視聴覚刺激のテンポが時間評価に与える影響
非公開
茅原研究室
2020 年度卒業
「楽しい時間は速く過ぎる」「年を取ると時間が経つのが早い」という言葉があるように、物理的な経過時間が同じでも、感じる時間が異なることがあります。これらの時間感覚の差は心理学において「時間評価」として研究されています。本研究では、映像と音の再生速度に注目して、それぞれの再生テンポを変えたときの被験者の体感時間についての研究を行いました。

はじめに

同じ時間でも、作業に集中して没頭しているときの時間と、作業そのものではなくその後のイベントに意識が向いているときに体感される時間の長さには差があるように感じられる。また、「年を取ると時間が経つのが早い」という言葉もある。ほかにも、例えばYoutubeなどの動画サイトで映像を視聴する際の広告について、そこで表示される「5秒後にスキップ」の5秒は、動画本編で経過する5秒よりも長く感じられることがある。このように、物理的な経過時間が同じでも、感じる時間には個人差・状況による差がある。

これらの時間感覚の差は心理学において「時間評価」として研究されている。本研究では、これらの時間評価に影響を与える要因の中で、視覚と聴覚について取り上げる。視覚と聴覚に同時に刺激を与え、視覚と聴覚のテンポそれぞれが時間評価においてどのように影響を与えるのか検討する。

調査

視覚と聴覚の関係については、視覚と聴覚の情報が一致しないとき、視覚情報を優先してしまうことがよく知られている。その具体例の一つとして、「マガーク効果」という錯覚がある。これは、提示される映像のくちびるの動きと実際に流れる音声がずれているとき、くちびるの動きに引っ張られて音が聞こえる、というものである。つまり、この錯覚においては視覚のほうが聴覚よりも優先されて情報処理を行っていることがわかる。このように、視覚と聴覚情報を接続したとき、視覚が優位に作用する実験結果がある。

ところが、時間知覚においては聴覚のほうが視覚よりも細やかに時間を捉えていることを示唆する研究がある。「ダブルフラッシュ錯視」と呼ばれる錯覚について、視覚情報が聴覚情報に引っ張られて感じられる現象が示されている。

このように、視覚と聴覚は互いに影響を及ぼし合っている。本研究では視覚と聴覚のテンポそれぞれが時間評価にどのくらい影響を与えているのかを検討する。

研究方法

実験1

時間評価における視覚刺激のテンポと聴覚刺激のテンポの影響を検討するために、恒常法によって主観的等価点を求める実験を行った。

実験方法

実験の手順としては、まず被験者に基準とする長さの刺激Aを提示し、その後映像や音の再生速度、提示時間を変えた比較刺激Bを提示して、どちらが長く感じたかを回答してもらう、二肢強制選択法を行った。その後Bの再生速度を変えて、また同じ手順でAとの比較判断を行ってもらう、というタスクを繰り返した。実験には正常な聴力を持つ男女10名(男性6名、女性4名)が参加した。

実験刺激について

実験の映像として、円が画面を左右に動くアニメーションを作成した。物体の移動速度以外の要因をできるだけ取り除くために、要素をできるだけ単純化して、映像としてシンプルなものを採用した。

また実験に使用した音について、音楽ソフトStudio One5(Presonus社製)で作成したクリック音を使用した。基準とするBPM(Beat Per Minutes)は120とした。比較刺激はその速さを+-50%した値で、BPM60と180であった。

要因・水準計画

要因・水準計画について、それぞれ再生速度(%)を変更した視覚条件(50%,150%)×聴覚条件(50%,150%)の4要因、5水準(3000ms、4000ms、5000ms、6000ms、7000ms)の提示時間で実験を行った。基準とする刺激を5000msに設定した理由は、冒頭で述べたように、近年動画配信サイトなどにおいて「5秒後にスキップ」できる広告が主流となってきていることから、被験者にとって比較的身近な時間評価であると考えたからである。

このように4つの組み合わせの刺激パターン、5水準の提示時間による20条件で、基準となる刺激と比較刺激どちらが長いと感じたか答えてもらう質問を1セットとして、1人当たり20回繰り返して行った。

実験結果

得られた結果をもとに、被験者ごとに主観的等価点を求めた。図にその導出の一例を示す。これはある被験者の実験結果の一部抜粋である。グラフの横軸に提示時間、縦軸に基準時間Aより比較刺激Bのほうが長いと判断された割合をプロットした。そこから被験者ごとに累積正規分布を求め、最小二乗法によりフィッティングをおこなった。そして「基準刺激よりも比較刺激のほうが長い」と判断された割合が50%になるところを主観的等価点として求めた。

このようにして求めた被験者ごとの主観的等価点について、映像のテンポ(速い・遅い)と音のテンポ(速い・遅い)を二要因として、二元配置分散分析を行った。

まず映像テンポと音テンポの主効果を確かめたところ、映像テンポ条件は主効果が有意ではなく、音テンポは主効果が有意となった(映像、F(1, 36) = 0.324, p = 0.573; 音、F(1, 36) = 5.945, p = 0.020)。

次に、映像テンポと音テンポの速度の変更により、二つの組み合わせによって相乗あるいは相殺の効果が出ていたのかを確かめるために、交互作用を検定した。結果、映像と音のテンポによる交互作用は認められなかった(F(1, 36) = 0.536,p = 0.469)。

これらのことから、今回の実験では映像と音を組み合わせたとき、音テンポの変更が被験者の時間間隔に影響するということがわかった。一方、映像テンポの変更は被験者の時間間隔に有意に影響しなかったということがいえる。

今回の実験の目的は、時間評価における視覚のテンポと聴覚のテンポの影響を検討することである。実験の結果として、音のテンポにより主観的な時間の長さを変えられる、ということが確かめられた。この結果は、ダブルフラッシュ錯視などで確かめられているような、時間軸の判断について聴覚が強い影響を与えているという先行研究の結果と一致した。今回の実験のような比較的短い時間評価について、人の時間解像度は、聴覚によって判断されている部分が大きいと考えられる。

実験2

実験1で確かめられたことをもとに、時間評価において従来から言われているとは逆の現象は起こりうるのかを調べる実験を行った。「楽しい時間は早く過ぎる」というように、ある出来事に対する興味が時間感覚に影響を与えることはよく知られている。そこで、それとは逆に「早く過ぎる時間は楽しい」ということができるのか、つまり時間評価によって楽しさを変化させることができるのかを調べることを目的とした実験を行った。

ただし、実験1の被験者ヒアリングで、ある被験者から「(映像がシンプルで)退屈だった」という声が得られた。これは、映像・音の単純さと回答作業の繰り返しに対する参加者の興味の低下に起因すると考えられる。そこで、時間評価によって「楽しさが増加するか」ではなく、時間評価によって「退屈度は減少するか」と問いを改めた。「退屈な時間が長く感じるなら、速く過ぎた時間は退屈度が減少するのか」と問いを組み替えて調査を行った。

実験刺激について

実験1から、主観的等価点の移動に有意差が見られた以下の動画像を使用した。

(A)通常の再生速度の動画像

(B)映像と音の再生速度を150%にした動画像

(C)映像と音の再生速度を50%にした動画像

実験1における主観的等価点について、Bは5300ms、Cは4651msという結果だったことから、Bは実時間の5000msを短く感じさせ、Cは実時間の5000msを長く感じさせる効果があったことがわかっている。

これらの三条件について、二つずつ条件を取り出し「どちらが退屈か」を質問した。そして得られたデータについて、サーストンの一対比較により退屈度の順番付けを行った。

実験結果

求めた尺度値より、最小となったBを0とした尺度水準を図に示す。これは、右に行くほど退屈度が大きくなっていることを表す。

 

退屈度はB<A<Cの順で高くなることがわかる。この三条件について、すべて提示時間は同じ5000msである。つまり、今回の実験において、提示時間を固定したとき、再生テンポの遅い動画像ほど退屈度が高く、速いほど退屈度が低いと判断される結果となった。

実験1における主観的等価点について、Bは5300ms、Cは4651msという結果だったことから、時間が早く過ぎたと感じられたのはB<A<Cの順だったことが確かめられている。Bは実際の5秒を短く感じさせ、逆にCは5秒を長く感じさせる効果があったということである。その結果と合わせて考えると、今回の実験2で確かめられた退屈度もB<A<Cの順に高くなる結果だったことより、時間が早く過ぎたと感じられた順番と退屈度の高い順番が一致したことがわかった。

つまり、実験1と実験2から、今回の実験において「早く過ぎた時間は、遅く過ぎた時間よりも退屈度が減少する」という結果が得られた。これは、「楽しい時間は早く過ぎる」という従来の現象と逆の現象も起こりうることを示唆する結果となった。

まとめ

本研究の目的は視聴覚刺激の再生テンポを変更することで、時間評価に影響を与えることができるのかを明らかにすることである。

実験1では映像と音の再生テンポを変えて、被験者ごとに主観的等価点を求め、有意差が生じる条件の検討を行った。結果、時間評価においては聴覚の影響が強く表れることがわかった。

また実験2では、実験1で確かめた主観的等価点に有意差が生じる条件を元に、「楽しい時間は早く過ぎる」という現象の逆、「早く過ぎた時間は楽しい」は成り立つのかを調べた。結果は、早く過ぎた時間ほど退屈度が減少する傾向にあることがわかった。このことから、映像編集において主観的な時間間隔を変更することによって、映像自体の印象をコントロールすることができるかもしれない。

参考文献

一川誠(2008) 『大人の時間はなぜ短いのか』集英社新書

渡邊淳司(2006)「順応パラダイムを用いた触時間知覚の研究」『日本基礎心理学会第25回大会,大会発表要旨』25 巻 1 号 p. 136

田山忠行(2007)「運動パターンを見ているときの持続時間の知覚」『基礎心理学研究』25 巻 2 号 p. 212-220

松田憲・一川誠・矢倉由果里(2013)「BGMの音楽的特徴が聴覚的時間評価に及ぼす効果」『日本感性工学会論文誌』12 巻 4 号 p. 493-498

Shams, L., Kamitani, Y. & Shimojo, S. (2000)「What you see is what you hear.」『Nature』408, 788.

 

研究を終えて

今の時点では人間にとって時間を感じる感覚器官が判明していないにも関わらず、確かに長さを感じられる、比較ができるということが時間感覚について興味深いことだと私は考えています。人間の五感で捉えられなくとも測ることができる、形は捉えられなくとも数値にできるというところが少し不思議で面白いと思い、私はこのテーマで卒業研究を行いました。

また、今回の卒業研究で、錯覚とは人間が進化の過程で得た、生活のための機能であるということを学びました。長さが違って見える錯視の図形などを見たときに「人間の感覚器官が正確に機能していない」と考える人もいます。ところが、実際は錯覚は人間が生活をするうえで必要な情報を補正することで起きていると学びました。

卒業研究を通して、錯覚とは誤った認知ではなく、生活のための進化であるとわかったことが、私にとって大きな学びとなりました。

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