ぬいぐるみ型非常持ち出し袋の提案と制作
ぬいぐるみの魅力と実用性の両立
櫻井緋里
伊藤研究室
2021 年度卒業
ぬいぐるみは玩具やインテリアなど様々な扱いをされる。ぬいぐるみの歴史と現代人との関わりから、その魅力は愛玩物としての側面が大きいことが分かったが、生活を共にする身近な存在としてさらに実用性を付与できないかと考えた。ぬいぐるみの「癒やし」に着目し、その魅力を活かした新たに実用的なぬいぐるみとして、「ぬいぐるみ型非常持ち出し袋」を提案・制作する。

はじめに

ぬいぐるみには決まった遊び方がなく、その関わり方は手にした人に委ねられる。また、デザインも多岐にわたり、総じて自由度が高いという特徴がある。このように、ぬいぐるみには造形物として興味深い魅力があり、人々に長く愛される理由や新たな可能性を探究したく、研究テーマに設定した。

この分野の研究は一般的ではなく、ぬいぐるみの歴史を断片的に記述した文献はあるものの、体系的に表したものが見られない。そのため、今日におけるぬいぐるみに至るまでの歴史をたどり、発生・発展を1つの図表にまとめることで、ぬいぐるみの歴史の全容把握を容易にする。
また、ぬいぐるみが現在では人々にどのように受け入れられ、扱われているかを知る目的で意識調査を行い、現状と今後の可能性について考察も行う。

上記の研究結果より、ぬいぐるみの特徴や魅力は愛玩物としての側面が大きいことが分かった。生活を共にする存在として受け入れられており、そこにさらに実用性を付与することで、ただかわいらしいだけではなく実生活で役立つ新たなぬいぐるみを生み出せないかと考えた。
よって本研究では、ぬいぐるみの魅力を活かし、新たに実用性の伴う具体的なぬいぐるみの提案と制作を最終目的とする。

調査

Ⅰ.歴史調査

ぬいぐるみの歴史を辿ると、動物をかたどった玩具は古代エジプトの時代から存在した。それらは固いものであったが、19世紀末にはドイツで柔らかい熊のぬいぐるみが作られており、その後アメリカとドイツで同時にテディベアが誕生し、世界中に普及した。日本では1926年の「皇孫御生誕記念こども博覧會」において「大阪こども研究會出品の理想の子供室」と題された部屋にテディベアの姿が見られた。その後ソフトスカルプチャーの流れがあり、現代では個人のぬいぐるみ作家の作品が多く見られ、SNSやメディアの普及に伴いそれらが広がりを見せるだけでなく、愛好家の存在も目立ってきている。

ここまで調査した歴史はそれぞれ断片的に記述されていたもので、ぬいぐるみの歴史を一つにまとめ、全容把握を容易にする図表を作成した。

Ⅱ.意識調査

1.調査概要
(1)目的:現代人のぬいぐるみとの関わり方から、ぬいぐるみがどのように受け入れられているのかを知りその特徴を探る。
(2)対象:10~60代20名(男女比1:4)
(3)使用ツール:Googleフォーム
(4)調査期間:2021年7月1日~7月18日
(5)内容:当調査ではぬいぐるみを「綿などを布でくるんで縫合し、生物および無生物の形に似せて成形したもの」と定義する。「マスコットが付いているキーホルダー」や「抱き枕」も含み、定義とは異なるが、例外として「編みぐるみ」も含む。質問項目はぬいぐるみとの関わり方について、それぞれの行動の動機と詳細について選択式と一部記述式で25問程度回答してもらった。

2.結果
(1)ぬいぐるみの印象
全員が「かわいい」、90%の人が「癒やされる」と回答した。ぬいぐるみの愛らしさは年齢や性別を問わず共通認識であると言える。

(2)ぬいぐるみの入手経路
「雑貨屋」と「ゲームセンター」が65%、「玩具店」と「プレゼント」が55%で多く、直接見て買われる、またはプレゼントされる傾向が見られた。

(3)ぬいぐるみの置き場所
全体では「自室」が最も多く、その中でも「ベッドの上」が14票、「飾り棚」が12票で多い結果に。身近な見える場所に飾って置かれることが分かった。

(4)ぬいぐるみと一緒に寝るか
85%の人が一緒に寝たことがあり、「日常的に一緒に寝る」人は45%に及んだ。一緒に寝る行為は一般的であると考えられる。

(5)ぬいぐるみが好きか
75%の人が「好き」と回答。「どちらかといえば好き」を含めるとぬいぐるみが好きな人は9割に及んだ。多くの人にとって癒やしや安心を感じられるという特徴の他、インテリアとして好まれていることが分かった。また、持ち主のエピソードと関連付いてペットのように愛着の湧く存在になっていると言える。

Ⅲ.素材・形の探求

様々な形態のぬいぐるみの試作から素材や形、制作技術の可能性を探り、以下の気付きが得られた。

  • 面積と毛足の長さの相性
  • 柔らかい布ほどカーブの面を作りやすい
  • 直線と角の表現は難しい
  • 芯の入れ方・種類で面の感触に影響
  • 毛足の長い素材ほど縫い線が目立たず形への影響は小さい
  • 透ける布を組み合わせて見た目と触り心地に変化

研究方法

Ⅰ.提案

1.ぬいぐるみの特徴
ぬいぐるみの魅力を活かした製品を考案するため、ぬいぐるみの特徴を以下のようにまとめた。

・かわいくて癒やされる
・柔らかくてさわり心地が良い
・主に自室のベッドや飾り棚に置かれる
・名前を付け話しかけたり一緒に出掛けたりする・ペットのように大切な存在

まず、一つ目の「癒やされる」という点は「安心」に通じ、心を落ち着かせる効果が得られると考えた。このことから、人が不安を感じる「災害時」にぬいぐるみは役に立つのではないかと発想した。
次に、他の特徴についても災害時というシチュエーションで捉えていく。ぬいぐるみの「柔らかさ」は防災頭巾の代わりとして地震などの際に落下物から身を守る際に役立つ。また、やわらかく肌触りの良い素材を抱きしめることで暖かさを感じられる。意識調査によると、ぬいぐるみの置き場所は「自室」が最も多く、特にベッドや飾り棚など見える位置に置かれることから、人のすぐそばにあり、避難の際に持ち出しやすい。また、ぬいぐるみに話しかけたり、一緒に寝たり、出掛けたり等、普段からペットのように生活を共にする存在であることが分かった。しかし、ぬいぐるみは災害時に生きるために必要な実用性までは持ち合わせていないため、大切な気持ちはあっても避難の際に持ち出す優先度としては低いと考えられる。このことから、実用性の伴うぬいぐるみがあれば、持ち主の災害時の心のケアにも役立つと考える。

2.ぬいぐるみ型非常持ち出し袋
(1)非常持ち出し袋の実情
以上の特徴から、災害時に役立つぬいぐるみとして、「ぬいぐるみ型非常持ち出し袋」を提案する。はじめに、一般的な非常持ち出し袋(防災バッグ)の実情を確認する。
サントリー食品インターナショナルが2020年に行った「10代~60代の男女に聞く、防災バッグ実態調査」によると、1万人を対象にした調査では「自宅に防災バッグを常備している」のは28.9%で、66.3%は「常備していない」と回答した。また、防災バッグを持っている700人を対象にした調査では「定期的に点検している」のはわずか13.4%で、25.0%は「点検や入れ替えはしていない」と回答し、4人に1人は防災バッグを常備してはいるものの放置状態にあることが分かった。
また、株式会社エコンテの「非常用持ち出し袋(防災セット)による防災意識調査(N=142 )」によると、非常持ち出し袋の保管場所(複数回答可)で最も多いのは「室内の見えるところ」で28.2%、次いで「収納スペースの手前」が24.7%、「収納スペースの奥」が21.1%という結果だった。すぐ持ち出せる玄関や寝室に置くのが望ましいとされる非常持ち出し袋だが、収納されている場合も少なくないことが分かった。
さらに、実際の非常持ち出し袋にはどのような形態のものがあるか調査したところ、いかにも「非常用」といった銀色の袋の他、赤やオレンジ色など目立つ色のリュックが多く見られた。黒や白などモノトーンな色のものも見られたが、部屋の見える位置に置かれるものとしてリュックサックは存在感があり、インテリアの中に違和感を生じさせる他、邪魔になり収納されてしまう場合が考えられた。

(2)ぬいぐるみ型非常持ち出し袋の特徴
非常持ち出し袋をぬいぐるみ型にすることの主なメリットは二つある。
一つ目は、すぐに持ち出せる位置に飾っておける点だ。インテリアとして部屋に馴染み、ベッドなど人の近くに自然と置いておけるだけでなく、ぬいぐるみとして普段からかわいがることで中身の定期的な点検にも繋がる。
二つ目に、災害時の心のケアに役立つ点が挙げられる。ぬいぐるみのかわいらしい見た目と柔らかなさわり心地だけでなく、リュックサックの大きさは抱きしめることができ安心感が得られる。特にストレスを感じやすい子供にとっては災害時の不安が軽減されるだけでなく、娯楽の少ない避難所でそのまま遊べる玩具にもなる。
逆に、ぬいぐるみを非常持ち出し袋にすることによるメリットもある。ぬいぐるみに実用性が付与されたことにより、通常のぬいぐるみ同伴での避難に抵抗を感じる人が持っていきやすくなると考えられる。ペットのように生活を共にしている大切な存在と一緒に避難でき、避難所では非常持ち出し袋として堂々と使用することができるため、子供に限らずぬいぐるみが好きな人に需要があると考える。

Ⅱ.制作
1.デザイン作成
既存のぬいぐるみ型リュックサックは背負ったときに正面が見える立ち姿の動物のものが多く見られるが、今回の制作では不安やストレスが解消され、安心感やリラックスした状態がイメージされるよう、動物が寝そべっている姿をモチーフにした。腹側に肩ベルトを付けることで、普段置いているときにはベルトが見えず、なるべく普通のぬいぐるみに見えるように意図した。

2.模型作成
油粘土で全長約170㎜の模型を作成した。容量を大きくするために頭に対して胴体を大きくドーム型にし、ペンギンをモチーフにした。型紙を取るためにラップやティッシュペーパーで全体を覆い、その上からマスキングテープを貼り、分割線を入れた。

3.型紙作成
分割線に沿ってマスキングテープを切り分け、平らになるまでダーツを入れたものをなぞり、細部を調整しなが
らデジタルで清書した。内容量は実際に用意した防災セットの量を参考に、約10L分確保できるように出力サイズを調整した。

4.縫製
ぬいぐるみの柔らかい触り心地を残すため外布を防水にはできない分、内布には撥水生地で強度があり、リュックサックの生地として一般的に使われるナイロンを使用した。頭部と足の芯には綿を使用し、胴体部分に防災グッズが入るようにした。手の部分にはあえて芯を入れずポケット状にし、中にカイロを入れられるようにしたことで、ぬいぐるみの手を握っていると暖まれるようにした。また、チャックの位置を背中の真ん中ではなく斜めにしたことにより、出し入れのしやすさを維持しつつ逆側から見ると普通のぬいぐるみに見える
よう工夫した。

まとめ

今後の展開
面接法による作品レビューと、アンケート調査による市販の非常持ち出し袋との比較の結果より、ぬいぐるみ型非常持ち出し袋の今後の展開を以下のように考える。

①制作キットの販売・動画で作り方を紹介
→手作りが好きな人に楽しんでもらえる。完成品にかかる制作時間とコストを削減でき、材料と型紙のセットで手芸用品店等で大量に流通できる。
②通販・受注生産
→手軽に購入してもらえる。製品の魅力をサイト上でアピールでき、プレゼントとしての訴求力も高まる。受注生産にすることで在庫リスク・コストを抑える。
③店頭販売
→実物を見ることができ、触り心地や使用感などが伝わる。防災用品売り場では目立つため興味を引き、非常持ち出し袋としての需要に応えられる。ぬいぐるみやカバン売り場ではあえて用途を限定せず、それぞれの扱いでの販売もできる。

それぞれデメリットもあるものの、実用性の向上を含め作品をブラッシュアップすることで付加価値を高め、様々に展開できる可能性があると考える。

参考文献

永井理恵子・吉野俊太郎 他(2020)ユリイカ 2021年1月号 特集=ぬいぐるみの世界.青土社.84-95,238-245.
今井昌代 他(2012)夜想 特集『ぬいぐるみ』.ステュディオ・パラボリカ.
若月伸一・佐藤豊彦(1998)テディベアのすべてが知りたい (講談社カルチャーブックス).講談社.
サントリー食品インターナショナル株式会社(2020年)10代~60代の男女に聞く、防災バッグ実態調査を実施.サントリー食品インターナショナル,2020年2月18日https://www.suntory.co.jp/softdrink/news/pr/article/SBF0958.html(2022 年1月11日閲覧)
株式会社エコンテ(2018年)非常用持ち出し袋(防災セット)による防災意識調査.株式会社エコンテ,2018
年8月28日,https://econte.co.jp/works/survival-kit/(2022 年1月11日閲覧)
【おさいほう】ぬいぐるみの型紙の作り方.服のつくり方と型紙USAKOの洋裁工房,
https://yousai.net/how_to/miscellaneousgoods/nuigurumi(2022 年1月11日閲覧)

研究を終えて

歴史から現状調査の中で、玩具、インテリア、アート、生活を共にする存在など、ぬいぐるみの多面性を改め知ることができた。ただかわいいものとして飾られるだけでなく、今回その魅力を活かす形で実用性を付加したことにより、ぬいぐるみのかわいらしさが不安やストレスを軽減させ、災害現場で活躍できるものになったと思う。
今後改良できる点を挙げれば、部屋のインテリアに合わせて選べるようにさらにカラーバリエーションを増やす他、ぬいぐるみ自体の防災機能の追加が考えられる。
ぬいぐるみが人の生活に近い存在だからこそ、非常時をより身近に感じさせ、災害に備えるきっかけになれば幸いである。

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