インターネットが普及する昨今、あえて映画体験を購入する人口は全世代において減少しています。総務省によると、映画館での映画鑑賞平均行動日数は全体で年々減少し、世代が若くなるほど映画館以外での映画鑑賞日数も減少傾向にあるとのことです。特に20代以下の若者世代はネット利用時間が増加しており、映画そのものからも離れつつあります。この現状を踏まえ、インターネット側から若者世代の映画鑑賞を促進する新たなアプローチは出来ないかと考えました。
映画から離れる大きな理由は費用や時間などの「重さ」にあると考えられます。年々増加する映画料金に交通費、そして約120分の拘束時間を要する映画鑑賞は、効率的に情報を取捨選択する消費方法が習慣化した若者世代にとって定着しにくい娯楽ともいえます。
そこで「気軽さ」に着目した安価、短時間、そして特別な前知識などを不要とする映画体験を、最も身近なデバイスを通したモバイルアプリケーションによって提供すれば効果的に映画視聴に繋がるのではないかという仮説を立てました。
調査
予告編映像との差別化
気軽な映画体験として予告編映像や本編の一部映像などがあります。短時間で作品の大まかな内容が分かる上に、その作品のセールスポイントであるシーンを効率良く楽しめるため、これらを提供するアプリが有効であると考えました。
しかし予告映像はシーンを切り貼りする編集が加わるため内容が歪曲して伝わったり、本編とのギャップが生じる可能性もあります。よって本アプリでは本編の一部を提供し、ありのままの作品を楽しめるようにすることにしました。第三者を介さないため制作者間の食い違いも生まれません。2分半までなどとある程度の制限が設けられる予告映像に対して動画時間がやや長めになるデメリットが考えられますが、本アプリではユーザー側が見たい部分まで飛ばしたり戻ったりする自由を存在させることで解消出来ます。またこれにより広告や CM のように強制的に見せられているといった感覚を回避することも出来ます。
動画トリミングの定義
本編からどのように映像をトリミングするか、ブレイク・スナイダーによる映画脚本術の著作などを調査したところ、起承転結の「起」「承」の可能性に着目しました。開始10分以内で観客が関心を持つか無くすかの境目である「起」は初めて観る人を惹きつける要であり、登場人物の紹介、何かが起こる最初のきっかけなども含むため、ワンシーンで作品の魅力を伝えやすい部分です。「承」はストーリーにおける危機が起こる前の軽い部分で、息抜きとなる場面転換にあたります。ポスターや宣伝で見せた「お楽しみ」を披露する部分でもあり、作品の演出の工夫を直接的に楽しめます。
どちらもストーリー展開の大きなネタバレを避けつつ魅力を伝えられるとして、本アプリではこれらの部分に該当するシーンを主に取り扱うことにしました。
情報量の最小化
利用者の多い動画サイトを観察したところ、作品情報の最小化が見られました。例えば動画一覧に表示されている動画情報はサムネイルとタイトルのみで、それ以外の情報は極力排除されています。これは先入観にとらわれず純粋に映像を体験出来るという点で映画作品にも活かせる手法です。更に抜粋したシーンであれば動画タイトルはシーンの内容のみに言及するため、実際の映画タイトルだけからでは想像が難しい魅力を知ることが出来ます。よって本アプリの動画の情報表示は最低限に絞り、そこから興味を持ったユーザーが詳細を見られるような仕組みとします。
これらの調査結果を踏まえて、動画の視聴から映画本編の鑑賞へ繋げることをミッションとし、気軽さを重視した「映画本編のワンシーンを再生出来る」動画アプリを開発することにしました。
研究方法
仮説の検証のため、実際のサービスに近いウェブサイトを実装します。そのためにフロントエンドのデザインから、バックエンドのデータベース設計まで、総合的に開発を行ないました。
バックエンド開発
表計算ソフトに ID、映画作品名、動画タイトル、サムネイル画像、概要文、公開日、関連リンク、埋め込みリンクなど使用する動画データの8項目を25件分入力し、MySQL にインポートしてデータベースを作成しました。
フロントエンド開発
Adobe XD で大まかなモバイル向けインタフェースのモックアップを作成しました。余白を作らず縦スクロールで延々とザッピング出来る形を構想しています。
次にモックアップをもとに HTML と CSS をマークアップし、ウェブサイトを構築します。PHP で検索クエリからデータベースにアクセスし、動画データをブラウザに表示されるようにしました。また、ページを更新するたびに動画一覧がランダム順で表示されるようにしています。
最後に iPad でアクセスし実際の画面の見え方と動きを確認します。フォントサイズや画面比率などを微調整し、より精密なレスポンシブ対応を行いました。モバイルデバイスを意識した縦一列の UI デザインを iPad 用にリニューアルし、2列表示と大画面表示の組み合わせにします。大画面に配置される動画も毎回ランダムで決定し、更に各ページでズレが生じないよう動画数を35個に増やしました。
ブランディング
アプリ名は「ザッピング」「ざっと見る」行為を参考に『ザットミ』に決定しました。ロゴデザインは『THATME』と表現し、造語に洗練されたデザインと意味を見出せるよう演出。コンセプトは「映画をざくざくザッピング」とキャッチーなものにしています。
検証
ターゲットである若者世代4人を対象に実機を渡し、10分間好きな動画を再生してもらいました。それぞれ再生した動画の過半数が「本編を観たことが無い映画」と回答し、また、観たことのある作品でも忘れかけていたりもう一度観たいという目的で再生していたことが分かりました。
また本アプリのような「動画サイト感覚で映画の本編映像を再生出来るアプリがあったら使ってみたいか」を学生10人に調査したところ、9割が「使ってみたい」と回答し、需要が存在することも確認しました。
最終調整
検証で得た意見をもとに、新たに項目をデータベースに追加して動画の再生時間がサムネイルと共に表示されるようにしました。また WEB ニュース記者が実践する惹句を参考にタイトルを13.5字前後に収め、一目で頭に入るシンプルなものとして統一しました。
まとめ
「娯楽としての重さ」を解消する一つの手段として提案した映画本編の一部をザッピング出来るモバイルアプリ『ザットミ』。検証により、このアプリを通してユーザーが気軽に知らない作品・本編を観たことがない作品に触れられるという仮説が証明されました。「映画に触れる機会を広げる」目的を達成し、既に観た作品もさらに深掘り出来るという新たな可能性も本アプリで生み出すことが出来ました。
参考文献
[1]ブレイク・スナイダー『SAVE THE CAT の法則』(2010)
[2]『映画離れは本当か? 映画、テレビ、インターネット、利用動向に年代差あり』
研究を終えて
元々映画が好きなので研究にも没頭出来ました。以前から映画関連のメディアを自分用に構築していたので、そこで得た知見を今回の開発に有効に活かすことが出来ました。逆にこの研究を通して新たに得たスキルをこれまでの制作に落とし込めたりと、充実した内容に取り組めたと思います。
『ザットミ』には35個の作品がありますが、構成上、全て私自身が鑑賞済みで内容を把握しているものになっています。SF とアクションがやや多めになりました。収集中はジャンルを分散させるため友人知人におすすめを聞いて普段あまり観ない系統の作品に触れようとしましたが、しっかり鑑賞する時間が無く、渋めのラインナップとなりました。