も素の自己が表れる。本来の自分自身と社会と関わる自分自身には違いがあり、関わり方も多様に変化する。そこで、個性と社会との関わり方の狭間に存在する自己の変化について表現したいと考え、本制作を行った。

自分自身と最も密接に関係する「身にまとうもの」に表現される居心地の良さとは、社会との関わり方、人間関係の作り方であり、社会に関わるための必需品であり、最も本来の自分に近い素の個性が表れると考える。自分の意思によって、見られたい自分やメッセージを表現する「着る」とは違う意味を捉えようとする。「身にまとうもの」の制作を行い、外部には表現されない、無意識の個性が表れるスペースを表現することを目的とする。

調査

研究方法

以下の手順で制作し、「在り方」を表現する「身にまとうもの」として適切な表現を実験検証によって検討するため制作を行った。

  1. スカート、トップスの制作

(1)制作1:様々な素材を組み合わせて制作

素材や色による印象の違いを確認し、ボタンやファスナーによってどのような表現ができるか確認した。素材のハリやツヤ、色が持つ一般的なイメージの表現に偏り、一般的な「着る」の意味と区別したい本制作には不適切である。

(2)制作2:1色に統一し、布以外の素材も使用

制作1を踏まえ、材料を白に統一し、布、ソフトボード、紐で構成し制作を行った。内面の繊細さ、デリケートさと、それを守る鎧を表現した。具体性に乏しく、内外の比較では、関わる社会や人によって変わるグラデーションの表現に欠ける。

2.全身にまとうものの制作

(1)制作3:部位ごとに分けた表現

制作2を踏まえ、部位ごとに変化する自分の考え方や気持ちを表現した。社会との関わりによって起こる行動的な考えと表には出さずに守りたい本来の自分自身の違いを表現する制作を行った。本制作を通して、部位ごとに表れる考え方は、場面によって変化させていくものであるという知見を得た。

(2)制作4:部位ごとのより詳細な表現

制作3を踏まえ、部位ごとに違う居心地の良さや、関わり方によって変化させる必要がある自己を表現する制作を行った。部位ごとの気持ちをより詳細にし、形状に反映させた。パーツごとに分かれた形になっており、胴の部分のみ着方の変化がある。本制作ではまとい方の変化をボタンによって行う表現になっており、区別したいと考えていた「着る」の作法に近いものになっていると考え、より「まとう」に近づける必要があると考えた。

  

(3)制作5:まとう表現

無意識が表れる「スパース」をまとっていることを表現する制作を行う。「まとう」の辞書的な意味である、巻きつけること、絡ませることを意識し、類義語であるきる、はく、かぶるなどを避ける。また、社会と関わるために必要となる変化には2種類あると考えた。①関わってきたために自分の形が変化した、戻らないもの②社会と関わるために用意されているアタッチメントで戻せるものの組み合わせであることを表現した。

①社会との関わりによって自己が影響を受け、本来の自分自身が変化したことを表現するために、1枚の布に縫い目、裂け目を入れることによって、元に戻すことができないことを強調した。

②個性を隠したいとき、社会と関わるために行動するとき、本来の自己をほとんど隠さないときの3通りのアタッチメントを考案した。

  

①本来の自分自身の上に②アタッチメントをまとうことによって周りから見られる自己には大きな変化があることがわかる。本来の自分と社会の間に「在り方」を表現するアタッチメントを挟むことによって、居心地の良さを作り出すことができる。

    

(4)制作6:マグネットを使用した表現

アタッチメントだけではなく、そのまとい方にもバリエーションを持たせることで、居心地の良さをより追及できる形状にする。マグネットを使用することで直感的な変化を表現することができると考えた。

マグネットを利用して「まとう」という感覚により近づけることができた。また制限のない自由な表現を1着のみで実現することができる。

まとめ

制作1、2では使用する素材や色、道具の検討を行った。色の操作はどう見られたいかというメッセージが込められる、本人の意思による自己表現に近い印象を受ける。無意識に表れる自己と無意識に求める居心地の良い在り方の繊細さを表現するためには、白1色に統一し、洗練されたデザインにすることが適切であると考える。

制作3、4では部位ごとに分けて、本来の事故である部分、それを隠そうとする部分。どのように社会と関わりを持つのかが表現される部分という変化を表現した。制作4では特に、本来の自己の部分を閉ざすこと、隠すことが重要視されている。私自身の投影が強い作品となっており、普遍性がない。自分との関係値や熱量に影響を受け、関わり方が変化するという表現になっている印象を受ける。制作5は制作4に対して、オープンである自己の表現も可能であり、関わり方によって自分自身が受ける変化を表現している。2種の変化の組み合わせになったことで、開ける、閉じる、結ぶ、履くなど「服を着る」作法を意識させない形状にすることができる。またマグネットを用いることによって、ボタンをつける、外す、結ぶ、かぶるなど「着る」の意味に近いものから脱却することができた。「まとう」という表現が強まったことで、居心地の良い在り方が表れる「スペース」であるという表現により近づけることができた。誰がきても、どんな場面でも居心地の良い在り方ができる普遍的なファッションである。

本研究と制作は、自分にとっては普通のことであるが、周りにとっては個性として受け取られる、無意識の自己表現について探求し、それがどのようなものであるか表現するため制作を行った。自分にとって当たり前の居心地の良さは、周りから見たときの最も素の自己であり、内面である。自分自身の意思によらない個性の表現には、素の人格が垣間見え、自分自身の意思による自己表現とは違った魅力を感じる。本制作は自分自身の投影による表現から、誰にでも当てはまる、居心地の良い在り方の表現の模索に進展し、普遍的な作品となった。今後は、無意識に表れる自己表現、本人にとっては当たり前の居心地の良さが魅力的であることを伝えることができる制作を行いたい。

参考文献

研究を終えて

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