IoTを活用した低コストなわな猟システムの開発
髙橋大河
須栗研究室
2021 年度卒業
近年政府によって鳥獣捕獲の効率化が図られている。具体策の一つとしてわな猟におけるIoT機器の導入も推進されている。しかし現在市販されている機器は価格が高い。この問題点はわな猟の効率化を目指す上で大きな障害となる。本研究ではこの問題点への解決策として、より低コストなわな猟用のシステムを開発した。今後の開発により既存の製品と同等以上の性能を持った機器をより低価格で提供できることを確認した。

はじめに

令和3年6月に農林水産省の農村振興局が公表した「鳥獣被害の現状と対策」によると、野生鳥獣による農林水産被害額は年々減少傾向にある。平成22年度には239億円だった被害額は、令和元年度には158億円に低下した (農林水産省振興局, 2021)。しかし同資料によると鳥獣被害は営農意欲の減退、耕作放棄・離農の増加、さらには森林の下層植生の消失等による土壌流出、希少植物の食害、車両との衝突事故等の被害ももたらしており、被害額として数字に表れる以上に農山漁村に深刻な影響を及ぼしているとしている。このような現状の中で環境省と農林水産省とは平成25年に「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」を策定し鳥獣の捕獲の強化を推進している (環境省 農林水産省, 2013)。同資料ではニホンジカとイノシシの生息数を令和5年度までに半減させることを捕獲目標としている。またこの目標を達成するために ICT 等による捕獲技術の高度化を解決策の一つとしている。

香川県土庄町の事例では捕獲通知システムの導入による見回りの省力化により、一人当たりのわなの設置数が増加した (農林水産省)。鳥獣捕獲の効率化を目指す上でICT機器の導入は有効である。農林水産省のウェブサイトの鳥獣被害対策コーナーでは鳥獣被害に活用できる機器情報としてICT技術を活用した機器のカタログを公開している (農林水産省)。しかしこのカタログにある機器は総じてコストが高いのが問題である。

本研究ではIoTを活用した低コストなわな猟システムの開発を行った。本システムはわなが作動したことを狩猟者に通知する。わなの設置数の増加及び捕獲した鳥獣による機器の破損を考慮し、より低コストで導入及び運用することが可能なシステムを目指した。

調査

大石・森 (2021) は鳥獣捕獲に用いるIoTを利用したシステムの小型化及び軽量化の評価と検討をしている。大型化の要因はカメラを用いたモニタリング機能を採用しているため消費電力が増大し、バッテリーの必要容量が増加していることであるとし、センサーデータに置き換えることによって省電力システムを設計している。またシステムを運搬するにあたってシステム自体も組み立て式とし分割して運搬することができる設計にもしている。

亀坂・星野 (2018) は深層学習を用いた自動検知システムを提案し試作している。従来のわなを使用したサルの捕獲方法では作動に単体のサルの検知を利用しているが、この方法では単体のサルを捕獲した際にわな周辺にいた同じ群のサルがわなを学習し同様に捕獲することが難しくなってしまうという問題があるためである。

中村・佐藤・平田・山端 (2019) は実際に囲いわなとICT機器を使用した狩猟を行い、従来の手法と費用対効果の比較を行っている。現在市販されているICTを用いたわなは高価であり、導入及び運用するコストに対して十分な捕獲数が確保できるかという問題がある。実証の結果として一頭あたりの捕獲費用に基づく判断基準においては、30頭を捕獲した時点で従来の手法と並ぶ費用対効果を得ている。しかし同じ30頭を捕獲する日数はICT機器を使用した手法が280日、従来手法は320日かかった。またICT機器を使用した場合は錯誤捕獲の心配がないこと、人への危険性が低かったこと及び見回りの頻度が少なかったことから安全性や省力化の利点も得ることができた。これらの結果からICT機器利用における1頭あたりの捕獲費用から見た有用性が実証されたとしている。

村上・後藤・岩本 (2018) はリードスイッチと磁石を用いたモジュールによってはこわなの動作検知を行っている。わなが動作した際に磁石がリードスイッチから離れることによって動作したことを検知する。

研究方法

本研究で開発したシステムは、子機、中継機及びサーバーからなる。子機はわなに付属し、わなの作動を検知し中継機に近距離無線で通知する低消費電力のデバイスである。中継機は子機からわなが作動した通知を受け取るとインターネット上のサーバーに通知するIoTデバイスである。 サーバーは中継機からのデータを集約し、ユーザーである狩猟者との通信を行う。一つのわなに対して一台の子機を接続する。中継機一台に対して子機とわなとの組を一組以上接続する。サーバーは一台が稼働し、 複数の中継機からの通信に対応する。

  1. システムの構成

子機はモノワイヤレス株式会社の無線マイクロコントローラーであるTWELITE DIP、作動検知モジュール、及び電源で構成した。電源には1.5Vの単三乾電池を2本直列で使用した。わなの状態を調べる作動検知モジュールはリードスイッチと磁石とで構成した。わなが作動する前は磁石がリードスイッチに密着しているためメイク状態となる。わなが作動したとき磁石はリードスイッチから離れるためブレイク状態となる。子機は定期的にリードスイッチを調べることによってわなの状態を検知する。その後わなの状態と自身の識別番号とを中継機に送信する。

中継機はRaspberry PiにTWELITE DIP及び3G通信モジュールを付加して構成した。電源には5V 3Aのモバイルバッテリーを使用した。3G通信モジュールには株式会社ソラコムのデータ通信端末AK-020を使用しUSBポートに接続した。中継機のTWELITE DIPは常時子機からの通信を待ち受ける。子機からの通信を受信した場合はその内容をシリアル通信でRaspberry Piに送信する。Raspberry Piはシリアル通信を受信したのち、その情報と中継機自身の識別番号とをサーバーに3G回線で送信する。

サーバーは中継機から送られてくる通信をデータベースに蓄積する。わなが動作した場合は、そのわなの所有者に電子メールを送信する。狩猟者の側からウェブ画面でサーバーに問い合わせを行うこともできる。サーバーはグローバルIPアドレスを持つLinuxシステム上に、JavaScriptのフレームワークであるNode.jsとExpressとを用いて構築した。データベースにはSQLite3を使用した。メール機能にはNodemailerを使用しGmailで送信する。

  1. システムの評価

宮城大学の敷地内で実際にわなを設置し、開発したシステムを動作させた。動物の狩猟はせず、人がわなを動作させ、本システムの正常稼働を確認した。わなはくくりわなを使用した。一般社団法人大日本猟友会が発行している狩猟読本 (2018) によると、くくりわなは獣道などに設置しておいた針金やワイヤーなどで作った輪によって、獣の首、足または体などをくくり捕らえるわなのことである。本システムの評価は消費電力及びコストの2点で行う。

見回りの負担を軽減し、わなの設置基数を増加させる最低条件を、システム全体が48時間以上連続で稼働できることとした。見回りを1日1回から2日に1回の頻度に伸ばすことができれば、従来の見回りの労力で2倍のわなを見回ることができる。これを検証するための実験を行った。中継機の電源としてCharmast社のW2002-C1というモバイルバッテリーを使用した。給電は電圧が5V、電流は3Aまで出力できるポートから行った。バッテリー容量は26800mAhである。このモバイルバッテリーを用いた中継機の連続稼働時間の確認をするために実験を行った。子機からの通信周期は15分に設定し、その間隔でサーバーへの通信を行った。その結果、中継機は30時間の連続稼働の後に電圧降下により停止した。26800mAhのバッテリーで30時間動作するということは、48時間稼働させ続けるためには単純計算で42880mAh以上の放電容量が必要である。このようなポータブルバッテリーは市販されている。

次に、子機の連続稼働時間を確認するための実験を行った。中継機は電源にACアダプターを用いて連続稼働させた。子機の電源は単3のアルカリ乾電池2本を使用した。この実験で子機が554時間の間連続稼働することを確認した。この実験結果は本論文の締め切り直前までの計測結果であり、中止直後に計測した電圧は3.082Vであった。

子機の部品は、ブレッドボード、TWELITE DIP BLUE、リードスイッチ、単3乾電池2本、及び電池を収容する電池ホルダーである。これらの部品の価格の合計は2,574円であった。

中継機の部品はTWELITE DIP RED、TWELITE STAGE HAT、Raspberry Pi、AK-020、SIMカード、モバイルバッテリー、及びSDカードである。TWEITE STAGE HATはTWELITE DIPをRaspberry Piに接続するためのコネクターである。Raspberry PiはModel B 4GB RAMを使用した。3G回線モジュールのAK-020のために株式会社ソラコムのIoT SIMを用いた。SDカードは128GBであり、Raspberry PiのOS及びプログラムを格納する。これらの部品の価格の合計は23,867円であった。

運用コストがかかるのは3G回線とサーバーである。ソラコムのplan-D D-300MBは税込価格で月額330円かかる。また通信量が300MBを超えた場合は500MB毎に110円かかる。通信量は毎月300MBで十分であるため、システムの評価をする上では年額330円 x 12 = 3,960円とする。またサーバーをユーザーが自前で用意する場合にはサーバーの運用にもコストがかかる。例えばさくらインターネットのレンタルサーバライトプランは年額1,571円である。

農林水産省が公開している「鳥獣被害に活用できる機器情報」のうち本システムの用途に近い捕獲通知機器を対象として価格が記載されているものと本システムのコストとを比較した。同カタログに記載されているシステムのうち導入価格及び運用価格ともに本システムのコストを下回ったものは株式会社ソラコムのSORACOM LTE-M Button Plusのみである。しかし運用するわなの個数単位で計算すると本システムの中継機1つに対してわなを5基以上接続する場合、本システムの方が導入及び運用コストが低くなる。

まとめ

ICT機器を利用した鳥獣捕獲は従来の手法よりも効率的であり、一人当たりの捕獲数の増加が期待できる。しかし現在市販されているICT機器は導入及び運用する点においてコストが高い。わな猟の効率を高めるにはより多くのわなを仕掛ける必要がある。したがってわな一つあたりのコストが高い点は、ICT機器の普及によって鳥獣捕獲の効率を向上させる上で大きな障害となる。したがってより低コストなシステムの開発が課題である。

本研究ではわな猟に使用する作動検知システムを開発した。同システムはより低コストでわな猟に導入及び運用することができる。

今後は連続可動時間を伸ばすことが課題である。本システムの連続可動時間は30時間である。見回りの負担を軽減し、鳥獣捕獲の効率を向上させるには少なくとも48時間以上稼働することが必要である。中継機のバッテリーの大容量化はコスト増につながる。また本システムは宮城大学構内で擬似的に人が動作させたのみであった。実際にわな猟で使用し実用に耐えることの確認とさらなる改善を行う必要がある。

 

参考文献

農林水産省振興局 (2021), 鳥獣被害の現状と対策, 農林水産省, 2021年10月, https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/attach/pdf/index-351.pdf (2021年12月19日閲覧).

環境省 農林水産省 (2013), 抜本的な鳥獣捕獲強化対策, 2013年12月26日, https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/pdf/kyouka.pdf (2021年12月19日閲覧).

農林水産省, ICT捕獲わなによる被害防止対策の効率化―香川県土庄町―, https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/hyousyou_zirei/index-219.pdf (2021年12月19日閲覧).

農林水産省, 鳥獣被害対策に活用できる機器情報, https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/kikijouhou/kikijouhou.html#ICT (2021年12月19日閲覧).

大石海・森信一郎 (2021), IoTを用いた獣害対策. 情報処理学会研究報告, Vol. 2021-CDS-31, No. 1, 20.

亀坂 亮紀・星野 孝総 (2018), 農作物の獣害防止システムの試作と検討. 第34回ファジィシステムシンポジウム 講演論文集, TA1-1, 334-339.

中村大輔・佐藤正衛・平田滋樹・山端直人 (2019), 野生獣類捕獲わなにおけるICT利用の費用対効果. 農業経営研究, Vol. 57, No. 2, 83-88.

村上 大亮・後藤 大希・岩本 正敏 (2018), IoT技術を活用したイノシシ捕獲方法の考案, 平成 30 年度電気関係学会東北支部連合大会 講演論文集, 1C04.

一般社団法人 大日本猟友会 (2018), 狩猟読本. 一般社団法人 大日本猟友会, 一般社団法人 大日本猟友会, 137.

研究を終えて

最低限必要な機能とスペックを実装することができた。

しかし開発は試作に留まり、機能及びスペックは最低限の水準である。

今後の開発では実際の現場での使用を伴った運用実験を行い、十分に実用に耐えうる水準まで改良を重ねていきたい。

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