歴史ある湊町 酒田の新たな玄関口
-より良いクルーズ船寄港地を目指して-
檜山千春
平岡研究室
2021 年度卒業
本研究の目的は、昔西廻り航路の寄港地として栄えた山形県酒田市の賑わいを再び港から取り戻す空間の提案である。近年の酒田港へのクルーズ船寄港数の増加を受けたCIQ(税関・出入国管理・検疫)対応施設を軸に、日本海に沈む夕日という特徴的な風景を楽しむ空間を設計した。 この設計により酒田港が、魅力的なクルーズ船寄港地への玄関口として再び酒田に賑わいをもたらす地となる。

はじめに

私の故郷である山形県酒田市は、江戸時代より日本海側の港から大阪へ物資を運ぶ西廻り航路の主要な寄港地として栄えた。しかし西廻り航路は、明治30年代に陸路の発展に伴い衰退した。現在、酒田市は他の多くの地方自治体と同様、人口減少や少子高齢化が進み市内の賑わいは減少している。

かつて湊町として栄えた酒田市の賑わいを、再び港から取り戻すことのできるような空間を提案することを本研究の目的とする。

調査

現状

Ⅰ. 酒田港について

酒田港は現状、以下の3地区から成る。

【本港地区】「山形県酒田海洋センター」や「さかた海鮮市場」、飛島〜酒田間を結ぶ「定期船発着所」に加えて、付近には日和山公園や山居倉庫などの歴史的資源が存在する交流拠点「みなとオアシス酒田」が形成される。

【外港地区】コンテナを取扱う「酒田港国際ターミナル」、展望台や芝生公園のある緑地が整備される。

【北港地区】発電施設が立地しリサイクルポートに指定されている一方でクルーズ船の寄港数も増加傾向にある。

 

しかし、水深が深く長い岸壁がある古湊埠頭では、将来的にバイオマス燃料をはじめとする一般貨物やクルーズ船などの需要に対応できずに、混雑することが予想される。この状況に対応するため、酒田市は新規岸壁の整備や下図のような埠頭利用の見直しを行い、岸壁利用の効率化を図っている。

 

酒田市のクルーズ船寄港数は年々増加しており、近年は特に外国船籍の寄港数増加に力を入れている。その結果、酒田市を含む庄内地域への観光客数は近年減少傾向にあるが、その中の外国人観光客は増加している。

クルーズ船の寄港は一度に数百人から数千人の旅客による訪問であり、酒田市周辺の地域経済を大いに活性化させる。それだけでなく、旅行者の満足度が高まれば、酒田の評価・知名度を向上させ、リピーターや新規旅行者の呼び込みにも繋がる。しかし酒田港では、クルーズ船の受け入れ体制が整っていないのが現状である。酒田港への寄港数を増やすためには、クルーズ船寄港数が増え始めている今、旅客埠頭としての基盤を整えることが重要である。

また、酒田市はクルーズ船寄港数の年間目標値として、2030年代半ばまでに25隻(30,000GT以上が19隻、10,000〜30,000GTが4隻、6,000〜10,000GTが2隻)と設定している。これは、新型コロナウイルス感染症が流行し始めた2020年以前に実際に寄港が行われた中で、寄港数が最多である8隻(2019年)の3倍にあたる数字である。

 

Ⅱ. クルーズ船寄港地について

クルーズ船の寄港数は全国的に見ても増加傾向にあり、それに伴って訪日外国人や訪日クルーズ船客も概ね増加傾向にある。

それを受けて国土交通省港湾局では「全ての旅行者がストレスなく快適に観光を満喫できる環境」とするために、クルーズ船客等の乗下船の迅速さ・快適性を継続的に向上させる取組として、2018年に“SMOOTH VOYAGE”を掲げている。具体的な内容としては、「快適なCIQ手続き・船から寄港地観光への円滑な接続・多言語への対応・通信環境の整備・トイレの洋式化100%」などがある。尚、CIQとは、国境を越える交通及び物流において、荷物の移動を執り行う税関(Customs)、人の移動を執り行う出入国管理(Immigration)、病原体や有害物質の移動を執り行う検疫(Quarantine)をまとめて呼ぶ言葉である。

2016年の日本全体への外国船籍クルーズ船寄港数1,443回のうち、約半数の716回は貨物併用埠頭またはCIQ対応の旅客施設の無い旅客埠頭への寄港であった。そのような場合には、船内に臨時のCIQ審査会場を設けることや、埠頭にテントなどの仮設CIQ会場を作ることで対応しており、審査の効率性や快適性といった観点で課題がある。

訪日クルーズ船客数の増加に対応し、さらに多くの外国人を呼び込むためにも、CIQ対応の旅客施設がある旅客埠頭を増やすことは全国的な課題となっている。

 

課題

酒田港のクルーズ船寄港数増加を目指し再び港から酒田を盛り上げる。そのために、クルーズ船受け入れに対する国の動きと酒田港の現状を比べ、見えてきた酒田港の課題を以下に挙げる。

(1) CIQ対応施設

第一に挙げるのは、Ⅱ章でも述べた通り全国的な課題となっている、CIQ対応の施設を酒田港につくることである。現在、酒田港にクルーズ船が寄港した場合、CIQ手続きは簡易的なテントを設置して対応していたが、これではクルーズ船寄港数の増加や悪天候時に対応することができず、改善が必要である。

(2) 二次交通機関への引き継ぎ

第二に、クルーズ船客が町の中心部に赴き寄港地観光を楽しむために、バスやタクシー、レンタカーなどの二次交通機関への引き継ぎを効率的に行うことである。酒田市への観光客の市内での移動手段は、自家用車が39%、レンタカーが7%と自ら車を運転して移動する人が約半数を占めている。次いで観光バス、高速バス、路線バスが合わせて15%、タクシーが12%である。

また、過去の酒田港寄港時のクルーズ船客の過ごし方は、船社が用意する寄港地ツアーへの参加、船社が運行するシャトルバスで市内に移動し散策、独自で手配したツアーへの参加、タクシーやレンタカーを利用した個別旅行などである。船社が用意するツアーだけでも8種類ほどあり、寄港時には多くの車両が港を行き来する。そのため、多様な移動手段を考慮した、効率的で快適な引き継ぎが求められる。

(3)体制の整ったおもてなし

現在、クルーズ船寄港時の観光案内所や特産品の販売もテントを設けて行っている。簡易的で頼りない印象を与えるだけでなく、寄港数の増加に比例して毎回の準備に対する負担も大きくなっていく。クルーズ船客を迎え入れるゲートの役割を果たし、市内に賑わいをもたらす酒田港には、仮設ではない体制の整ったおもてなしが必要である。また、多言語への対応や無料Wi-Fiの設置など、ハード面だけでなく、ソフト面でのおもてなしも大切である。

(4)賑わいの創出

港にさらなる賑わいを創出するためには、クルーズ船客だけのための施設とするのではなく、市民や国内旅行者も港に呼び込む工夫が必要である。具体的には、市民にとって港という空間が憩いの場の新たな選択肢となるように、滞在できる空間や機能をつくる。また、市内にとどまっている国内旅行者を港にも呼び込めるように、日本海に沈む夕日やマリンスポーツ、地元の食材や酒などを組み合わせてこの地ならではの景色や体験を作り出し、港を酒田の新たな観光地とする必要がある。

研究方法

敷地

今回設計を行う敷地は、図1の酒田市のエリア分けに従い、新たにクルーズエリアとして指定されている外港地区の高砂埠頭の南側に設定する。

コンセプト

前述した4つの課題を解決することに加え、クルーズ船客・国内旅行者・市民の3者が交流できることの2つをコンセプトとして掲げて設計を進める。

機能としては、以下のものを計画する。

①快適なクルーズ寄港地となるために必要不可欠であるCIQ対応のクルーズ船ターミナル

②日中に市内を観光した国内旅行者が宿泊し、さらにその施設自体が観光地にもなるような夕日の見えるホテル

③旅行者も市民も利用可能な地元の食材を使用した料理や酒を楽しめるレストラン

④酒田の特産物などを売るショップ

⑤高砂埠頭内の酒田北港緑地多目的広場が雨天等の理由で使用できない時にも室内スポーツができる屋内競技場

⑥クルーズ船客も旅行者も市民も気軽にマリンスポーツを楽しむことができるマリンスポーツ用具の貸出施設

⑦寒い日でも室内で軽食を食べながら沈む夕日を見ることができる、または飲み物をテイクアウトして飲み物を飲みながら海辺を散歩できるようなカフェ

他にも、市民の憩いの場となるような広場機能や安全な釣り場、海を見渡せて津波発生時には避難場所にもなるような丘などの屋外機能も計画する。

また、夕日が日本海に沈む風景や風の強さ、海・山・川全てが揃っていることなど、この地にしかない特徴が酒田市には多くある。陸からも海からも目印となる新たな風景をつくるために、夕日が映る水面の波と内陸の山々の形状を関連づけて波と山のような起伏が繰り返すようなデザインでこの土地の特性を強く印象付ける。

まとめ

酒田港を、クルーズ船寄港時のターミナルとして、国内旅行の観光地として、市民の憩いの場として、とそれぞれ違った目的を持つ各利用者に対して新たな体験や景色をもたらす魅力的な場所とし、酒田の内からも外からも人を呼び込むことで港から再び酒田を賑わせることを期待する。

参考文献

・酒田港港湾計画資料(その1)−改訂−, 山形県酒田港港湾管理者, 2020年2月

・酒田港中長期構想〜北前酒田湊のKOEKI (交易&公益)好循環〜, 山形県, 2019年3月

・SMOOTH VOYAGE〜クルーズ旅客等のストレスフリーな乗下車を実現〜, 国土交通省港湾局, 2018年

・關雅也(2017) 港湾用語の基礎知識68 CIQ, 情報誌「港湾」, 94巻, 44

・国土交通省(2021)クルーズ振興−港湾−,  https://www.mlit.go.jp/kowan/kowan_tk4_000019.html(2021年11月15日閲覧)

研究を終えて

この卒業研究という機会で、大好きな地元の未来を考える設計ができたことを嬉しく思います。

本研究を進めるにあたり、丁寧なご指導をいただきました平岡教授に心から感謝申し上げます。

メニュー