水を「魅せる」
鈴木信宏『水空間の水空間の演出』をもとにして
渡辺 岳
平岡研究室
2021 年度卒業
本研究では、『水空間の演出』を設計の手立てとし、「水の展示空間」として歩行空間を設計した。水を導入した建築空間が数多く存在する中で、「水の展示空間」を設計することが本研究の先駆的なところである。今回探った空間が、今までに類のない新たなものとして、都市や他の敷地に挿入され、水を「魅せる」体験空間となり、建築を通して人々の感覚や意識を刺激することを期待する。

はじめに

研究背景

建築に水を取り入れた事例は数多く存在する。水を導入することにより、その建築が魅力的なものになったり、逆に建築により水が魅力的なものになったりする。以前から、土門拳記念館や佐川美術館のような水を用いた建築空間に魅力を感じる。土門拳記念館に実際に足を運んだ際、水面を取り入れた名建築を初めて目にしたが、水面の水平性に呼応するかのように設計された横長の外観に魅了された。

前期卒業研究はこれらを調査し、事例カードに記録し、分析することから始まった。調査を進めるうちに、さらに、このような空間に魅力を感じ、後期卒業制作では自身で水空間を設計することにした。

 

研究目的

水を導入した建築空間は数多く存在するが、それらはあくまで「水を導入した建築空間」であり、主体は建築物であるものが大半である。本制作では、水を主体とした「水の展示空間」を考える。最終的には水を導入した建築空間ではなく、水を「魅せる」空間を制作したいと考えている

調査

事前調査

前期研究では、水を導入した建築空間に興味を持ち、調査した。

事例カード一覧

 

水空間ネットワーク図

 

それらから水空間に関する手法のキーワードを抽出し、ネットワーク図を作成した。

ネットワーク図をもとに、水空間の創作を行った。

ネットワーク図から創作された水空間のスケッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

前期研究を通しての、自身で水空間を設計したいという動機により後期制作に臨んだ。

研究方法

研究手順と方法

研究は[Phase1~3]の手順により進めた。各々の概要は以下のようになっている。

Phase1:水空間のスケッチ

Phase2:スケッチどうしのつながりのスタディ

Phase3:本設計(項目Vで説明)

以下、その詳しい手順や方法を説明する。

 

i)Phase1:水空間のスケッチ

自身が思いつく水を用いた空間のスケッチを行う(以下、「水空間スケッチ」と称す)。スケッチは以下のルールによって作成されている。

①模写ではなく、自身が思い浮かべたものを描く

②各々のスケッチにインスピレーション(過去の体験)が含まれる

③各々のスケッチにテーマや意味がある

④思いついたものを無作為にアウトプットしているため、スケールは統一されていない

このルールにより、パースや断面図で表される26の水空間スケッチが完成した(便宜上、それぞれに1~26の番号を記す)。これらは[Phase2]において、一連の水空間を作成する際のパーツとなるものである。ただし、水空間スケッチはあくまでイメージであるため、それぞれがひとつの空間モデルとして柔軟にアレンジされる。この26のスケッチにより、空間の創作が可能かどうか[Phase2]で検討する。図1は作成されたスケッチの一例である。

【図1】スケッチ番号:10

 

【図1】スケッチ番号:10

 

ⅱ)Phase2:水空間のスケッチ

[Phase1]で作成した26のスケッチについて、以下の手順により、空間が連続的に接続可能かスタディを行った。独立した各々の水空間スケッチが一連の空間になり得るか検討する。

①鈴木(1981)による「水のイメージによる感動の例

図2に、主観でスケッチを当てはめ、分類する(図3)。

②各々のスケッチは独立しているが、それぞれが空間的

に連結可能かどうか様々な方法でスタディをする

③連結可能であれば、つながりがよいか(=空間的にス

ムーズにつながるか)を紙面上のみ平面図で検討する。

【図2】水のイメージによる感動の例

 

【図3】水空間スケッチのカテゴライズ

 

上記①~③の手順を用いて、様々なアプローチにより、【Case1】~【Case5】の5つのスタディを行った。概要は以下の通りである。

【Case1,2】一直線上のスタディ

水空間スケッチから無作為に4つの番号を抽出し、一直線上に連結可能かどうか検討する

【Case3,4】「言葉動線」のスタディ

図2の「分類」の項目を先に並べ、それに準じたスケッチを選定し、それらを連結させる

【Case5】スケッチ空間のスタディ

スケッチから無作為に多数の番号を抽出し、連結させる

以下に、スタディの一例を示す(図4,5)。

【図4】Case3のスタディ平面図

 

スタディの手順:図3をもとにして、言葉から動線を考えた。動線は一直線で連続的に連結している。まず、図3より任意のカテゴリーを4つ(美しさ、緊張、恐れ・不安、静安)選出する(Step A)。次に、それぞれのカテゴリーに分類されている中から、任意でスケッチ番号を選出する(Step B)。それら4つの空間を一直線的につなげることが可能かどうかスタディを行った(Step C)。

この手順により作成された空間の平面図が図4である。作成されたものは、一直線上の歩行空間であり、左から右にかけて高低差があるため、水が左から右へと流れる。左右両方向からの行き来が可能である。

【図5】Case5のスタディ平面図

 

【Case3】では図3をもとにして、「言葉動線」のスタディを行ったのに対し、【Case5】では言葉を加味せず、水空間スケッチどうしの空間的なつながりのよさのみを考えたスタディを行った。

スタディの手順:初めに[Phase1]の水空間スケッチの中から空間的につながりが良いと予想されるものの番号を複数個、選出する(【Case5】の場合9つを選出)。それらが連結可能かどうかスタディを行った。完成した平面図が図5である。はじめは階段で上るが、それ以外は高低差がない平面的な空間である。

 

研究結果・分析

[Phase1]で描いたスケッチを、連続した空間としてつなげることが可能かどうか[Phase2]で平面上でのスタディを行った。ただし、[Phase2]はあくまで作成した水空間スケッチどうしの空間的なつながりのよさをみるものであり、完成した空間が[Phase3]の本設計に直結するものではない。[Phase2]で出てきた課題をもとに、[Phase3]を進める。

スタディは【Case1~5】まで行ったが、【Case3,4】「言葉動線」的な作成方法が最もつながりがよかった。水空間スケッチどうしが隙間なく接続した空間となった。これにより、各々のスケッチが独立した空間ではなく、前後の空間とグラデーション的につながりを持ち、連結が難しかったり、連結するできるものが制限されたりするという課題が発生した。さらに、平面的なスタディのみを行ったためか、連結されて完成した空間はどれも平面的な水要素しか表現できていない。これらの課題をもとに[Phase3]で設計を考える。

 

本設計の指針 [Phase3]

[Phase1,2]の結果をもとに、[Phase3]の本設計を行う。

本設計においては、図2をもとにして、新たな水空間スケッチを考える。それらを連結させて歩行空間を設計する。[Phase2]でうまくいった「言葉動線」の考え方を[Phase3]でも用いる。ただし、[Phase2]においては、作成した空間を図2の表の「感動の例」に当てはめるという手順を追ったが、[Phase3]では、[Phase1]で作成した26の水空間スケッチに加え、「感動の例⇒水空間」という逆の手順により新たに作成された部分的な水空間のスケッチにより、設計を行う。[Phase1,2]のスタディを通して見えてきた課題をもとに、水空間スケッチどうしに隙間(水空間以外の空間)を設けて連結させるという方法をとる。これにより空間どうしを連結する際に、グラデーションを生じなくなるため、空間どうしをつなげやすくなる。

この結果したのが、以下の平面計画となった。

断面計画は以下のようになっており、10の個別空間がレベル差を有し配置される。

 

平面図は以下のようにになっている。南北に約100m広がる歩行空間である。

 

完成した個別空間とパースは以下のようになっている。

 

まとめ

まとめ

本研究では「水の展示空間」を設計することを目的とした。水を導入した建築空間が数多く存在する中で、「水の展示空間」を設計することが本研究の先駆的なところである。設計においては、あくまで水が主役であるため、用途のある建築物を設けないようにし、純粋に水を体験する場所として歩行空間を考えた。今回探った空間が、今までに類のない新たなものとして都市や他の敷地に挿入され水を「魅せる」体験空間となり、建築を通して人々の感覚や意識を刺激することを期待する。

参考文献

鈴木信宏「水空間の演出」鹿島出版会(1981年)

研究を終えて

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