VR空間のリアル/デフォルメ表現による体感時間の差異
小林陽和
蒔苗研究室
2021 年度卒業
人の体感時間は、心身の状態や視界に入る情報量等様々な事象からの影響を受けて変化する。 私はその体感時間が変化する要素を明確にすることで、体感時間を操作することができるのではないかと考えた。 本研究では「視覚情報」の変化に注目し、現実空間と、VR空間に作成された「実空間と同じレイアウト、同じ外観」のリアルな空間・デフォルメされた空間の3つの空間において、体感時間に差がでるかどうかを検証した。

はじめに

人は楽しい時間は早く過ぎると感じたり、逆に退屈な時間はゆっくり経過するように感じたりする。人の体感時間は、心身の状態や視界に入る情報量等様々な事象からの影響を受けて変化する。

私は、その体感時間が変化する要素を調査し、明確にすることで、体感時間を操作することが可能になるのではないかと考えた。

そこで今回は「視覚情報」の変化に注目し、体感時間が変化することの要素に、「同じレイアウト、外観の空間でもそれが現実に近い空間か、単純化され実際のものとはかけ離れた空間かによって体感時間に差が出るのではないか」と仮定する。

この仮説が正しければ、現実空間と同じレイアウトのため、現実と同じように過ごすことができる空間の中で、心理的に長時間もしくは短時間の体験をすることが可能となり、空間を選択することで、自分自身で体感時間を操作できるようになる。体感時間を制御できれば、楽しい時間を長く感じさせることや、退屈な時間を短く感じさせることができる。それにより、例えば課題や運動といったような辛いタスクをこなさなければならない時、その時間を短く感じられる場所でタスクを行うことができれば、心理的ストレスの緩和等に役立てることができるのではないだろうかと考える。

本研究では、この仮説について、現実空間・リアルな空間・デフォルメされた空間の3つの空間において、体感時間に差があるか、また差がある場合はどれくらいの差があるのかについて検証する。

調査

本研究では、現実空間とVR空間におけるリアルとデフォルメの2つの空間の計3つの空間における、空間のあり方の変化が、人の体感時間に与える影響を調べる。

まず、現実に存在する1つの空間を仮想現実にて再現する。ここで作成する空間は、モデルとする現実空間に限りなく寄せたリアルな空間と、ある程度表現を簡略化したデフォルメされた空間の2つである。被験者には現実空間と、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)による2つの空間の3つの空間で同じタスクを行なってもらいながら、一定時間過ごしてもらい、その体感時間と実時間との差異を調査する。

被験者に行ってもらうタスクは、3つの空間内にランダムに設置したマークを探してもらう。これはある程度、時間がどれくらい経過したかといった意識を持ちつつも、行える内容にするため、そこまで被験者に負担がないタスクを選択した。

なお、本研究では「視覚情報」の差異を検証するため、2つの仮想空間の実験も、モデルとした現実空間と同空間で行なった。これにより、視覚以外の聴覚・嗅覚・触覚といった面では3つの空間全てほぼ共通とした。

研究方法

本研究では、家族3名を含めた計6名を被験者として実験を行った。なお、家族3名は被験者A~Cとする。

実空間と作成したリアル空間とデフォルメ空間の3つの空間にて、上記にて述べた、空間内に散らばるマークを探索してもらいつつ、体感時間が5分を経過したと被験者が判断したタイミングで実験を終了、その時間と実時間との差異の計測を行った。

なお、被験者のタスク中の時間感覚のリセットのため、3つの空間での実験の間は約10分時間を空けている。

各被験者の計測時間は下記となっている。

なお、実空間に馴染みがある、家族3名の各空間での体感時間の平均時間の結果を他3名の結果を比較した結果が下記となる。

実験の結果、表1から、実空間よりもVR空間で作成した2空間の方が、体感時間が短くなる傾向があることがわかる。また、若干ではあるが、リアルに近い仮想空間よりも、デフォルメされた空間の方が、より体感時間が短くなる傾向がある可能性が示唆された。

また、表2より、実空間に馴染みある家族3名のグループは、他3名のグループ間よりも数秒、体感時間が短くなるという結果となった。

まとめ

本研究の結果、デフォルメされた仮想空間が最も体感時間が短くなりやすい傾向があることが示唆された。

しかし、空間ごとの体感時間の差が数秒であったことや、被験者の中には、リアル空間よりもデフォルメ空間の方が、体感時間が長く感じた人がいたことから、確実にデフォルメ空間が、リアル空間よりも体感時間が短くなるとは今回の研究のみでは断言できない。

また、家族グループとその他のグループの体感時間の差については、こちらも数秒の差であり、被験者同士の体感時間の差によるものである可能性もある。

そのため、今後、別空間での再実験や、被験者を増やしての再実験等により、今回の実験結果の裏付けを行う必要があると考える。

今回の実験は「視覚情報」に着目した研究内容であったため、今後の課題として、「聴覚情報」や「触覚情報」といった別の要素に着目した実験も行い、体感時間が変化する要素を研究していきたいと考える。

 

参考文献

[1]小池田樹(指導教員 山田悟史)(2020) VR空間における人の体感時間 異なる時間速度のVR映像による視覚刺激を用いて.

[2] 学童鑫・大河内悠生, 小木哲朗(2019) 仮想空間を利用した内的・外的要因による時間感覚の制御.

研究を終えて

私がこの研究をしたいと思ったきっかけとなったのは、あるVRMMO(仮想現実大規模大人数同時参加型オンラインゲーム)を題材とした小説の中に出てきた、「時間加速」というシステムを知ったことでした。この技術は、仮想空間内で、脳の処理速度を向上することで、現実では2時間しか経過していない時間を、ゲーム内では1週間もの時間を体験できるというものです。これを実現するには、更なるVR技術の発展と、脳の処理速度を補助する別の技術が必要です。だからこそ、現時点の私ができることで、少しでもこのシステムを体験することはできないかという思いから、この研究に取り組みました。

今回の実験の結果では、デフォルメされた視覚情報が単純化された空間が若干体感時間が短くなる傾向があるという結果となりました。被験者の数が少なく、今回着目した要素が、確実に体感時間に影響を及ぼすといった断言はできない結果となりましたが、この研究が、少しでも将来のVR技術の発展につながればいいなと思います。

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