災害危険区域における災害伝承碑の役割と受け止め方の分析
尾形優斗
小地沢研究室
2021 年度卒業
人々の防災に対する意識を育む上での災害伝承の役割は大きい。災害伝承の手段としては、災害伝承碑、博物館、口承伝承、メディア、防災教育など様々な手段が挙げられる。その中で、本研究は災害伝承碑に焦点を当て、名取市東日本大震災慰霊碑(以下、慰霊碑)を対象として、災害危険区域における災害伝承碑の役割と受け止め方について明らかにすることを目的とする。

はじめに

背景

私たちが住んでいる日本は災害大国であり、これまでにも多くの自然災害に見舞われてきた。特に、東日本大震災をはじめとした大地震や津波による被害が多いことが特徴的である。また、東日本大震災より大きな被害をもたらすと想定されている南海トラフ沖地震は、今後いつ起きてもおかしくない。人々の防災に対する意識を育む上での災害伝承の役割は大きい。災害伝承の手段としては、災害伝承碑、博物館、口承伝承、メディア、防災教育など様々な手段が挙げられる。その中で、本研究は災害伝承碑に焦点を当て、名取市東日本大震災慰霊碑(以下、慰霊碑)を対象として、災害危険区域における災害伝承碑の役割と受け止め方について明らかにすることを目的とする。

研究の位置付け

佐藤ら1)は、東日本大震災では災害伝承碑などの津波伝承知メディアが存在する地域のほうが、存在しない地域に比べて人的被害が大きかったことや、災害伝承碑については人的被害の低減効果を有していた可能性があることを明らかにした。また、齋藤ら2)は、災害伝承碑は人々の目に付く生活圏にあるべきことや、強力な情報源ではなく「伝える」や「調べる」といった行動の喚起にはつながりにくいこと、そして「記録」と「啓発」の点に関して人々の防災意識の向上に影響を持つということを明らかにした。本研究では災害危険区域にある災害伝承碑が防災意識の向上につながっているのか、また視覚的に津波被害の恐ろしさを訴えることができているのかについて明らかにする。

東日本大震災の際、岩手県宮古市姉吉地区においては、過去の災害時に建てられた大津波記念碑に記された「此処より下に家を建てるな」という教えを守り、家屋に被害が生じなかったなど、過去の教訓が活かされた事例がある。すなわち、災害危険区域における災害伝承碑も人々の防災意識の向上に影響を与え、具体的な教訓やメッセージが刻まれることでよりその意識を向上させる効果があると仮説を立て、その検証を行うこととした。

調査

調査対象

宮城県名取市は東日本大震災の津波被害が甚大であったため、名取市は被害の大きかった沿岸部である閖上地区に慰霊碑を建立した。この慰霊碑は、震災により犠牲になられた方々が天に上がっていくイメージを表すとともに、震災を克服し、復興に向けた決意を新たにする気持ちを込めて「種の慰霊碑」から発芽した「芽生えの塔」が、この地に豊かさが戻ることを願う「豊穣の大地」から上へ上へと伸びていく様子を表現している。また、慰霊碑左右の芳名板には、碑文とあわせ、震災により犠牲になられた944名の方の御芳名が記されている。そして、慰霊碑の高さは8.4メートルに設定されており(「豊穣の大地」の高さを含む)、この地における津波の高さに合わせたものになっている。

調査方法

慰霊碑の所在地である閖上中央地区にお住まいの15歳以上を主な対象とし、2021年10月20日から11月20日までの期間で調査を行った。質問紙は閖上中央町内会の協力を得て、対象者全員に配布し、郵送により回収する形とした。配布数は595人、回収数は102人であった。また、アンケート調査の内容はTable 1の通りである。

ロジスティック回帰分析

目的変数を<災害時に自分がとるべき対応がわかる>と<家族や知人と災害時にとるべき対応が共有されている>の2つに分け、その他のアンケート項目を説明変数として分析した。その結果、Table 2およびTable 3の結果が得られた。有意な判定結果が得られたものだけ結果と考察でのべる。

結果と考察

慰霊碑に訪れる頻度が少ないほど災害時に自分がとるべき対応がわかることがわかった。すなわち慰霊碑は閖上地区の住民にとって防災意識の向上に影響を及ぼしているとは言えない。震災当時は閖上地区に住んでいなかった方は比較的、災害時に自分がとるべき対応がわかるということが判明した。これらの回答者の間には、閖上地区は危険な場所であるという意識が強く根付いていると考えられる。

慰霊碑に訪れる頻度が少ないほど家族や知人と災害時にとるべき対応が共有されていることがわかった。この結果からも閖上地区の住民にとって慰霊碑は防災意識の向上に影響を持つということが言えないであろう。しかし、慰霊碑が津波の高さを表現していることを知っている場合においては家族や知人と災害時にとるべき対応が共有されていることがわかった。津波や慰霊碑に関する知識量と防災意識は比例する可能性が見て取れる。男性に比べ、女性のほうが家族や知人と災害時にとるべき対応が共有されていることがわかった。女性は別の地域から閖上地区に移り住んだケースも多いため地元意識が低く、閖上地区に対して危険な場所であるという意識が強く根付いているためにこのような結果になったと考えられる。

 

 

 

研究方法

事業提案

慰霊碑がある宮城県名取市震災メモリアル公園を拠点に、人々の防災意識の向上を目的とした事業提案を行う。震災メモリアル公園は多くの市民に親しまれる慰霊空間として、また市民協働による緑化活動や防災活動の場としての活用が必要である。しかし現在、空間そのものの維持管理や防災活動などにおいて市民の参画の機会が途絶えてしまっており、市民の間でその機運が高まっていない。そこで現地でのフィールドワークやワークショップをもとに、震災メモリアル公園の持続可能な管理運営方法を検討するとともに、そこで検討された案をもとに緑化活動やイベントを行うことを通じて、市民協働による震災メモリアル公園の持続可能な緑化活動や防災活の構築を目指す。事業スケジュールはTable 4の通りである。

ワークショップでは震災メモリアル公園の模型を利用し、公園のあるべき姿を検討する。模型を利用することで、清掃や花植えなどの活動に留まらず、多くの市民や公園を訪れる人が長く親しめる空間としての新たな植栽計画を議論する場となることを目指す。

まとめ

本研究より、閖上地区の住民は、おおよそ防災意識が高いことや災害伝承碑には災害の教訓が刻まれるべきであると考えていること、一方で災害伝承碑には防災意識の向上に影響を与えるという点には限界があるということなどがわかった。しかし、アンケート調査の結果より半数以上の回答者が災害伝承碑は防災意識の向上に役に立つと考えているという傾向が見られた。したがって、災害伝承碑と何らかのソフト面の対策を組み合わせることが必要であると考える。

参考文献

1)佐藤翔輔,平川雄太,奥村誠,今村文彦:津波伝承知メディアによる人的被害低減効果の統計的分析,土木学会論文B2(海岸工学),Vol.73,No.2,PP.I_1525-I_1530,2017

2)齊藤悠介,廣井悠:津波伝承において津波碑が人々の災害前の防災意識に与える影響,公共社団法人日本都市計画学会都市計画論文集,Vol.55,No.3,pp.880-887,2020

3)名取市:東日本大震災慰霊碑県建立のお知らせ,https://www.city.natori.miyagi.jp/soshiki/kikaku/seisaku/node_27436/nod_30103,2021年7月12日閲覧

研究を終えて

災害伝承碑が人々の防災意識に影響を与える点には限界があるということが判明し、災害伝承碑と何らかのソフト面の対策を組み合わせることが必要であると感じました。研究結果に基づき、事業提案を考えることもできたと思っております。ご指導・ご協力いただいた皆様に深く感謝申し上げます。ありがとうございました。

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