アイデア発想における感性的な収束支援ツールの提案
葛西伊織
鹿野研究室
2021 年度卒業
複数のアイデアから1つに絞り込む、意思決定を手助けするウェブアプリを制作しました。アイデアを数多く出すためのツールは、マインドマップなど数多くあり、手軽に使うことができます。一方でアイデアを決断するためのツールは、漠然としたものが多く、ツールとして手軽に使えるものは少ないと感じていました。そこで本研究では、感性をデータ化し比較することで、アイデアを短時間で導けるツールの研究を行いました。

はじめに

1.研究背景

アイデア発想の構造は、数多のアイデアを生み出すアイデア拡散のプロセスとそれらを評価し1つの結論へと見出していくアイデア収束のプロセスがある。拡散 のプロセスには、マインドマップの活用やブレインストーミングの実践など拡散を支援するツールが数多くみられる。 一方で収束のプロセスは、個人の評価軸によって判断基準 が異なることからツールやフレームワーク化されている事例が少ない。そのため、比較検討が長期化したり、当初の目標から逸れて結論に行き着いてしまう課題がある。

2.目的

本研究の目的は収束のプロセスを支援するツールを制作 することで、アイデアの評価にかかる時間を短期的にし、 利用者独自の評価軸に基づいてより適切な結論へ導くこと である。

調査

1.既存のアイデア収束のプロセスの課題

まずは身の回りで行う意思決定の方法を調査したところ、学術的な手法から日常のライフハックのようなものまで多 岐にわたって手法があることがわかった。

洗い出した手法から理性と感性による指標の違いと、決定 にかかる時間の違いがあることがわかった。理性的な指標 は、選挙や推薦など根拠のあるデータをもとに評価するも のが多く、比較に時間のかかるものが多く見られた。一方 で、感性的な指標は、あみだくじや抽選など何かの軸に基 づいて1つが強制的に見いだされるものが多く、短時間で決 断できる反面、データなどの根拠に欠けるものが多く見ら れた。

2.SD法のメソッドをツール化する測定法の検討

本研究では、感性的な指標を用いるために、SD法のメ ソッドで印象を調査する。一般的なSD法は評価するテーマ に基づいて因子分析などを行う測定法である。しかしツー ル化するには、テーマが事前に決まっていない状態で、あ らかじめ評価に適した形容詞が選定されている必要がある。
そこで本研究では、あらかじめ評価に適した形容詞を選 定し、テーマに対する評価とアイデアに対する評価を相関係数で比較して分析する新たな測定法を提案する。

SD法に用いる形容詞を研究した井上・小林(1985)[1]の論 文をもとに、使用頻度と因子負荷量から形容詞を選定した。 回答されるテーマを基本コース、購入品決定コース、計画 立案コース、マッチングコースの4つのコースにわけ、コー スごとに研究分野を当てはめて決定した。

また、片平・武藤・橋本・飛谷・長田(2018)の論文を もとに、評価性(Evaluation)因子、活動性(Activity) 因子、力量性(Potency)因子と形容詞の特色をラベル付 けした。評価の使用する形容詞に3因子が全て含まれるよう にすることで、一般的なSD法より少ない形容詞数で測定を 有効なものにできないかと考えた。

研究方法

 仮説

感性的な指標を活用した収束のプロセスを支援するツールを提案することで、アイデアの評価にかかる時間を短期 的なものにし、自らの感性にもとづいた評価軸によってよ り適切な結論へ導くことができるのではないかと考えた。

また、SD法をツール化するために、使用頻度、因子負荷 量、形容詞の特色からあらかじめ選定された形容詞によっ て、相関係数で比較して分析する測定法が適切な結論を導 き出せることを期待する。

制作

仮説を検証するため、手軽に利用しやすいウェブアプリケーションを制作した。アイデア発想の構造をもとに、ツ ールの流れを組み立てUIを制作した。また、利用者独自の評価データを取得しながらツールを活用する必要があるため、フロントエンドのデザインからバックエンドのデータベース設計まで、総合的に開発を行なった。

1. フロントエンド開発

Figmaで大まかなモバイル向けインタフェースのモック アップを制作した。収束のプロセスを支援する という目的を実現するために、装飾は少なく共通のUI構 造を繰り返すことで認知負荷の軽減に努めた。

2. バックエンド開発

利用者の回答を取得し評価分析するために、アイデアの 親となるテーマ、アイデア、評価の値をそれぞれ紐付けな がらMySQLでデータベースを作成した。前述したように、 予想される回答を4つのコースに分類分けし評価する形容 詞を変化させることから、コースごとに評価の値を分けて 保存できるように開発した。

次にPHP でデータベースにアクセスし、利用者が入力 したテーマやアイデアをリアルタイムに保存、表示できる ようにした。また、形容詞による印象調査に基づいて定量 化された評価の数値から、利用者ごとの評価軸とアイデア の評価の関係を測る相関係数を求めるプログラムを実装し た。次にモックアップをもとに HTML と CSS をマーク アップしウェブアプリケーションを構築した。最後に実際 の画面の見え方と動きを確認しながら、利用者が操作の流 れを完遂できるようにブラッシュアップを重ねた。

検証

制作したウェブアプリケーションを用いて、収束支援ツールの有効性と有用性の検証を行った。 辻田・長谷川(2010)の論文をもとに、利用者がそれぞれ過去に1度結論へ行き着いたことのあるテーマを利用 し、本研究で設定した測定法が有効か検証することにした。 また、通常の収束状態をツール不使用状態として、ツール 使用の有無で収束にかかった時間と行き着いた結論を比較 し適切な収束が行えたか検証した。

ツール使用時ではアイデアの評価 にかかる時間の短縮が実現できた。さらに、結論を比較す るとツール不使用時の結論が使用時には上位にあがってい ることが多く、適切な収束を行えていると言える。また、 全てのアイデアが相関係数によって順位づけられたものを 見て、結論づける直前まで迷った選択肢の数値結果が近い ことや選ばないだろうと想定していたアイデアが最下位に 位置づいていることなど、結論以外の隠れた構造を見出す 反応が見られた。

実験後に行った満足度調査では、実際に当ツールがあれ ば使っても良いと感じたと多くの人が回答した。また、評 価に使用した形容詞は、結果としては適切な収束をしてお り、有効である。一方で「イメージしづらい形容詞がある と感じた」と多くの利用者が答えた。

まとめ

 先の検証を踏まえて、収束のプロセスを支援するツールを提案することは、アイデアの評価にかかる時間を短期的 なものにし、より適切な結論へ導くことができるとわかっ た。また一般的なSD法とは異なり、使用頻度、因子負荷量、 形容詞の特色からあらかじめ選定された形容詞によって、 相関係数で比較して分析する測定法でも有効性のある分析 ができることがわかった。

一方で、評価に使用した形容詞は、利用者の想定してい たテーマからはイメージしづらいものが含まれていること もあり、回答に戸惑う可能性があることがわかった。より 違和感のない形容詞を選定するために、分類分けした4つの コースをさらに細分化し、テーマに対して精度の高い形容 詞を提供する展望も想定される。今後、アイデア発想の構 造の中で、収束のプロセスを支援するツールの利用が期待される。

参考文献

[1] 井上正明・小林利宣『日本におけるSD法による研究分野とその形容詞対尺度構成の概念』(1985年)

[2] 片平建史・武藤和仁・橋本翔・飛谷謙介・長田典 子『SD法を用いた感性の測定における評価の階層 性-EP A構造の評価性因子の多義性に注目して-』 (2018 年)

[3] 辻田忠弘・長谷川美和『「名画にある謎の解明」 に用いたSD法とその限界』(2010 年)

研究を終えて

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