動く建築
―動きから追求するKinetic architecture―
鈴木 茜音
中田研究室
2021 年度卒業
手回し機構で動く建築の原型。建築全般において、それらの設計には目的や用途の考慮が必須事項だった。しかし現代では娯楽性やユーモアが歓迎されつつあることから、建築も同様に、ユーモアを追求した設計を増やして良い頃合いではないだろうか。現代におけるKineticArchitectureの在り方、果たすべき役割とは何かという問いに対し、解答の一つになり得る作品を目指した。
https://twitter.com/Moving_Archi

はじめに

■1,はじめに

前期では、現代におけるKinetic Architectureが実用性を発揮できるフィールドが体験学習にあると仮定し、動く建築の調査・設計・制作を試みた。最終成果物としては、「言語化できない感覚」を主題に、「腕まくり」を例に挙げ、人間が入れるスケールの体験装置を制作した。しかし、前期では建築の形としての実作に至っておらず、後期ではそれを達成するべく、再度「動く建築」をテーマに、作品制作を進める。

 

■2,背景・目的

前期の調査より、現代のKineticArchitectureは実用目的、もしくはシンボル的存在として設計されているものが多かった。例えばミルウォーキー美術館は、ミシガン湖の東側ウィスコンシン州にあり、翼のような屋根は羽ばたくように動く。この建築は羽ばたきの動きが美しいのと同時に、暴風や日差しから人々を守る役割を果たす。また、その翼は夜間には折り畳み収納できることから、実用性に優れていることが分かる。

しかしKineticArchitectureを設計するにあたり、実用性は本当に無くてはならないのだろうか。あるに越したことはないが、無くてもその動きの面白さは、理屈抜きに人々に感動を与えるのではないだろうか。またむしろ、目的がや用途が先に決められていては、生まれ得ない動きをする建築はまだ、この世に存在し得ないのではないだろうか。であれば、目的や用途を排除することで、今まで生まれ得なかった動きを見せる建築を構想することができると考えられる。また、その建築の用途は何であれ、人々に強烈な第一印象を与えられるものだと確信する。

今回の卒業研究では、用途や目的などを限定せずに形の面白さを第一に制作することで、新しい形の動く建築を提案する。

調査

■3,制作

□制作の流れ

動く建築を、1/1スケールを想定して実作する。制作の流れとしては
①形の決定
②模型の制作
③1/1スケールモックアップを制作
④本制作
⑤再設計・修正
を想定して行うこととする。

研究方法

□形状の選定

Kinetic Architectureとして実現したい動きは以下の3つを軸に検討した。
➀可動部分は2種以上含まれること(単調な動きにしないため)
②内1種は柔らかい素材でつくり、自然に任せて自由な動きをすること(人為的でない動きを生み出すため)
③要する力は人力以内であること(建築規模に)
形状の選定は、既に世にあるギミック玩具からインスピレーションを得た、いくつかの候補の中より選定した。

今回は、鳥が羽ばたく手回し玩具のギミックを転用した。このギミックは動力源が人力で、胴体に伝わる円運動と、そこから派生する羽ばたきの運動で構成されている。
動きの分析としては、動力を胴体に伝える軸の支えを支点として、力点・作用点までの距離の比率により、胴体の前後に振れる幅が決まる。そして翼の羽ばたきは、翼自体が動いている訳ではなく、胴体が上下運動することにより相対的に翼が動いているように見えるのだと分析される。またその際、模型の翼を支える素材である紙は、模型規模のためほとんどたわむことが無いが、大きさや素材によっては、自重により形状変化が大きくなると予想される。

□模型の制作

参考ギミックから、帯部分の動きをメインに軸・胴体・翼の要素を抽出し、より形状を簡略化した模型を制作した。
この模型を元に、建築の柱にあたる軸部分を人為的な上下運動、壁にあたる帯を自由変形素材による非人為的な動きの制作を進める。

□1/1スケールモックアップを制作

建築=人が入れる大きさ(最低2m以上)を想定し、模型を1/8スケールと見なし、1/1スケール模型の制作をする。制作にあたり、自分の中での規模感を掴むべく、まずは1/1モックアップを制作した。
素材は以下の通りである。
・土台_スタイロフォーム
・横軸_塩ビパイプ
・帯部分_紙(A3コピー用紙を繋げたもの)

結果、本制作に入るにあたり見直すべき点がいくつか判明し、その内容は以下の通りである。

①土台・縦/横軸は、動きの反動に耐えうる強度を有する素材にする。
②横軸は回転軸からぶれないよう、精度の高い素材にする。
③紙は帯素材にするにはたわみが少ない。
④手回し動力だと回せる重さに限りがある。
これら反省点を元に、本制作に取りかかる。

□必要なメカニズム・材料の検討

本制作に取り組むにあたり、以下のメカニズムが必要であると判明した。
・横軸の回転メカニズム
・横軸に取り着ける縦軸の受け皿(自由回転可能)
・適度にたわむ帯と、それが前後上下に自由に動ける支え部分(天井から吊り下げを検討)また、素材は以下を想定する。
・土台_1×4、コンクリートブロック(重石代わり)
・横軸_塩ビパイプ
・帯部分_塩ビシート、反射材(見栄えを考慮)
・吊り下げ部分_ピアノ線(全体重量を支えられる素材)

□本制作

モックアップと同じスケールで制作した。
ギミックの仕組みは横軸が回転することにより、縦軸が上下前後に動き、軸上から垂れる帯が派手にバタつくという仕組みだ。その際観測者からは帯の様々な角度が見えることを利用し、帯に防犯用の反射材を重ねることで、作品の動きとともに帯が光を反射し輝く仕様に仕立てた。結果、小さな原動力で大袈裟な動きをする、本研究独自の奇妙な装置に仕上がった。
しかし、当時点では動力が完成に至っておらず、作品の再設計と修正が必要であることか判明した。それら数点の改善点を元に、再設計と修正を行った。

□再設計、修正

再設計で改良した点は以下の通りである。

①動力が機能していない(スケールアップにより、片回しでは動力が伝えきれない)
➡チェーンとスプロケットにより、自転車のペダルのような動力メカニズムを導入する(歯数比は4:1で設計しているため、少ない力で動かすことができる見込み)
②重石と本体の固定が甘く、耐久性が弱い
➡一体のモノコック仕様に改善
③帯の長さが長い (この時点で1900mm)
➡カットの前に、帯を10cm単位で折り畳み微調整していく
④縦軸の支点の位置が低すぎる(上部分が重くなり、振れ幅が想定より大きい)
➡既存部分を延長する形で、支点から力点(横軸、動力入力部分)までの距離を長くする

最終成果物は誰がハンドルを回しても作品が機能し、卒展ではその動きを実際に目の当たりにすることができる仕様となっている。人力が手回し入力源から足元の横パイプに繋がり、3本の縦パイプの上下前後の運動に出力される。それに伴い透明な帯がバタついて全体の動きとなる。作為的でメカニカルな動き(パイプ)と、人間が制御しない自然の動き(帯)を同時に取り入れられることが、この作品と、制作を通じて解ったKineticArchitectureの魅力である。

まとめ

■4,まとめ

現代までの建築全般において、それらの設計には目的や用途が必ず考慮されなければならなかった。しかし現代では様々な分野において、娯楽性やユーモアが歓迎されるようになりつつある。それだけ現代の暮らしは豊かになったという解釈ができる。

建築も同様に、目的や用途を二の次に置き、ユーモアを追求した設計を増やして良い頃合いではないだろうか。また、それこそ現代におけるKinetic Architectureができることなのではないかとも考える。本研究における最終成果物が、その形の走りとして捉えられることを期待する。

参考文献

■参考文献
ミルウォーキー美術館
(https://x.gd/FT4HI)
29 automata in 6 minutes.
(https://www.youtube.com/watch?v=-OJ1Yc2SwAs)
チェーンの基礎知識
(https://didmc.com/basic/)

研究を終えて

■感想

この作品は、自分が深めたいことを研究テーマにできた、今だからこそ作れたものだと考えている。突飛で現実離れした考えは、とても世間一般に「実現できるもの」としては、受け入れられたものではないかもしれない。しかし純粋に「あったらいいな、こんなもの」という気持ちを言語化し、形にし、様々な人に共有できたことは、自分にとって大きな経験になった。また、卒展ではこの研究(と言っていい代物か未だわからない)を一人でも多くの方々に楽しんでもらいたいと思っている。

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