映像における間(ま)による印象変化の解明
映像編集が視聴者に与える影響力
非公開
茅原研究室
2020 年度卒業
映像の編集は視聴者の心理的効果に大きく影響しており、特に発話の間に関してはいかようにも編集が可能です。また、これらについて、所謂編集マンの感覚や経験に依存しており、科学的・体系的に明らかにされていない現状があります。そこで本研究では、2者の対話の「間」に注目して、適切な長さの間を探ること、間の長さを独立変数とした時の映像に対する印象変化の検討という2つを目的として研究をしていきました。

はじめに

映像は、メディアの中でも視覚と聴覚からの情報を得ることができる有力な手段である。人は映像を通して様々な感情を働かせており、そこから受ける印象と多くの感情によって嗜好や快・不快の判断をしている(金・北島・李, 2014)。映像をあらゆる情報伝達の手段として用いる場合において 、「編集」は大きな影響力を持つ。発信者が意図する通りに情報を伝えることができる便利な手段である一方で、発信者の意識的・無意識的な動機に依らず、編集による情報操作が可能となる。多くの人が映像を情報伝達の手段として用いることが可能となった今、これらは映像編集を職業としている人に限らず、映像によって情報発信をするすべての人に関わる問題である。現在、映像編集による印象変化の影響の大きさについては解明されておらず、それにより引き起こされる問題も明確ではない。そこで本研究では、誤解を招く原因や情報操作の元となり得るものの一つとして映像における「間(ま)」に注目した。対話の中で適切な間の長さを探ること、そして、間の長さを独立変数としたときの映像に対する印象変化の検討を本研究の目的とし、映像の編集が視聴者に与える印象や効果にどのように関係しているのかを明らかにする。

調査

実験1 : 間の観察

1-1.   方法

3組のオンライン上での会話を観察した。一人は固定し、ペアのうち片方の人をそれぞれ変化させた。親しい関係性の話者Aと話者B、1度だけ話したことがある話者Aと話者C、初対面の話者Aと話者Dの、関係性が異なる3組を選定した。また、固定する話者Aについては3回の撮影の中で慣れによる変化が見られないよう、オンラインでの会話にある程度慣れている人とした。3分程度自由に会話をしてもらうように指示し、その様子を撮影した。観察では視覚・聴覚の両方の変化がない区間をカウントするため、音声の波形から無音区間の数をカウントした後、無言で頷くなどの視覚情報が含まれるものを除いた。ここでは2者の会話のあいだに発生した間のみをカウントし、個人の発話の中で発生した間はカウントしないこととした。3組とも4分30秒間の会話を対象として、最長と最短の間の秒数、出現頻度の多い長さの間について調べた。

1-2.   結果と考察

視覚情報が含まれる間を除くと話者Aと話者Bで21回、話者Aと話者Cで24回、話者Aと話者Dで22回であったことから、2者の関係性によらず間の出現回数には大きなばらつきはないと考えられる。出現した間の長さについては、最小は78msec、最大は3125msecであった。全ての組み合わせで300msecから500msecの間が最も多くカウントされ、図1より、およそ0msecから3000msecの範囲で変化することがわかった。

(図1:間の長さと出現回数の関係)

 実験2 : 適切な間の長さを探るための実験

2-1.   方法

5人の被験者を対象に、予備実験を行なった。実験1より、およそ0~3000msecの範囲で間の長さが変化することがわかったため、この範囲で500msec刻み・7水準の刺激映像を作成した。「短い−長い」「不自然−自然」「不快−快」を7件尺度により評価してもらい、気づいたことを自由に記述してもらうよう促した。刺激映像の間の部分はグレーアウトで表現した。また、被験者が評価対象となる間とそれ以外の間を比較して評価に反映させることを避けるため、片方の話者の発言中に間が生じない場面を選定し、刺激映像をランダムに提示して評価してもらった。はじめに間の長さ0msec(最小)と3000msec(最大)の刺激映像を見せ、この範囲内でのみ変化することを被験者に事前に示した。

2-2.   結果と考察

間の長さと印象評価項目の2要因分散分析を行なった結果、間の長さの主効果(F (6,28)=4.018, p =.005)が有意となった(図2)。

(図2:間の長さごとの印象評価の平均値)

多重比較(Holm法)の結果、間の長さ1000msecの印象評定値(M =5.400, SE =0.488)が、間の長さ2000msecと3000msecの印象評定値(2000msec: M =3.000, SE =0.488; 3000msec: M =2.600, SE =0.488)よりも有意に高かった(2000msec: t (28)=3.480, padj=.033; 3000msec: t(28)=4.060, padj=.008)。さらに、自由記述では間の長さ1000msecの刺激映像に関して「テンポがよく、会話が盛り上がっている」「会話が楽しげ」といった記述があった一方、3000msecでは「不自然に間が長く、面白くなさそう」といった記述が見られた。以上より、間の長さの違いによって話者や会話の印象が変化する可能性があることがわかった。

実験3 : 間の長さを独立変数とした映像の印象の変化についての実験

3-1.   方法

実験2の結果より、要因となる間の長さを1000msecと3000msecの2水準に絞った上で実験を進めた。まず、評定尺度の検討のため、この2水準を比較した印象調査を行なった。「会話の印象」「2者の関係性」「2者それぞれの印象」に関して5人の被験者を対象に記述式で回答してもらった。被験者の記述内容をもとに、印象評定項目として「無気力−意欲的」「一方的−相互的」「テンポが遅い−テンポが早い」「(2者が)親しくない−親しい」の4つ、話者の印象について「つまらなそう−楽しそう」「消極的−積極的」「不機嫌–上機嫌」の各3つを選定し、7件尺度により評価してもらった。被験者間要因として、Ⅰ群には間の長さが1000msec、Ⅱ群には3000msecの刺激映像について各群20名ずつを対象に実験を行なった。

3-2.   結果と考察
3-2-1.   会話の質と2者の関係性について

間の長さと会話の印象評定項目の2要因分散分析を行なった結果、間の長さの主効果(F (1,38)=17.25, p =.000)と、印象評定項目の主効果(F (3,114)=3.80, p =.013)が有意となった。また、間の長さと印象評定項目の交互作用(F (3,114)=3.25, p =.025)も有意となった。間の長さ(被験者間要因)の2水準を比較すると、間の長さ1000msecの刺激映像の印象評定値(M =3.81, SE =0.200)は、間の長さ3000msecの刺激映像の印象評定値 (M =2.638, SE =0.200)よりも有意に大きかった(図3)。

(図3:間の長さ毎の会話の質と2者の関係性の評定平均値)

また、有意であった間の長さと印象評定項目の交互作用について、多重比較(Holm法)の結果、意欲・相互性・テンポにおいて1000msecの印象評定値(意欲:M =4.150,SE =0.290;相互性:M =4.050,SE =0,290;テンポ:M =3.700,SE =0,290)が、3000msecの印象評定値(意欲:M =2.900,SE =0.290;相互性:M =2.800,SE =0.290;テンポ:M =1.850,SE =0.290)よりも有意に高かった(意欲:t(152)=3.074,p adj=.003;相互性:t(152)=3.047,p adj=.003;テンポ:t(152)=4.510,padj=.000)(図4)。

(図4:間の長さと各印象評定項目の印象評定値の平均)

以上の結果より、同じ発話部分(内容も人物も全く同一)の映像でも、2者の発話のあいだに発生する間の長さが異なるだけで会話の質と2者の関係性に関する印象が変化することがわかった。特に会話の質に関して、同一の被験者に間の長さが異なる2種類の映像を比較させなくても、間の長さ1000msecの刺激映像のほうが会話の質が良い(意欲的で相互的でテンポが適当である)ことがわかった。

3-2-2.   話者の印象

間の長さと話者、話者の印象の3要因分散分析を行なった結果、話者の主効果(F (1,76)=79.123, p =.000)と、話者の印象の主効果(F (2,152)=14.512, p =.000)が有意となった。また、話者と話者の印象の相互作用(F (2,152)=13.002, p =.000)も有意となった。図5より、間の長さの主効果(F (1,76)=2.773, p =0.099)は有意ではなかったが、話者Bにおいては間の長さの単純主効果(F (1,76)=4.042,p =.048)が有意となり、間の長さ1000msecの刺激映像での話者の印象評定値(M =5.550,SE =0.205)が、間の長さ3000msecの刺激映像での話者の印象評定値(M =4.967,SE =0.205)よりも有意に大きかった(図6)。

(図5:間の長さ毎の話者の印象の評定平均値)

(図6:各話者と間の長さごとの印象評定値の平均)

話者の印象について、間の長さの主効果は見られなかったが、話者Bに関しては印象が変化することがわかった。今回の刺激映像の発話部分関して、話者Aよりも話者Bの方が比較的多く発話していたことを踏まえると、話者Bに対して極端に悪い印象を持った被験者はいなかったものの、間の長さによって、相槌が多い話者よりも発話が多い話者に対する印象が変化しやすい可能性があると考えられる。

研究方法

まとめ

以上全ての研究結果より、2者の会話の中の間の長さを変化させるだけで、会話の質や話者自体の印象が変化することがわかった。映像における間は、映像全体の印象を左右する原因になる。間とは、良い印象を与える原因にも、悪い印象を与える原因にもなり得るのだ。映像の編集という観点では、適切な長さの間であれば視聴者に良い印象を与える原因になる一方、間の長さに手を加えることで会話全体の印象操作が可能になるということである。

実験3の最後に、Ⅰ群とⅡ群の被験者を対象に、共通したデモグラフィック項目として映像作品を観る頻度について尋ねたところ、およそ75%もの被験者が1週間に1回以上は映像作品を観ると回答した。また、オンラインでの会議や通話などを含む映像を用いたコミュニケーションの経験の有無について、およそ85%の被験者が経験があると回答した。このように、私たちの生活の中で、映像は非常に身近な存在であり、多くの人にとって欠かせない存在である。さらに最近、映像は見るためだけの存在ではなくなってきている。被験者の多くが映像を用いたコミュニケーションの経験があると回答したように、社会や生活の変化に伴ってその使い道が変わっていくという点も映像の特徴であると考えられる。映像を用いることによって、利便性が向上するのは確かであるが、その利便性だけに着目する危険性もあるということを多くの人が認識する必要がある。映像によって情報が伝達される以上、人々はそれらの情報を受けて考え、判断し、行動する。人々の行動の根拠となり得る情報だからこそ、発信者は映像の編集という形で手を加え、伝えるための努力する。しかしそれが結果的に、意識的・無意識的な動機に関わらず、情報操作をしたことになってしまう可能性があるのだ。

映像による情報が受け手に与える印象という非常に感覚的なことを誰もが操作できるようになった今、このような感覚的なことを数値として表した本研究について、映像に関わる全ての人が認識する必要がある。そして、映像の持つ威力の大きさと、その大きな威力を誰もが手にしていることを再確認しなければならないのではないだろうか。編集された映像が情報源として溢れる中、感覚的に編集された情報発信者の意図をうまく受け取るため、そして映像が便利で有効な手段として存在し続けるために、映像編集の影響力について改めて注目する必要があると考える。

参考文献

金多賢,北島宗雄,李昇姫(2014). 映像に対する嗜好と感情反応・印象評価の関係.日本感性工学会論文誌,Vol.13, No.1, p181-189.

清水裕士(2016).フリーの統計分析ソフトHAD:機能の紹介と統計学習・教育,研究実践における利用方法の提案 メディア・情報・コミュニケーション研究, 1, 59-73.

研究を終えて

研究を終えて、4年間の学びの繋がりを感じました。映像の間(ま)について注目したのは3年後期の演習で映像制作をした時でした。自分の手で「やってみた」という経験が、テーマ設定と研究を通して伝えたいことの強さに繋がったと実感しています。

また、実験や分析についての知識が足りず、想像の何倍も時間がかかったこともありました。その都度本や論文を手に取り「じぶんごと」として行動に移すことは、今後も継続していきたいです。

映像は、きっとこれからも人間と身近な存在であり続けるはずです。映像を研究することを通して私たちの存在についても考える機会になりました。これからも経験を通して感じた疑問や注目したいテーマを大切にしていきたいと思います。

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