pH値と導電率と色を用いた飲料識別手法
大木海裕
鈴木研究室
2020 年度卒業
飲料は生活習慣病や肥満など,身体の健康に様々な影響を与える.健康への影響に対して,食品分野では画像による識別を利用した習慣病予防法が提案されているが,飲料は画像から種類を識別することが困難である.しかし,画像以外の既存の識別手法は高価かつ識別するための準備が必要になる.そこで本研究では、日常的に用いることができる飲料識別手法の確立を目的として、pH値、導電率、色を用いた飲料識別手法の開発を行った。

はじめに

飲料が健康に与える影響について,英国内分泌学会が発行するJournal of the Endocrine Societyは,高カロリー飲料を習慣的に飲むことが,2型糖尿病,高血圧,メタボリックシンドロームの危険性を高めると発表した

生活習慣の改善による健康維持のためには,食事だけでなく飲料についても選択や摂取について意識する必要がある.

食品分野では,画像による食品の識別を用いたライフログ生成などによる生活習慣病予防方法や,食事画像からカロリー推定を行う技術などが提案されているが,飲料は食事に比べ画像からの識別は困難である.

そこで本研究では,飲料を画像以外の要素から識別する手法の確立を目指す.

調査

画像を用いない飲料識別手法の先行事例として2つの研究を取り上げる。

長田らの研究では CMF(Composite Metal Oxide Thin
Film)を用いて飲料識別装置を制作した.

基本5味の味溶液に対し特徴的な電圧パターンが示されたため,CMFを用いた計測によって味を明確に識別できることを示している.

向らは合成脂質膜の導電率と光透過性が味溶液に対して変化する性質を利用した味検出と識別を行った.

酸味及び甘味の特性と応答パターンを検出し,基本5味の強さを識別することができる可能性を示している.

これらの研究では,味を客観的に評価することを目的とし,測定された味の違いから飲料の識別を可能にした.

しかしながら,これらの分析方法では膜を生成する段階や安定を待つために時間を要する.

これらの技術を応用した識別装置も開発されているが高価であるため,日常的な利用には適していない.

研究方法

本研究の指針

本研究では日常的な場面で使用することができる飲料識別手法について検討する.

そのため基本的なデザイン指針を,計測した飲料をそのまま飲むことができること,飲料を飲む動作を必要以上に妨げずに計測を行える識別手法であることとする.

そこで,飲料に対して変化を与えることなく計測できる飲料そのものの性質の特徴から飲料の識別を行う.

まず飲料そのものが持つ性質の相関を求め,要素が互いに与える影響の大きさを明らかにする.

次に,影響の小さい要素の組み合わせで識別を行い,識別が困難なものがある場合はそれを識別するための要素を追加する.

飲料を識別する手法の検討

飲料そのものが持つ性質として,導電率,pH値,塩分濃度(以下TDS),抵抗率の5項目を複合測定器を用いて計測する.

これらの項目は,飲料に試料を加えるなどの操作を行わず,測定器そのものを飲料に接触させることで計測が可能な要素である.

測定器はAPERA社のスマートシリーズペン型マルチパラメータ水質測定計PC60-Zを使用した.

計測した値の相関をとり,識別に用いるうえで互いの値が影響を与えない組み合わせを明らかにした.

・実験方法

水質測定器を用いて,飲料の各性質を測定し,検出された値から飲料ごとの特徴を識別する.

測定した飲料はQooみかん,午後の紅茶レモンティー,ファンタグレープ,三ツ矢サイダー,コカ・コーラ,ファンタオレンジ,クラフトボスストレートティーの7種類である.

各飲料をプラスチック製の容器に入れ,測定器を飲料につけて計測を行った.

飲料識別に適した項目を選択するため,計測項目を2つずつ組み合わせ,計10通りの組み合わせの相関を求めた.

・実験結果・

すべての項目で飲料ごとに値に差が見られ,それぞれの飲料の性質の違いが計測されている.

炭酸飲料では導電率が安定せず,値が徐々に下がり,最小値になると最大値まで跳ね上がり,また下がることを繰り返す特徴がみられた.

炭酸の抜けた状態の炭酸飲料を計測したところ安定した値が計測されたため,導電率が変化し続けることが炭酸飲料の特徴であることがわかった.

項目同士の相関係数を求めた結果,導電率,TDS,塩分濃度の間でそれぞれ強い正の相関がみられた.

抵抗率はpH値を除いてすべての項目と強い負の相関を示した.

pH値はすべての項目と相関がみられず,特にTDS,抵抗率との相関係数が低い.

相関係数から,pH値と4つの項目同士はそれぞれの要素が互いに影響を及ぼさないことが推測できる.

この結果から,飲料の識別pH値とその他4つの要素の組み合わせを使用できると考えられる.

4つの要素はそれぞれが互いに影響しあっており,導電率の値から他3つの値を推算することができる.

本研究では,計測した値をそのまま用いることができるため導電率とpH値の組み合わせから飲料を識別する.

導電率と pH 値を用いた識別

・Arduinoを用いた導電率計

ニクロム線と Arduino を用いて簡易に導電率を計測する導電率計を制作した.Arduino に接続した2つのワイヤとニクロム線を繋げたものを電極として使用する.
ニクロム線と飲料の接触面積の変化によって計測される導電率の値にも変化が表れるため,ニクロム線の先端の 5mm を残してテープで覆い,飲料との接触面積が一定に保たれるようにした.
この手法では 2 つの電極の間の電流の流れやすさを計測する.
電極が離れた状態では導電率は常に0であり,電極同士が直接接触した状態の導電率の平均値は 980 である.

・ 実験方法

自作した導電率計と市販の pH メーターを用いて水道水,アクエリアス,アクエリアス・ゼロ,おーいお茶,コカ・コーラ,三ツ矢サイダー,カルピスソーダの計測を行った.
制作した識別装置の構成.

導電率の計の電極がpHメータの計測値に影響を与えるため,pHメータは導電率計の電極 2 つの間にならないように配置した.
pH値と導電率を30回ずつ計測し、計測された値をプロットする.

・実験結果
計測された値をプロットしたものを図 2 に示す.
コカ・コーラ,Qoo みかん,カルピスソーダの計測結果に重複する部分が見られた.
3つの飲料はpHの計測範囲が7.0から8.0に収まっており,pHの値からはどの飲料かを識別
することはできない.
また,導電率に関してもQooみかんの値が高い時にはコカ・コーラ,低い時にはカルピスソーダの値の範囲内で変動したため,導電率からもこれらの飲料を識別することはできない.この計測結果から,この2つの要素のみからこれらの飲料を識別するのは困難であると考えられる.

カラーセンサを加えた識別

pH 値と導電率のみから飲料を識別することが困難であるため,カラーセンサを用いて飲料の色を計測し,RGBそれぞれの値を追加した5つの要素から飲料を識別する.
使用したカラーセンサはTCS34725である.
このセンサで白いコピー用紙を計測したところ,センサに直接接触している場合を除いてGの値がRとBの値よりも20程度高く計測される特徴が見られた.
計測対象となる飲料はセンサの白色REDの光を透過するため,外部の光の影響を受けて計測
される値が変化する.
透明のカップの外側から内部に向けて設置したカラーセンサを外から白いカップで覆うことでカラーセンサが外部から影響を受けることを防ぐ.
pH 値と導電率の値が重複していたコカ・コーラ,Qoo みかん,ルピスソーダの 3 つの飲料の色を計測した.
それぞれの飲料の間でRとBの値に差が見られ,pH値と導電率が重複している飲料を区別することができる.

まとめ

本研究では,飲料そのもののもつ性質から飲料を識別する手段について検討した.

複合測定器を用いた計測により,pH値と導電率,塩分濃度,TDS,抵抗率の相関が低く,これらの組み合わせに色の識別を合わせることで飲料の識別が可能であることがわかった.

今回検討した飲料識別手法を用いた識別装置を制作することで,飲料の摂取状況を日常的に記録することが可能になり,生活習慣病の予防などに役立てると考えられる.

参考文献

[1] Gaurang Deshpande, Rudo F Mapanga, and M Faadiel
Essop. Frequent Sugar-Sweetened Beverage Consumption and the Onset of Cardiometabolic Diseases: Cause
for Concern? Journal of the Endocrine Society, Vol. 1,
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9-2 辞書画像群を用いた食事画像からのカロリー推定
(第 9 部門ヒューマンインフォメーション 2). 第 2011
巻. 一般社団法人 映像情報メディア学会, 2011.
[4] 長田洋, 平山洋一, 千葉茂樹, 関享士郎. 複合金属酸化物
薄膜の飲料水識別装置への応用. 粉体および粉末冶金,
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[5] 向恵一, 三澤顕次, 有澤準二. 合成脂質膜の電気・光学的
応答パターンに基づく基本味と清涼飲料の識別. 電気学
会論文誌, Vol. 123, No. 8, pp. 293–299, 2003.

研究を終えて

飲料の影響の視覚化として、入れられた飲料によって太ったり痩せたりするコップを作りたくて始めた研究でしたが、飲料が与える影響を具体的に数値などで表現できないことを途中で知ったり、必要な識別技術が見つからないことなどがあって、結果として識別手法の研究になっていました。事前調査はしっかりやったほうが良いです。

研究の中では原因不明のエラーやセンサ同士の相性が悪かったなど、実験そのものよりもその準備や制作物で問題があることが多く、自作のもので何かしようとするときは実験に必要な時間だけでなく、制作物やエラーに対応する時間も考えて予定を組んでおけばよかったと思いました。

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